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第2話 世界なんかを救うより

 やがて子どもが目を開けた時、最初に見えたのは荒涼とした夕刻の景色だった。


「……う……」


 頬にざらざらした感触が伝わり、自分が砂利の混じった固い地面に転がされていることに気づく。起きあがろうとしたとき、両手足に細い縄がぐるぐると巻かれ、縛られていることが分かった。


 フードの男が子どもを運んできたのは、街道から外れた簡易の基地のような場所らしかった。水たまり同然の小さな池のそばに宿泊用のテントが二つ建てられており、背後からはちりちりとした熱が伝わってくる。どうやら、小さな焚き火を背にして寝転がっているらしい。

 子どもの目線の先には灰色のフードつきマントを羽織った男が二人、武器を構えて佇んでいた。一人は弓矢、もう一人は細身の剣。やはり、先ほど盗賊を追い払ったのと同じ男たちだった。


(あの大剣のおっさんは?)

 首を伸ばして、周囲を見渡そうとする。


「――そこそこ元気に動けるみてーだな、その様子だと」


 先ほどまで言い合っていたのと同じ声が真後ろから聞こえて、子どもは心の中で舌打ちをした。無駄だろうと思いながら、念のため頭を倒して気絶しているふりをしてみる。


「バレバレだぜクソガキ」


 今度こそ本当に舌打ちして、乱暴に起き上がった。

 大剣を横に置いた男が、酷薄そうな笑みで子どもを見ている。相変わらず深く被ったフードと焚き火の色のせいで、男の髪や目の色はよく分からない。ただ最初に思っていたよりは、幾分若そうな顔立ちだった。


「オレのことどうする気」

「さあな。種の近くに勇者を名乗った奴がいたらそいつごと連れて来いってのは、ご依頼主サマの意向だよ。俺は知らねえ」

「依頼主って?」

「それこそ答えるわけにゃいかねえな」

「その人は種をどこに持ってくつもりなの」

「知ったことかよ」

「本当に何も知らないんだね!」

「ハッ! 知ってたからってどうなるってんだよ。仕事の内容が変わるか?」


 馬鹿にしたような瞳で、男が手をひらひらと振ってみせる。そんな男を見て、それから自身の胸元に目を落とした子どもは「あっ⁈」と小さく叫んだ。

 首から下げていたケースが消えている。ここまで共に旅してきた【種】を収めていたそれは今、男の首にかけられていた。


「返せよ!」

「ダメに決まってんだろ」


 男は口の端を上げ、これ見よがしにケースを掲げた。微かな美しい光が、革の隙間から漏れ出している。子どもと十分な距離があることを確かめてから、男は先ほどの意趣返しとでもいうかのように悠々と手の中でケースを転がし、そっと留め金を外して中身を手のひらに落とした。


「こんな小さなもんがねえ」


 取り出された種は親指の先ほどの大きさで、『世界に千年の実りをもたらす神種』と呼ぶにはあまりにも小さかった。しかし、その表面には一筋の割れ目が走っており、そこから暖かい金色の光が溢れ出している。

 木漏れ日に似たその光が帯びる唯ならぬ気配は、男の手のひらにある種が特別な力を秘めていると思わせるのに十分なものだった。


「! こら」


 突然子どもが全身をバネのようにして飛び上がり、焚き火の横をすり抜けて男の手のひらに噛みつこうとした。男がサッと手を引いたため、宙に浮いた子どもの身体はそのまま地面に打ち付けられる。


「ぎゃっ!」

「油断も隙もねえな」

「もう十分見たでしょ? 返せよ」

「だから返す訳ねえだろうが」


 手も足も縛られたまま再び飛びかかろうとした子どもを、男は簡単に避けた。額が地面にぶつかる硬い音がして、子どもが「くっそぉ……」とうめく。

 そんな子どもを見下ろして、男が言った。


「しっかしお前も強情だな。誰が植えようが種は種だろ。――ガキらしく、勇者って奴に憧れてたのか」


 うつ伏せになったまま、子どもは顔を上げて男を睨んだ。わずかな沈黙の後、唇が開く。

「――知りたいんだよ」

「は?」

「神種を見つけるまでの記憶がすっかすかなんだ、オレ。それまでどこにいたのかもよく分かんないし、家族の顔も分かんない。この世界のことも、何にも知らない」


 ぐい、と起き上がった子どもが、至近距離から男を見た。


「その種が、唯一の手がかりなんだ」


 きらきらと光を湛えた二つの目が、男を射る。

 初めて、男の表情が少し揺らいだ。


「……そうか」


 彼の目の中には、憐れむような静かな光が揺れていた。その眼差しにある種の思いやりに近いものを感じ取り、子どもはそっと息を呑む。

 彼はため息をつき、目を伏せながら神種をケースの中に収めた。――しかし再び顔を上げた時、男の両目には前と同じ冷たい色が浮かんでいた。


「それでも、お前にこいつを返すわけにゃいかねえな。適当な理由なら適当に答えてやろうと思ってたが、特別に言ってやるよ。この仕事は金になるんだ。とんでもない量の金にな」

「そんな、」

「そんな事? ハッ、よく言うぜ。いいか、前回の勇者サマが種を植えずに死んじまってから百年間、この大陸はどん底のままそれなりに回ってきたんだよ。神の奇跡なしでな。少なくとも俺は、今さら神樹が育とうが育つまいがどうだって良い。――世界中の魔物が消し飛んだって、金がなきゃ俺の望みは叶わねえんだからな」

「望み?」

「ああそうさ。俺はうちのお頭と約束してる。あと百万さえ稼げば、この団からオサラバしていいっつー約束をな。そして、この仕事を全部やり遂げた時の稼ぎがちょうど百万。だから俺は失敗する訳にゃいかねーんだよ。一刻も早くこんな団抜けて、そして――」

「そのくらいにしとけトヴァン、もうお頭が来る」


 基地の周囲を見張っていた盗賊たちの一人が、二人の会話を遮った。ほとんど間を置かずに、遠くからカチャカチャと金属の触れ合う音が聞こえてくる。

 程なくして姿を現したのは、馬に乗った二人の人物だった。そのうちの一方、壮年の男は盗賊たちと同じ灰色のマントを纏い、剣と弓矢を身につけている。もう一人は濃い緑のローブに身を包んでおり、顔がほとんど見えなかった。

 トヴァンと呼ばれた大剣の男は立ち上がってケースを首から外し、元のように大剣を背負った。「そこにいろよ」と子どもに告げ、他の盗賊同様に現れた二人の方へ歩いていく。子どもは今のうちにと言わんばかりの勢いでジタバタしたが、拘束は微塵も緩まなかった。


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