第57話 謀略 ~ワナにかかったネズミたち
いつものように両腕を広げて歓迎するようなユリウスを見て驚いた。
なんで、こんな田舎の会食の場に魔法研究所長がいるの?
その背後には助手のネビルさんが立っている。
テーブルの隣には誰だかわからない、真っ黒なマント、フードを深くかぶって顔を隠した男が座っていた。
「だんな、なんでここにいるんだ?」
「一度、二人とゆっくり話したいと思ってね。まあ、かけたまえ」
そう言ってイスを勧められ、ミラさんと顔を見合わせながら席に着いた。
「この前の戦い、キミたち二人は素晴らしい働きだったね。さすがはボクの教え子だ」
そう言って葡萄酒をボトルからミラさんのグラスに注いだ。
ミラさんはグラスに口を付けながら、フードの男を見た。
「……で、こっちは誰なんだい?」
男がフードを取ると、髪の毛も眉毛もない老人だった。
「名乗ることはできませぬが、ある宗教のそれなりの地位の者とお考え下さい」
ニターと笑う顔に邪悪さを感じてしまい、私は思わずつぶやいてしまう。
「暗黒教……」
「それは、聞かぬ方がよろしいかと」
ミラさんが怒ってユリウスの方に身を乗り出した。
「おい、だんな、こりゃいったいどういうことなんだ?」
ユリウスはミラさんの怒りを気にする風でもなく、葡萄酒を飲みつつ話し始める。
「ミラは今の聖女の扱いに満足していますか? 神にも近い力を持ちながら、歌って踊って、パーティーの接待役。さらには土木工事に魔獣退治。キミたちの……、魔法の価値を全くわかってない」
そう言ってミラさんに葡萄酒のビンを向けると。
ミラさんはグラスを差し出して葡萄酒をついでもらった。
怒りが収まってしまったように見える。
「まあ、そりゃ、いろいろ言いたいことはあるけど……」
「本来、崇められていい存在の聖女。それが王族や政府の言いなりでこき使われる。こんなことでいいのかい?」
ミラさんは黙ってしまった。
「王族と貴族、上級貴族と下級貴族、貴族と平民、富める者と貧しき者。この国は対立に満ちている。ミラは平民出身だからわかるだろう?」
「そりゃ、まあ……」
「伯爵令嬢のアンジェには、わかりにくいかな?」
我が家は貧乏貴族とは言え、貴族は貴族。
貧民街で見たよう暮らしとは比べることはできない。
「頭では理解はしていますが……」
ミラさんがテーブルの上に身を乗り出した。
「で、だんなは、なにがしたいんだ? あたしたちになにをしろってんだ?」
「この国を作り直す手伝いをして欲しいんだ。全ての秩序を一度破壊して魔法を中心に作り直す。ミラとアンジェがいれば王国軍もひとたまりもないだろう」
『強すぎる力は使いたいという欲を生む』というシオンの言葉を思い出した。
「エリザとシルビアは対人戦には向いてないし、絶対に反対だろう。キミたちと違って」
はっ? なんで私たちが賛成することが前提になってるわけ?
チラッとミラさんを見ると、目を閉じて考え込んでいる。
平民出のミラさんには私と違う考えがあるのかもしれない。
以前、ユリウスは恩人だと言っていた。
話し方から今でも親しいことは感じられる。
ミラさんが口を開いた。
「なんで、ここに暗黒教のヤツがいるんだ?」
「わたくしどもはある国の支援を受けておりまして、改革のお手伝いを一緒にさせていただこうと思っております」
「ダルシア帝国か?」
「まあ、そんなところです」
ミラさんが席から立ち上がった。
「けっ、あほらしい。戦争の片棒担げっていうことかよ。アンジェ、引き上げるぞ」
ユリウスがあわてて席から立った。
「キ、キミはボクの恩を忘れたのか!」
「覚えちゃいるけど、つきあいきれないよ」
「アンジェ、キミからも言ってくれ、一緒に戦いましょうって!」
えっ? なんでそうなってるわけ?
目を丸くして驚く私をユリウスが不思議そうに見た。
「キミは言ったじゃないか。大聖女ルシアの魔法を覚えたら、ボクの自由にしていいって」
うわっ、私の演技が上手すぎた⁉
あんなの本気にするなんて、この人、魔法以外のことは子供なんじゃないの?
「私は誰であれ人と戦うつもりはありません」
私も席を立ち、ミラさんに続いて出口に向かうと呼び止められた。
「キミの……」
「妹のことなら、いつかはバレることですから、そこまでして隠すつもりはありません」
「キミの従騎士、彼、禁術使いだろ? バレたらマズいんじゃないかな?」
ギョッとしてユリウスを見た。
なぜ⁉
シオンがネビルに自分と同じものを感じたように、彼も感じたのかもしれない。
でも、証拠があるわけじゃない。ここは、しらばっくれる。
「なんのことですか? よくわかりませんが」
ミラさんが私とユリウスの間に割って入った。
「これまでの恩に免じて、今日のことはあたしたち二人の胸にしまっとくから、だんなもそうしな」
そう言って私の手を取って出口に向かうが、振り返りユリウスをにらみつけた。
「政治に興味ねえから勝手にやってくれりゃいいけど、あたしの宝物を傷つけるなら遠慮なく焼き尽くすからな。覚えときな」
部屋を出て行くときにユリウスを見ると、暗黒教の男に食ってかかられている。
「グリモア殿、話が違うではないか!」
しかし、ユリウスは男を相手にせず、後ろを向いてネビルになにか指示を出しているようだった。
そのまま、隣の部屋で盛り上がっていたザックさんとシオンを連れ出し、馬車に乗り王都に向けて出発した。
ミラさんはブスッとして一言もしゃべらず、ザックさんとシオンも不
思議そうに顔を見合わせた。
「ミラ、どうした、なにかあったのか?」
ミラさんはタメ息をついて、話し始めた。
「ユリウスのダンナは、あたしの初恋の相手だったんだ」
みんな驚いてミラさんを見た。
「魔法を習い始めたとき、あたしは十二、ダンナが二十四だった。父親の代わりとして慕っていたのかもしれないけどな。新しい魔法を覚えるとほめてくれて、それが嬉しかったなあ……」
昔を懐かしむように笑顔を浮かべる。
「告白したら、『キミの魔法は大好きだけど、ボクは人間に興味ないから』ってフラれちゃったけどな」
そして悲しそうな顔になった。
「だけど、変わっちまったよ。今じゃ、ただの魔法狂だ。あいつは国をどうしたいとかじゃなくて、ただ、あたしとアンジェを王国軍にぶつけて結果を見たいだけなのさ」
驚くザックさんとシオンを見て、私にうながした。
「さっきの件、話してやんな」
私はさっきのユリウスとの会話、暗黒教の男について説明した。
「おいおい、マジかよ。魔法研究所と暗黒教がつながってるのか?」
「たぶん、暗黒魔法の情報欲しさに近づいて取り込まれてしまったのでしょう」
シオンの推測は当たっているだろう。
ユリウスの魔法への探究心は異常だ。
「で、ミラ、どうすんだ。黙っとくのか?」
「そりゃー無理だな。戻ったらメルビルに言っとけば処理してくれるだろ。しょうがねえよ……」
落ち込むミラさんを見て、みんな黙り込んでしまった。
もし捕まったらシオンの禁術のことも話してしまうかもしれない。
禁術使いは死罪すらあり得るというなら、今のうちに辺境に帰った方がいい。
辺境伯に守ってもらえれば誰も手が出せないはず。
だけど、帰って欲しくない……。
そのとき、ザックさんが窓から身を乗り出して周りを見た。
「あれー、こんなとこ、来るとき通ったか?」
道の両側が何十メートルとはるか上まで続く崖になっている。まるで、深い谷間の底を通っているような道に入っていた。
馬車が停まり、御者の若い男の声が聞こえてきた。
「すんませーん、道に迷ったんで、回り見てきまーす」
そう言って御者は馬車から離れた。
ミラさんが不思議そうにつぶやいた。
「この馬車の御者って、じいさんじゃなかったか? ずいぶん若い声だな」
しかし、御者はしばらく経っても戻ってこなかった。
みんな不思議がって馬車を降りた。
道幅は十数メートルで両側は岩肌が壁のように高くそそり立つ。
前は行き止まりで高い壁にさえぎられている。
きっと上から見たら、深い渓谷の底という感じの道だ。
「あたしら、まるでワナにかかったネズミだな」
そのとき、ズズン、ズズンと地響きがこちらに向かってくるのが聞こえてきた。
こちらにやってくるソレを見たことのある、シオン以外の三人がぼう然と立ち尽くした。
長さ二、三十メートルの巨大なダンゴムシ、体の両側見える無数の脚と伸ばされている二本の長い脚と爪。
さすがのミラさんも顔に恐怖を浮かべた。
「聖女殺し……、S級魔獣がなんでこんなところにいやがるんだ」
研究所の地下と違って間をさえぎる檻も無く、ゆっくりとだが、こちらに向かってくる。
次回、「第59話 完全覚醒 ~双翼の大聖女」に続く。
シオンを殺されたアンジェは正気を失ったが、その背中には光り輝く天使のような四枚の羽根が現れ……。
ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。
今後の参考にさせていただきたいと思います。




