不老不死とローズマリー(3)
黒い森に住む魔女に会いに行こう。
ミアはそう心に決めた。家の農作業の仕事も無視し、村の北部に向かって歩いていた。
北部には黒い森がある。ここは村の中心部や南部と違い人気がなく、民家自宅もない。代わりに鬱蒼とした森が広がり、冬には熊も出る事もあり、立ち入り禁止地域でもあった。
それでもミアはこの暗い森を歩いていた。その足取りは軽くもある。
この森には魔女が住んでいるという噂があった。魔女に頼むとなんでも願いを叶えてくれるという。ただ、何を代償とするかは魔女が決めるらしい。お金の時もあれば、土地の時もある。寿命を代償とすちる噂も聞いたが、それは考えない事とし、村の男達から貢いで貰ったお金を鞄につっこみ、森を歩く。
正直、気分のいい場所では無い。木の葉の色は吸い込まれそうになるぐらい濃いし、土の湿った臭いも鼻につく。岩や枯れ木、切り株のせいで道もあるにくい。一応、木に目印をつけながら歩いているので帰り道で迷う事は無いと願いたいが……。
カァカァ!
頭上ではカラスが飛び回り、その鳴き声も怖い。黒い羽がミアの目の前に落ち、余計に怖い。指先が震えてくるが、もしかしたら不老不死を手に入れるかもしれない。
今のミアはどうしてもそれが欲しかった。老けたく無い。死にたくない。永遠に十六歳のミアのままでいたい。ずっと男からチヤホヤされ、頂き村娘でいたい。
「老けたくないから……。どうしてもこのままでいたいから」
ミアはダンスは少し踊れるが、他は何も何もできない。家の農作業だって体力もないから辛い。学校の成績も悪かった。他、音楽や絵の才能もない。
このまま老けてしまったら、唯一の美貌が失われてしまったら……。
恐怖でしかない。こんな空っぽな自分のまま、どうやって老いていったら良いか謎だ。
母も若い頃は美人だったというが、今は夫婦仲は冷え切っていた。父が飲み屋の女や娼婦と遊んでいる事も知っている。何も楽しくなさそうな母を見ながら、余計にミアの不老不死へに願望が強まっていた。こんな暗い森に一人で行くリスクも取るぐらい。
「あ、家が見えた。もしかしたら、ここが魔女の家?」
しばらく森の中を歩き続け、ようやく民家を見つけた。
赤い屋根の小さな家だった。魔女が住んでいる割には可愛い家だ。木々に囲まれ、日当たりはかなり悪そうだが、その点は魔女らしくもある。
ミアはさっそく玄関の戸をノックした。
「お前は誰じゃ?」
出てきた老婆は、本物の魔女らしい容姿。黒いマントに猫背、木の杖も持っていた。鼻は鉤鼻だったが、それ以外はしわくちゃ。目も落ち窪み、声もガサガサで低い。
「え、あの……」
ミアは思わず後ずさってしまうが、魔女はその手を引き、家の中に招いた。
家の中はかなり汚い。汚物が散乱し、足の踏み場もなかった。ネズミが走っているのも見え、硫黄のような変な匂いも漂っていた。
「あなたは魔女?」
「は?」
しかも魔女は耳が遠いようで、ろくに意思疎通もできない。
「あの! 私、不老不死の薬が欲しいんです! 不老不死の薬を作ってください!」
ミアは魔女の耳元で大きな声で叫んだ。この家の中は臭くて汚かったが、不老不死を手に入れる為だ。どうにか鼻をつまみつつ、魔女に頭を下げる。
「うん? 不老不死?」
「そう! 不老不死!」
ミアは口を大きく開け、唾を飛ばす。この姿は本当にみっともなかったが、背に腹は変えられない。
「わかった」
「本当?」
「おお」
魔女は台所からガラスのボトルを持ってきた。そこには茶色の液体が。
「これが不老不死の薬?」
「おお」
ミアはボトルを魔女から引ったくると、走って逃げた。
「やった! 不老不死の薬が得られたわ!」
さっそくフタを開け、匂いを嗅ぐ。何か異臭もしたが、不老不死になれるのだったら、もうどうでもいい。
ミアは一気にそれを飲み干した。味はまろやか。少し粘っこいと言うか、変な舌触りだったが、不老不死になれるのなら、味なんてどうでもいい。
飲み干したボトルはカバンに入れ、木々につけた目印を頼りに帰った。
「やった! これで不老不死になれる!」
ミアは満面の笑み。足取りも羽が生えたかのように軽い。
相変わらず森の中は暗い。カラスの鳴き声も怖いが、目的のものを果たせたのだから、どうでも良い。
「うん? でもあの魔女、代償がは要求しなかったな。どういう事だろう?」
そんな疑問が引っかかったが、きっとあの魔女は親切でくれたのだろう。そう思い込み、森の出口に辿りついた時だった。
お腹に衝撃が走った。鈍痛もジワリ、ジワリとお腹に広がり、立っていられない。生理痛の時より酷い。
「い、痛い……」
息もできないくらい痛みだった。ミアはお腹を抱えたまま、意識を失い、倒れた。
これが不老不死の代償か。
意識が消える中、それだけは理解できる。
カァカァ!
ミアを馬鹿にしたようにカラスが鳴いていた。




