最終話 双翼は再び輝く ~南に向かう流れ星
建国の伝説だった暗黒竜が実在し、二千年におよぶ封印の眠りから目覚めたがシャルル皇太子と聖女隊によって撃退されたというニュースは国民に驚きと歓喜をもって迎えられた。
王都の大通りで祝勝のパレードが行われ、暗黒竜を倒した英雄となったシャルル皇太子とソフィア様、そしてエリザさん、シルビアさん、ミラさんは屋根のない馬車に乗り、熱狂する民衆に手を振っている。
王都はもう冬なのに……。
相変わらずのノースリーブの白いワンピースの聖女服。
寒いのに大変……。
私とシオンは厚手のコートにマフラーと暖かい冬服で沿道の民衆に混じって、パレードの様子をのんびりとながめている。
「一番の功労者のアンジェが、あそこにいなくていいのかい?」
私はブンブンと首を横に振る。
「風は冷たいし、立ちっぱなしで疲れるし、そもそも人に見られるのイヤだし。引退したんだから無理に参加しなくてもいいでしょ」
魔力を完全になくした私は聖女隊を引退して普通の伯爵令嬢へと戻った。
正確には普通のではなく『次期辺境伯の婚約者』の伯爵令嬢になった。
もともと領地経営とか政治に興味のないレティシアさんは次期当主の座を人柱になる必要がなくなった長男のシオンにさっさと譲り、軍関係の仕事に専念するという。
「それより、フロディアス家としてはいいの? あんな報告にしちゃって」
今回の一連の出来事は、シオンの描いたシナリオで以下のように報告され、世間に発表された。
大聖女ルシアによる二千年前の封印が緩み始め、暗黒竜の復活が近いと女神ルミナスに夢の中で告げられたシャルル皇太子は聖女隊と婚約者のソフィア様を率いて辺境伯領に向かい、辺境伯の協力を得て激戦の末に暗黒竜を打ち倒した。
というわけで、暗黒竜退治はシャルル皇太子の英雄伝説となった。
シオンは笑いながら言った。
「フロディアス家は王家に従順な脇役でいいんだよ。目立つと、やっかみ、妬み、反感が生まれて関係が微妙になるからね」
それに事実通りに報告すると、双翼の大聖女がフロディアス家の恋人を助けるために封印をぶち壊して暗黒竜をよみがえらせ、世界を危機に陥れるところだった、というとんでもない話になってしまう。
「それで丸く収まるんならいいんだけど」
「シャルルは最後まで『オレは翼竜でソフィアを運んだだけなのに』って嫌がってたな」
世の中の伝説は、こうして都合良く作られるのね……とシオンと笑い合う。
しかし、双翼の大聖女については激戦の中で魔力を完全に使い切って暗黒竜と刺し違え、聖女として再起不能となった、とこちらは事実通りに報告された。
報告の二日後、『そんなこと、とても信じられぬわ!』という教皇の求めに応じて、わざわざ大神殿に例の魔力測定の魔道具を持ち込み、さらに他の三人の聖女とソフィア様も立ち会って魔力検査を見せることになった。
四つの水晶の球の上に順に手を置いていくが全く反応しない。
「すみません。やっぱりダメです」
教皇を見ながら申し訳なさそうに頭を下げるが、教皇は聖女たちの方を振り向いた。
「聖女の皆様、本当に魔力を感じませんか?」
エリザさん、シルビアさん、ミラさん、ソフィア様、四人揃って首を横に振った。
「おお、なんということだ……」
教皇はボウ然としてがっくりと両ヒザを床に付けてうなだれた。
「本当にすみません」
教皇の失望ぶりに私はペコリと頭を下げる。
しかし、心の中で思う。
これで私は自由ね。
思わずニヤリと笑いそうになるが、口元に力を入れて必死でこらえた。
そして自由になった私はこうしてシオンと腕を組み、みんなのパレードの晴れ姿をのんびりと眺めている。
私たちの前にみんなの馬車が通り、気づいたソフィア様がとなりのシャルル王子やみんなに声を掛け、手を振ってくれた。
空席になった水の聖女にソフィア様が自ら手を上げて就任されたことには驚いた。
『これからは王族も最前線で国民のために尽くす時代です!』
だそうで、暗黒竜との戦いでなにかに目覚められたのかもしれない。
暗黒竜がいなくなったので魔獣はもう来ないから迎撃戦はないけど、水路工事はどうするんだろう?
さすがに次期王妃が土木工事というのはあり得ない……。
まあ、私が考えることじゃないわね。
馬車を囲む護衛の中に、ソフィア様の従騎士になったレビンさんが見えたので、手を振って笑顔をかわした。
馬車が通り過ぎたのを見届けて、シオンが私の手を握った。
「そろそろ戻ろうか」
「ええ、明日の準備もあるし」
いよいよ明日は結婚式。
それぞれの親族や友人に合わせて、面倒だけど王都と辺境伯領で一回ずつやることになっている。
引退したとは言え、元大聖女で救国の英雄の一人と次期辺境伯の結婚ということで大神殿の大聖堂でという提案を国王陛下からいただいた。
ちょっと大げさかなとは思ったが、あそこにはルミちゃんもいるのでありがたく受けさせていただいた。
シオンと手を取りながら人をかき分けて進んでいく。
「ねえ、アンジェ」
「なあに?」
「魔力、いつ戻ってきたの?」
ドキッ!
思わず歩みを止める私を見てシオンはクスクスと笑った。
「毎晩一緒に寝てるのに、わからないわけないだろ?」
シオンにまで隠さなくてもいいか、と観念する。
「教皇の前で検査を受ける前日ぐらい。それからずっと封印してたのに」
暗黒竜を倒したときに使い切った魔力は、王都に戻ってしばらくしてから再びたまり始めた。
そのとき思った。
魔力喪失はもう報告され、仕方ないとされている。
このまま黙ってれば聖女を辞めて辺境に行っても誰も文句は言わないわね。
そこで魔力が外に漏れないように完璧に封印したつもりだった。
「たいした魔力封印だ。こうして手をつないでいても全然わからないよ。ベッドで抱き合ってようやく気づ……グホ!」
真っ赤になった私はシオンの脇腹にヒジ鉄を食らわせた。
そして翌日、新生活の第一歩となる結婚式を迎えた。
聖女就任式を行った大聖堂、大きな女神ルミナスと寄り添う双翼のある大聖女ルシア、聖女たちの像の下に真っ白なウエディングドレスを着て私はシオンと並んで立つ。
私たちの前に教皇が立ち、結婚を祝福する女神の言葉を本を見ながらいろいろと読み上げているが、ときどき私を見てはタメ息をついている。
やれやれ、まだ未練があるんだろうか。
後ろに設けられた出席者席の方をチラッと見る。
国王陛下、王妃様、シャルル皇太子、ソフィア様、ニコラ王子とみんなに出席していただいている。
そばにはエリザさん、シルビアさん、ミラさんと従騎士の皆さん。
セシリア、ハリス、家族たち。
みんな、私たちを祝福するように優しい笑顔で私たちを見ている。
と思ったら、一人大泣きしている女性がいた……。
母だ。
さすがに父が不思議そうに声を掛けた。
「どうしたんだ。娘の結婚式で泣くのは父親じゃろうが」
「二人を見てたら、なんでか涙が止まらないんですよ」
私とシオンに結ばれることのなかったルシアとディアスを重ねているのかな。
そんな母の隣に座り、せっせっとティッシュを母に渡している女の子がいた。
あれは……ルミちゃん⁉
父も気がついた。今日は他の人にも見えてるのかな?
「ところで、さっきっからいるその子は誰なんじゃ?」
「あら、どこかで見たことあるんで、あなたの親戚の子かと思ってましたけど? なぜか他人には思えないんですけど……」
ルミちゃんは二人に構わずケラケラと愉快そうに笑った。
「まあ、ええやないか、めでたい席やし。ホンマに良かったのお」
「ええ、本当によかった」
そう言って母は涙をぬぐうが、ルミちゃんはわたしの方を見て手を振ってくれた。
私も手を小さく振って答えるとシオンが気づいた。
「どうしたの?」
「女神も祝福してくれてるみたい」
不思議そうなシオンの顔をあらためて見る。
我が家に突然やってきた『辺境伯の贈り物』。
私にとっては突然だったけど、シオンにとっては十三年の想いがあった。
いろいろ大変なこともあったけど、私たちは愛し合い、こうして結ばれる。
教皇の長々とした祝詞がやっと終わった。
「……それでは、誓いのキスを」
シオンが私の目を見つめて微笑んだ。
「誓うのは二度目なんだけどな」
「そうね。だけど何度でもいいわよ」
私も微笑んで答え、二人はキスをした。
みんなの祝福の拍手が柔らかく二人を包み、長く長く鳴り響いた。
◇◆◇
そして、王都を離れ、辺境へと旅立つ日がやってきた。
我が家の庭で大きくなったピピを前に家族や聖女隊のみなさんやセシリアと別れを惜しむ。
父が心配そうな表情でシオンの両手を握った。
「娘をくれぐれも頼むよ」
正直、父の方が心配だけど、テレジオ商会とフロディアス商会の提携は順調に拡大しており、負債ももうじき払い終わる。
シオンは商会の仕事も続けていくので監督してくれるだろう。
母が私の両手をグッと握った。
「体に気をつけて。ときどきは帰ってきなさいね」
「ええ、風魔法使えば半日ですから」
私は笑って答えるが背後からシルビアさんの声が聞こえてきた。
「あーら、魔力をなくした大聖女のセリフには聞こえませんわね」
あっ、まずい……。あわてて言いつくろう。
「い、いえ。ものの例えで、それだけ近いということが言いたくて……」
しどろもどろの私の頭にゴツン、とミラさんがゲンコツを落とした。
「いた……」
「お前なあ、あたしたちをチャチな魔道具といっしょにすんなよ。戻ってんだろ、魔力。バレバレなんだよ」
えっ……?
「アンジェが隠したいようでしたから、みんなで口裏を合わせて教皇様の前では黙ってましたのよ」
エリザさんがにこやかに言われ、それにソフィア様も続く。
「わたくしが水の聖女になっておけば、とりあえず聖女隊の席も埋まりますから政府も未練はないでしょう」
そうだったのかとソフィア様の突然の聖女就任のわけがわかった。
みんなの思いやりに目に涙がにじんできた。
「だけど、つえー魔獣が出たら助けに来てくれよ」
ミラさんに言われて思わず顔をしかめた。
「……イヤです。せっかく引退できたのに」
「バレないように、覆面して戦ったらいいじゃん。カッコいい衣装をあたしが考えてやっから」
みんなからドッと笑いが起こった。
手綱を持ってピピにまたがるシオンの後ろに座り、いよいよ出発のときが来た。
「では、出発します」
シオンが手綱を引くと、ピピは羽ばたきを始めて浮かび上がっていく。
「じゃあ、またね!」
私は手を振りながら,どんどん小さくなっていくみんなを見続けた。
みんなが見えなくなるとシオンが私を振り返った。
「やっぱり、さびしい?」
「ううん、シオンがいるから大丈夫」
そう言ってシオンの背中にもたれかかった。
これからはシオンと二人っきりの甘い新婚生活が始まる……はずだった。
「姉さまー、風でもっと速くしてよ-」
ちびアンジェ、あんたがいなけりゃね!
シオンの前に座るちびアンジェを恨めしげににらんだ。
ちびアンジェの魔力と双翼については表だって発表されなかったが、広く知られることになってしまった。
前回のように誰かに悪用されたりする危険を考えて王都より安全な辺境伯領に置くことと、封印はしたものの私が管理した方がいいとなり、ちゃんと自分の身を守れるようになるぐらいまで私の手元におくことになってしまった。
まあ、いいわ。
私のような苦労をしなくすもすむように面倒を見てやるのも姉の、いえ、大聖女ルシアの力を継いだ者の務めかもしれない。
「じゃあ、飛ばすわよ!」
私は魔法で後ろに風を送るが、できるだけ速くしようと魔力を全開にすると光に輝く双翼が背中に現れた。
双翼の輝きは夕暮れで薄暗くなっていく空に流れ星のような光の尾を描いて南へと向かっていった。
「エピローグ 辺境伯夫人のスローライフ ~大聖女を継ぐ者たち」に続く。
辺境で幸せにシオンと暮らすアンジェ。そして、お腹には……。
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