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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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心の傷とカレンデュラ軟膏(5)

「お前、どうしたんだ?」


 ザンドラは家へ歩いている時、話しかけられた。レーネだった。


 前と同じように修道着姿だったが、片手に籠を持ち、その中には薬草も入っていた。ミントだ。すっと爽やかな香りもする。


「お、片足に擦り傷があるじゃないか。これはさっさと消毒しよう。手当てをするぞ」

「ちょ、レーネ!」


 ザンドラの声も聞かず、レーネは勝手に決めてしまった。断れそうな空気もなく、渋々レーネの後についていったが、そこは修道院の中だった。


 といっても一般人が立ち入り禁止の礼拝堂ではなく、村人でも自由に入れる施療院の方だったが。


 施療院は木造の二階建てで、地味だ。礼拝堂の方はベルやステンドグラも見えるが、ここはそういった飾りは一切ない。


 施療院の中に入ると、消毒液やハーブが混ざったような独特な香り。ザンドラは匂いに慣れなかったが次第になれた。


 レーネからは診療室に案内され、傷の手当をしてもらう。


 消毒し、軟膏を塗ってもらったが、レーネは妙な事を言っていた。


「十字架の上の神の打ち傷によってザンドラは癒されました。完全に綺麗に癒されました。神よ、感謝します」


 レーネもこんな容姿と話し方だが、一応シスターだ。修道院で使われている祈祷文か何かだろうか。


 軟膏は強い匂いがした。ミントより強めでジャコウのような匂いもした。


 ザンドラは目の前にいるレーネに聞いてみた。


「この軟膏は何? 独特な匂いね。効きそうではあるけど」


 ここでレーネはニンマリと笑い、早口で話しはじめた。まるで水を得た魚のよう。


「これはカレンデュラ軟膏だ。傷によく効くハーブでな。皮膚や粘膜の炎症を抑えて、皮膚のガードマンとも呼ばれている。利尿作用などもあるな。とにかく肌にいいハーブで軟膏に使っている。匂いは少々強めだがな」

「そうね。香水のジャコウっぽい」

「確かにな。ラベンダーオイルと調合しても良いかもしれない。ハンドクリームでも作ってみるのも良さそうだ。しかしこのハーブはな……」


 レーネにハーブの蘊蓄は全く止まらなかった。よっぽど好きなのだろう。そうは言ってもきちんと手は動かし、傷の手当は完了した。二、三日で治るという。風呂上がりはこの軟膏を塗る事をお勧めされ、小分けして貰ったが。


「よし、この傷も絶対治る。確実に治る。綺麗に治るぞ。神よ、感謝します」


 またレーネはそんな事を言っていた。かなり自信満々だった。よっぽどカレンデュラの効能を信じているのだろうか。


「心の傷も治るといいのに……」


 ついつい本音も溢れてしまった。偽聖女の詐欺や村人の噂話。治らない体調。思い出すだけで気が滅入りそうだが。


「治るぞ!」


 レーネは笑顔だった。相変わらず自信満々だ。


「我々には言葉の力があるからね」

「そうかしら?」


 ザンドラは首を傾げる。まだカレンデュラの匂いがあたりに漂っていたが。


「ああ。聖典にもそう書いてある。東洋では言霊とも言うらしいがね。だから我々もどんな酷い患者にも愚痴は決して言わないよ。例え現実が余命一ヶ月だったとしても、奇跡はきっとあるから」


 レーネの目はさっきよりもキラキラしていた。腐ってもシスターという事なのだろうか。こも姿は聖女にも見えた。レーネだったら少し騙されても良いと思ってしまうほど。


「治る? 心の傷も原因不明の体調不良も」

「ああ。確実に治る。心配しない」


 そのレーネの声は綿菓子のように甘く、ザンドラは鼻の奥がツンとしてきた。思えばマイナスの言葉に囲まれて行きてきた。村人、死んだ夫、息子、親戚、友人、それに偽聖女。自分にかけてくる言葉は決して甘くない。その上、自分自身にも後ろ向きの言葉を浴びせていた気がする。誰かに加害するような発想ができてしまうぐらい。誰かを傷つけようとしていたのも、結局は自傷行為だったと気づいてしまう。


「優秀な私と最強のハーブ、それに全知全能の神もついているぞ。なに、大丈夫だ」

「自分で優秀って言う?」

「言う!」


 レーネの冗談にザンドラもクスリと笑ってしまう。レーネも笑っていた。狭く無機質な診療室も明るい笑い声は響く。


 こんな風に笑ったのはいつ以来だろう。レーネは笑う事も忘れていた事に気づく。


 心の傷も体調不良も良くなるかは不明。レーネの言う事は半信半疑ではあったが、こうして笑っていると希望が出てきた。あんなに冷えていた心も柔らかく溶けて行きそうだ。


 診療室の窓からは優しい春の日差しが降り注ぎ、ポカポカと暖かい。


「まあ、また施療院に来るといい。体調の様子も見たいしな。あと、私がブレンドした新作のお茶も試飲して欲しい」

「いいの?」

「前は実験台みたいな事を頼んで悪かったと思う。いや、ね」


 珍しくレーネはバツが悪そうだったが、ザンドラはそんな事はもう忘れる事にした。


 偽聖女の事も村人の事も。いつか足の傷と同じように記憶から消えていく。そうイメージしてみると、気分が良くなってきた。


 まだ漂っているカレンデュラ軟膏の匂いを吸い込む。強い匂いだ。


 たぶん、大丈夫。自信はないけど、この匂いを感じていたら、そんな気がした。


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