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第73話 辺境伯 ~宿命の悲しき犠牲者

 空の上で風魔法を使って後ろに向かって大きな風を起こし、加速させる。

 ピピもご機嫌で飛んでいく。


「ハヤーイ、キモチイー!」

「じゃあ、もっともっと速くするわよ!」


 一刻も早く着こうと魔力を全開にして風を強くすると、背中に現れた双翼が輝き始めた。


 季節はもう冬が始まっており、顔に勢いよく当たる風は刺さるように冷たいが構わず飛んでいく。

 髪は乱れ、鼻水は流れ、相当ひどい姿になっていると思うが、誰が見ているわけでもないので気にしない。



 夜が明けて、明るくなるころには辺境伯領の上空に着いた。

 下の方に大きな都市のような場所が見えてきた。


「ココダヨ」

「とにかく、辺境伯のお屋敷に行って」

「ワカッタ、スグ、ツク」


 ピピが高度を下げながら降りていくと、街並みが見え始めた。

 辺境と言うぐらいだから、ド田舎で街に牛とかヤギが歩いてるのかな、と思っていたのだが……。


 うわー、王都よりもよっぽどスゴい。


 建物は高くて新しく、全ての道路は石板が敷かれて舗装されているのか白く輝いている。

 区画もきれいに整理されており、計画的に作られた都市という感じで辺境伯の力を感じさせる。


 これは王国政府が警戒するのもよくわかる……。


 ふと回りを見ると、以前レティシアさんが乗っていたような翼竜が背中に人を乗せたり、荷物を乗せたりして何匹か飛んでいる。

 見なれない光景は辺境に来たことを感じさせた。


「アレ、オウチ」


 街の中心に広大な庭に囲まれた城、というよりもデコボコの少ない単純な形の要塞のような建物があった。


「あれが辺境伯のお屋敷ね。正門の前に降りて」

「ウン、ワカッタ!」


 ピピは急降下を開始し、大きな門に続く通りの真ん中に着陸した。


 門の両脇に槍を携えた門番が立っており、ピピに気がついて私たちの方に近寄ってきた。


「ピピじゃないか、どこ行ってたんだ?」

「その女は誰だい?」

「オナカヘッタ」


 私を降ろしたピピは質問に答えず、屋敷の方に飛ぼうと羽ばたく。


「ピピ、待って! 私を紹介してから……」


 ピピは夜通し飛んでお腹が減っているのか、私の言うことをきかず、屋敷の方に飛び去ってしまった。


 近づいてきた門番の二人はうさん臭そうな目で私をジロジロと見る。


 あっ……。


 私も気がついた。

 赤く長い髪は風に吹かれて三つ編みもほどけてボサボサ。

 白い聖女服はあちこちが切れたり裂けたりでボロボロ。

 さらにホコリにまみれて茶色に汚れていた。


 自分では見えないが、きっと鼻は真っ赤、鼻水をこすった跡もあるに違いない。

 おそらく、道ばたの物乞いぐらいに見えてるかもしれない。


 しまった、レティシアさんに紹介状とか書いてもらえばよかった。


 反省するが今となってはしょうがない。

 背筋をピンと伸ばして、貴族令嬢の威厳を出そうと気張ってみる。


「私はマティアス・テレジオ伯爵の娘にして、国王と教皇から水の聖女の名を賜ったアンジェリーヌ・テレジオと申します。王都より参りました。フロディアス辺境伯にお目にかかりたくお取り次ぎください。かって我が祖父と辺境伯とは親交深く、名前を言っていただければすぐに、おわかりになるはずです」


 門番二人は顔を見合わせて首をひねっている。


「テレジオ伯爵だって、知ってるか?」

「知らん。こいつが伯爵令嬢? まさか」

「それに水の聖女って何だ?」


 聖女様の知名度ゼロとは、やはり辺境は辺境か。

 一人が人差し指を自分の頭の横で何度かクルクルと回した。


「これか?」


 カチン!

 では、これならどう?

 私は魔力を全開にして背中に双翼を出して神々しく輝かせる。


「おお! これは……」


 さすがは伝説の双翼、効果あった。


「すげえ、芸当だな」

「王都じゃこんなのがはやってんのか?」


 あれ?


「ほら、道の真ん中にいたらジャマだぞ」

「これやるから、どっか行け」


 チャリン、と小銭を目の前の地面に投げつけられた。

 シッシッと追い払われて、さすがにムッとする。


「私はシオン、シオンテーヌ・フロディアスの婚約者です! 辺境伯にお取り次ぎください!」


 門番二人、それでも顔を見合わせて不思議がっている。


「シオン様の婚約者?」

「いやー、そりゃねえだろう」


 それでも通じないのなら……と、右手を下腹部にあてて怒りの形相を浮かべて叫ぶ。


「ここには、彼との『愛の結晶』が宿っています。この寒空に私を立たせて、なにかあったらどう責任を取りますか! さっさと辺境伯に取り次ぎなさい!」


 門番の二人は驚いて顔を見合わせて二言三言相談をして、一人があわてて屋敷の方へと走っていった。


 その後ろ姿を目で追いながらため息が出た。

 いつのまにか私もウソやハッタリが平気でペラペラと口から出る人間になってしまった。

 きっと、シオン様がどっかの娼婦にでも手を出したのかとか思ったんでしょうねえ。


 最近は何度も魔獣と戦ったり、愛する人に死なれて生き返られて捨てられたり、大聖女になったり、国に反逆したり、女神に会ったり……。

 いろんなことがありすぎた。

 そりゃ、性格だって多少は変わっても仕方ないわ、と自分をなぐさめる。


 しばらくして戻ってきた門番の人は私に深々と頭を下げた。


「大変失礼いたしました。どうぞこちらへ」


 やれやれ、やっと話が通じた。



 正門を入り、屋敷の入り口まで案内されると若いメイドさんが私を迎えてくれた。

 しかし、私を上から下まで見て引きつった笑いを浮かべた。


「……少し身だしなみを整えられますか? お召し物もお貸しいたしますね」


 時間が惜しいが、ここで辺境伯に追い出されてしまうと大変なことになってしまう。

 ご厚意に甘えて使用人用宿舎の洗面所に連れていってもらった。


 鏡に映った自分を見て驚いた。


 これはひどい……。


 やはり、想像したとおりで門番が通したくない姿になっていた。


 顔を洗い、髪を整え、お借りしたメイド用の白のブラウスと黒の簡素なスカートに着替える。

 やっとまともに見える姿になった。



 メイドさんは屋敷に入らず、私を連れて庭の奥へと進んでいった。


「中庭で辺境伯がお待ちです」


 いよいよ、辺境伯にお会いできる。

 私の体は緊張で引き締まった。


「こちらです」


 日の当たる芝生の上に置かれた立派そうな大理石の丸テーブルの前に、頭のはげた老人がヒザに毛布を掛けて座っていた。

 見るからに元気がなく、憔悴しているように見える。


 老人は私を見て微笑んだ。


「アンジェちゃんか、大きくなったのお。会うのは十三年ぶりじゃな」


 この人が辺境伯だ。

 だけど、想像したよりもずっと弱々しく老けている。


 私は勧められてテーブルを挟んでイスに座った。


「シオンから聞いておるよ。いろいろとすまなかったね。ただ、婚約して身ごもったというのは初耳じゃが……」


 私は真っ赤になってうつむく。


「すみません。あれ、ウソです。なかなか通してもらえなかったので……」

「ほう、交渉上手じゃな。面白い子じゃ」


 まずはどうしても言っておかなければならないことを伝えないと。


「シオン……、シオンテーヌさんを我が家に送っていただきありがとうございました。おかげで我が家も私も救われました」

「ワシに礼を言うことはないよ。全部シオンが考えたことじゃ。ワシがしたのは最初の手紙にサインしたのとテレジオ商会との提携を承認したぐらいじゃよ」


 えっ?


「家業の商会は倒産寸前、アンジェちゃんは落第するわでいても立ってもいられず、小さいころの誓いを果たすため、そう言って自分で王都に旅立ったんじゃよ」 


 私の魔力が封印されたキスの前に言ってくれたこと。


 『これからはボクがキミを守るから。アンジェの騎士になって、一生、命がけで守るからね』


 私が四歳、シオンが九歳。幼い子供のキスと誓い。

 ずっと覚えてくれてたんだ……。

 そして、その誓いの通りに私を守ってくれた。

 私の目からスーと涙がこぼれた。


「シオンは今どこにいるのですか?」


 早く、早く行かないと手遅れになる。


「それは言えぬ」

「なぜですか?」

「言う必要が無いからじゃ」

「教えてください!」

「ならぬ」


 今までの優しいおじいさんという表情は消え、威厳と意志の強さを感じさせる顔になっている。


 この人は王族に並ぶとも言われる力を持ち、長きにわたり辺境を治めてきた領主なんだ。


「決して言うなとシオンにも言われておる」


 そして、辺境伯は悲しそうに目を伏せた。


「もう眠りについた。そっとしておいてやってくれ。これは二千年に及ぶフロディアス家の宿命……」


 そして、宿命に従い息子と孫を捧げた悲しい犠牲者。

 だけど、今の私にとってはただのガンコじじい!


「いつまでこんなことを続けるのですか!」


 ガッシャーン!

 目の前の大理石の分厚いテーブルを魔法で強化した右手で真っ二つにたたき割った。

 怒りの激しさを示すように背中に双翼が現れて輝き始めた。


次回、「第74話 祖父の影~作られた大聖女」に続く。

アンジェは辺境伯から亡くなった祖父の話を聞くが、そこには意外な事実が隠されていた。

そして、アンジェはシオンのもとへと向かう。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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