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第33話 嫉妬 ~気づいた気持

 親しげに腕を組むシオンとセシリアを見て息が止まるほど驚いた。


 どうしてシオンがここにいるの⁉

 なんで、セシリアと? 


「どうしたんだい、アンジェ?」

「殿下、すみません、ちょっと、失礼します」


 トイレに行くようなフリをしてその場を離れ、一目散にセシリアの方にかけていった。


「おっ、アンジェ、すごいきまってるなあ。まるで、もう聖女様じゃん」

「セシリア、これはいったいどういうことなの! ハリスはどうしたのよ? なんでシオンと⁉」


 思わず言葉に怒りがこもってしまい、きつい調子で話してしまう。


「それがひどいのよ。商品に品質問題があったとかで午前中に客から呼び出されて、パーティーには間に合わないかもしれないって。頭来るじゃない、せっかくドレスまで用意したのに!」


 私の質問の半分しか答えていない怒り心頭のセシリアにシオンが助け船を出した。


「それで間に合わないときは頼むとハリスさんに頼まれて、こうして私が代役を務めている次第です」


 そうだったんだ……。


 納得しつつも、まだ組まれたままの二人の腕をジーと見てしまう。


 その割にはずいぶんと親しげじゃないの!


 私の視線に気づいたのか、シオンはさりげなく腕を外したが、セシリアはかまわず怒り続ける。


「あたしより、仕事の方が大事ってことよね!」

「商会にとっては重要な客ですので、そこは理解してあげてください。それにパーティーの後半には間に合うかもしれないと言ってましたよ」

「本当?」


 うなずくシオンを見てセシリアの怒りも少し静まったようだ。


「じゃあ、それまでつきあってくださいね、シオンさん」


 あっ、また腕組みしようとしてる。

 ムッとする私だが、ニコラ王子がこっちの方を見てるのに気づいてあわてて歩き出す。


「ごめん、行かなきゃ! またあとでね」

「あっ、アンジェ様!」


 シオンに呼び止められて、足を止めて振り返った。


「とても、きれいですよ」

「……あ、ありがとう」


 そう、聞きたかったのはこの一言。

 もうあきらめていた言葉が聞けて、私の機嫌も少し直った。

 顔を赤らめながらニコラ王子の方に足早に歩いていった。


 

 シャルル皇太子とソフィア様、ニコラ王子を中心に人が集まるが、私は少し離れて会話のジャマにならないように相づちを打つ。

 歴史、文学はともかく、シャルル皇太子が隣国で学ばれている議会民主制への移行とか政治の話になると相づちすら打てない。

 ソフィア様はあらゆる話題についていける。

 同じ魔法学科なのに王妃になる人はやっぱりすごいなあと感心してしまった。


 そうこうするうちに、緩やかな音楽が流れ始めてダンスの時間となり、手を取り合って踊るペアが出てきた。


「ぼくらも踊ろうか、アンジェ」

「は、はい」


 わけのわからない話題に付き合うより、よっぽど楽だわ。


 ようやく解放された感じでニコラ王子にリードされてワルツを踊る。

 私も貴族令嬢のはしくれなので、恥をかかない、かかせないぐらいには踊れる。


「うん、いい感じだね」

「はい」


 今、本物の王子様と踊ってる……。


 ニコラ王子に微笑まれて、夢見ごちになってしまう。

 だけど、それは『聖女になる』私だから。

 それは本当の私なの?

 そんなふうに冷静に見ている自分がいて心の底から笑うことができなかった。 


”わあ!”

”なんてすてきなの……”


 見る人から感嘆の声が上がっているペアがいた。

 そちらを見るとシャルル皇太子とソフィア様だった。

 しなやかな体の動きと滑らかに翻るソフィア様のドレスがとても美しい。

 これは例の新しい布の効果なのかな。


「すごい、きれい……」


 思わず声を漏らしてしまった。


「あの二人は小さいころから一緒に踊ってるからなあ。ソフィアは俺と踊るときは手抜きだから」


 そう言って苦笑するニコラ王子に思わず笑ってしまった。

 もう一組、観客の注目をひいているペアに目がいた。


「えっ?」


 シオンとセシリア?

 シオンの長い手脚が大きく滑らかに動き、セシリアの動きとピッタリ合っているように見える。


 セシリアはダンスが苦手だったはずなのに? 今日のために練習したのかしら?


「あの人、すごいな……」


 ニコラ王子がシオンを見て感心したように言った。


「一見すると息が合ってるように見えるけど、セシリアの荒い動きにあの人が全部合わせてるんだよ。それにバランスを崩さないように、うまく彼女を動かしてる。かなり上手くないとああはできないよ」


 やっぱり、シオンの『多少の心得』はそういうことなんだ。

 ただ、よく見ると、中心には来ないで目立たないようにはじっこで踊り続けているようにも感じられる。


 私の手前、あんまり目立ちたくない、とかなのかな?


 不思議そうに二人を見る私にニコラ王子が話を続ける。


「たくさんの下手な女性たちと踊り慣れてるんだろうな。でも、ほら、セシリアを見てごらん」


 そう言われて、にこやかに踊っているセシリアを見た。


「女性の方は自分がうまく踊れてるように思えてうれしくてしょうがないっていう感じかな」


 ホントだ。ダンスを毛嫌いしていたセシリアがあんなに楽しそうに踊ってる。


 ズキッ、胸が痛くなった。


 なんで、あなたなの!

 その場所は私のものだったのに、なんであなたがそこで踊ってるのよ!


 返してよ!


 なに?

 自分でもハッとするほどの醜い感情。これは……、


 嫉妬


 以前、エリザ様に冗談交じりで言われた単語。

 私はセシリアに嫉妬している。それは……、


 シオンが好きだから?


 私はシオンが好き


 そうか、シオンへの感情、それは『好き』という単純なことだったんだ。

 そういうことだったんだ。

 だから、シオンにも私を好きになって欲しい。

 主人の親友の孫娘ではなく、女性として見て欲しい。


 なんでこんな単純なことに気づかなかった?


 私はまがりなにも伯爵令嬢、シオンは執事だから……?

 そうかもしれない。

 生まれてから、そういう世界でずっと生きてきたのだから。


 でも、やっと、自分の気持ちに気づいた。



「どうかしたの、アンジェ?」


 ぼんやりとした私を心配したニコラ王子の声で現実に引き戻された。


「い、いえ。みんなうまいなあと感心してました」

「いやいや、アンジェもたいしたもんだよ」


 そのまま、ごく普通に踊り続けたが二曲目が終わったあとに背後からソフィア様に肩を叩かれた。


「お疲れ様。少しおやすみなさい」


 そして、後ろの方に並ぶ女性の列を指差した。


「ニコラと踊るのは順番待ち、独り占めというわけにはいかないのですよ」


 さすがは第二王子。


「ちょっと疲れましたのでちょうどいいです。飲み物でも飲んできます」


 そう言ってソフィア様から離れた。


 シオンとセシリアを探すとセシリアにペコペコと頭を下げているハリスの姿を見つけた。


「これでも全速力で帰ってきたんだから、カンベンしてよ」

「フン!」


 セシリアはそっぽを向くが、これはヘソを曲げてるだけ。

 彼女の性格はわかっている。

 やれやれ、本当はうれしいくせに。

 仲直りのきっかけをあげましょう。


 セシリアに近寄って肩に手を置く。


「セシリア、許してあげてよ。ハリスの遅刻は仕事のため。商会を代表してテレジオ家の長女の私もあやまるから」


 それでもセシリアはそっぽを向いたままだが、ほほが赤くなった。

 さあさあ、早く素直になってあっちにいってちょうだい。


「私に免じて、カンベンしてあげてよ」

「わ、わかったわ。アンジェがそこまで言うなら……」

「ほら、早く踊りにいっといでよ」


 そう言って送り出すと、二人は笑顔で手を取り合って踊りに行った。


 まったく、世話が焼けるわね。

 さて、邪魔者もいなくなったのでシオンを探そう。


 と思ったそのとき、背後から声が聞こえた。


「これで一件落着ですね」


 ドキッとして振り向くと、飲み物のグラスを両手に持ったシオンがうれしそうに笑いながら立っている。


 ジュースのグラスを私に渡してくれた。

 近くで見ると青い正装がいっそう似合って見える。


 グラスを受け取りながらシオンを見たとたん、顔に血が上って赤くなったのがわかった。


「ニコラ王子とのダンス、とてもステキでしたよ」

「王子がシオンを見て『たくさんの女性たちと踊り慣れてる』ってほめてらしたわよ」


 ああ、言葉にトゲがある、なんでこんな言い方しかできないんだろう。

 私のバカ。


 しかし、シオンは気にせずニコニコと答えてくれた。


「辺境伯主催のパーティーで、壁の花の女性たちが退屈されないようにダンスに誘うのは私の大切な仕事の一つでしたから」


 こんなステキな男性に誘われたら、どれだけダンスが苦手でも踊りたくなってしまうだろうなあ……。

 そんな想像をする私にシオンが手を差し伸べた。


「私とも踊っていただけませんか?」



次回、「第34話 宴の終わり ~内定通知」に続く。

舞踏会で楽しい一夜を過ごしたアンジェのもとに魔法の政府関係者が来訪するとの通知が届き……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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