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第75話 突然のプロポーズ

 黒っぽく濁った水晶のような柱の中のシオンは服を着ていないように見える。

 柱の地面に接している下の方はすでに透明になりつつあり、シオンの足とふくらはぎが半透明になっていた。


「もうだいぶ進んでおる……」

「シオン!」


 私は駆け寄って水晶の表面に両手を当てると手の平にシオンの命を感じた。


「まだ生きてる!」

「うむ、あと数日じゃろう」


 なんで、そんなに冷静でいられるの! 

 全てを治癒魔法で元に戻せばいいんだ!


「つつみこめ、光華再還!」


 柱の表明に置いた手の平から金の光が放たれ始めて、柱全体を包み込む。

 しかし、黒い力にジャマされて魔力が届かない。

 水晶の柱ごとシオンを抱きしめて魔力を注ぎ込む。


 こんな結界、ぶち壊してやる!


 背中から双翼が現れ、水晶を包む金の光が周囲へと広がり始めた。


「よ、よさんか! そんなことをしたら、ここの結界全体が壊れてしまうぞ!」 


 辺境伯の焦る声が聞こえてくるが構わず魔力を高めていく。

 双翼は上に向かって高々と伸びていき、今まで見たこともないほどに強く輝き始める。

 柱を包む金の光も輝きを増して広がり続け、周囲をまぶしいほどの光で満たした。


 ピシッ!と離れたところに立っていた水晶の柱からヒビが入るような音が聞こえた。

 そして、パーン!と大きい音を立てて砕け散った。

 その一本をきっかけに、水晶の柱が次々と音を立てて砕けていく。


「こんなことをしたら、暗黒竜がよみがえってしまうぞ!」


 叫ぶ辺境伯に構わず魔力を高めていくと、回りの水晶の柱が全て砕け散った。

 ピシッ!とシオンの柱に入った亀裂がどんどん大きくなっていき、ついに、パーンと砕け散った。


 出てきたシオンはまだ意識がなく、倒れないように抱きしめる。

 裸の胸に顔をうずめ、魔力を大量に注ぎ込むと背中の双翼がさらに大きくなって輝きを増した。


 そして、半透明になっていた足も元に戻り、呼吸も普通になった。


「シオン、起きて! 目を覚まして!」


 私が強く抱きしめるとシオンは意識を取り戻した。

 口から、うぅ……と声が漏れた。


「シオン!」


 私は体を離し、手で両肩を握りシオンの顔を見つめる。

 シオンの目がゆっくりと開いていくが私を見て驚いた。


「アンジェ⁉」


 間に合った。


「どうして、ここに……」


 まだ状況を理解できていないようなシオンを見る私の目から涙がポロポロと流れ落ちた。

 しかし、次の瞬間、パーン! 平手でシオンのほほを思いっきりぶっていた。


「どうしてあんなウソをつくのよ!」


 私はシオンの胸を握った両手で何度も叩いた。


「どうしてなにも言ってくれなかったの⁉ 私が愛してるって知ってるでしょ! ひどい! ひどすぎる!」


 涙を流しながら、何度も何度も叩いた。

 私は変わった。

 以前だったら、泣いてすがるだけだったにちがいない。


 私の背中に手が回され、ギュッと抱きしめられた。


「アンジェを巻き込みたくありませんでした」


 これも私を守るため。自分を犠牲にしてでも私を守ってくれる。

 だけど、私はもう守られるだけの存在じゃない。


 私は体を離し、着ていたコートを脱いでシオンに着せる。

 そして、目を見つめた。


「戦いましょう。二人でなら勝てる。それに……」


 やっちゃいました、すみません。

 と思いながら周囲の砕け散った水晶の柱を見回す。


「ここの結界、もう使えないし……」


 シオンは驚いて回りを見渡してガク然とした。


「……なんてことを」


 砕けた水晶の柱はフロディアス家のご先祖の方々だったわけで、とんでもないことをしてしまったという罪の意識はある。


 だけど、子孫を助けるためなので許してくださいね。


 シオンは観念したように私を見て微笑んだ。


「もう、後戻りはできませんね」


 その時、魔方陣の中央の穴から昔のように黒い霧のようなものが吹き上がり、竜の頭のような形を作り始めた。


 私は即座に右手をかざし、地上の魔方陣と同じ大きさの金の魔方陣を空中に描く。

 魔方陣から放たれた光は黒い霧は一瞬にして消え去った。


「四歳の私に消される精神体なんて瞬殺よ」


 魔方陣はそのまま光を放ち続ける。


「この魔方陣の結界だけであと四、五日は問題ないから、その間にシオンの体力を回復させて戦いに備えましょう」


 そして、私は女神ルミナスと会ったことを説明した。

 ただし、『秘策』についての説明は恥ずかしくて省いた。


「シオンが暗黒竜の力を押さえ込んで、私が浄化すれば倒せるはず」


 シオンは私が女神ルミナスに会ったことに驚いたが、じっと考え込んでしまった。


「しかし、倒せるかどうかわからない浄化よりも、もう一度、二千年前と同じ封印を作り直す方が現実的で確実に思え……」 

「ダメ!」


 私の剣幕にシオンは驚いた。


「子供や孫が人柱になるかもしれないなんて、私には耐えられない!」


 一気にまくし立てる私を目を丸くして見るシオンの表情に、私は自分の言ったことの意味を理解した。


「……えと、シオンの子供や孫ならきっとかわいいだろうから、人柱になるなんて耐えられないという意味で、私たちのとかそういうことじゃなくて……」


 しどろもどろの私を見て優しく微笑むシオンが、ギュッと強く私を抱きしめた。


「アンジェには、いつも先を越されてしまいますね」


 ドキ……。

 病院での『私を辺境に連れてって』発言。

 そして今の子供、孫発言。

 私はいつも先走ってしまう。


「だから、これは早めに私が言いましょう。こんな格好ですみませんが」


 シオンは体を離して地面に片ひざをつき、片手を私に差し出して私の目を見つめた。


「アンジェリーヌ・テレジオ伯爵令嬢、私と結婚してください」


 突然のプロポーズ!


 驚いて呼吸が止まって目を見開く。

 シオンは驚く私にかまわず私の目を見つめ続ける。


 見つめられる私の目から涙がポロポロと流れ落ちた。


「はい……」


 やっと返事をして差し出されていたシオンの手を取った。

 シオンは立ち上がって私をギュッと抱きしめてくれた。


「ありがとう」


 そして二人は唇を重ねた。

 治癒魔法を除けば二度目の十三年ぶりのキス。

 今度は長く長く、抱きしめ合いながらキスをした。

 出会ってからのことが頭に次々に浮かんでくる。

 初めて見たときは死神かと思ったっけ。

 それからずっと私を助けて支えてくれた。

 あの日の舞踏会、セシリアと踊っているのを見てやっと気づいた自分の気持ち。

 聖女と従騎士の信頼で結ばれた穏やかな関係。

 魔獣との殺伐とした戦い。

 捕らえられて、国家に反旗を翻して。

 捨てられたけど、それは私のためのウソ。

 想いがやっとかなった。

 でも、戦いはまだ終わっていない……。


「そろそろ、えーかのー」


 あっ、忘れてた……。


 辺境伯の声に二人は我に返って体を離した。

 シオンも気づいていなかったようで思わず声を上げる。


「辺境伯、おられたのですか!」


 あれ、シオンはおじいさんのことを辺境伯と呼ぶのね。

 職場ではおじいさんとは呼ぶな、とかかな。


「声を掛けるタイミングが難しくてな」


 辺境伯が私の出した金色の魔方陣を見つめる。


「この魔方陣の結界はあと四、五日はもつのじゃな?」

「はい。その後、暗黒竜は目覚めると思います」


 水晶の柱が砕ける音を聞いたのか、異変に気づいた警護の兵たちが剣を片手に数人やってきた。

 辺境伯はそれまでと違い、背筋を伸ばして堂々とした態度で彼らに大声で叫んだ。


「暗黒竜との決戦は三日後だ! 領内の全軍を集めろ、目覚める前にケリをつける!」


 駆けつけた人たちは砕け散った水晶の柱を見て、なにが起こったかを悟ったようにガク然とたたずんだ。


”無茶だ……”

”暗黒竜を相手になにができる……”


「案ずるな!」


 尻込みする兵たちを辺境伯は一喝した。


「我らには復活した双翼の大聖女がついておる! 彼女が暗黒竜を浄化し、この世から葬り去る!」


 兵たちはメイドの服を着ている私を見て、戸惑ったようにお互いの顔を見合わせる。

 辺境伯が私に近寄って耳元でささやいた。


「アンジェちゃん、双翼、出しちゃって」

「あっ、は、はい」


 私は言われるがままに、背中に双翼を出して輝かせる。


”おお……!”

”大聖女の復活! 伝説じゃなかったのか!”


 驚きの声を上げて私の双翼をア然として見る兵たちに辺境伯が更に叫ぶ。


「そうじゃ! 双翼の大聖女は暗黒竜を倒すために復活した!」


 おお! と兵たちから声が上がった。


「さらに彼女は女神ルミナスに会って秘策を授けられておる!」


 おおー! と兵たちから更に大きな歓声が上がった。

 しかし、秘策の内容を思い出す私の顔は真っ赤になっていく。


「ピピを飛ばしてレティシアと飛竜空団を王都から至急呼び戻せ! 三日後なら十分間に合う。それまでにありったけの武器弾薬を集めよ! 万全を期して必ず葬り去る!」

「はっ!」


 兵たちも戦いへの決意を固めたのか、大声で辺境伯に答えた。


「二千年前との火力の差を、人類の進歩を暗黒竜に見せてやる! フロディアス家の積年の恨み、今こそ晴らしてくれようぞ!」


 さっきまでの弱った老人という感じが全くない。

 きっと、この姿が本当の辺境伯なんだ。

 私が会ったときは、孫をなくして意気消沈してたのかな。


「吹っ切れたのでしょう。我々はもっと早く決断すべきだったかもしれません」


 シオンはそう言うが、私は不安も感じていた。

 大砲とか爆薬とか通常の武器は二千年前より進歩しているだろうが、はたして暗黒竜に通じるのだろうか。


 私が仕留めないと。そのためには……。


「シオンとアンジェちゃんは、それまでゆっくり休んで、魔力をたくわえといてくれ」


 私とシオンに向けられた辺境伯の笑顔は孫を見る優しいおじいさんの顔に戻っていた。

 シオンが私に手を差し出してくれた。


「さあ、屋敷に戻って休みましょう。今日はきっとお疲れでしょう」


 その手を取りながら私は考える。


 私には重大な任務が残っている。

 それは、女神の『秘策』の実行!

 たった今婚約したんだろうけど、これから、どうすればいいの……。


 その種の経験のない私は途方に暮れる。

 シオンに手を引かれて顔を赤らめながら出口へと歩いていった。



次回、「第76話 婚約初夜~秘策実行・どうする私?」に続く。

シオンのプロポーズを受け入れて婚約したアンジェ、二人は初めての夜を迎える。

三日後の暗黒竜との決戦を控えて秘策の実行を迫られるアンジェは……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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