第80話 暗黒竜戦3 ~魔力切れ
ミラさんとシルビアさんがヒソヒソとなにか話していたが、二人揃って暗黒竜の方を向いた。
「その前に、ちょっと、試させてくれや」
二人とも右手を暗黒竜にかかげる。
「なぎ払え、獄炎斬!」
赤の魔方陣の周囲を小さな緑の魔方陣が囲み、風に包まれた炎が真っ直ぐに暗黒竜のこちらに向けられた腹に突き進む。
腹に当たった炎はそのまま背中まで貫通した。
ギャー! と三つの口から悲鳴のような音が出ている。
「殺るなら、これでいいんじゃね? 上行くぜ、シルビア!」
「上ね、よろしくてよ」
腹に刺さった炎を二人で上に動かしていくが、炎が離れていく部分はすぐに再生されていき、上まで切り裂いても再生されて無傷の状態になっていた。
「うえー、マジかよ。全然効いてないぜ」
「なによ、これ……」
あきれたようなミラさんとシルビアさんにレティシアさんが言う。
「それで倒せるなら、二千年前にルシアが倒しているでしょう」
レティシアさんが私たちのやるべきことを指示する。
「シオンとアンジェはこれまで通り影縛りと浄化魔法。
エリザ様は防御と口からの光線封じ。
シルビア様とソフィア様は雷撃を空爆と交互に繰り返す。
ミラ様は斬り落とした羽の付け根への火炎攻撃、できるだけ再生を遅らせる」
レティシアさんがあらためて私を見た。
「大聖女ルシアが浄化できなかった相手。今のアンジェの魔力が仮に上でも浄化できる保証はない。なにも考えず全ての魔力を浄化に集中させろ!」
その通りだ。
さっきの浄化も大きなダメージを与えたわけじゃない。
「これで最後にするぞ!」
レティシアさんはそう叫んで、ピピの方に走っていった。
エリザさんが手を上げて大きい声で私たちを呼んだ。
「はーい、聖女隊とソフィアは集合! 一カ所に集まってもらった方が守りやすいから、あんまり離れないで」
みんな、横一列に並んだ。
「さあ、始めましょう!」
エリザさんのかけ声にシオンはしゃがんで、暗黒竜まで影を伸ばす。 影から黒い帯が伸び始めて胴体、首へと這い上がっていく。
私は両手をかかげて、暗黒竜の上に巨大な金の浄化の魔方陣を描く。
金の光が降り注ぎ、黒い瘴気が立ち昇り始める。
「打てー!」
辺境伯の声に従い、大砲が一斉に火を噴き、上空の翼竜からは爆弾が投下された。
最後の総攻撃が始まった。
シオンの黒い帯が暗黒竜の全身に巻き付いていき、三本の首を地面にねじ伏せた。
大砲の砲弾と空から降ってくる弾薬が暗黒竜に何発も当たってドーンという音と爆煙を上げる。
煙の中からギャー! という叫び声が聞こえ、地面に押さえつけられた首をねじって口を開いた頭が突き出された。
「ムダですわよ」
エリザさんが冷静に右手をかかげて頭の前に魔方陣を出し、光の球体で頭を包み込む。
ボン!と中で爆発音が響いた。
光が消えると頭のない首が現れるが、すぐに再生を始めて頭を形作っていく。
「頭をつぶしても、ダメなのね……」
エリザさんがあきれたように言うが、再生した頭はシオンの黒い帯が巻き付いてがっちりと口を閉じさせた。
羽を切り離された付け根の傷の再生が進んでいき、盛り上がり伸びていくのが見えた。
「おっ、出てきたな!」
ミラさんは右手をかかげて、その上に大きな赤の魔方陣を浮かべる。
「燃え盛れ、炎舞連撃!」
魔方陣から連続して真っ赤な火球が発射され、傷から盛り上がった肉を消し飛ばした。
「やっぱできたてホヤホヤはチョロいな。しばらく休憩」
そう言って右手を降ろして魔方陣を消した。
その間にも上空からの爆弾と大砲からの砲弾は暗黒竜の体に当たり続ける。
できた傷めがけて、ピピが青い熱線を放射して傷を大きくする。
上空には青と緑のいくつもの魔方陣がずっと置かれている。
弾薬を落とし尽くした飛竜が地上に新たな弾薬を取りに行き、空からいなくなった。
「いきますわよ!」
シルビアさんが気合いを入れると空の緑の魔方陣が輝き、雲が集まってきて何本ものいかずちを暗黒竜に降らせた。
ドーン、ドーン!と落雷の大きな音が戦場に響き渡った。
金の魔方陣は暗黒竜から黒い瘴気を吸い上げ続けている。
目の前で繰り広げられる光景は私に自信を与えてくれる。
勝てる! このままいけば、きっと勝てる!
だけど……。
何度目かの雷撃に打ちすえられる暗黒竜を見て、エリザさんがつぶやいた。
「動きを止めて熱線を封じたら、暗黒竜もただの大きなマトね。なんで大聖女ルシアと勇者ディアスは完全に倒せなかったのかしら……」
その隣で、シルビアさんがハーハーと苦しそうに息をした。
ミラさんが再び、羽の付け根の再生したところを焼き尽くしたが、あきれるようにつぶやいた。
「手応えねえけど、ホント死なねえーなあ。これ、いつまで、続けりゃいいんだ?」
私の心の中にあった不安をミラさんが代わりに言ってしまった。
砲撃、爆撃、雷撃、ピピの熱線、そして火炎。
猛攻撃は途切れることなく続けられた。
金の魔方陣も黒い瘴気を吸い続ける。
暗黒竜は瘴気を何千年もまとって生きてきたバケモノ。
いったいどれだけの瘴気を奪えばいいのだろう……。
そのとき、エリザさんが地面に横たわっていた首の一本を指差した。
「ねえ、あの首、変よ。もしかしてこれが浄化?」
その首の全体から出る黒いガスが魔方陣に吸い込まれていくのに従って実体が薄くなっていき、そして消えた。
「よっしゃあ! やっぱ効いてんだぜ。あと二本ってことか?」
まだ半分もいってないということ?
自分の今の魔力量を確認しようとしたとき、黒い帯に巻き付かれている暗黒竜がもがくように体を動かした。
浄化が効いて苦しくてもがいているの?
私はハッと気がついた。
ちがう、シオンの魔法の効果が弱くなったから、動けるようになってきてる!
あわててシオンを見ると、息を荒げてかなり苦しそうな表情になっている。
巨大な暗黒竜を押さえつけるのだから使う魔力も相当なはず。
「シオン、大丈夫?」
「ああ。まだなんとか」
そう言って笑ってくれるが、あれは作り笑いだ。
黒い帯で押さえていた首が一本起き上がり、しばられているのも構わずに強引に開いた口の奥が赤く輝く。
エリザさんは腕を振るって光の球体で頭を包み込むが、別の首も起き上がり口を開く。
「ちょっと忙しくなってきたわね……」
頭を一つつぶしては、また次の頭が狙ってくる。エリザさんはひっきりなしに球体を出し続けることになっていった。
シオンが押さえているのは動きだけじゃない。
「クソ! 再生が速くなってるぜ、もう火球じゃおっつかねえ!」
羽をなくしている肩の付け根のコブが長く伸び始めた。
ミラさんは自分の前に赤い魔方陣を出して叫ぶ。
「シルビア、手伝ってくれ!」
シルビアさんはミラさんの方を向いて右手を掲げ、赤い魔方陣を緑の魔方陣で囲む。
「焼き尽くせ、獄炎撃!」
風に包まれた炎の柱が真っ直ぐ伸びて暗黒竜の肩の付け根から再生して伸びた部分を焼き尽くした。
「シルビア様、こちらもお願いします!」
ソフィア様がいくつもの青い魔方陣が浮かぶ上空を指差した。
シルビアさんは無言で空に右手をかかげて緑の魔方陣を展開した。
もう返事もできないほど疲れてる……。
王都からここまで、みんなの翼竜を風魔法で加速させ続けた。
今も雷撃を何度も繰り返している。
きっと、もう限界が近い。
魔力がじきに切れる!
雷が轟音を立てて暗黒竜を打ちすえた。
しかし、シルビアさんの体が意識を失ったようにフラッと揺れた。
「シルビア様!」
ローランさんが駆け寄り、シルビアさんの体を抱きかかえて受けとめた。
「ごめんなさい、もうダメ……」
申し訳なさそうにそう言うシルビアさんを抱きかかえて、ローランさんは後方に走って行った。
みんな、突きつけられた現実に言葉もなくシルビアさんを見送った。
「まずいな……」
ミラさんがつぶやいた。
最大の攻撃手段だった雷撃を失った。
シルビアさんなしでのミラさんの獄炎撃は遅くて効率も悪く、魔力の消費が速まる。
「アンジェ、あと浄化にどれぐらいかかりますか? わたくしの攻撃魔法は,とても戦力になりません」
ソフィア様に聞かれるが、わたしが言えるのは……。
「わかりません。ただ、私の魔力の半分以上をもう使いました」
みんな、シーンと静まりかえった。
一本の首を浄化するまでに半分の魔力を使った。
残りはあと二本。
しかもシルビアさんはもういない。
たぶん、シオンの魔力が尽きるほうが私よりも早いだろう。
爆薬も砲弾もいずれは使い切る。
もっと浄化を強く、速くしないと!
どっかに魔力はないの?
体中のどこかに眠ってないか感覚を研ぎ澄ます。
いや、ある! 巨大な魔力がここに!
「ソフィア様、マナを私にください!」
「えっ……?」
キョトンとするソフィア様に手を差し出す。
「私と手をつないでください。手からマナを吸います」
「そんなことができるの?」
驚きながらもソフィア様は差し出した私の手を握ってくれた。
柔らかな手。
この手に引かれて入学前の魔力検査に行ったんだっけ。
全てはあれから始まった。
はっ、なにやってんの? 感傷にひたってる場合じゃない!
ソフィア様の体の中のマナを見つけて吸収を始める。
「本当だわ……、マナが流れていく!」
ソフィア様は驚いて声を上げるが、感じ取れたマナを足すと、私の魔力は完全な状態の七十パーセントぐらいまで戻った感じがする。
よし、増えた魔力を一気に魔方陣に注ぎ込む!
魔方陣は輝きを増して回転を始め、暗黒竜に降り注ぐ金の光が強くなり、立ち昇る黒い瘴気の量が増え流れも速くなっていく。
ソフィア様のマナが先に使われるのかドンドン減っていくのがわかるが構わず魔力を上げていく。
暗黒竜は苦しそうにうめきながら首を大きく揺らすが、そのうちの一つの頭がこちらを向き口を開いた。
これまでの通りにエリザさんが反応し、光の球体で頭を包んで熱線を阻んだ。
しかし、球体の金の光がこれまでよりも弱い。
エリザさんも限界が近い?
別の頭がこちらを向いて口を開いた
頭を包もうとする光は明らかに薄く、完全な球になる前に消えた。
赤い熱線が輝きながら私たちに向かってきた。
次回、「第81話 暗黒竜戦4 ~女神の切り札」に続く。
次々に先頭から離脱する聖女達。
そんなとき、女神ルミナスが姿を現し、切り札を準備したと告げるのだが……。
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今後の参考にさせていただきたいと思います。




