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第55話 魔獣迎撃戦3 ~アンジェ無双

 その瞬間、後ろから肩越しに黒い槍が突き出され、ムカデ型の口を貫いて右に払って頭を切り裂いた。

 倒れていくムカデから私を守るように、シオンが立ちはだかった。


「シオン!」


 思わず後ろからシオンにすがりつき、地面へと倒れていくムカデを見続けた。

 背後から別のムカデが迫ってきたが、シオンは再び私をかばうように間に立ち、槍を横に払うように動かし、頭の半分を斬り落とした。


 すごい、本当に破邪の槍なのかな……。


 地面に音を立てて倒れるムカデを震えながら見る私はシオンに抱きしめられた。


「アンジェ様、落ち着いてください。相手は襲ってくるだけの虫、動きも単調で恐れるに足りません」


 甲冑越しだったがシオンの胸に抱かれ、そっと頭をなでられて呼吸も少し落ち着いてきた。


「今のアンジェ様の魔力は水なら大聖女ルシア並み、光、風、炎は他の聖女様並み。あんな虫どもに負けるわけがありません」


 だけど、止まっている練習のマトと違って動くし、こっちにも攻撃してくる。

 実戦と練習は違う。

 練習と違って、失敗すれば……死ぬ。

 そう思うと体がこわばって動けない。


「思い出してください、大聖女ルシアが戦場でどう敵と戦ったか」


 多くの英雄譚として語られているのは、光り輝く天使のように戦場に舞い降り、いつも沈着冷静、的確な魔法で確実に敵を葬り去る姿。


 深く呼吸をしながら目を閉じて、唱えてみる。

 私は聖女、私は聖女、私は大聖女、大聖女ルシアに並ぶもの……。


 大きく息を吐き、目を開く。

 落ち着いた。


 シオンが体を離し、私の手を取った。


「さあ、行きましょう」


 私はうなずき、シオンと並んで前に進み始める。


 前方で地面を這っていた二匹のムカデが向きを変えて上体を起こし、私たちに向かってきた。


「よけられないように、できるだけ多く一度に発射を!」

「うん、できるだけ多くね!」


 ムカデを正面から見据えて、ムカデの前にまるで壁のように数え切れないほどの青の魔方陣を並べた。


 その数の多さに驚いたようにシオンが目をむいた。


「い、いえ、そんなに多くなくても……」

「いいの、絶対外さない!」


 ムカデも異様な雰囲気を感じたのか体の向きを変えようとするが、その前に流水槍を撃ち放つ。


「つらぬけ、流水槍,超たくさん連撃!」


 一斉に発射された数百に近い水の槍がシューと音を立てて飛んでいく。

 ほとんどは空に消えたり、外皮の硬い部分にぶつかって壊れるが、何発かは当たって二匹の頭を吹き飛ばした。。


 よし!


 ムカデは大きな音を立てて地面に倒れた。

 私はホッと安堵のタメ息をつく。


「やったわ!」


 うれしくてシオンを振り返るが、あっけにとられたような顔をしている。


「動きを止める魔法はありませんか? 何百発も打って当たりが数発では魔力がもったいないです」


 動きを止める魔法? なにかあったはずだけど……。 

 離れて戦っているエリザさんの方を見た。


 エリザさんがムカデ型に向かって展開した金の魔方陣の前に光の糸のクモの巣ようなものが現れた。


「からみつけ、聖光蛛縛!」


 魔方陣から放たれた光のクモの巣がムカデの上体にからみついて動きを止め、ライルさんの光り輝く大剣が頭を切り落とした。


 あれだわ!


 周囲を見回して何人かの騎士と向き合っているムカデを見つけた。

 シオンと一緒に駆け寄る。

 両手を同時に掲げ、金の魔方陣と小さめの青の魔方陣を十個ほど同時にムカデの頭の前に展開した。


「からみつけ、聖光蛛縛!」


 発射された光のクモの巣がムカデ型の胴体にからみついて動きを封じる。


「つらぬけ、流水槍十連撃!」


 十本の水の槍を青の魔方陣から一斉に発射させると半分は頭に当たってムカデの命を絶った。


 よし!


 こんな感じなら確実に仕留められるし、近づかなくていいから危険も少ない。


「いいですね、これを続けましょう!」


 シオンも手応えを感じたように声を掛けてくれた。


 その場から見回すと、前後左右に一匹ずつ、計四匹のムカデがいる。

 両腕を広げてその場で体を回転させ、それぞれのムカデの前に金と青の魔方陣を展開し、光のクモの巣で動きを止めて水の槍で頭を貫く。

 ほぼ同時に四匹のムカデが倒れていった。


”おお、すげー!”


 離れたところから見ていた数人の騎士の方々から声が上がったので、そっちの方を見ると上空から飛んできたカマキリがカマを振りおろそうとしていた。


「あぶない!」


 とっさに聖光障球で騎士たちを覆うとカマが光の壁にキン! と当たって弾かれた。


「斬り裂け、烈風斬!」


 青の魔方陣から発射した風の刃でカマキリの細く長い首を切断した。 頭をなくしたカマキリが地上に落ちていく。


「アンジェ様!」


 シオンが指差す先を見ると、五、六匹ずつのスズメバチの群れが右と左の上空から、数人かたまっている騎士たちの方に向かっている。


 烈風斬や流水槍で狙うには少し遠い、外れたら騎士の方がやられる。


 とっさに聖光障球を発動し、自分と騎士たちを覆うような大きい光のドームを作り上げ、そのまま騎士たちの方に走っていく。

 後ろから着いてくるシオンが叫ぶ。


「聖光障球の外側には魔法は届きません!」

「ええ、考えがあるの!」


 騎士たちのそばに駆け寄って上を見ると、あちこちでスズメバチが何匹も光の壁に体をぶつけている。

 騎士の方々はその様子を怖がって見ていた。


「大丈夫です!」


 騎士たちに声をかけつつ、スズメバチがぶつかってくるあたりの壁の内側を覆うようにいくつもの緑の魔方陣を展開する。


「行きます!」


 聖光障球を止めて光の壁を消し去ると同時に無数の烈風斬を魔方陣から発射する。

 全てのスズメバチは切り裂かれてバラバラと落ちていった。


”すげえ、瞬殺だ……”


 騎士の方々が驚きの目で私を見ているが、私は空を飛び交っている魔獣に意識が向かう。


 さっきまで、あんまり飛んでるのはいなかったのに……。


 シルビアさんの方を見ると、地面に立って魔法を発動していた。しかも、敵は自分の近くのみに限られている。

 私の隣に立つシオンも心配そうにシルビアさんを見ていた。


「おそらく、魔力をかなり消耗されたのでしょう」


 心配になって、今度はエリザさんたちを見ると、強化魔法の光は輝いているが、ライルさんの動きが鈍くなっている。


「魔法で強化されても、ライルは生身の人間。エリザ様が回復魔法もかけながら戦っていますが、疲労も限界に近いはずです」


 周囲を見回すと、地上にはムカデを中心に二十数匹、上空にはカマキリとスズメバチが十数匹。


「私はまだまだ大丈夫よ。行きましょう!」

「背後は私が守りますから、アンジェ様は前方と上空の敵に集中してください」


 私はうなずいて、数匹のムカデに囲まれそうになっている騎士たちの方に走っていく。

 魔法の届く距離になった瞬間、金と青の魔方陣を展開して一気に魔法を発動する。

 全てのムカデが倒れたのを確認して、上空に目をやり、届く範囲の全てのカマキリとスズメバチを烈風斬で切り裂いた。


 再び、ムカデのかたまっている方へと走るが、途中、地面を這って近寄ってくるクワガタがいたので、上から光のクモの巣で地面に張り付け、流水斬による水のギロチンで頭と胴体の節を断ち切った。


 C級のナメクジやミミズがいたが、上空から火球を数発叩き込み、瞬時に焼き払った。


 囲まれて苦戦している騎士の方がいれば、聖光障球で覆って保護して、外の魔獣を殺していく。



 防御魔法で自分と味方を守り、敵の動きを押さえて攻撃魔法を大量に叩き込む。コツさえつかめば簡単なことだった。

 途中からは敵を倒すという興奮もなく、単純作業のように害虫駆除の作業を続けるようなものだった。


 数えることができないほどの魔獣を殺し続け、見える範囲には魔獣はいなくなっていた。


 そんな私を見て、後ろから着いてくる騎士の方々が小声で話すのが聞こえてくる。


”すごいな、一人でどれだけ殺したんだ?”

”聖女四人分の魔法、まるで人間兵器だな……”


 人間兵器?


 その単語に思わず立ち止まった。

 辺りを見回して、私に殺されて散らばっている無数の魔獣の死体を見渡した。


 これを私がやった?


 一年半前、私は高等部の新生活を楽しみにしていた普通の少女だったはず。

 今、私は戦場でなにをやっているんだろう?


 戸惑いを感じ、たたずむ私の肩をシオンが叩いた。


「私たちも戻りましょう」


 本陣の方を見ると、シルビアさんもすでに戻っており、ライルさんも強化魔法を解かれてエリザさんを肩に乗せたまま本陣の方に向かって歩いている。


 倒れている人はいないし、重傷そうな人も見当たらない。

 シオンが笑顔で話しかけてくれる。


「今年もきっと死者ゼロですよ」

「だといいんだけど」


 ホッとタメ息をついた。


 これでいいんだ。

 私が強くなればなるほど、ケガをする人も減るのだから。


”うわー、助けてくれー!”


 はるか遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 目をこらすと、三人の騎士の目の前の地面からムカデ型が飛び出し、倒れた一人に狙いを定めた。

 遠すぎて魔法は届かない。


「行ってくる!」


 さっき見たエリザさんの強化魔法をマネして、自分の体に強化魔法をかける。

 体が金色に光り始めると同時に私は前方に高く高く飛び跳ね、風魔法を発動して後ろに風を叩きつける。

 体は一気に前方に飛ばされる。


 旋風翔脚。

 大聖女ルシアが使ったという魔法の一つ。

 空を舞うように移動し、着地ですごい力がかかるが強化した足腰で踏ん張る。

 そして、もう一度、前方高く跳ねて空中で風を起こして体を前に飛ばす。


 恐怖におびえる騎士の顔が見えるまで近づき、騎士の人を守る聖光障球とムカデを狙う流水槍と聖光蛛縛、三つの魔法をほぼ同時に発動する。


 クモの巣が絡み動きが止まったムカデの頭を流水槍が吹き飛ばした。


 私はそれを見ながら、前方の地面に風を飛ばして飛んでいる速度を殺し、両足で地面に着地する。

 勢いでザザーと地面に足をこすらせながら前に進んでいくが、バタッとつんのめって倒れた。


 あいたたた……。

 鼻の頭がすりむけた。あとで治癒魔法で治そう。


 騎士の人がうつ伏せに倒れる私を助け起こしてくれた。


「聖女様、大丈夫ですか……」

「初めてなんで、ずっこけちゃいました」


 てへへへ、と照れ笑いしているとシオンが駆けてくるのが見えた。


「アンジェ様、おケガはありませんか?」

「うん、鼻だけ」


 シオンは私の手を握ってホッと安心したようなタメ息をついた。


”水の聖女様は強すぎて、従騎士なんかいらないんじゃないか”


 騎士の誰かがつぶやくのを聞いたシオンは苦笑いして私を見た。


「彼の言うとおりですね。素晴らしい戦いでした」

「しょせん虫だし、今日はS級もいなかったから」


 従騎士は絶対必要よ、と言わんがばかりに強引に腕を組んで本陣に戻っていった。


 ミラさんが駆け寄ってきてくれた。


「スゲーじゃん! いったい何匹やったんだ? 最後のなんかまるで飛んでるみたいだったぜ」


 ミラさんと肩を組んでエリザさんとシルビアさんの方に歩いていった。


「さすがは四属性持ちね。こんなことなら出し惜しみせず、身体強化魔法をちゃんと教えておけば良かったわね」


 エリザさんが嬉しそうに笑って言うが、シルビアさんはただジーと私を見つめるだけだった。


 パチパチパチと拍手しながら、ユリウスが私たちに近づいてきた。


「素晴らしい、実に素晴らしい。また一歩、大聖女ルシアに近づけたね、アンジェ」


 そのとき、前方から何人かの騎士が血相を変えて走ってきた。


「第二波! 魔獣第二波来ます! その数、約二百!」


 もうあとは王都に帰るだけ、のんびりと剣を降ろし、甲冑を脱いでいた騎士たち全員に戦慄が走った。


 エリザさんがミラさんに叫んだ。


「ミラ、行けますか?」

「わりい、まだ無理。あと、三、四時間いるわ」


 ローランさんに持ち上げられて上空に浮かんだシルビアさんが私たちの方を見て叫んだ。


「S級は見えないけど、ほとんどがA級よ!」


 エリザさんの表情が険しくなった。


「わたくしとアンジェで今から約二百のA級。ちょっと、しんどいわね……」


 私は別のことを考えていた。


 今ならたぶんできる。

 それしかない。


 ユリウスも同じことを考えたんだろう。


「アンジェ、できるね? ミラのじゃなくて、大聖女ルシアの獄炎斬」

「やります!」


 私は瘴気の中の影に向かって走り出した。


次回、「第56話 魔獣迎撃戦4 ~大聖女復活」に続く。

第二波の魔獣に一人立ち向かうアンジェは二千年前の大聖女ルシアの大魔法を発動させ……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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