第44話 王宮舞踏会2 ~新人聖女はモテまくる
王妃様の誕生日を祝う舞踏会の会場に入った私たち聖女隊に、参加者が歓声を上げた。
”聖女隊だ!”
”ご到着されたぞ!”
”エリザ様!”
”シルビア様!”
お二人は声のする方に軽く手を振りながら、正面へと進んでいく。
すでにグラス片手にできあがっているちょっとガラが悪く見える男性たちの輪から声が飛んだ。
”ミラさまー、いい酒あるぜ、早く来いよ!”
「おお、いいねー!」
以前のパーティーで知り合った飲み友だちなんだろうか、ミラさんはそちらへ行こうとするがエリザさんがガシッと腕をつかんだ。
「陛下と王妃様へのごあいさつが先ですよ」
四人で正面に進んでいくが会場中から歓声や拍手が鳴り響く。
聖女隊って貴族社会でも人気あるんだ……。
でも、今日も魔法も魔力も関係ないし。
私、進路を間違ったんじゃないかな……。
私を指差す男性がいた。
”あの赤毛の人が新しい水の聖女、愛妹のアンジェだっけ?”
”あんなにきれいじゃ、妹っていう感じしないけどな”
聞こえてくる話の内容に、恥ずかしくてうつむいてしまう。
私たちを見る人だかりをかき分けてハイデル局長が近寄ってきた。
侯爵だし、役所の偉い人だから当然出席してるんだ。
「お前たち、今日は頼んだぞ。がんばってくれよ!」
エリザさんは笑顔で軽く会釈をするが、ミラさんとシルビアさんはシラーとした顔で通り過ぎる。
「あいつに言われると逆にやる気なくなるのって、あたしだけ?」
「同感ですけど、ミラにもやる気はあったのですか?」
珍しく、ミラさんとシルビアさんの気が合っている。
ハイデル局長は上司としての受けは全く良くないようだが、聖女隊の責任者としては今日の舞踏会の成功は大切なんだろう。
「そう言わないで。王妃様のためと思ってがんばりましょう」
エリザさんはやっぱり大人だ。
正面に座る国王陛下と王妃様の方に進んでいくと、お二人のそばにニコラ王子とソフィア様も立っているのが見えた。
私たちは並んで立ち、エリザさんが代表としてあいさつする。
「王妃様、本日はお誕生日おめでとうございます」
「やはり、聖女隊は四人がいいいですね、エリザ様」
王族の方々は聖女を様付けで呼ぶのが慣例だそうだ。
光神教への配慮とかなんだろうか。
王妃様は優しく微笑まれたあと、私の方を向かれた。
「アンジェ様、どうですか、もう慣れられましたか? あなたのことはソフィアやニコラからよく聞いていますよ」
突然、振られて頭が真っ白になる。
「は、はい、日々、その、奮闘しております……」
国王陛下が笑って、うむうむとうなずかれた。
「図書館の開所式のステージ、あれはよかったのお」
「まあ、そうですの? わたしくも見たかったですわ」
とても王妃様にお見せできません……。
あの日の自分を思い出して真っ赤になってうつむいた。
「さあ、今日はめでたい日じゃ。皆様のお力で盛り上がるように頼みますぞ」
「はい、心得ております。聖女隊一同、全力を尽くします」
エリザさんが答えると三人は軽くおじぎをしてそれぞれ別の方向に歩いていった。
エリザさん、シルビアさんの回りにはあっという間に男性の人だかりができた。
ミラさんは当然のように、さっき声がかかったガラが悪い人たちの輪に入っていき、渡された酒のグラスをいきなりグッとあおいだ。
どうやって決めたかわからないが、エリザさんもシルビアさんも男性に手を取られてダンスを始めようとしている。
ミラさんを中心にお酒を飲みながら盛り上がる輪がどんどん大きくなっていく。
私は……、国王陛下と王妃様にあいさつした場所に一人ぽつんとたたずんでいる。
まずい、出遅れて浮いてしまった。
どうしよう……。
いっそミラさんの輪に入っちゃおうか、いや、お酒飲めないし……。
額に脂汗が浮き始めた。
ぽつんと一人浮いてしまった私に文字通り、救いの手が差し伸べられた。
「水の聖女様の初ダンスの光栄な相手はオレでいいかな」
ニコラ王子が笑いながら近寄ってきてくれた。
「招待客のお相手は、それからでもいいだろう。オレ、とりあえず王子だし」
いたずらっぽく笑うニコラ王子の手を取った。
王子と聖女、二人が踊り始めると、会場の人がいっせいに注目した。
王妃様とそばに寄り添うソフィア様も近くに来た私たちを見て微笑まれている。
「まあ、二人はお似合いね」
「ええ、本当に」
ニコラ王子が私をじっと見つめながら、しみじみと言う。
「アンジェ……、いやアンジェ様は本当に聖女になったんだなあ」
「……様とか、おやめください。殿下」
私は真っ赤になってうつむいた。
「池の前のベンチで、手の平に小石を乗せて半ベソかいてたアンジェがなつかしいよ」
ああ、そんなこともあったなあ。
あのころは、お先真っ暗だったっけ。
先が見えない、という点では今もあんまり変わりがないけど……。
曲が終わりお互いに軽く一礼すると、ニコラ王子が女性の列の方に向かっていかれる。
「じゃあ、お互いにご公務をがんばろうか」
そうか、令嬢たちのダンスのお相手であの列は順番待ちなんだ。
一人になった私を待ちかねたようにソフィア様が近寄ってくるが隣に若い男性がいる。
「こちらはマルデウス公爵のご長男、アリウスさん。わたくしの古い知り合いですが、どうしてもアンジェと踊りたいそうです」
「初めまして、水の聖女様。以後、お見知りおきを」
そう言って笑顔で手を差し出してくるので握って答える。
「初めまして、よろしくお願いします」
「では、一曲、よろしいですか」
ソフィア様が私の耳元でささやく。
「あと二十人近くいますから、体力の配分を考えるのよ」
「えっ……?」
ソフィア様の後ろにズラッと行列ができているのに気づいた。
エリザさんやシルビアさんの方を見ると、やはり、長い男性の列ができている。
ミラさんは? と見ると酒のグラス片手にミラさんとカンパイしようと並ぶ男性の列ができている。
これが今日の仕事なんだ……。
覚悟を決めて手を取って作り笑いをうかべつつ踊っていく。
「聖女様は伯爵令嬢だそうですね?」
「はい、一応……」
「恋人はおられますか? もし、いないのであれば、私などいかがですか?」
「はっ?」
いきなりの唐突、かつ、ぶしつけな質問に目が丸くなった。
アリウスさんとかいう人はあっけにとられた私をまじめな顔でジーと見つめてくる。
「い、今は仕事に慣れるのに精一杯ですので……」
しどろもどろで答えつつ、やっと踊りを終えて戻っていくと、ソフィア様が次の男性を紹介してくれる。
「アンジェ、こちらは……」
ソフィア様は不慣れな私のために待っている男性の列を整理し、私に次々とお相手の男性を簡単な紹介とともに渡してくれる。
しかし、男性たちは踊っている最中に質問やお誘いを次から次にぶつけてきた。
「乗馬に興味はおありですか? 一緒に遠出しませんか?」
「おいしい店を知ってますが、今度ご一緒にいかがですか?」
もっと単刀直入な方々もいる。
「おつきあいできませんか?」
「結婚の対象として見ていただけませんか?」
数人と踊ったあと、さすがにこれはおかしいと気づいた。
血相を変えてソフィア様を捕まえて少し離れた場所に連れていって尋ねる。
「なんなんですか、これ⁉」
「なりたての聖女様には口説こうとする男性が群がるんですよ。万一当たれば儲けもの、って」
『覚悟しておきなさい』はこのことか!
「なんで、みんな教えてくれなかったんでしょう……」
「そりゃ、アンジェがおそれをなして逃げたら困りますし、ご自分たちもさんざん経験されたことですから」
エリザさんやシルビアさんには,もう相手にされないから新人に寄って来るんだ。
「ミラ様のときは、しつこい侯爵の頭に火をつけて大変でしたのよ」
さっきミラさんが『思い出したくねえなあ』と言ってた。
それは確かにそうですね……。
「アンジェはおとなしそうだし、最近まで学生だったと聞いてチャンスありと思う殿方が多いかもしれませんね」
カンベンしてください……。
思わず涙目になってしまった。
「どうせ、みんなダメ元で言ってるだけですから適当にあしらっておけばいいですよ」
そんなことが適当にできるほど男性に慣れてません……。
やれやれとタメ息をつきつつ、ふと回りを見渡すと、壁際に立つ女性たち、いわゆる『壁の花』がかなり目立っている。
男性たちが聖女に集まってしまうから、女性が余ってしまうのかな。
男性のダンス要員がニコラ王子一人では大変だなあ……。
と思って見ていると、美男子が壁際に立つ女性をさそっている。
あっ、ローランさんだ。
シルビアさんが招待客と踊り続けてるから、お相手のいない女性を誘って盛り上げるのに協力してるんだ。
そういえば、シオンも辺境伯のパーティーでこういうのをしてたって言ってたなあ……と思ったら、あそこでシオンもやってるじゃない!
おとなしそうな女性に笑顔で手を差し伸べて……。
あっ、断られた。
『いえいえ、わたくしは結構ですから』
そんな感じだ、よしよし。
でもあきらめずに優しい笑顔で話しかけてる……。
女性が恥ずかしそうにシオンの手を取って一緒に踊りにいく。
あの達者な口でうまいこと説得したんだ!
私にナイショでなにやってるのよ!
次回、「第45話 王宮舞踏会3 ~新人聖女は活躍する」に続く。
ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。
今後の参考にさせていただきたいと思います。




