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エピローグ 辺境伯夫人のスローライフ  ~大聖女を継ぐ者たち

 時は過ぎ、辺境で暮らし始めて二度目の夏を迎えている。


 王都よりもかなり南にあるので日差しも強く気温も高いが、私は夏が好きなので、全く苦にならない。


 一度目の夏の時、辺境伯はその座をシオンにゆずり、若いころからの夢だったという東方への旅に隊商(キャラバン)を組んで出発した。

 ときどき、伝書鳩ならぬ伝書ドラゴンが手紙と旅先の珍しい物を運んでくるが、まだまだお元気な様子が感じられる。


 そんなわけで、私は辺境伯夫人となったのだが、やってることはこれまでとたいして変わらなかった。


 屋敷の巨大な庭がもったいなかったので、一部を使って野菜畑を作らせてもらったのだが、一部といっても、もともと広いので結構大きな畑になっている。


 水球を乗せたつむじ風が三つ、水をまき散らしながら畑の上を移動している。

 操っているのは、ちびアンジェ改めアンジェリカ。

 六歳になり、背も伸びたので『ちび』は取ってあげることにした。


「姉さま-、こんな感じでいいのー?」


 畑のそばに立って両腕を広げているアンジェリカが私を振り返って叫んだ。


 つばの広い白い帽子をかぶった私は日よけの大きな傘の下に置かれたイスに腰掛け、背もたれを後ろに深く倒してのんびりとジュースのストローをくわえている。


「いいわよー、その調子。慣れたら、もう一つ増やしてねー」


 アンジェリカは暗黒竜との戦いのときに双翼を出すぐらいまで魔力を解放させてしまったので一度封印して、魔法になれるに従って少しずつ解放するようにコントロールしている。


「姉さまもすこしは、はたらきなよー」

「ダメよー、これはアンジェリカの魔法練習なんだから」

「そうやってなまけるから、姉さま、このごろ、ふとったよー」

「いいのよー、これで」


 あっさりと私に却下されたアンジェリカはブスッとふくれて、また水まき魔法の操作を始めた。


 畑仕事が嫌いになったわけではなく、今はあんまり体を動かしたくなかった。



 のんびりと上級貴族の生活を楽しんでいるだけでなく、私にぴったりの仕事を作って働いている。


「アンジェ様ー!」


 遠くから若い看護婦さんが私を呼びながら走ってきた。


 私を様付けで呼ぶなんて新人さんかな。


「お休みのところすみません。私たちでは手に負えなくて」

「どんな患者さん? それと『様』はやめてね」



 辺境伯領には辺境伯家が運営している大病院があり、治療費は基本無料。

 機材も設備も王都の大病院に勝るとも劣らないが、運営費用は領内の収入でまかなわれているそうだ。

 儲けるというのは大事だなあとあらためて思う。


 今日の患者は工事現場の高いところから落ちて背骨を折ったということで重傷かもしれない。


 患者に会う前に更衣室で治療用の服に着替える。

 シオンが買ってくれた東の国の服とかで真っ白な布、ガウンのように体の前で右左を合わせて腰に巻いた太い帯で縛る。

 さらに頭から白い頭巾をかぶり、鼻まで覆うようなマスクをすると鏡に映る姿はどこの国の人間かも全く分からない、というよりも不気味で怪しい人にしか見えない。


 よし、準備完了、と患者の待つ病室に向かう。



「オマタセシタアルネ」


 わざとたどたどしい言葉であいさつしながら、看護婦さんと一緒に病室に入っていく。

 ベッドに横たわる男性の患者に付き添っていた女性は両手を組んで祈っている最中だった。


「女神ルミナスのご加護を我が夫に賜りたく……」


 あら、辺境伯領では珍しい光神教の信者かしら。

 女性が入ってきた私に気づいて、驚いて立ち上がった。


「だ、誰ですか⁉」


 看護婦さんが代わって説明してくれる。


「この方は、はるか東の国から来られた方で、病気やケガを治すレンタ……、えーと……?」

「レンタンジュツ」

「そう、煉丹術という魔法みたいなものの達人の方です。辺境伯に招かれて当地に滞在されています」


 新人さんにも、ちゃんと台本を覚えてもらわないとダメね。


 シオンによると東の国の魔法の一種らしいが、この国では煉丹術なんて誰も知らないので、どんな名前でもいいのだけれど『リアリティは大事だから』だそうだ。


 付き添いの人は訳がわからないという顔をしているが、構わず、両手をベッドの上の男性の腰にかかげる。


「デハ、ハジメルアルヨ」


 金色の光に包まれた両手で患部を調べるが、腰のところの背骨と骨盤の損傷が感じられる。


 かなり重傷だ……。


 両手に魔力を集中する。

 気合いが入ると思わず口から小声がもれてしまう。


「つつみこめ、光華再還」


 付き添いの女性が、エッ? という顔でこちらを見たが私は魔法に集中していく。


 金の光が患者の腰を包んでいき、私はさらに魔力を体中から集め治癒を進めると、私の周囲が明るく輝き始めた。


 付き添いの女性が驚いて立ち上がった。


「そ、双翼の……大聖女さま⁉」


 あっ、まずい、集中しすぎて出ちゃった。

 あわててヒュッと双翼を引っ込めて、素知らぬ顔で女性を見る。


「ドウカ、サレタアルカ?」


 女性は目をパチクリさせて周囲を見回し、もう一度腰を下ろした。


「いえ、すみません、ちょっと疲れてるみたいです」


 あぶない、あぶない、と思いながら双翼が出ないように魔力を調整しつつ、治療を進めていく。


 双翼が出せない分、少し時間がかかったが無事に終わり、患者が、うーん、とうなりながら寝返りを打った。


「あなた!」


 寝返りができたということは治ったということね。


「オダイジアルネ」


 看護婦さんと病室を出ていこうとすると付き添いの女性が立ち上がり、私に深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」

「ブーヤオコォーチ、イングァイダ」


 私はうなずきながら返事をするが女性は意味がわからずキョトンとしており、看護婦さんが助けてあげる。


「彼女の国の言葉で『どういたしまして、当然です』という意味です」

 

 ここまでやって『煉丹術使い』の台本は終了となる。

 やれやれ、シオンのリアリティへのこだわりはたいしたものだわ。



 廊下に出て、暑苦しい頭巾とマスクを脱ぎ取った。


「はあー、夏はこの格好しんどいわね」

「あのー、なんで、そんな変装が必要なんですか? 悪いことされてるわけでもないのに……」


 不思議そうにたずねる看護婦さんに私は苦笑した。


「まあ、いろいろ事情があるのよ」


 魔力をなくして引退した大聖女としては、おおっぴらに魔法を使うこともできない。

 シオンと相談して『はるか東方から来た謎の煉丹術使い』というわかったようなわからないようなキャラを作り上げた。


 元気なときは病院に常駐して外科の患者さんを中心にせっせと治療していたが、しばらく前から休みをもらっていた。


「久しぶりに来たから、ほかの患者さんも診ていきましょう」

「えっ、でも、よろしいのですか……」


 そう言って看護婦さんは私のお腹の下の方を見た。



 再び、頭巾とマスクをして『煉丹術使い』になり、入院している患者さんたちを端からどんどん治療していく。


 最後の一人の治療を終わって病室から廊下に出ると、目の前に怒って腕組みをするシオンが立っていた。


「ダメじゃないか、まだ安定期に入ってないんだろ。もう一人の体じゃないんだから」


 私のお腹には三ヶ月の『愛の結晶』が宿っていた。



 二人で屋敷に帰り、畑の前のイスにのんびりと座り、庭でじゃれ合っているアンジェリカとピピを見ている。


「アンジェは男の子と女の子、どっちがいい?」

「そうねえ……、女の子はちびアンジェで見なれてるから、黒髪のちびシオンを見てみたいかな。シオンは?」

「そりゃ、やっぱり、赤毛のちびちびアンジェを見てみたいよ」


 そう言った後で真面目な顔になった。


「でも、女の子なら、魔力は遺伝するのかな?」

「……さあ、どうなのかしら」

「まあ、元気だったら男の子でも女の子でもどっちでもいいよ」

「ええ、そうよね」


 そう言って二人で笑いながら、私は心の中でお腹の子に話しかける。


 お父様は女の子がいいんですって、よかったわね。


 だいぶ前から気づいていた。

 お腹の中に小さな魔力が芽生えたことを。

 しかも、光、風、水、炎の四種類の小さな小さな魔力。


 ということは、女の子。

 

 シオンが私のお腹を優しくなでてくれる。


「みんな、待ってるからね」


 その手に自分の手を重ねながら微笑む。


 女の子だって、いつ教えてあげようかな。

 名前はやっぱり、アンジェなんとかがいいのかな。


 私、ちびアンジェ、さらにもう一人の大聖女ルシアを継ぐ者。

 祖父がなにかをやった影響がまだ残っているのか、それとも女神ルミナスが言ったように大災厄へのさらなる備えなのか……。


 けれど、暗黒竜はもういない。

 今の世は人々が笑顔を絶やさずに暮らせる世界になっている。

 聖女になったときの私の誓いは守れた。

 もう私は戦う必要がない。


「やっぱり疲れたんじゃないのか?」


 言葉が途切れた私を心配するようにシオンが私の顔をのぞき込む。


「ううん。幸せだなー、て思ってたの」

「そうだね」


 シオンはクスッと笑って、私を引き寄せて唇にキスをしてくれた。


 私は思う。


 それでも、もし、この幸せを壊すものが現れるなら、いつでも戦場に舞い戻り双翼を輝かせて私は戦うだろう。


 けれど、そんな日が来ることはきっとない。


 夏の緑が香るおだやかな風につつまれながら、そう信じずにはいられなかった。

 




ここまでの長丁場、本当にご愛読ありがとうございました。


ぜひ、★評価でご感想を教えてください。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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