ディルの子守唄(2)
幸い、夫はパウラの味方だった。家から追い出されそうになったパウラだったが、なんとか離婚は回避できたが、義母に責められ、他の親戚にも詰められる事も多く、すっかり疲弊していた。まさに義父がもうこの世にいない事だけが救いのような状況だった。
今日は雨が降り、農作業の仕事もできない。夫と家にいるのもしんどく、思わず外に出てしまた。行く当てもなく、ふらふらと歩いていると、この村の修道院の前まで来てしまった。
修道院は煉瓦造りのカントリー調の建物。敷地も広いが、礼拝堂やシスター達が暮らしている宿舎などは立ち入り禁止だ。菓子の売店や施療院という医療施設は一般人にも開放されているが、なかなかパウラにも縁のない場所だ。
村では神を信じるもの、つまりこの修道院の人間と土着の女神信仰をしているものとで二分されていた。
パウラは家の事情により女神を信じていた。豊作の女神で、この村の湖の側にある女神像に祈ると、この年の豊作が保証されると言う。
いつのまにか雨があがり、修道院からシスター達が出てくるのが見えた。メガネをかけ、猫背のシスターと目が合った。
年齢はパウラと同じぐらいだったが、かなり小柄だ。農民の体型では決してない。眼鏡はダサめで野暮ったいが、肌は綺麗。この肌のおかげか、真っ白な修道着も板についていた。
「ごきげんよう」
シスターはパウラに気づくと微笑みかけてきた。
「最近、このあたりで偽聖女が詐欺をしているという噂を聞いてな。君も気をつけて」
パウラはシスターの男っぽい口調に目を丸くしていた。噂では聞いたことがある。薬草ヲタクの聖女で、医者に究明できない体調不調、精神的な落ち込みを解決してくれる変なシスターがいると。確か名前はレーネ。彼女の側からはラベンダーやカモミールのようなハーブの匂いが漂い、レーネだと確信したが。
「に、偽聖女?」
「ああ。リリアンという名前だ。全く聖女だなんて、おかしいなぁ。人間は皆罪人なのに……」
レーネはぶつぶつと呟きながら、修道院の方へ戻って行った。
「何あの人、関係ないし……」
そうだ、自分は女神を信じている。シスターとか修道院とか関係ない。
「そうだ、女神様に祈れば、赤ちゃんも生まれるかも……」
女神は豊作担当らしい。妊娠させる力があるかは不明だったが、試してみる価値はあるかもしれない。
今は藁をも掴む思いだった。もう医者には頼れないし、見えない力も頼りたい気分。去年は女神に祈ってあんなに豊作になった。何らかの効果はあるかもしれない。
「修道院とかシスターとか、関係ないし」
パウラはそう呟くと、村の湖に向かって歩き始めていた。
雨上がりの空を見上げる。分厚い雲の割れ目から光が差し込んでいる。
そんな光を見てたら希望が出てきた。女神に頼れば赤ちゃんも産まれるかもしれない。
「ああ、どうか……」
今はどうしても赤ちゃんが欲しい。天にいる赤ちゃん、どうか自分を選んで……。




