優等生のタイムウォーター(3)
頭が妙に重い。頭痛がしそうな。今日のラウラは耳飾りもつけているので、余計に重く感じた。それに水色のワンピースも派手で違和感しかない。
今、縁談相手のデニス・アルメンと談笑中。アルメン家の池のほとりを二人で歩いていたが、盛り上がるはずもなく。
アルメン家の屋敷はこの村で一番の大きさらしい。最新型のオーブンもあるそうだが、この辺りでオーブンがある家もここ以外全くないという。縁談相手のデニスの父が自慢気に語っていた。
あとは若い二人でと言われ、こうしてデニスと池の周りを歩いているが、会話が途切れ、全く盛り上がらない。
デニスはラウラと同じ歳。医者としても優秀らしい。デニスの父が勝手に語っていた事で推測しかできない。
顔は少し野暮ったい。眉毛も太く、鼻も大きめ。美男子とは言いがたいが、他のパーツは意外と整っていた。
デニスも緊張しているのだろうか。まだ春なのに汗だく。顔もほんのりとオレンジ色だ。話し方もキグシャクとし、質問をしてくるが、まるで尋問みたい。思わずラウラは罪人のような気分になり、顔を顰める。
元々乗り気ではない縁談。ますますやる気が出ない。
生徒は自分の事を唐辛子みたいと表現していた。今の自分の表情もさぞ可愛くないものだろうと思うが、上手く笑えない。ほうれい線あたりが引き攣ってしまう。早く時が流れれば良いと思う。簡単にいえばこの時間がストレスだった。
「いや、私思うんだ」
「は?」
尋問していたデニスだったが、突然自分の意見を話し始めた。
「やはり、女性は結婚すべきだって思う。たぶん、それが正解だと思うんだ」
「はぁ……」
突然、そんな事を言われた。ため息混じりの変な声が出てしまう。
「だから私と結婚しましょうよ」
「……」
それとこれが「だから」で繋がるのが全く分からず、ラウラは固まってしまう。結婚が正解?
急にレーネに言われた事も思い出し、ラウラの頭は混乱してきた。本当に自分が選んだ道は合っていたのか。不正解と思っていた答えを本当に捨ててよかったのか。足元がぐらつく。
「い、いえ。あの急に具合が悪くなってきたので帰らせてください」
「何だって!? だったらうちの医院で休んでいけばいい」
「いえ、結構ですわ」
ラウラは早口で言うと、逃げるようにアメルン家から去った。
アメルン家から一目散にマンナ村に走るが、わからない。自信がなくなってきた。自分の生き方が正解なのかわからない。汗も滲み、重い耳飾りも一刻も早く外したくてたまらなくなってきた。この縁談を断るべきか、それとも受けるべきか分からない。どっちが正解か分からない。
こうして村の中心部に帰って来た時には、すっかり疲れ果てていた。今日は市場で安売りセールをしているようで、村の中心部はかなり混み合い、声や音楽がうるさいぐらい。
「はぁ。わからない……」
村に帰って来ても答えらしいものは出ず、ぶらぶらと市場を歩く事にした。
菓子や肉の屋台も出ているようで、市場はいい匂いがした。果実や野菜も豊作らしい。市場では採れたての果実や野菜も飛ぶように売れていた。
また、レーネに修道院も市場で店を出しているようだ。レーネが店番をし、大声で客を引いていた。売っているものは修道院で作られたクッキー、ジャム、石鹸、ハーブティーなど。特にレーネはハーブティーを売る時は効能を説明し、水を得た魚のようだった。
ふと、レーネとばちりと目が合ってしまう。
「ラウラ、いらっしゃい。何か買うか?」
人混みや雑踏の中でもレーネの声はよく響いていた。
「いえ、べ、別に……」
「正解は見つかったかい?」
そう語るレーネは意地悪そう。目を細め、ニヤリと笑っていた。
「せ、 正解?」
改めて自分で口にしても、よく分からなくなってきた。縁談相手のデニスは悪人ではないだろうが、結婚する事が正解?
ラウラが自問自答しているうちに、レーネは別の客に捕まり、ちょうど店は誰もいない状況だった。
屋台形式の簡易な売り場ではあったが、急に多いてあるクッキーやジャム、ハーブティーなどに誘惑されているような感覚を覚えた。
別にそれらは珍しくも何ともない。修道院菓子は人気があるらしいが、村の修道院にいけば毎日購入できるものだ。特に朝に行けば確実に購入できるものだろう。
それなのに、ふらっと手が伸びてしまった。ハーブティーを掴み、ワンピースにポケットの中に無理矢理押し込む。
パック状にされたハーブティーは大きくもなく、すっとポケットに入った。ポケットのサイズとジャストサイズで見た目も変化が無い。
他の客もレーネも誰も気づいていなかった。
「おい、ラウラ。どうした?」
そうレーネに話しかけられた気もしたが、ラウラは一目散に市場から逃げ、人気にない村の湖まで逃げた。
ポケットの中には盗んだハーブティー。いけない事。確実に不正解である事は分かってはいたが。
勝手に手が伸びていた。優等生のラウラからすたら、かなりの失態。その場にしゃがみ、目を潤ませる。
「私、何でこんな事しちゃったんだろう?」
ザンドラには偉そうに噂話をしてしていたのに。他人の失敗には厳しく自分の犯罪には甘い事にも気づき、胸は嫌悪感で苦しい。
「もしかして不正解の方を選びたかった?」
本当は正解と思う答えにも疑問が会ったのかも知れない。
ますますラウラは自分の選択肢に自信がなくなってしまった。




