第34話 宴の終わり ~内定通知
私に手を差し伸べながらシオンは離れたニコラ王子の前に並ぶ女性の列の方を見る。
「ニコラ王子はまだ、大変お忙しいようですので」
「ええ、よろこんで」
やった!
よろこびを押さえつつ、シオンの手を取った。
流れ始めた曲に合わせて踊り始めるが体が軽い。
まるで二人で何度も練習したように、うまく合わせてくれる。
ニコラ王子が言った意味がよくわかった。
白いドレスの裾が優雅に弧を描き、二人の踊りをより華やかに見せる。
歓談していた人の中には話すのをやめて私たちに注目する人いる。
踊っていたのに自分の踊りを止めて私たちを見始める人もいた。
遠くからシャルル皇太子もこちらを見ているのに気がついたが、なにか不思議そうな顔をしている。
でも、私はそんなことを気にせず、ただ踊り続けていた。
シオンと踊っている。
好きな人とこんなに楽しく一緒に踊っている!
そんな幸せを感じながら踊り続けた。
しかし、曲は終わってしまい、踊りも止めざるを得なかった。
あーあ、終わっちゃった……。
それでも楽しかった余韻を味わうように、顔を見合わせ目を見つめ合った。
そんな私たちを大きな拍手が包んだ。
シャルル皇太子が私たちの方に歩いてくるが、気づいたシオンはなぜか、さりげなく背を向けた。
ところが、シャルル皇太子は親しげに手を振りつつシオンに近付く。
「よお、シオン。こっちに戻る途中でキミんちにあいさつに行ったら王都にいるって聞いたけど、こんなとこで会えるとはなあ」
「シャルル……殿下」
振り返ったシオンは、あわてたようにシャルル皇太子に駆け寄ると回りに人のいない場所に連れていき、なにやら一生懸命話している。
首をひねりながら不思議そうに聞いているシャルル皇太子が、わかったわかったと言わんばかりにシオンの肩をポンポンと叩いて、私たちとは別の方に去って行った。
今のはなんだろう?
不思議に思いながら戻ってきたシオンに尋ねた。
「ねえ、シャルル皇太子とは知り合いなの?」
「え、ええ。留学されるときに辺境伯領を通るので、引っ越しのお手伝いをしたり、最近も国の物をときどき差し入れで届けたりとか。バルディア王国にはピピに乗れば二、三時間ですから」
その程度のわりには親しそうだったけど……。
「歳も近いので一緒に遊んだりとか、まあ、その、そんな関係です」
「ふーん……」
ちょっと疑うような目で見てしまう。
「遊ぶと行っても狩猟とかカードとかですから、誤解されませんように」
二人とも若い男性だし、あんまり深く聞かないのが礼儀かな。
この話はそれで終わった。
もう一曲、シオンと踊ったあとパーティーも終わりに近付いたと思ってニコラ王子の方に戻っていった。
ニコラ王子はテーブルのそばのイスに疲れて座っていた。
「ずっと踊りっぱなしで、ヘトヘトだよ。ごめん、アンジェ。ラストダンスが踊れそうもないや」
きっと、あの行列の女性たちとずっと踊っていたんだ。
このあとも王族の方々の会食に行かなければならないと言っていたっけ。
王子というのも大変な仕事なんだなあ、と感心してしまう。
「では、ボクが代わってもいいですか、ニコラ?」
そう言って近寄ってきたのは騎士学科三年のレビンさんだった。
「ああ、レビン、頼むよ」
「では、アンジェ、殿下のお許しもいただいたので、いいかな?」
思わずレビンさんの周囲にパートナーの女性がいないか探してしまうが、それらしい人が見当たらない。
「あの、エスコートされている方はよろしいのですか?」
「悲しいことに、ボクは一人で参加してるから」
そう言って、笑いながら差し出された手を取るが、柔らかそうな見た目と違い、手の平は剣の稽古で鍛えたマメだらけだった。
「汚い手だろう? だから、女性と手を握るのは苦手なんだ」
そう言って苦笑されるが、初めて話したときに言われたことを思い出した。
『ボクは努力する人が大好きだよ』
この人自身が努力家だからなんだ。
この人も『落第聖女候補』時代に励ましてくれた人だった。
「……ステキな手だと私は思います」
「ありがとう」
うつむきながら言う私にうれしそうに微笑んでくれた。
曲が始まって踊り始めるが、レビンさんはごく普通に上手い。
さっきの口ぶりからはあまりダンスをする機会はないようだったけど、もともと運動神経がいいんだろう。
「アンジェはさっき踊っていた彼が好きなの?」
えっ⁉ 踊っている最中の突然の質問に顔が真っ赤になった。
「やっぱりそうなんだね」
「な、な、な、なんでですか?」
「あれだけ二人で楽しそうに踊ってたら、そりゃわかっちゃうよ」
クスクスとからかわれるように笑われた。
「あれは、その彼のリードが上手くて、気持ちよく踊れたもんですから……」
さっき気づいた自分の気持ち。
だけど、『はい、好きなんです!』と言い切るのはあまりに恥ずかしい。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ、ボクもがんばろうかな」
えっ?
しかし、会話はそこで終わり、ホッとするが私のダンスはぎこちなくなってしまった。
ふとシオンのいる方を見ると、飲み物を片手に私の方を見てニコニコと笑っていた。
私が誰と踊ろうと、シオンにとってはたいしたことではないんだ。
そう思うと、少し悲しくなってきた。
ダンスが終わり、ニコラ王子のそばに戻るとソフィア様が耳元でささやかれた。
「レビンが自分から踊りたいなんて、めったにないことよ」
そしていいことを思いついたように手を叩いた。
「そうだ! アンジェが聖女になったら彼を従騎士に指名すればいいわ。剣の腕、忠誠心、見栄え、家柄。レビンならピッタリじゃない!」
「まだ学生ですし、そんな先のことを言われましても」
卒業まではまだ一年以上もあり、もしかしたら、いつかはなるかもしれないとは思っても実感はなかった。
「そう先ではないかもしれなくってよ」
そう言ってシャルル王子の方に歩いていくソフィア様の後ろ姿を見ながら私は少し不安になってきた。
パーティーが終わり、ニコラ王子たちは王族の会食に途中からでも参加するとのことで会場で別れた。
私はシオンが手配していた馬車に、セシリアやハリスと一緒に四人で乗った。
男二人と女二人に別れて座ったが、私とセシリアは疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
ガタン、と車輪が石に乗り上げたような衝撃で私は目を覚ました。
ただ、体はまだ眠ったままで目も閉じたままだった。
「……引き継ぎの件はわかったけど、本当に帰っちゃうのか、シオンさん?」
「はい。アンジェ様は私がいなくても、もう大丈夫ですし」
まだ眠っているようなぼんやりした意識の中、シオンとハリスの会話が聞こえてきた。
これは夢?
「……それに、その時が近づいてますので」
「その時?」
シオンはその質問には答えることなかった。
静かになったところで私の意識はまた眠りに吸い込まれていく。
その時ってなんだろう?
考えた瞬間、また眠りに落ちていく。
今日は王立学園に入学以来、いえ、人生で一番楽しかった一日かもしれない……。
これからも楽しい学園生活が続くといいな。
薄れる意識の中で考えつつ眠りに落ちていった。
もう学園に戻ることはないとも知らずに……。
翌日、食卓で朝食をとる家族に舞踏会での私がいかに素晴らしかったかを、私の後ろに立つシオンがちょっとおおげさに説明してくれる。
「ニコラ王子と踊るアンジェ様はまるで聖女のようで、王子もたいそうご満悦でした」
「おお、そうかそうか。アンジェが王子のお相手をするとは、いまだに信じられんがのお」
婚期を逃さないように早めに私を売りさばこうとした父も大変うれしそうだ。
「姉ちゃん、すげえなあ。オレ、友だちに自慢しちゃおう」
「姉さま、ステキ。おうじさましょうかいして!」
弟も妹も姉の活躍にはしゃいでいる。
「ソフィア様がドレスのことをいろんな人に話されてましたから、きっと注文が殺到しますよ」
「まあ、それは楽しみね」
何ヶ月か前はタメ息が支配していた我が家の食卓が家族の笑顔で満ちている。
ありがとう、全部、あなたのおかげね。
そう思いながらシオンを見ると、優しく私を見る目と視線が合ってしまい、あわてて食卓のパンに目を移す。
やっと気づいた私の気持ち。
どうしよう、告白した方がいいのかな?
でも、困らせるだけになったりしないかな。
どうしよう。
勝手にドキドキしながら考える思考のループが老執事モルガンさんの声で止まった。
「だんな様、急ぎの書状が届きました」
父に渡された封筒は役所が使うものだった。
中から書類を出して読んだ父が首をひねりつつ、それを私に差し出した。
「アンジェの件で、今日の午後、うちに来るというんだがなんだろう?」
手紙を受け取り読み始めると、シオンも後ろからのぞき込む。
うちに来るのは、行政魔法支援局のフィリップ・ハイデル局長、光神教のエミリオ・オークス枢機卿、魔法研究所のユリウス・グリモア所長。
学園祭で見た魔法の政府関係者とセシリアが教えてくれた三人だ。
「アンジェ様の件、おそらくほぼ決まったのでしょう」
「……私の件って?」
「聖女の件です」
ひっ! 息が止まった。
「聖女になるには制度上は国王と教皇の承認が必要ですが、実際に決めているのはこの三人でしょうから」
シーン……。食卓が静まりかえった。
これまでは漠然としていた、娘が、姉が、私が『聖女になる』という言葉を具体的に感じた瞬間だった。
次回、「第35話 告白未遂 ~その時が来るまで」に続く。
アンジェは自分の思いをシオンに告げようとするが……。
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