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第12話 向こう見ずな子どもたち

 店を十分離れた所で、一行は近くにあった廃墟の陰に隠れて買ったばかりの清潔な服に袖を通した。要らなくなった元の服を、ネノはしげしげと眺め回す。染色もされていない生地には赤茶けた汚れを何度も雑に洗い落としたような跡があって、今の格好と比べると異様なほどのみすぼらしさが際立った。


(どのくらい着てたんだろう、記憶がない頃のオレ)


 内心で首を傾げるネノの思考を、平板な声が断ち切った。

「俺はもう行く」

 腰の鞘にすらりとした長剣を納め、荷物をまとめたイシナミが立ち上がっていた。

「えっ」

「わかった。じゃあな、イシナミさん」

 トヴァンはひらりと片手を上げて、あっさりした挨拶だけを言って寄越す。あまりにも呆気なく別れを告げようとする彼らを慌てたように見比べて、ネノはイシナミの方へ駆け寄った。平然と歩いていこうとしていた彼が、ネノの気配に振り返る。


「どうした」

「やっぱり、一緒には来ないの」

 イシナミは淡々とした口調で、ネノに答えた。

「ああ。その交渉はトヴァンに持ちかけるといい」

「……アイツ、さっきオレのこと放り出そうとしたのに?」

「あいつは守るべきだと思ったものほど安全な場所に遠ざけようとする。だがお前はそれを望まないんだろう?」

 ぴたりと気持ちを言い当てられて、ネノはすとんと頷いた。

「うん」

 クッと喉が鳴る音がした。

「なら遠慮をするな、神種の勇者よ。お前が選んだ方の道に、必ず光は差す」

 また同じ音がする。どうやらそれがイシナミの笑い声のようだった。

「わかった。――ありがとう」

 厳つい表情を微かに綻ばせて、彼は頷いた。

「お前には助けられた。……実り多き旅になる事を祈る」



 老剣士の背が遠くなるのを見送って、ネノはトヴァンのもとに戻った。固まった血でこわばっていた服を脱ぎ捨ててすっきりした装いに身を包んだ彼は、崩れた壁にもたれて別れた同僚の方を見ていた。

「見送り、ちゃんとしなくてよかったの」

「したぜ。こっからな」

「……イシナミさんの事、嫌いなの?」

「どうだろうな」

 トヴァンは肩をすくめ、静かに続けた。

「世話になった恩はあるが、仲良しこよしの時間を過ごした事は一度もなかった。……そんなもんだ、裏稼業の仲間なんてのは」

 それよりも、とネノに目を向けた。

「さっきは随分と大きく出たな、新米勇者」

 アレースラの女職人に言い放ったあの言葉のことだと、やがて分かった。


「言わなきゃって思ったんだ」

「勇者としての使命感か?」

「うん。百年前のレヴィアタンは、神種の光で正気に戻ったんでしょ? ならきっと、今回龍を鎮めるのはオレの役目なんだと思う」

 胸に下げた神種に手を添えて、しっかりした声でネノは答える。呼応するように、緑の気配がふわりと立ち上った。

 トヴァンは鼻を鳴らし、さっぱりした口調で言葉を投げかける。

「役目、ね。できる見込みはあんのかよ」

「まだ分かんない。でもやらない理由にはならないよ」

「……」


 ネノを見つめるトヴァンの目には、どこか遠くを見ているような色が浮かんでいる。しばらくの沈黙の末、彼はぽつりと言った。

「妹を探し始めた時、俺はお前くらいの背丈だった」

「!」

「何も知らねえひょろひょろのガキだ、足掻いたところで何ができるかも分からねえ。でもあいつの家族は俺だけだった。あいつを見つけるのは俺の役目だと信じて、俺にはそれしかないと信じて、ずっと探してきた」

 見上げた精悍な顔には、歳月が刻んだ傷や荒れがいくつも残されている。喉の奥が詰まったような気持ちになるのを感じながら、ネノは言葉を紡いだ。

「……今まで、ずっと」

「ああ。この十数年、ありとあらゆる場所に潜り込んで探し回った。それらしい情報を掴んで辿り着いては、煙みたいにすり抜ける事の繰り返しだったがな」

 トヴァンが言わんとする事をうっすらと汲み取り、ネノの表情も引き締まっていく。


「トヴァンは……オレの事、無謀だと思ってる?」

「思ってないとは言えねえな。五国は狭かねえし、魔物と悪人は掃いて捨てるほどいる。全部見て回った挙句に勇者の仕事までやってのけようとしたら、暗い場所だっていくらでも通ることになるぜ。陽の当たる場所で元気に生きたいだけなら、別のやり方を探した方がずっといい。……ただ、」

 ほんの少し、言葉を探すようにトヴァンが話を途切れさせた。複雑な感情が、目の奥で揺れている。

「ただ?」

 ネノが促すと、ため息と共に吐露が続いた。

「止めらんねえよな、俺じゃあ……」

 自嘲を含んだ声で乾いた笑いをこぼす彼を、ネノはじっと見つめた。

「トヴァン自身が、ぜんぜん諦められてないから?」

「そうだよ。ネノ、お前今、俺の話でちょっとでも決心が揺らいだりしたか?」

「ううん」

 きっぱり答えると、彼は「ほらな」と眉を下げた。

「十何年もずっとこんな旅にしがみついてる俺が、お前みたいな向こう見ずで意地っ張りなガキを説得できる訳ないだろ。やれるだけやってみろとしか言えねえよ。それにお前には、ちょっとやそっとじゃ死なないだけの力はある」


 生きるか死ぬかでこれからの旅を語るトヴァンの言葉に、ネノはまた少しだけ胸が冷えるような恐怖を覚える。しかし、今度もやはり探究心が怯えを跳ね除けた。

「うん、オレならきっとやっていけると思う。知りたい事だらけなんだもん、絶対途中で諦めたくない」

「ハッ、思い上がってんな。良い目してるぜ」

 トヴァンは目を細め、ネノの髪を掻き回した。「わっ」と首をすくめたネノだったが、すぐに肩の力を抜いて彼の手に身を任せる。しばらく撫でられるままにされた後、頭上に手を伸ばしてパシっとトヴァンの腕を掴んだ。


 素早い動きに驚いたトヴァンと腕越しに見上げるネノの視線が、ぶつかって絡み合う。

 ネノの口から、言葉がこぼれ出た。

「トヴァン、」

 それだけ言って、ぎゅっと唇を結ぶ。トヴァンが真剣な目になって、続く言葉を待つ姿勢に入ったのが分かった。

 二人の目には、慎重に覆い隠された同じ色の期待があった。だからこそ、緊張した空気が二人の間に張り詰めていた。


(――オレの選んだ道に、光は差す……)

 ゆっくりと唾を飲む。意を決して、ネノは切り出した。

「これから、どこに行くつもりなの」

「この旅を続けるさ。大した当てはないけどな。だが、お日様が当たる場所はあらかた歩き回った。今度はもっと……“暗い場所”も、探すしかねぇだろうな」

 意味ありげに声音を強めたトヴァンの言葉を受けて、ネノの見開いた目に光が揺れる。

「それなら」

 彼の腕に両手を添えて、畳み掛けるように言った。

「協力しようよ。暗い場所をくぐり抜けたい時に。オレ、トヴァンと一緒に旅したい」


 勿体ぶった顔を作って、言われた彼は鼻を鳴らした。

「お前が首を突っ込む先で、俺は道案内をしながら人探しってわけか。じゃあ、お前はどう手伝ってくれるんだ?」

「オレは見聞きした事を絶対に忘れない。もう一組の目と耳になれる」

 それ以上の言葉は蛇足だった。熟考するかのように、あるいは相手を伺うように、しばらくじっと睨み合う。――やがて、トヴァンが口の端を上げて笑った。

「もってこいの才能だな。いいぜ、手を組もう」


 痺れるような歓喜が、ネノの全身を駆け巡る。

 その気持ちのまま快哉を叫んで、ネノはできたばかりの旅仲間に飛びついた。



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