第52話 迷いと決意 ~強いから戦う!
メルベルさんが魔獣迎撃戦について詳しく説明してくれた。
王都と南の辺境伯領の中間ぐらいで東の隣国ダルシア帝国と国境を接する山岳地帯。そこに瘴気でおおわれた一帯があり、一年に一度、まさにわき出るように魔獣が現れるのだという。
原因も目的も、どこに向かうのかも不明だが、出現直後に聖女隊と騎士団約百名で迎え撃って全滅させるのだという。
「魔獣の数は年々増えてきて、去年は約二百匹でした」
「まあ、二百匹って言ってもB級、C級も多いから、あたしに任せときな。炎の聖女歴代最大級火力のこのミラ様に!」
あんなバケモノが二百匹!
その数字に震え上がったが、ミラさんのいつもの元気がとても頼もしく感じる。
「去年はA級を殺るのはエリザだけで大忙しだったけど、今年はアンジェもいるから楽になるな。なあ、アンジェ」
そう言ってミラさんは、バンと私の背中を叩いた。
「は、はい。今、特訓中です」
硬い外皮におおわれたA級は燃えにくく、風の刃が通らない。
切断力と貫通力から水魔法への期待が高い。
というのは理解できるんだけど……。
どうして、私は魔獣と戦うんだっけ?
◇◆◇
聖女になってからも忙しい時間をやりくりしてフロレス先生の診療所にときどき行って、治療のお手伝いを続けていた。
「はい、おばあちゃん、治ったはずですよ」
「ありがとよ、アンジェちゃん。歳は取りたくないねえ」
笑顔でありがとうと言われるのは、私にとって、とてもよい仕事のストレス解消になっている。
「ちょっと疲れてるみたいだけど、大丈夫かい?」
フロレス先生が心配して私を見た。
「最近、いろいろとやることが多いんです……」
魔法の練習、歌に踊りに土木工事……、そして魔獣退治。
聖女隊の仕事範囲の広さにタメ息が出た。
「でも、今日はたくさんの人が来てくれてるので、がんばりますね」
ここが私の原点。
エリザさんに治癒魔法を教わりながら、聖女になりたいという思いがここで芽生えた。
あのときよりもはるかに早い速度でどんどん治療を進めていくと、みんな笑顔でありがとうと言ってくれる。
ああ、そうだった。
私はこういう笑顔が見たくて聖女になりたかったんだ。
それなのに、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ……、
なぜ、私はステージで踊ってるのー⁉
収穫祭のメインステージ。
今日はミラさんと二人でダブルセンター。
魔法で作った光のスポットライトを浴びて一生懸命に踊る。
”アンジェちゃーん!”
”おれのアイマーイ!”
名前で声援を送ってくれるファンも増えた。
他の皆さんと違って様付けで呼ばれることはめったになく、たいていちゃん付けか呼び捨てだけど。
『妹みたいな身近な聖女』というシオンの売り出し戦略は大当たり。
新しいファン層の開拓で王立聖女隊の人気はさらに上昇中だとメルビルさんが教えてくれた。
「さあ、アンジェのパートだぜ」
中央でミラさんと交錯するとき言われた。
覚悟を決めて歌い始める。
レッスン通り、大きい声ではっきりと。笑顔を忘れず、フレーズの切れ目でキメ顔でウィンク。
”キャー、かわいい-!”
よし、練習の成果はちゃんと出ている!
そう思ったとき、
「アンジェー!」
ドキッ! 聞き覚えのある声のする方を見ると、セシリアが一生懸命手を振ってくれている。
回りには何人も知っている顔、クラスメートだ。思わず赤くなってうつむいてしまう。
でも……。
上目づかいで観客席を見渡してみる。
みんな、笑顔で楽しそうだ。
ああ、この国は平和で幸せなんだなあ、と実感する。
ステージの出番が終わると、今度は聖女宮まで屋根無しの馬車に乗ってパレード。
大通りの両脇からの歓声に手を振る姿もサマになってきた。
馬車はいつものように従騎士が四方を固め、数人の騎士が警護につく。
そのとき突然、馬車の左右から剣を持った男が一人ずつ飛び出してきて叫んだ。
「全てを闇に帰し、永遠の安寧を!」
「暗黒竜は復活する! 闇の裁きを受けるのだ!」
なにっ⁉
私は声のする方を見て固まってしまったが、他の皆さんは表情を変えずにただ男たちを見る。
左の一人はザックさんの投げた数本のナイフで仕留められ、右の一人はシオンの槍にたたき伏せられた。
その男が倒れる瞬間、上を見た視線をシオンが見逃さなかった。
「陽動です、上を!」
シオンの指差す先は四階建物のベランダで、こちらに向けてなにかを投げようとしている男がいた。
シオンの声と同時に、ローランさんは背中に担いでいた弓に矢をつがえて瞬時に矢を放つ。
男は矢に射られて地面に落ちていくが、その手からリンゴぐらいの大きさの黒い球が投げられた。
「爆弾ね」
エリザさんは表情を変えることなく、右手を掲げると爆弾の球の下に魔方陣が浮かび、聖光障球の金色の光球が爆弾を包み込んだ。
ボン! 低い爆発音があり、金の球体から黒い煙が漏れ始めた。
シルビアさんが右手を振るい緑の魔方陣を出して風を起こし、その煙と球体を彼方へと吹き飛ばした。
「ちっ、暗黒教の奴ら、しばらくおとなしかったのになあ」
「宗教警察の方々はなにしてるのかしら」
エリザさんが困ったわねと言うようにタメ息をついた。
私は襲われたのが初めてだったが、以前はちょくちょく、こういうことがあったらしい。
「暗黒教は光神教と対立しているので私たち聖女を忌み嫌うのですが、まったく迷惑な話です」
エリザさんがなにもわかっていない私に説明してくれた。
女神ルミナスと敵対する暗黒神ダルラスを崇め、二千年以上前に隣国のダルシア帝国でできたとされているが、ダルシア帝国は鎖国政策で国を閉じており情報も全くないそうだ。
暗黒教は我が国では禁教であり、信仰者は宗教警察による逮捕拘束の対象となっている。
こういう事件は報道もされず、国民には知らされることはないそうだ。
魔獣に暗黒教……。
この国には国民に知らされていないことも多そうだ。
聖女宮に到着して収穫祭のスケジュールが全て終わった。
私たち四人はリビングでソファーに座り、のんびりと休む。
「皆様、お疲れ様でした。出発は明日午後ですので、今日は早めにお休みください」
メルビルさんはそう言って、明日からついに始まる魔獣迎撃戦のスケジュールを私たちに告げた。
「移動に馬車で十日、それから現地で待機になります」
魔獣の出現日時は正確にはわからないので、早めに現地に入ってじっと待つことになるらしい。
「今年は早めに出てくれるといいけどなあ」
ミラさんによると去年は二十日近く待機していたが、早ければ二、三日ということもあったそうだ。
私は率直にずっと考えていた疑問をたずねた。
「あのー、なんで聖女が魔獣と戦うんですか?」
「そりゃー、仕事だからだろ」
「なんで、聖女の仕事なんですか?」
「そりゃー、えーと……」
口ごもったミラさんに関わって、エリザさんが逆に私に質問された。
「それでは、誰が魔獣を退治すれば良いのですか?」
「それは、やっぱり騎士団とか……」
「では、なぜ騎士団なのですか?」
「騎士団の方々は強いから……あっ」
私は気がついたが、シルビアさんがあとを続けた。
「そうよ。わたくしたちは強い。騎士団なんかよりはるかに強いのよ。強い者が守るべきものを守る。それだけのことです」
「アンジェもユリウスのダンナに見せてもらったろ。あんな化け物どもが村や町、王都に来たらどうする? 強えヤツがぶっ殺す。それがあたしたちってだけの話さ」
みんな、まるで魔獣と戦うのは当たり前みたいに話すんだ。
それはきっと、女神ルミナスの特別な加護を受けた者の矜持、誇り、責任。
そしてそれを裏付ける自分への自信なんだろう。
人々の笑顔が絶えない世界にしたい。
就任式のとき、私は誓った。
笑顔を絶やすものはそれが病気でも魔獣でも戦うべきもの。
私にはその力を与えられている。
だから私も戦うんだ。
もう迷いは消えていた。
いよいよ明日、私は魔獣との戦いに出発する。
次回、「第53話 魔獣迎撃戦1 ~戦闘前」に続く。
いよいよ王都から迎撃戦に出発するアンジェ達。道中、シオンの気持ちを探ってみるのだが……。
ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。
今後の参考にさせていただきたいと思います。




