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幕間 歪な魔法

 焚き火のそばで、ネノは夜空を見上げていた。

(同じ空だけど、昨日とは全然違う気持ちがする)

 ネノの後ろでは、新しく買った青いマントを肩まで掛けたトヴァンが静かに寝息を立てている。その大きな背にもたれかかるようにして、ネノは座っていた。


 サラキアから数時間歩き、太陽が西の空に傾き始めたころ。光が遮られない乾いた場所を見繕って、トヴァンは簡素な拠点を作った。

「火が消えねえように気をつけさえすりゃ安全だ。早いとこ休もうぜ」

「どっちかが見張ったりしなくていいの?」

「時々俺が起きるさ、お前は気にすんな」

「オレも見張りをやるよ、トヴァンこそちゃんと寝なって」

「馬鹿、へばったお前が明日お荷物になるのが嫌なんだよ」

「それを言うならアンタがへばった方が一大事じゃん」


 そんな押し問答をだらだらと続けるうちに、とっくに体力の限界だったトヴァンが眠りに落ちたのだった。「ほらやっぱり」と小さく呟いて、頬を突いてみても全く起きる気配がない。なんとなく得意な気持ちになりつつ、彼の傍らに腰を落ち着けてから小一時間が経った。


 パチパチと鳴る焚き火を眺めながら、ネノはほうっと息をつく。これまでに起きた色々なことが、頭の中でぐるぐると渦巻いていた。出会った人々の顔、聞いた言葉が目まぐるしく思い出され、目の前を通り過ぎていく。その中で川に突き出した岩のように、引っかかりを覚えるものがあった。

(アイツ……何だったんだろう)

 目を閉じれば、瞼の裏に昨日の記憶が鮮明に蘇る。ネノは神種のケースを握りしめ、緊張を緩めずに目の前の敵と向き合っていた。そしてネノの正面では――

 

 ――片腕と頭だけを突き出して肩まで地面に呑み込まれた男が、じっと俯いていた。


「答えてよ。アンタ何者?」

 男――ローブの魔術師を見下ろして、ネノは同じ質問を繰り返した。それに答えず、男は動かせる左手でなんとか地面を掴んで這い上がろうとする。その手首に蔦のようなものが素早く絡みつき、あっという間に地面に押さえつけた。

「神種って、託された人以外が勝手に埋めても芽を出すの? それとも勇者が何かしないといけないから、オレも一緒に攫おうとしたの?」

「……」

「言えない理由があるの? どうして?」


 男に詰め寄るネノは泥と土埃まみれで、瞳だけが変わらず光を宿して透き通っている。しかしそんな子どものまっすぐな目に射抜かれた魔術師は、「ひっ」と喉奥で悲鳴を漏らして顔を逸らした。

 魔術師の肩や首は、太い木の根のようなものにぎっちりと拘束されている。大地からそのまま生えたような色と形を持つそれらは、まさに土を意のままに操る力によって形作られていた。


 この場を見渡せる誰かがいたとしたら、そこにある物をこう形容しただろう――木だ、と。


 土で形作られた根が魔術師を縛りつけ、荒々しい岩の幹がその背にのしかかっている。同じような曲線を描いた石柱は地面のそこかしこに突き立っていて、魔法と魔法がぶつかり合っためちゃくちゃな戦いの跡を残していた。


 男は「うう……」と小さく呻きながら横を向いてうなだれている。そこから少し距離を置いて、ネノは彼の顔を見るためにしゃがんだ。

「ねえ」

「うわあっ! 止めて!」

 地面から頭をもたげた土の若木がスルスルと伸びて男のフードを持ち上げようとしたのを、慌てた声で男が止めた。同時に土の若木がパキンと砕けて、小さな石礫に変わる。


 男の間の抜けた悲鳴に困惑して、ネノはきょとんとした顔で魔術師を見た。そんな戸惑いをよそに、男はわたわたと言い募る。

「か、顔は見せるわけにいかないだろ」

「どうして」

「どうしてってわあー!! 待ってくれ! そうだ一つ耳よりな話を教えてやる! それで見逃してくれ!」

「ええ……」


(さっきまでと全然違う)

 ネノは少し呆れた声を漏らして、ジタバタする男を見つめた。何かを唱えながら岩を飛ばしてきていた間は、結構怖かったのに。

(喋ると急にダメになる人なのかな)

「それってアンタ自身のこと? 神種について?」

「違うけど……き、聞く価値はあるぞ!」

 その怯えようと開き直り具合にいよいよ毒気を抜かれてしまって、ネノはその場にあぐらをかいて座った。


「分かった。聞くよ……大した話じゃなかったら、完全に埋めてやるから」

 わざと怖がらせるような言い方をしてみれば、「ひいっ!」と情けない悲鳴が上がる。

(本当に、そんなに怖いやつじゃなかったのかも)

 もう少し驚かせようとして、ネノは細い蔦を伸ばす。……しかし彼が震える声で絞り出した「耳よりな話」に、思わず魔法の発動を止めてしまった。

「に、二種類以上の属性魔法を使える人間は、普通いないんだ」


 カラカラと軽い音を立てて、土の蔦が崩れた。

「……どうして」

 それはどうしてなの。あるいは――どうして、分かったの。

 どちらともつかない掠れた声の返答に、魔術師は意を得たように語り出した。

「君は土魔法だけじゃなくて、風魔法も使えるんだろう。でも人間の魂には普通、一つの属性の魔法しか宿らない」

 男の言葉は、ネノをはっきり動揺させている。そしてこの魔術師は、それを分かっている。分かっていて、さらに台詞を重ねようとしている。

「もしその原則から外れた魔術師がいるなら――そいつは世界を変える大魔法使いか、じゃなきゃ化け物だ!」

 その言葉を合図に、さっき蘇ったばかりのぼんやりした記憶が、ネノの頭の中に再び浮かんだ。


 乾ききった荒野の只中で、自分は戦っていた。

 ほとんど無心で――気流と旋風を、意のままに操りながら。


(この魔法が、普通じゃない?)

 ネノの思考が鈍り、集中が途切れる。その不意をつくように、矢よりも速い石つぶてが眉間を狙って飛んできた。

「!」

 首をひねってかわし、何本もの岩の根を生み出して男をより深く地面に引き摺り込む。その勢いで男を押さえつけていた石柱が崩れ、大量の瓦礫が魔術師を襲った。

「うわあああっ!」

 男の悲鳴で我に返り、弾かれたようにネノは立ち上がる。腹の底に力を込めて、芯の通った声で言い放った。

「大魔法使いでも化け物でも、神種はオレを選んだ。オレが世界を救う勇者だって事だけは、確かな事実だ!」


 もう一秒だってこの場にいる用はない。ネノは踵を返して、一目散に駆け出した。こうしている間にも、『魔物』とやらがトヴァンたちを襲っているかもしれない。もし手遅れになってしまったら、こうやって逃げた意味もなくなってしまうのだから。

 そう、今は急ぐべき時――今だけは、悩むのは後だ。





 記憶を手繰り終えたネノは、スッと空中を撫でるように手を動かした。清らかな水がその動きに合わせて渦巻き、重力に従って地面に降り注ぐ。

(風と土と水……本当なら一人が操れない魔法を、オレは使える)

 それが一体何を意味するのか、背筋が震えるほど知りたい。ただ、自分の事だからこそ分かるのだ。これが、何らかの禁忌に繋がっていると。

 最初から違和感はあった。魔術師の言葉で、それが決定的になっただけだ。自分は……何かを、知らないうちに隠している。

(誰かに聞けば、きっと手がかりは増える……でも)


 ネノは振り返って、眠り続けるトヴァンの方を見た。その視線が、すぐさま掴める場所に置かれた大剣の方へ滑る。月明かりに照らされた刀身の鈍い輝きをなぞるように眺めてから、目線を元に戻した。

(きっとまだ、その時じゃない。もっと分かってからでいい)

「――ていうか結局全部、アイツの思う壺だったじゃん!」

 思わず声が出て、背後でトヴァンが身じろぎする。慌てて両手で口を塞ぎ、息を殺してもう一度彼の寝息が整うのを待った。


 会話を振り返ると、何もかもあの男の思い通りに運んでしまったことが分かってくる。ネノは何の話も聞き出せなかったし、彼も盗賊団の首領も地面から這い出すのに苦労するだけでほとんど無傷だろう。しかもネノには、大きな荷物ができた。これから誰に頼ろうとしても、隠し事をしながらの付き合いになってしまうという荷物が。

 手のひらの上で転がされたようで、悔しい事この上ない。

(次会ったら、ただじゃおかない)

 そのためにも、自分はあらゆる事を知らなければならない。今の世界も、過去も、自分自身についても。


 ネノは軽く息をついて、星を見上げた。

 知るべきことはまだいくらでもある。旅はまだ、始まったばかりだった。


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