優等生のタイムウォーター(1)
ラウラ・バーテンは子供達を叱りつけていた。
「何なの、この数字の間違いは。今すぐ直して」
ラウラはマンナ村で学校の教師をしていた。こも時代、女が職業を持つ事は珍しいが、教師は慢性的になりてがいない。ラウラのような独身女性が自活する為の唯一の職業という風潮もあった。
教師の子供たちは実に無邪気なものだ。テストが返されても笑っている者が多いが、ラウラは鬼の形相だ。教壇に堂々と立つ姿は、どう見ても子供達と正反対の存在だった。
ラウラは二十五歳の女。この時代では十四歳で結婚する者もいるので、立派な生き遅れ扱いをされていた。校長や村人に笑われる事も多い。保護者には女だからと舐められる事も何度も経験し、今は黒いワンピースを着込み。髪も短くし、メイクもせず、女である事を隠していた。ラウラの顔立ちは整っている。どちらかといえば美人だったが、色気は完全に封印されていた。
「先生、怖いから!」
子供の一人に笑いながら言われ、ラウラの眉間に皺がよる。
「怖くありませんよ。あなたたちの成績が悪いから、指摘しているんです。さあ、テスト内容も復習をするわ。早く前を向いて、黒板を見ましょう!」
ラウラは無表情に言い放つと、教室中からブーンイング。今日はとりわけ春の日差しが強い。ポカポカと気候も良い。そのせいで子供達は外で遊びたいようだが。
「いいえ。ちゃんと勉強しますよ」
「先生、怖いよ。優等生過ぎだって。そんなピリピリ唐辛子みたいな心で生きて楽しいの?」
子供の一人に妙な事を指摘された。
「唐辛子みたいですって?」
「そうだよ。心に辛い唐辛子が入っているんじゃないの? キャハハ」
しかも大声で笑われた。子供が言う事だ。冗談みたいなものなのに、ラウラは押し黙ってしまった。
確かに自分の心は辛い。キリキリと仕事をし、こうして子供達の前で怒っている姿は、全く可愛げもないだろうが……。
「先生の事はいいの。さあ、みんな、勉強しなさい!」
ラウラは強い口調で叫ぶ。その姿がどう見てもきちんとした優等生の先生だ。この教室で逆らえる子供もなく、渋々と勉強をしていた。
こうして一日はあっという間に過ぎた。ラウラは授業だけでなく、採点、会議、練習問題の準備などに追われ、ほとんど休憩もせず働いていた。
夕方ごろになると、疲れてきた。今日は保護者も文句をつけに来たし、子供も一段と騒がしい。唐辛子みたいなどと表現され、思い出すたびにムカムカする。まるで心に毒素が溜まっていくみたいだ。
「はぁ。疲れた」
学校から出ると、ラウラの顔は疲れ切っていた。明日が休みなのが救いだろう。
夕暮れの道を歩き、学校から村の中心部へ出る。そこから畦道を歩き、農家をしている両親の家へ帰る。これがラウラの通勤ルートだったが、雨の日は道がぬかるみ、それだけでも一苦労だ。今は春で気候が良い。地面がからっと乾いているだけでもラウラは笑ってしまうぐらいだったが。
ちょうど村の広場の近くを通りかかった時だった。この辺りは市場に近く、常に村人も集まり、騒がしい所だったが。
「ザンドラって偽聖女の詐欺にあったんですって」
「あら、本当なの?」
「本当よ。いやね、何でそんな詐欺にあうのかしら」
村の奥様方が噂をしているのが聞こえた。まだ夕飯の支度まで時間があり、ここで暇を潰しているのだろうが、噂をしているその目は暗く、いやらしい。
それにしてもザンドラは詐欺にあっていたのか。確か村一番の金持ちのご婦人だ。未亡人だったが煉瓦造りの大きな家に住んでいた。その為がちょっと世間知らずな所もあるご婦人で、良く言えばおっとりした雰囲気。悪く言えば少々無神経。金持ちだから村人にやっかまれている所もあるだろうが、よく噂の中心人物になっていた。
「あら、ラウラじゃない。学校の帰り?」
正直、この奥様方の雰囲についていけないラウナは、こっそりと逃げようと思ったが、捕まってしまった。仕方ない。少しだけ立ち話して早く帰ろう。
そう思ったが、奥様方の一人がザンドラが詐欺にあった経緯を詳しく知っていた。その話がちょっと面白い。
詐欺師は聖女を自称する女だった。リリアンという。リリアンは元手品師だった。手品をザンドラに見せ、奇跡のように見せかけ、願いを叶えてあげると嘘を言って騙し、金品を取られたという。
「え、いくら何でもそんな手品で騙されるなんて。ザンドラも隙があったんじゃないの。自己責任よ」
なぜかザンドラを責める言葉も浮かんでしまった。ラウラは滑らかにザンドラへの批判が出てきてしまった。
「そうよね。ザンドラが悪いよね」
「騙されるなんて馬鹿ね」
「そうね、そうね」
いつもは奥様方の噂話なんて興味ない。むしろ苦手だったが、今は楽しくなった。まるで噂話に潜む悪意や敵意みたいなものに飲み込まれてしまったようだが、舌は全く止まらない。
「そうね、ザンドラが悪いと思う」
ラウラは正義の立場に一方的に立ち、ザンドラを叩いていた。
正直、気分がいい。すっきりした。誰かを一方的に叩くのは。ラウラの顔も奥様方と同じように邪悪になっていたが、本人は全く気にしていなかった。
そして気分良く家に帰ると、両親がすっ飛んできた。
「ちょ、パパとママ。どうしたのよ」
「ラウラ、驚くな。何と縁談が決まった。相手は金持ちの医者だ」
「そうよ、ラウラ! これは奇跡よ!」
両親からの驚きの報告にラウラの目は丸くなった。
「え!? 私に縁談!?」
信じられない。そんなものとは縁がないだろうと思い込んでいたから。




