美食家のフェンネルティー(2)
「きゃー! 何この仔羊たち、元気ね!」
マンナ村は自然豊な場所だった。例の噂の聖女がいる修道院へ来てみたが、その途中、牧場の仔羊たちを見かけた。あまりにも可愛い姿にシャルロッテも誘惑され、羊飼いに許可をとり、少し見学させてもらった。
仔羊たちは春に生まれたばかりらしい。また耳も小さくペタペタしている。顔も幼いが、毛並みももふもふとし、シャルロッテはついつい背中を撫で、ニコニコと目尻も下がってしまう。蒼い空、山あいの風景、心地よい風。どれも王都にない自然で、シャルロッテはここに来た目的を忘れそうになった。
「奥さん、仔羊なんてどうでもいいじゃないですか。さ、例の聖女がいる修道院に行きますよ」
メイドのコリンナは冷静だ。仔羊に目をハートにするシャルロッテにクールに言い放った。
「お前さんたち、レーネの断食道場でも行くんか?」
まだ青年と見られる羊飼いは、そう話しかけてきた。そばかすが浮いた肌や赤毛はいかにも田舎者らしいが、微妙な表情だ。
「あなた、その聖女について噂を知ってる?」
シャルロッテは仔羊の背を撫でながら尋ねた。
「お、おお。聖女っていうのは周りが勝手に言ってるだけっていうか。あれは研究家、単なる薬草と健康ヲタだよ」
「まあ、だったら効果があるんでは?」
伯爵夫人として箱入り生活しているようなシャルロッテは、羊飼いの言っている事や複雑な表情は読み取れなかった。
「ヲタク? 嫌な気がしますね……」
コリンナは顔を顰めていたが、とにかく修道院へ向かうことにした。
修道院はレンガ作りの素朴な建物だったが、礼拝堂やシスターたちの住居には立ち入り禁止だ。その隣にある菓子の売店、施療院は一般人でも入れるらしい。門番に案内され、例の聖女がいる場所へコリンナと二人で向かう。
施療院のそばにはハーブ畑もあり、微かに良い香りも漂っていた。
「おお、お前たち。断食道場に予約してくれた伯爵夫人とメイドだな」
畑には小柄のシスターがいた。黒縁メガネで猫背、低い声で早口に話していたが、シャルロッテはこんな口調の女性は見たことがなく、思わず後ずさる。
おそらくこの女性が例の聖女、レーネだと思うが予想していたイメージと違う。予測していて合っているのは若い女というだけ。他は全部シャルロッテのそれと違う。ハーブを観察しながらメモをとり、ぶつぶつ言っている姿は、ヲタク?
一方、コリンナは全く驚いてはいなかった。事情を説明し、シャルロッテの現在の悩み事も的確に説明。黒いメイド姿もいつもより頼もしく見えた。
「なるほど。過食で困っているのか。こういう問題は医者には治せん。さあ、さっそく施療院の裏手にある断食道場へ向かうではないか」
ぶつぶつと早口で何か言っているレーネだったが、その姿は本当に聖女か?
確かに修道着は着ているが。ハーブのいい匂いを感じ取りながら、シャルロッテは逃げられそうにない事だけは理解した。
遠くの方で仔羊の鳴き声もする。この修道院でも牧場を持っているようだ。
「さあ、伯爵夫人たち。さっさと行こう。こんな所でぼーっと立っていたら日がくれる」
レーネに手を引かれながら、シャルロッテは断食道場へ向かう。
その手は案外温かく、ツルツルしていた。手だけなく、レーネは肌も綺麗だった。これも修道院で育てられているハーブの賜物だろうか。
わからないが、少なくともシャルロッテのが肌よりは綺麗だ。猫背だが足腰はしっかりとし、かなり健康そうでもなる。修道着のせいで髪は隠れているが、おそらくそれも綺麗だろう。そこだけはもったいないと思うシャルロッテだった。