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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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心の傷とカレンデュラ軟膏(3)

 レーネのハーブティーが効いたのかはわからない。三日間飲み続けたが、少しは良くなってきているような気がした。特に顔の火照りやむくみどは。それでもイライラはどうにも止まらない。


 広い屋敷に一人でいるからだろうか。窓の外は綺麗な春の空だ。水彩絵の具のような淡い色。


「出かけましょうかね」


 特に買い物などの目的もないが、少し散歩でもしてみる事にした。


 屋敷から出ると、春の生暖かい風が吹き抜け、ザンドラのグレイヘアを揺らす。この髪も最近は抜け毛が多く、艶も減ってきた。


「歳をとるのって大変ね……」


 そんな独り言も誰にも届くわけもない。この時間は農作業中の村人が多く、誰ともすれ違わなかった。


 村の広場に来ると、ようやく村人と出会う。買い物中の主婦達や農作業の休憩中の者達だが、ザンドラの姿が見えると、急によそよそしくなった。


 主婦達は目を伏せ市場の方へ去って行き、農民達はあからさまに笑っていた。


「あんな偽聖女に騙されるなんてなぁ」

「世間知らずの奥さんってそんなもん?」

「面白い。ちょっと金持っているから偉そうだったんだよ。因果応報っていうか、自己責任だよ」

「そうかもね。ザンドラにも落ち度があったんじゃない」

「ちゃんと警戒していれば防げた詐欺だよ。ザンドラが悪いよな。ははは」

「そう、前からあの金持ちの家って嫌な感じだった」

「だよねぇ」


 農民達はザンドラが目の前にいるのにも関わらず、悪口を楽しんでいた。


 クスクス、ヒソヒソ。


 そんな笑い声に首を絞めらるような錯覚もするぐらい。


 ますます心が冷え切りそう。大きな氷の塊を飲み込んだような。ザンドラのイライラは急に悲しみに変わっていくような。


 また目眩がしてきたが、どうにか広場から逃げ、誰もいない公園の方へ逃げた。


 走ったせいで息が上がる。余計に気分が悪くなり、一時は治っていたと思われた火照りも復活してきた。


 とりあえず鞄からハンカチをだし、汗を拭うが、さほど効果もなく、その場で蹲ってしまう。


 農民達の言葉が矢のように刺さってしまう。心は冷え切り、傷が生まれていた。目に見えないが、頭に中に傷らだけの心臓の形が見えてきそう……。


「ははは……」


 乾いた笑いも口から溢れてくる。地面を見下ろすと蟻が一生懸命歩いていた。一匹も遅れずに歩いているのがもはや奇跡だ。ザンドラがもし蟻だったら、あっという間に置いていかれそう。そんなイメージも頭に浮かび、余計に気持ち悪い。


 ふと、頭に全く別の考えも浮かんでいた。置いてきぼりをくらう蟻が自己責任なのなら、この世のある全てのものも自己責任か?


 もしザンドラが誰かを加害しても、被害者が悪い?


 農民の言っていた言葉を要約すればそうだ。危機管理を怠った自己責任。被害者が全て悪いという理屈が成り立ってしまう。


「そうか、だったら私も……」


 偽聖女のように詐欺を働いても悪くないという理屈が成り立つ。元に今も被害者であるザンドラが責められて悪い噂を広められていた。


 この体調の悪さやイライラでまともな判断力も失っていたのかもしれない。


「私が加害しても悪くないでしょ?」


 まともな判断力がある時だったら、加害する者が全面的に悪いと思っただろう。しかし今は詐欺に遭った事も責められ、自己責任にされ、悪い噂も立られている。その事がどうしても納得できない。再びイライラも復活し、ザンドラは誰かを加害する事を決めてしまっていた。


 誰を加害しようか。


 あの農民達を詐欺する事も考えたが、それは難しそう。まともな判断力がない割には、その点はなぜか頭が回ってしなう。自分より強い農民ではなく、できるだけ弱く、無抵抗な人……。


 北の森に住むコーロという老婆がいた事を思い出す。


 コーロは長年この村でいじめられていた。魔女という噂もたち、森で引きこもっている女だ。彼女だったら、別に詐欺をしても……。


 冷たい心に悪魔の囁きが入り込む。今は真っ当な言葉は一つも思い出せない。


 ザンドラは立ち上がると、北の森に向かって歩き始めていた。


 わざわざ弱いものを狙っている。そんな自分に嫌気がさしながらも、足は勝手に動いていた。


 森に入るとカラスの鳴き声が響く。


 カァ、カァ!


 まるでザンドラを馬鹿にしているような鳴き声だったが、もうどうでもいい。ザンドラの目は死んでいき、完全に無表情になっていた。

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