優等生のタイムウォーター(4)
ラウラはポケットの中に入れたハーブティーを見ていた。ラベンダー哉カモミールなどのいい匂いがするが。罪悪感が刺激されてしまう。
「あぁ、やっぱり。これはレーネに返しに行かなきゃ」
そうは思うが、人は自分に甘い。あれから数日経ってもレーネに返しに行けていなかった。
日が経つにつれ、罪悪感がチクチク刺激されてしまう。被害者のザンドラをあんなに悪く言っていたのに。生徒の前では偉そうにしていたのに。
デニスからも手紙が届き、このまま友達から仲良くしていきたいという旨の知らせも受けた。両親はノリノリだったが、ついていけない。このまま縁談を受けるべきなのか、迷いしかない。どれが正解なのか全く分からないのだが。
そうは言っても、罪悪感に耐えられなくなり、学校の帰り、レーネにハーブティーを返しに行く事に決めた。もちろん代金も含めて謝罪するつもりだった。
夕暮れの道、まずが学校から村人の中心部に出て、レーネのいる修道院に向かう。
今日は少し曇り空。夕焼けもいつもより大人しめで、空はラベンダーとオレンジが混ざったような色あいだ。以前レーネに貰ったハーブティーのような色。余計に早く返しに行きたいと思うが。
「あら、ラウラ先生じゃない」
村の広場でばったりとザンドラに会った。
正直、今はとても会いたくない人物だった。心臓が高鳴り、ザンドラの目を直視できない。
相変わらずザンドラは裕福な未亡人という雰囲気だった。仕立ての良いワンピースを着込み、髪も指先も毛先もツルツルだ。グレイヘアも上品さを引き立てる。
もっとも肌は少し荒れていたが、年相応だろう。ザンドラは確か五十過ぎだった。
「こ、こんにちは。ザンドラ」
「ええ。最近はちょっと眩暈は汗がいっぱい出て外に出られなかったんだけど、レーネに調合して貰ったハーブティー飲んだらスッキリしてきたわ」
「へえ……」
ザンドラは最近レーネの所に通い、健康状態もみてもらっているという。一時は酷かった体調も今は改善しているらしく、憑き物が取れたように笑っていた。
こんな人だっただろうか。世間知らずでうっかりした人物の印象だったが、今は明るそう。それだけレーネのハーブが効いたのだろうか。ますますそんなハーブティーを盗んでしまった事に罪悪感を持ってしまう。このザンドラを叩いていた事へも。自分の悪い事は過小評価している癖に、ザンドラについては何も知らないのに一方的に悪く言ってしまった。
ザンドラには何も言っていないはずだが、ラウラが押し黙っていると、何か伝わってしまったらしい。
「ラウラ、何か悩んでる?」
「え?」
ずっと下を向いていたラウラだったが、ザンドラのその声にはっとして顔を上げた。
ザンドラの指摘はもっともだった。今は縁談の事もあり、何が正解かわからない。迷子中だ。悪い事もしてしまった。あんなに優等生として偉そうにしていたのに。自分の生き方が正解だと思っていたのに。
「失敗してもいいんじゃないかな」
「え?」
「私だって偽聖女に騙されて、体調崩してとんでもないことになった。でも、そのおかげでレーネのハーブにも出会えたし今は悪くなかったと思うわ。ふふふ」
ザンドラは子供のように無邪気に笑っている。自分より背が低い未亡人なのに、急にその存在が大きく見えてきてしまった。
「いいんだよ、失敗しても。偽聖女に騙されるよりマシって思えば、大丈夫」
「その冗談は笑えないですよ」
「だから冗談ですよ」
再びザンドラは笑い、ラウラの前から去って行った。
「失敗してもいい……?」
今までは正解か不正解しか無いと思っていた。まさかそんな選択肢があったとは気付かなかった。いや、気づいていても視野が狭くなり、意図的に排除していたのかもしれない。
「そうか、そうかも……」
ザンドラの子供のような笑顔を思い出しながら、レーネのいる修道院に向かう。いつもより早歩きだったが、ラウラの肩は少し力が抜けてきた。
ハーブティーのような綺麗な色合いの空を見上げた。今はとにかくレーネに会い、自分の間違いを認め、謝りたかった。




