第41話 デビュー ~魔法も魔力も関係ないんですけど!
「みなさーん、こんにちわー!」
私たちの真ん中に立ったエリザさんが大声で叫ぶと観客席から大歓声が返ってきた。
”こーんにちわー”
「なんて素晴らしい図書館でしょう! こんな立派な図書館を建てて下さった国王陛下にお礼を言いましょう! せーの!」
”へいかー、ありがとーございましたー!”
観客が国王陛下の方を向き、いっせいに大声を上げた。
国王陛下も笑いながら観衆に向かって手を振って応えている。
私はア然としてその光景を見る。
シルビアさんも普段は見せない満面の笑みで叫ぶ。
「みんな、たくさん本を借りて勉強に励み、知恵と知識に富んだ優れた王国の民になるのですよー!」
”はーい、がんばりまーす!”
はっ?
続いてミラさんが叫んだ。
「文化の発展は国の進歩だぞー。本読んで勉強してルミナリア王国の繁栄と産業の拡大に貢献する立派な人間になれよー!」
”おー!”
ミラさんがこんなことをしゃべるなんて……とあっけにとられていると、ミラさんが小声で教えてくれた。
「ちゃんと台本渡されてるんだよ」
そうか。さすがは『王立』聖女隊、と一人納得する。
「さて、今日はみなさんに、わたくしたちの新しい仲間を紹介します!」
そう言ってエリザさんは一番端に立っていた私の手を引いて、強引に真ん中に立たせる。
「水の聖女、アンジェリーヌ・テレジオ。わたしくしたちの可愛い妹、『愛妹のアンジェ』と呼んであげてください!」
ワー!と大歓声があがった。
「ほら、アンジェ、ごあいさつ」
エリザさんにヒジでつつかれるが、頭の中は真っ白でなにも思いつかない。
「あ、あの、えーと……」
顔を真っ赤にして口ごもる私にヤジが飛び始めた。
”どーしたー!”
”はやくー!”
覚悟を決めて目をつぶって叫ぶ。
「ふ、ふつつかものですが、よろしくおねがいします!」
ペコリと頭を下げるが、エリザさんたちが目をおおうのが見えた。
しかし、ういういしいと思ってくれた人もいたのか観客席から歓声が上がった。
”かわいいー!”
”がんばれよー!”
”おれのアイマーイ!”
やだ、もう顔を上げたくない……。
私は顔を真っ赤にしながらうつむき続けた。
観客の私への歓声が落ち着き始めたとき、エリザさんがもう一度ステージ中央に立った。
「それでは私たちの曲、聞いてください。『愛の光はキミを照らす』」
三人は自分の立ち位置に移動を開始するが、すれ違いざまにミラさんが言う。
「アンジェはあたしの右、振りは覚えてるな?」
「えっ? は、はい」
そうか、あの特訓は踊りの振り付けだったのか!
ステージ上に、私、ミラさん、シルビアさん、エリザさんの順に並び、速いテンポの曲が流れ始める。
ミラさんが歌い始めるとキャーという悲鳴に近い歓声と”ミラさまー!”という叫び声が上がった。
歌い手はシルビアさん、エリザさんへと移り、時に二人で歌い、時に三人の声を重ねる。そのたびに名前を叫ぶ熱狂的歓声が起こる。
みんな、歌も踊りも上手い! きっとかなり練習してるんだ。
イチ、ニ、サン、ニーニー、サン。
遅れちゃダメ、みんなに合わせて,と一生懸命踊り続ける。
私もがんばらないと!
だけど、だけど、だけど……、
これって、魔法も魔力も関係ないんですけどー!
”王立聖女隊の皆様でした! 拍手でお送り下さーい”
司会の人と拍手に送られ、やっと解放されてステージの袖に引っ込むとミラさんが背後からポンポンと私の肩を叩いた。
「ぶっつけ本番のわりにはよかったぜ」
私は勇気を振り絞ってエリザさんに尋ねる。
「あの……、これも聖女の仕事なんですか?」
「ええ、そうよ。人々に笑顔と幸福を与える大切な仕事。教会にも賛美歌がありますでしょ、似たようなものです」
うーん、そうかなあ……。思わず首をひねった。
「次はアンジェにも歌ってもらいますからね」
エリザさんに宣告されてゲンナリするが、観客席から”もう一曲、もう一曲”と歓声が聞こえてきた。
「あら、どうしましょう」
エリザさんが困った顔をされた。
なぜなら、私が踊れる曲は今の一曲で終わりだから。
そのとき、血相を変えた一人の兵士が駆け込んできた。
「シルビア様! ウィンデス地区に竜巻警報が出ました!」
「……またですか。想定進路は?」
「北北西、進路上に村が三つあります」
動揺することもなく兵士に質問したシルビアさんは、その回答には表情を曇らせた。
「まだ間に合いますか?」
「シルビア様でしたら、おそらく」
「行ってらっしゃい。ここはなんとかしますから」
エリザさんにそう言われて、シルビアさんはその場を離れながら従騎士の方々の方を向いて叫んだ。
「ローラン、馬を!」
そして私の方を振り向いた。
「アンジェ、あなたもいらっしゃい」
「おー、行ってこい行ってこい。ここにいても役に立たないし、風の活躍は少ないから勉強になるぞ」
シルビアさんはジロッとミラさんをにらむが、ローランさんの方に歩いていくので私もその後を追った。
がっしりした栗毛の馬にシオンと二人で乗り、街から郊外へ向かう道を進み、先を行くシルビアさんの白馬を追う。こういう事態に備えて二人用の鞍が用意してあった。
「すごく立派な馬ね」
「従騎士準備金でいただいたお金で買いました」
従騎士になるにあたり、馬や装備、服などを整えるために結構な額のお手当が支給されたらしい。
私は後ろ側に座って前のシオンを両腕で抱きしめている。本当は胸がときめく場面なのだが……。
いやぁー、太もも丸見え!
ミニスカートのあの衣装のままで馬に乗ったので、一瞬すれ違う人たちが驚いて私を振り返って見る。
恥ずかしさでいっぱい、とても、ときめきを感じる余裕がない。
前の席のシオンからは見えないのがせめてもの救い。
シルビアさんは前を行く白馬の後ろの席に横座り、片手だけを前のローランさんの胴体に回して体を支えている。
不安定なはずなのに揺れがとても少なく、慣れているように見える。長い髪、白いマントと長い裾が優雅に風になびく姿はお姫様のようにすら見える。
二頭の馬が並んだときにシルビアさんが言った。
「ウィンデス地区では、しょっちゅう竜巻が起きるので、そのたびに呼び出されるのです」
竜巻を風魔法でなんとかするんだろうか?
馬が街中を抜けて郊外に出たとたん、見晴らしが良くなった。道も真っ直ぐに先に伸びている。
「わたくしたちは、ここから先に行きます。この道を真っ直ぐ進めば着きますから追ってきなさい」
そういうと、ローランさんの胴に巻いていた右腕に力を入れ、左腕を真っ直ぐに後ろに伸ばした。
「ローラン、行きますよ!」
伸ばした左腕の先に緑の魔方陣が浮かぶ。
馬の脚が地面を蹴ると、飛ぶようにそのまま数メートル先まで宙に浮いたまま移動した。
「飛んだ?」
馬が着地する寸前、シルビアさんは腕を下に向け馬の前足の下に魔方陣を展開して風を起こすと、馬の速度がすこし落ちて柔らかく着地する。 そしてまた馬が地面を蹴るのに合わせて、魔方陣を後方に出し、馬を飛ぶように前に進める。
白馬はアッという間に前に進んで見えなくなってしまった。
一瞬だったがシルビアさんがやっていたことは全てわかった。
シオンが振り向いて私に尋ねた。
「できますか?」
「……ええ、たぶん。やってみましょう」
いったん馬を止めてもらい、マネしやすいようにシルビアさんと同じように横座りになる。
「馬がなれるまで、少しずつ距離を伸ばしてください」
「わかったわ。じゃあ、始める!」
後ろに魔方陣を出し、馬の体が浮いた瞬間に風を起こして馬を前に飛ばす。
着地前に風を地面に当てて馬の落ちる速度を緩める。これを繰り返しながら、少しずつ浮いている時間、前に進む距離を伸ばしていった。
だんだん安定していき、馬もだいぶなれてきたのか普通に駆けるように脚が動いていく。
まるで、空を飛ぶ馬に乗って二人で飛んでいるみたい。シオンの腰に回した右腕に力を入れ、そっと体の密着度をあげてほほを背中に当てる。
ずっとこうしていたいな……。
「追いつきました」
ああ、人の願いはかなえられないものね。
道の先に広がる赤茶けた大地に白馬が小さく見えてきて、そばに何人かの人影があった。
その左前方に空のはるか上まで届くような黒い渦が地面から伸びている。
砂や土を巻き込みながらゆっくりとうねりながら動いていく姿は、まるで地面から天に昇っていく黒い龍のように見える。
「あれが竜巻? 大きすぎない……?」
あれに比べれば、風魔法で作るつむじ風なんてまるでオモチャ。
シルビアさんはいったい、なにをやるんだろう?
馬を降りて近づいていく私たちをシルビアさんがかチラッと振り返った。
「早かったわね。やはり、できたのですね」
そしてまた無言で竜巻を見つめ続けるが、表情がとても険しい。
そばにいた兵士が私たちに気づいて話しかけてきた。
「これまでの竜巻より、はるかに大きいんです」
「とにかく、やりましょう」
シルビアさんは竜巻に向かって歩き始めた。
次回、「第42話 竜巻vs風の聖女 ~聖女の本気」に続く。
竜巻を静める風の聖女シルビアにアンジェは聖女の本気の魔法を見た……。
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