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第46話 「華」の次は「汚れ」ですか? ~前任聖女の死と魔獣

 聖女宮に戻るときは、かなり酔ったザックさんやライルさんをシオンとローランさんが介抱するので、反省会も兼ねて聖女四人で一台の馬車に乗った。


 さっそく、さっきのハイデル局長とのやりとりで向かいに座るミラさんとシルビアさんの説教が始まった。


「お前なあ、あんなヤツにシッポ振ったって、ろくなことにならねえぞ」


 わたしはミラさんの剣幕に小さくなってうつむく。


「で、でも、私は新人なんで、少しはやる気も見せなければと思って……」

「あんな返事したら、絶対に自分の誕生会とか上司のパーティーに引っ張り出されて、芸やらされるぞ!」

「わたくしの新人のとき、上司の領地の麦刈りを烈風斬でやらされましたわ。甘い顔見せたらつけあがらせるだけですわよ」


 風の聖女の風魔法で麦刈りをやらせるとは……。

 そりゃ、みんながそっぽ向くのも仕方がない。


「あいつは、あたしら聖女を自分の出世のための道具ぐらいにしか思ってねえんだからな!」


 ようやく、私の隣に座るエリザさんが取りなしてくれた。


「まあまあ。アンジェはついこの間まで学生だったのですから、あんな古ダヌキの相手はしんどいですわよ。二人みたいに神経が図太いわけでもないですし」 


 そう言われてミラさんとシルビアさんはムスッと黙ってしまったが、ミラさんが話題を変えた。 


「しかし、王妃様はアンジェのことえらく気に入ってたなあ。第二王子に嫁ぐってのもいーんじゃね」

「皇太子にはソフィアがいましたし、第二王子は年下ですし。ゆずってさしあげますわ」

「冗談はやめてください!」


 ミラさんとシルビアさんにからかわれて赤くなってうつむくが、エリザさんがまじめな顔で言った。


「でも、王族と聖女の婚姻はよくある話ですし、アンジェは伯爵令嬢。年齢もちょうどいいし、十分あり得る話ですよ」


 そんなこと言われても……。

 とまどう私を見てエリザさんがクスッと笑った。


「悩ましいわねえ。でも、聖女でいるうちは恋愛と結婚は禁止ですから、しばらくは仕事に専念なさいね」


 普通の女学生が聖女になってしまい、とまどうことばかり。

 私はこれからいったいどうなるんだろう……。


◇◆◇


 王宮舞踏会の翌日、少し疲れ気味なので聖女宮のリビングで『聖女の心得』を自習していた。

 就任時に支給された本で、服装基準、民衆への加護や祝福の言葉、など聖女としての作法が書かれている。

 通りがかったミラさんが私がなにを読んでいるかのぞき込み、そして笑った。


「そんなの、適当でいいんだよ」



「ミラ様、アンジェ様、お二人をご指名の任務です」


 入って来たメルベルさんが次の仕事の場所と時間が書かれた指示書を二人に渡してくれたので、ざっと目を通す。


「おっ、久しぶりだな」

「水路工事……?」

「今度の任務は水路工事の土木作業。まあ、聖女の汚れ仕事だな」


 はっ? 水路工事、土木作業、汚れ仕事……?

 私たち、昨日は王宮で舞踏会の華やってましたよね?


「現地に着替える場所がないから、出発前に着替えときな。支給品の中にあっただろ、茶色の作業服」


 なにに使うかわからず、タンスの奥にしまった記憶がある。


「当日は馬車の道中長いから、そのときに詳しく話してやるよ」


 なんで聖女が土木作業?


 去って行くミラさんの後ろ姿をポカンとして目で追った。



 そして当日の朝、自宅の部屋で茶色の長袖長ズボン、ツナギの作業服に着替えた後で姿を大鏡に映してみる。


 意外に似合ってる。

 でも、私ってたしか、聖女だったはずなんだけど……。


 玄関まで見送ってくれた母がしみじみと私の作業服を見た。


「水路工事って……、ホントに最近の聖女っていろいろ大変ねえ。この前の太もも丸出しの衣装よりはアンジェに似合ってるけど」


 あの服、お母様が作ったんでしたよね。


「でも大丈夫。アンジェならきっとできるわよ」


 昔から内気な私を励ます母の言葉と優しい笑顔に見送られ、ミラさんの馬車を待つため門に向かった。

 門ではやはり作業服を着て待っていたシオンが私を見た。


「アンジェ様、とてもお似合いですよ」

「そう……、ありがとう」


 引きつった笑いを浮かべながら思う。

 私、やっぱり、進路を間違ったんじゃないかな……。



 迎えに来てくれた馬車にやはり作業服のシオンと一緒に乗り、ミラさんから水路工事の説明を受けた。


 数メートルの火球で地面の上の樹木と土の中の根を焼きながら進み、それに沿って後ろから水で土を飛ばして大きな溝を掘り進む。


「幅五メートル。深さ三、四メートル。長さ数キロメートル。こんなのが多いかな」

「非常に面白い工事方法ですね」


 シオンが感心したように言った。


「魔法研究所が開発したらしい。人が掘れば半年、それが一日で片づく。土木作業手当が出るからやりがいあるぜ」


 聖女に似合わない土木作業手当という単語にめまいを覚えるが、自分のやるべきことを考える。


 左右二本の直径三メートルの水柱を回転させて前の土を掘っていき、掘った土は回転で外にはじき飛ばす。


「こんな感じですか?」

「そうそう。クレアもそんなんでやってたわ」

「クレアさん?」


 聞いたことのない名前に首をひねる。


「クレア・クレイシア。アンジェの前の水の聖女で通り名は、清純のクレア。青く長い髪がまさに水の聖女って感じだったなあ。子爵令嬢だったけど水路工事で組む機会が多くて仲良かったんだ」

「一年半前にご病気で亡くなられたんですよね」


 ミラさんの表情が曇った。


「……病気は表向きの理由。クレアは魔獣に殺された。あたしたち全員の目の前でね」


 思わず息が止まった。

 ズボンの上に置いていた手が震えはじめたが、シオンが手を重ねて強く握ってくれた。


 私を見てうなずくが『私がお守りします』と心の中で言ってくれてるのが伝わってきた。


「クレアを守ろうとした従騎士もろとも魔獣の爪でバッサリだ」


 シオンに握られている手がさらに震えていく。


『魔獣退治は聖女隊の重要な仕事です』


 認定試験のとき、メルベルさんが言ったことを思い出した。


 死んだ人がいたなんて聞いてないんですけど……。


 自分の体が緊張で冷たくなっていくのがわかる。

 冷たくなっていく手に重ねられるシオンの手のぬくもりが強く感じられた。


「魔獣の件は、まだ先の話。そのうちゆっくり話してやっから」


 まだ時間はあるんだ。

 攻撃魔法、防御魔法……。

 私はまだなんの準備もできていない。



 沈んだ場の空気を変えるようにミラさんが明るく言う。


「さあ、今日は長引いたら泊まりになるから、チャッチャッとやるぜ!」



 現場に到着し、地図を見ながら建設省の担当者の説明を聞く。


「森を隔てた五キロ先の川と水路でつないで、この窪地をため池に変えて近隣の村の水源にします」

「森が五キロとは面倒だなあ……。とにかく始めるか」


 ミラさんは両手を高くかかげて大きな火球を作り、目的地の川まで引かれた地面の上の白線に落としていく。


 火球の下半分を土に埋め込ませて白線に沿って火球をゆっくり進めて森の中へ入っていくと木々が燃え始めた。


「アンジェー、燃え広がったら山火事にならないように水で消すのも、お前の仕事だから頼んだぞー!」


 そう言い残してミラさんは火球を連れて森の中へと入っていった。



 ため池にしようとする窪地は直径数十メートルで中心の深さは数メートル。

 端から少しずつ降りていきながら見上げると、長い竿の先に付けた白い布があって掘る方向を示している。


 さて、やりますか。


 両腕を広げて左右に青い魔方陣を出して水柱を二つ作り、前方の土に押し当てて回転させる。

 水柱は土を削っていくが、回転で弾かれた水や泥がビチャビチャと顔や体に飛んでくる。


 なるほど、これは手当が出て当然ね……。



 なんとか半分まで掘り進んだところで、草のある場所にみんなで座って遅めの昼食となった。


 顔の泥をタオルでぬぐい、シオンも濡れた髪を拭いてくれる。

 ミラさんは顔中すすで黒くなっているが気にしないようだ。


「伯爵令嬢のわりに根性あるじゃん。ステージの時みたいにベソかくかと思ってたぜ」

「歌って踊ったり、くどかれ続けるよりずっといいです」


 ミラさんは笑いながら私の背中を何度か叩いた。


「気に入った。同じ伯爵令嬢でもシルビアは汚れる仕事は絶対やらねえからなあ」


 魔法の名門と畑仕事にも慣れた没落貴族との差ですね、と思わず苦笑してしまった。


 老婆が十歳ぐらいの子供数人と一緒に果物の入ったカゴを持って私たちの方にやってきた。


「聖女様、果物ですが、お召し上がりください」

「お、悪いね。あんがとよ」


 ミラさんがさっそく手を伸ばして果物を取ってかじった。


「あそこにため池ができれば、この子たちは毎日何時間もかけて水くみに行かなくてすむようになるんです」

「おねえさんたち、がんばってね!」

「こら、聖女様ですよ」


 老婆が子供たちを叱るが、当然私たちは気にしない。

 ミラさんが私の背中をバンと叩いた。


「かまわねえよ。このねえちゃんがパーと作っちゃうからな」

「おねえさん、ありがとう!」


 子供たちの笑顔を見て思い出した。


 ああ、そうだった。

 こういう笑顔が見たくて、聖女になったんだっけ。


 でも、実際はなんだか、方向が違うというかなんというか……。


 建設省の担当者が恐る恐る近づいてきて話に割って入った。。


「日没前には完成しそうですが、今日お泊まりでしたら温泉宿を手配いたしますがいかがしましょう」

「泊まりは面倒くせえなあ……」

「王族御用達の立派な宿がある有名な温泉ですし、この地域は葡萄酒の名産地でいい酒がありますよ」


 ザックさんとミラさんが即座に反応する。


「ミラもアンジェちゃんもがんばって、さっさと終わっていい酒飲もうぜー!」

「おー! 張り切っていくぜー!」


 確かに泥まみれで馬車に乗るより、のんびり温泉に入って明日帰る方がよっぽどいい。


 それに、これって、お泊まり旅行よね!


 キャッ、と顔を赤らめて一人盛り上がる私をシオンが不思議そうに見ていた。



 子供たちの笑顔に励まされ、終われば温泉だと思うと魔法にも力がこもり、どんどん掘り進む。


 ゴールの川まであと数メートルとなった。

 ミラさんは自分の仕事を終えてザックさんやシオンと並んで川を見ながら担当者と話していた。


「水の量がずいぶん多いなあ、濁流って感じだ」

「今の季節は雨が多いので毎年こんなものです」


 よし、あとちょっと! 


 気合いを入れたとたんにミラさんの怒鳴り声が聞こえた。


「バカ、最後まで掘るな! いまそこを壊したら」


 と聞こえたときにはもう遅く、水路と川を隔てていた土の壁を水柱が突き破っていた。


 ものすごい勢いの濁流が私めがけて襲いかかってきた。

次回、「第47話 濁流危機一髪 ~温泉でゆっくり」に続く。

なんとか助かったアンジェはみんなとのんびり温泉で一泊と楽しむのだが……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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