第40話 命名 ~水の聖女・愛妹のアンジェ
水の聖女の就任式が終わると、そのまま大神殿から王宮まで新聖女誕生を祝うパレードが行われる。
私たち聖女隊の四人は屋根のない飾りのついた馬車に立って乗り、街の大通りをゆっくりと進んでいった。
出発直後は浴びせられる歓声と熱狂にオロオロしたが、やっと慣れてきて周囲を観察する余裕も出てきた。
ワーとしか聞こえなかった歓声も今ではよくわかる。
”エリザさまー!”
”シルビアさまー!”
”ミラさまー!”
このパレードの主役は私のはずだけど、まあ、新人なので仕方がないわね……。
”アンジェちゃーん、これからがんばれよー!”
やった! ついに初めて声がかかった。しかも若い男性の声だった。
ありがとうございます! と思いながら声のした方に一生懸命に手を振る。
従騎士の四人は他の騎士たちとともに馬車を囲んで歩き、私たちを守ってくれている。
チラッとシオンを見ると初めて声を掛けられて喜ぶ私を見て笑っていた。
馬車が王宮に着くと、門の前に国王陛下が直々に待って下さっていた。
国王の隣には王妃、ニコラ王子、そしてソフィア様もおられる。
さっきの就任式の場には王族関係者は誰もいなかったが、女神ルミナスによって加護を与えられた聖女を王族が受け取るという伝承に沿った儀式の流れになっているらしい。
国王陛下が両腕を広げて歓迎の意を示してくれる。
「おめでとうございます、水の聖女様。ようこそ、聖女宮へ」
王宮の広大な敷地の一角に、聖女がそれぞれ住める四つの屋敷とその中心に四人が集まる建物、魔法の練習場などがある。
それらの場所をまとめて聖女宮と呼んでいる。
聖女宮を見渡しながら、あらためて気が引き締まる思いを感じた。
私はもう学生じゃない。
ここが、私の『仕事場』なんだ。
聖女宮の真ん中の建物でみんなが集まる場所は普通のリビングのような部屋になっている。
立派な一人がけのソファーが四つ、丸いテーブルを囲んでいた。
パレードはずっと立ったままで、みん疲れた顔で部屋に入っていく。
「あーあ、疲れた、疲れた。パレードは立ちっぱなしで疲れるわ。なんかめでたいことがあるとすぐパレード。ちょっと多すぎんじゃね?」
「王都といえど庶民の娯楽は少ないですからね。これも聖女の仕事のうちですよ」
部屋に入りながらミラ様がグチをこぼすが、エリザ様がなだめた。
エリザ様は聖女隊のリーダーなので隊員の不満も細かくフォローされるのかしら。
「まったく、パレード手当ぐらい考えて欲しいよな」
ミラ様が聖なる杖を無造作に床に放り投げてソファーに座り込んだ。
パリン、と聖なる杖の飾りの羽の一つが折れてしまった。
「ミラ様! 壊れちゃいましたよ!」
私は驚いて声を上げて杖を拾い上げるが、ミラ様は全然気にされていない。
「いいよ別に。どうせニセ物だし、魔法使うのに杖なんかいらねえだろ」
ニセ物……。杖と羽の破片を付けようとしていた私の手が止まった。
エリザ様が紅茶ポットにお湯を入れながら教えてくれる。
「本物は大神殿の奥に一本だけ奉られているそうよ。だけど、ミラ、ニセ物とは言え聖女隊の備品なんですから、もっと丁寧に扱いなさい」
「へいへい。それよりアンジェ、もう聖女になったんだから様付けで呼ぶのやめろよ。光、風、水、炎。みんな対等なんだから。なあ、エリザ?」
カップに紅茶を入れていたエリザ様の顔がピクッと引きつった。
「ええ、そうですわね」
心の中では他の魔法の源泉である光の魔法がやはり一番だとエリザ様も考えているふしがある。それをミラ様も感づいているのだろう。
だけど、みんなを呼び捨てにするのは、私の方が年下だし……。
「でしたら、さん付けでいいでしょうか? 呼び捨てはとてもできませんので」
「でもさあ、ミラさんとかって他人行儀じゃん」
「よろしいのではありませんか。みんながみんな、ミラのように図太い神経ではありませんのよ」
シルビア様が笑顔でそういうが言葉にトゲがある。
伯爵令嬢のシルビア様にはミラ様の態度が気に触ることが結構あるのかもしれない。
三人とも仲は良さそうなのだがちょっとした緊張感もあるんだと気づいた。
とりあえず、三人のことはさん付けで呼ぶことになった。
「メルベル、次の仕事いつだっけ?」
部屋に入って来たメルベルさんにミラさんが聞いた。
「四日後、新しい王立図書館の開所式です」
図書館の開所式で聖女がなにをやるんだろう?
首をかしげる私にミラさんが気づいた。
「古い本や魔導書には霊力が宿ってて魔物を呼び寄せるんだ。開所式で書物庫が開いたとき襲ってくるヤツラをあたしらで退治する」
そう言って右手の親指を立てて、自分の首を掻き切るような仕草をして、私にニヤッと笑った。
初仕事がいきなり魔物退治⁉
思わず背中に寒気が走った。
クスッとエリザさんとシルビアさんが笑う声が聞こえた。
笑われた……。きっと、臆病な私を笑ったんだ。
聖女になったんだから、私はもっと強くならなきゃいけないのに。
「大丈夫ですよ。アンジェはついてきてくれさえすれば、あとはわたくしたちがやりますから」
エリザさんにそう言われてホッとした。
「しかし、四日もあんなら家に帰ってくっかなー」
聖女宮の屋敷には、エリザさんとミラさんは住んでいるがシルビアさんは自宅から通っている。
私も通えない距離ではないので自宅から通おうかと思っている。
「わたくしは久しぶりにフロレス先生の診療所に行ってこようかしら」
「でしたら、私も一緒に……」
エリザさんが行かれるなら一緒にと思ったがメルベルさんにピシャリと止められた。
「それはダメです。アンジェ様は明日から三日間、今度の仕事の特訓を受けていただきます」
魔物退治の特訓?
苦手な攻撃魔法と防御魔法の練習かな?
ともかく、初仕事に向けての準備を始めることになり、翌日、聖女宮の広いフロアのある一室で特訓が始まった。
「イチ、ニ、サン、シ、ニ、ニ、サン」
動きやすいように体にピッタリ付くようなタイツ風のちょっと恥ずかしい服を着せられ、先生の体の動きをまねて懸命に腕と脚、体全体を動かしていく。
さらに、右に左に前後にと床を大きく移動する。
これってなんの特訓?
でも、結構、激しい運動だわ……。
離れたところから見守ってくれているシオンも不思議そうにこちらを見ている。
休憩時間、ハアハアと荒い息で座り込む私にシオンがコップに入った水を持ってきてくれた。
「お疲れ様です。これは新しい体術か格闘術でしょうか? 魔物との接近戦はアンジェ様にとって得策とは思えませんが……」
「あちこち動くから、戦闘の時の連携の練習かも」
他の聖女の方々はみんな、どっかにいってしまっていて聞くこともできない。
とにかく三日間で動きをマスターし、当日を迎えた。
古くなった建物を取り壊して立て直した新しい王立図書館の開所式。
教育については熱心と言われる国王陛下も出席されており、大々的に行われている。
建物の入り口の前に仮設のステージが作られ、国王陛下によるテープカット、来賓の祝辞、教育省の偉い人のあいさつが進んでいく。
そんな退屈な式のわりには観客の数がかなり多く、広い庭からあふれるほどになっている。
「まさか、みんな、魔物を見にきてるんですか?」
ステージの脇に作られた控え室から大勢の観客を見て驚きながらミラさんに尋ねた。
「まだ信じてたのか? 相当にぶいなあ。あたしたちを見に来てんだぜ」
えっ?
ミラさんは短い白いパンツに胸だけ隠す学園祭で見たような服。
エリザさんとシルビアさんはいつものノースリーブの長いワンピース風の聖女スタイル。優雅にたなびく白いマントはみんなお揃い。
私はなぜか、三枚重ねの短いフレアスカートで太もも丸出し、ブリーチにたくさんのフリル。ノースリーブのシャツもおへその上までしかない。
「あのー、私、なんでこんな格好なんですか?」
エリザさんが着飾った私を見て微笑んだ。
「わたくしが慈愛、シルビアが完美。アンジェが同じ聖女キャラだとかすんでしまうでしょ?」
シルビアさんが私とミラさんの全身を見比べる。
「かといって、ミラと競っても……勝ち目はないですし」
はい、おっしゃるとおりです……。
「そんで、話し合って『かわいい妹分』で押し出していこうってなったんだ。それならアンジェも地でできるだろ?」
妹分……。学園でソフィア様にかわいがっていただいたときも、確かにそういうポジションてはあった。
エリザさんが説明を続けてくれる。
「わたくしやシルビアにはちょっと近寄りがたい。ミラぐらいになっちゃうと引いてしまう。そういう中間層を狙うわけです」
あっ、こういう発想が得意な人を知ってる。
「身近で親近感のある聖女。そんな新しい聖女像を目指せば、わたくしたちとの競争もないですし、アンジェの性格も生かせる、それに新しいファン層も広がる、とアドバイスいただいたの。シオンさんから」
やっぱり……。
相談された後もきっとエリザさんに口止めされて私には黙っていたに違いない。
離れて笑みを浮かべてこっちを見ているシオンをジーと恨めしげに見た。
シオン、あなたは誰の従騎士ですか?
三人が背後から私に寄り添い、みんなの姿を大鏡に映して口を揃えていった。
「わたくしたち聖女の可愛い妹、『愛妹のアンジェ』」
アイマイのアンジェ……。慈愛、完美……、褐色、愛妹。
途中から適当になってるような気がするんですが、気のせいですか?
だけど、この衣装が聖女の妹のイメージ?
いったい,誰のセンスなんだろう?
思わずひらひらのミニスカートを見た。
「服はさ、あたしが考えたんだぜ。どう、かわいいだろ?」
やっぱり、ミラさんかあ……。
「エリザやわたくしは、聖女の衣装の裾をヒザ下ぐらいまでに短くしたのが清楚でいいと言ったのですが」
そっちのが絶対いいです!
「だめだよそんなの、こっちのがかわいいって。なあアンジェ?」
もう勝手にしてください……。
「シオンがお前の母ちゃんたちに特別にお願いして、やっと今日に間に合ったんだぜ」
えっ、母に?
そう言えば、昨日家に帰ったときに『最近の聖女っていろいろと大変なのねえ……』と突然しみじみと母に言われたが、このことだったのかあ。
きっとシオンが仕事に必要とか言いくるめたに違いない。
お母様、娘がこんな服着て太もも丸出しでよろしいのですか?
でも、こんな服着てなにするんだろう?
「それでは、王立聖女隊の皆様、出番です!」
時間になったのか、係の人が呼びに来たので、みんなステージの方に向かって行ってしまい私はポツンとその場に取り残された。
「なにしてんだ、行くよ!」
戻ってきたミラさんに手を引かれて、私もステージへと走っていき、みんなが待つステージ中央に立った。
ひっ……!!!
目の前に広がる観衆とワーという大歓声に体が凍り付いた。
次回、「第41話 デビュー ~魔法も魔力も関係ないんですけど!」に続く。
アンジェの聖女初仕事は想像もできない業務だった……。
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