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聖女の薬草処方箋  作者: 地野千塩


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ディルの子守唄(5)

 修道院周辺の道は舗装されてなく、水たまりを避けつつ歩いていた。


 靴は少し泥がついてしまったが、何とか一般人専用の修道院の門につき、門番に事情を話して入れてもらった。


 入り口の側には菓子の売店もあり、村人で賑わっていたが、そこは無視して施療院に向かって歩く。ハーブ畑が見えてきた所で左手を進むと、レーネの研究室があった。


 赤い三角屋根の家だった。家というよりは小屋という質素な雰囲気の場所だったが、すぐ側にハーブ畑もあり、良い香りがする。雨水でハーブも濡れていたが、日差しが差し込み、キラキラと光って見える。ハーブのグリーンは妙に目に優しくも見えた。牧場や野菜畑の緑はもっと強い雰囲気だったが、ハーブの緑は目にも優しいらしい。


 レーネの研究室の扉をノックすると、すぐに返事があり、中に入る。


 中は狭い。ドライハーブの瓶詰めや実験器具、それにさまざまな書物に溢れ、レーネも机に齧りついていた。想像以上に研究家気質というかヲタクっぽい雰囲気に引きつつも、窓からはハーブ畑も見える。窓からの眺めは悪くなさそう。


 レーネは折りたたみ式の椅子やテーブルを出し、パウラも座る事ができた。狭いのでさほどゆっくりは出来なそうだが。


 それだけでなく、レーネはお湯を沸かし、ハーブティーも入れてくれた。ガラスポットに入れられたハーブティーは澄んだ緑色で綺麗。匂いも良かったが、その綺麗さにも目が奪われてしまった。


「まあ、ハーブティーでも飲んでしばしリラックスしながら話そうではないか」


 レーネはほくほく顔でガラスコップにハーブティーを注ぐ。湯気と共に爽やかでほろ苦い香りが広がる。レーネはうっとりと目を細めていた。


「このハーブティー、なんです?」

「ディルだ。リラックス効果がある。赤ちゃんの子守唄みたいなハーブでな。リラックスしたい時に飲むといい」


 レーネに勧められディルのハーブティーを飲む。確かに緊張感や焦り見たいなものがほぐれてくる。爽やかで少しの酸味、苦味も心地いい。そう言えば姉もこのハーブティーを勧められたというが、絶賛したくなる気持ちは分かる。


「美味しい」

「だろう。さて、リラックスした所で聞こう。なんか用事か?」

「ええ。実は……」


 ディルのせいでリラックスしている。おかげでリリアンのことや義母や親戚の事について話す事ができた。このハーブティーがなかったた無理だっただろう。少し眠くもなってくる。確かに子守唄のようなハーブティー。


「そうか。正直に言ってくれてありがとう。後で修道士達に報告する」

「ええ」


 レーネの変な話し方も、今は特に気にならない。ディルの特別な力に捕まってしまったみたい。


 パウラはもう一口ディルのハーブティーを啜ると首を傾げた。


「レーネは私の事を笑わないんですね。子供も産めない女なのに」

「笑うわけないだろう。っていうか我々シスターは神様と結婚しているようなものだ。シスターも子は産まない。だからって何か文句あるかい?」


 口調だけだとキツいのに、レーネの目は意外と優しく、今も生活に心から満足しているようだった。


 ハーブの効能などもペラペラと早口で語り、心底ハーブが好きそう。


 少し羨ましくもなってきた。少し前までは修道院やシスターなんて未知な存在として処理していたものだが、こうして見ると案外普通だ。単なる薬草ヲタクの女に見えるし、好きなものがあるのは、人を元気にさせるのかも。レーネの目は子供のように元気そう。


「パウラ、お前も好きな事をやってみればいい。そうしたら、ひょっこりと大事なものが天から降ってくるかもしれない」

「大事なもの?」

「そうだ。子供がいたら好きな事できんぞ。今は神様が好きな事して良いぞっていう期間なのかもしれない」

「好きな事……」


 すっかり忘れていた。赤ちゃんの事ばかり考えていた。執着していると呼んでも良い状態で視野も狭くなっていた。子供がいない=不幸だと一番決めつけ偏見を持っていたのは、義母でも親戚でもない。パウラ自身の事だったと気づいてしまう。


「そうか……。子供がいないからって不幸だとは視野が狭かったかしら」

「そうだぞ。何よりこの私は最高に幸せだ。好きな薬草も研究でき、おまけに人様の健康にも役だてる。まあ、別にこれができなくたって私は生きているだけで十分だね。あんまり欲張りすぎても、な? 足るを知ろう」


 レーネの言いたい事はなんとなく分かる。欲望が動機でした事はろくでもない結果になる事が多かった。赤ちゃんもそうかもしれない。欲望で産んでも幸せになれるかどうかは別。かえって不幸になりそうな……。


「うーん、何かスッキリしてきたわ。私も好きな事していいと思う? 絵を描いたり刺繍したり」

「いいと思うぞ。人生にはそんな時間も必要だ」


 笑顔で頷くレーネは本物の聖女のように見えてきた。


 その後、偽聖女のリリアンは捕まり、村に平和が戻った。


 相変わらず義母や親戚達からは攻撃を受けていたが、趣味の刺繍やスケッチをしていると、受け流すのも慣れてきた。ディルのハーブティーも毎日のように飲み、心の苦水も程よく排出されていたのかもしれない。


 夫との仲も良好で野菜も豊作だった。


 相変わらず赤ちゃんは生まれていないが、これで十分。自分は最高に幸せかもしれないと思っていた頃。


 生理がなかなか来なかった。吐き気や頭痛もあり、これは何かの病気かと思って病院に行った。


「おめでとうございます」


 医者は優しく微笑んでいた。


 もう不妊の事なんて何も考えていなかったのに。忘れた時に天から降ってきたみたいだ。


 ディルのハーブティーも自分だけでなく、子供とも一緒に飲めるだろう。


 これからの月日を想像するだけで大変だが、何とか乗り越えられそうだ。


 これからは子供や家族の為に生きよう。もう自分の時間は終わりを告げていた。

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