ディルの子守唄(3)
「どうか女神様。私に赤ちゃんをください。義母や親戚に責められています。親戚にも責められて毎日苦しいです。子供を産めない女は立場がありません。どうか、どうか……」
パウラは村の湖のほとりにある女神像に向かって祈っていた。
目を固く閉じ、手を組み、跪きばがら。
女神像は一ミリも動かない。慈悲深い表情でパウラを見下ろしていたが、去年ここで祈った時は豊作になった。家の経済も豊かになった事を思い出すと、祈りはやめられない。
湖には鳥が集まり、その鳴き声でうるさいほどだったが、パウラは集中して祈っていた。跪いたせいでワンピースの裾が汚れてしまったが、気にしない。
「ねえ、あなた。パウラっていうの?」
「え?」
女神像の裏から声がした。思わず、立ち上がって警戒したが、女神像の裏に女がいたらしい。まさか祈りの内容をこの女に一部始終聞かれてしまったか。人がいない事は確認していたのに。
思わずパウラの顔は真っ青。祈りが聞かれた恥よりも、恐怖の方が勝ってしまった。
女は美女だった。なぜか胸元が開き、大きなスリットが入ったワンピースを着ていたが、意外と似合ってる。
金髪はゆるく巻かれ、目も大きく、まつ毛も長い。年齢は二十五歳ぐらいだったが、砂糖菓子のような美少女といった雰囲気だ。
この美女は見覚えがある。確か村で行われた美女コンテストで二位になった自称聖女だ。名前はリリアン。この村の人間ではないが、人々を奇跡の力で癒すため旅をしていると言っていた。
「ふふ、そんなに怖がらないで。でもこの女神像って豊作担当よ。赤ちゃん担当じゃないわ」
「え?」
リリアンは意外と気さくに話しかけてきた。パウラの警戒心も緩み始めてきた。
「そう。こういった女神様は各種担当がいるから。ちゃんと赤ちゃん担当のところに行かないとダメよ」
「そ、そんな……」
「でも、私は奇跡の力があるの」
「え?」
リリアンは歌うように言うと、自身の首にかけていたネックレスを取った。何か呪文を唱えた後、そのネックレスはあっという間に消えてしまう。
「え?」
パウラは変な声が出ていた。まさか目の前でネックレスが消えてしまうなんて。しかもリリアンは湖の上を歩いて見せた。ますます我が目を疑う。
「これが本物の聖女の奇跡の力よ」
「そ、そんな……」
リリアンは自信たっぷり。胸をはり、大きな目でパウラを見つめていた。
「私、パウラの力になれるかもしれない。奇跡の力で赤ちゃんを連れて来る事ができるわ」
断言していた。その自信はどこから来るのだろう。わからないが、不安そうにしているよりは説得力があった。
「私はパウラを助けたいの。少しでも私の力であなたを癒したい」
そう語り、リリアンはパウラの手をとった。温かみのある手だった。義母や親戚連中とは全く違う手だ。
「お願い。私を信じてみて」
「で、でも……」
ふと、さっきのレーネを思い出す。偽聖女の詐欺とか言っていたような気がするのだが。
「あなた本当に聖女? 修道院のシスター達が何か言ってたわ」
パウラはリリアンから手を引きつつ、レーネの名前も出す。
「いやね、あの修道院の人達こそ詐欺師。偏狭な一神教よ。そんな事言って私をいじめているの。昔も魔女をいじめていたのも修道院だった」
リリアンは目を潤ませながら被害を訴えていた。確かに良い今の修道院はそこそこ評判も良くなったが、少し前は魔女をいじめていた。しかも無実の罪で。
「それに修道院が赤ちゃんを産まれるようにしたとか、豊作にしてくれたとか聞いた事ある? ないでしょ?」
それは全くリリアンの言う通り。村でも女神像は豊作にしてくれるが、修道院は貧乏人になった時しか意味がないとまで言われていた。それに免罪符や罪の告白の強要なども噂されていた。確かにレーネの言う事は鵜呑みにできない。
「お願い、私を信じてみて。必ず赤ちゃんを産ませるよう奇跡を起こす。断言するわ!」
リリアンの熱意に押された。そうでなくても藁をも掴む思いだ。今はどうしても赤ちゃんが欲しかった。
義母や親戚達の顔が浮かぶ。彼らを認めさせる為には、赤ちゃんがどうしても必要だった。
「わかったわ。リリアンの力を信じてみるわ」
「わぁ。ありがとう!」
リリアンは再び手を取り、笑顔を向けてきた。天使のような甘やかな笑顔だった。
「という事で契約の印として、お米一年分、野菜と宝石、他にも……」
リリアンは金品を要求してきたが、今はもう判断力も失っていた。これで赤ちゃんが産まれるのなら安いものではないか。パウラはリリアンが要求してきた金品を全てあげる事に決めた。
「わあ、パウラありがとう!」
リリアンにきつく抱きしめられた。息ができないほどの力強さだったが、これで奇跡が起こって赤ちゃんが産まれるのなら、もうどうでもよ良かった。
そう思うとパウラは気が抜けてきた。これで義母や親戚達から解放されるはずだと。
そんなパウラを女神像が見下ろしていた。相変わらず無表情だった。一ミリも動きやしなかった。




