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第56話 魔獣迎撃戦4 ~大聖女復活

 後ろからミラさんの驚く声が聞こえてきた。


「あたしのじゃなくて、大聖女ルシアの? ユリウスのダンナ、どういう意味だい?」

「まあまあ、あせらずに見てなさい」


 私は立ち止まり、両足を左右に大きく広げて足場を固める。

 両腕を大きく広げて、手の平を前に向ける。


「女神ルミナスの導きに我が魂呼応せん。聖なる風が封ぜし聖なる炎、燃えたぎる剣となりて、灼熱の断罪を敵に刻め!」


 左右に一つずつ赤い魔方陣が浮かび、その回りをいくつもの小さな緑の魔方陣が囲んだ。


 後ろからミラさんの不思議がる声が聞こえる。


「なんだあれ、失敗か?」

「いいんだよ、あれで」


 内側の赤の魔方陣から出た炎の柱を緑の魔方陣から吹き出る風がねじるように炎に巻きついていく。


「なぎはらえ、獄炎斬!」


 二本の炎の柱は風に包まれながら前方にすごい速さで伸びていく。


「すげー! はえー!」


 ミラさんや騎士たちの驚き声が聞こえてくる。


 ねじるような風に包まれて前方に送り出される二本の炎の柱が瘴気の中の影に当たった。

 爆煙が上がり、魔獣の断末魔が響く。


 そのまま二本の炎を左と右に別々に動かして魔獣を炎でなぎ払う。

 魔獣の断末魔の悲鳴がそれに続いていく。


 ユリウスの説明が聞こえてくる。


「包んだ風でコントロールすることで、炎を自由に早く動かせる。これが大聖女ルシアの本来の獄炎斬なんだよ」

「魔獣が燃え尽きてるけど、なんで燃えにくいA級も焼けるんだ?」

「炎の柱を細く圧縮することでより高温になる。それに炎の総量を減らすことで魔力の消費量も減らせる」


 何匹ものカマキリやスズメバチが爆煙から逃げるように上に飛んでいくので、それらを打ち落とすように右の炎を上に移動させる。


「打ちすえろ、獄炎鞭!」


 炎を包む風のねじりを強くして炎を更に細くする。

 それをムチのようにしならせて上に逃れようとした魔獣を打ちすえてたたき落とす。

 地面に落ちたところを左手の炎で狙って焼き尽くす。


 全て打ち落とした後、炎のムチを柱に戻して、もう一度、二本の火柱を左右に動かしていく。


 何度も往復させた後、魔獣の断末魔も聞こえなくなった。

 動く物がなにもなくなったので魔法を止めた。


 全部殺した。


 これで王都に帰れる、とばかりに笑顔でみんなを振り返る。


「終わったわ!」


 しかし、みんな、遠くを見てシーンと静まっている。

 視線の先には燃え尽きて形のなくなった魔獣の黒い燃えかすが横に長く積まれていた。

 

 ぼう然としていた騎士たちが口を開き始めた。


”すげえ、二百匹を全滅させたぜ……、たった一人で”

”もう人間わざじゃないな……”


 その口調は私をほめるものではなく、恐れているように聞こえた。

 シオンを見ると、彼も驚き、見開いた目で遠くを見つめていた。


 ユリウスだけが一人、うれしそうに手を叩きながら私の方に歩いてくる。


「素晴らしい、実に素晴らしい! これこそ大聖女ルシアの伝説の魔法! まさに、大聖女復活だ!」


 そして騎士たちの方を振り返った。


「どうだい、キミたち、見たかい? 騎士団はおろか、王国軍にすら勝てるんじゃないかな? ミラと二人なら大陸まるごと燃やし尽くせるかもしれないね!」


 シーンと静まりかえるなか、ユリウスの高笑いだけが響き渡る。

 ミラさんが笑い続けるユリウスを止めにかかった。


「お、おい、だんな、その辺にしときなよ」

「やだなあ、ミラ。単なるたとえ話ですよ。だけど、これだけの力を魔獣退治だけに使うなんて、もったいないと思わないかい? ねえ、アンジェ」


 そう言って私に笑いかけてくる。

 しかし、薄気味悪い物を見るような騎士たちの視線の方が私には気になった。 



 翌日、魔獣が現れる気配もなく、王都に戻ることになった。

 しかし、私は落ち込んでいた。


 馬車が出発したあと、回りに人がいなくなったのを確認して前に座るシオンにグチをこぼす。

 

「人のことを人間兵器だとか、人間わざじゃない、とか失礼な話よね?」


 シオンは微笑みながら聞いてくれている。


「他の聖女の三人とたいしてかわんないのに」

「いいえ、そんなことはないでしょう」


 シオンにまじめな顔でグチを否定されて私は驚いた。


「もし、他の三人の聖女と戦うなら勝ち目は十分にあります。あくまでも仮定の話ですが」


 思わぬ話の展開に私は驚きながらも耳を傾ける。


「まずエリザ様。

 ライルの動きを止めるために足元を狙います。ワナ、落とし穴なんかいいですね。倒してしまえば、エリザ様を仕留めるのはたやすいことです。


 次にシルビア様。

 風の刃で斬れない甲冑を着て大勢で周囲から一気に攻め込みます。もし宙に浮くなら、金属の矢を大量に放ちましょう。

 竜巻で防戦するでしょうが全方向からの攻撃は防げないでしょう。

 竜巻の中に入って防御に徹するなら、のんびり魔力切れを待ちましょうか。


 ミラ様は一番やっかいですね。

 中途半端な間合いでは炎で焼き尽くされますから、遠方から矢を放ちつつ、差し違える覚悟で接近戦に持ち込みます。

 犠牲を覚悟する必要はありますが確実に仕留められるでしょう。


 今回は相手が魔獣だったので一方的に戦えましたが対人戦はそう単純ではありません」


 対人戦って、なんでそんなことを考えるんだろう?


「さて、アンジェ様と戦う場合ですが」


 思わずゴクッとツバを飲んだ。


「流水槍、烈風斬、獄炎斬、獄炎鞭……。近距離から遠距離まで攻撃可能。防御は聖光障球。相手の動きを止める聖光蛛縛。身体強化で移動は迅速。風を組み合わせて空中での浮遊や長い跳躍も可能。


 さて、こんな相手とどう戦いますか?」


 うーん……と首をひねって考えてみる。


「やっぱり周囲を取り囲んで、矢を放ちながら一気に斬りかかったら?」

「聖光障球で防御しつつ、内側全体に流水槍の魔方陣をできるだけ多く展開。聖光障球を解除すると同時に何百もの流水槍を発射。同時に獄炎斬を発動してグルッとなぎ払う。アッという間に全滅ですね」


 なるほど……。それでもまだ考えてみる。


「じゃあ、地面の下に隠れて、そこに私が来たときに突然襲いかかる! といのうはどう?」

「では、シルビア様のように宙に高く浮いて戦いましょう。下からの攻撃だけ注意すれば良いので戦いやすいですね。空からの攻撃なら火球がいいでしょうか」


 敵の立場になって自分と戦う姿を想像してみる。

 宙高く浮かんでいる私に剣は届かず、矢を放っても軽々と光の障壁に弾かれる。

 光の障壁が消えた瞬間に何百本もの水の槍が空から降りそそぐ。

 傷つき、逃げ惑う兵たちに火球が連発して打ち込まれる。

 それでも、なんとか逃れた人には上空から炎のムチが狙いを定めて襲いかかる。

 打ちすえられて燃え上がって死んでいく兵士たち……。


 自分で想像しながら思わず体が震え、そして頭を抱えた。


「人の姿をしたバケモノね」

「彼らがアンジェ様に感じた恐怖、おわかりになりましたか」


 私はタメ息をついて、うつむいた。


「だけど、私は人と戦うつもりなんてないのに」

「強すぎる力は恐れのほかに欲を生みます。強い力を支配したい、自分のために使いたい。そういう欲です」


 昨日、ユリウスが言っていたセリフを思い出した。

 王国軍にすら勝てる、大陸を燃やし尽くす……。

 そういう使い方を考える人が現れるのかもしれない。


 私はことわることもせず、シオンの隣に座った。

 シオンは脚の上に置いた私の手を握って微笑んでくれる。


「アンジェ様は自分が正しいと信じることに、その力を使って下さい。人々の笑顔が絶えない世の中を作る。でしたよね?」


 そう、それが私の誓い。

 相手がケガでも病気でも竜巻でも魔獣でも、そして水路工事でも。

 そのために私は力を使いたい。


 顔を上げる私はシオンに優しく見つめられる。


 私が聖女でシオンが従騎士なら、いつまでも、このままでいられるのかな……。


 シオンの肩にもたれかかり、この穏やかな優しい時間を楽しみながら王都に戻っていった。


◇◆◇


 王都に帰ってからは、いつもの日常に戻った。

 今日は久しぶりにミラさんと水路工事。


 川まであと二メートルほどのところで掘るのを止め、投げてもらったろーぷにつかまって地上に上がっていくと、先に作業が終わったミラさんが出迎えてくれる。


「おっ、全然濡れてねえなあ」

「体の前半分を覆う風の壁を作って土や泥をかぶらないように改良しました」

「四属性持ちは、ホント、便利だな」

「冬場に濡れたら、カゼひいちゃいますから」


 最後に流水槍を発射して、川と水路の間の壁を破壊してつなげて、水が流れるのを見届けて完成。


 工事は無事に終わり、日もまだ高いので王都に帰ろうとするが、建設省の担当者に止められた。


「これから会食の予定がございますので、お帰りはその後で」

「ちぇっ、面倒くせえーなあー」

「いい酒も準備しているはずですから」

「しゃーねえなー、行くか」


 相変わらずミラさんはいいお酒に弱いなあ……。


 こうして私とミラさん、従騎士の二人は案内されて森の中の大きな古びた屋敷に到着した。


「こんなとこで宴会とは変わってるなあ」


 私たちは不思議そうにその屋敷を見た。


 案内された浴室で簡単にシャワーを浴びて泥を落とし、宴会用の正装に着替える。

 隣でミラさんが着替え終えるが、いつもの露出度の高い短パンにヘソ出しシャツ。


「いーんだよ。こんなとこでの宴会、どうせたいした相手じゃねーだろう」


 みんなで廊下を歩いていくと、案内の男性がザックさんとシオンを先に部屋に案内した。


「従騎士のお二人はこちらへどうぞ。お酒とお食事を用意してございます」

「そんじゃ、アンジェちゃん、ミラ、おつとめご苦労さん」


 ザックとシオンさんは言われた部屋の方に進んでいった。

 会食する偉い人の中には従騎士が同じテーブルで食事をすることを好まない人もいるため別室ということも多い。


 特に気にすることなく、私とミラさんはその先の一室へと入っていったが、そこにいる人物を見て驚いて立ち止まった。


「やあ、ミラ、アンジェ。魔獣迎撃戦以来だね」


 テーブルの向こうにいたのは魔法研究所所長のユリウスだった。


次回、「第57話 謀略 ~ワナにかかったネズミたち」に続く。

王都に戻るアンジェとミラたちの馬車はいつのまにか深い谷のような袋小路に入っていき、そこでおそろしいモノと遭遇し……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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