第32話 舞踏会 ~王子のエスコート
突然、私をエスコートしたいというニコラ王子の脇腹をソフィア様がヒジで小突いた。
「なんの説明も無しにいきなりだと、アンジェもびっくりするでしょうが」
はい、びっくりしてます。
「これまでは、ニコラはわたくしのお目付役みたいなものでしたが、今回は当然、婚約者のシャルル皇太子にエスコートしてもらいますので、あぶれてしまったというわけです」
「おいおい、その言い方はあんまりだろ。相手がいなくて困ってるというわけじゃなくて、俺がアンジェをエスコートしたいからお願いしてるんだ」
そりゃそうです。
第二王子がパーティーの相手に困るなんてあり得ない。
そう思うと、ほほが自然に赤くなっていく。
「どうだろうか、アンジェ。それとも、もう誰か相手をきめているのかな?」
もうシオンと出席することにしているんですが、と言おうか迷ってチラッとシオンを見ると、彼が口を開いた。
「これはテレジオ家にとって素晴らしいことです。奥様、我々もがんばってドレスを仕上げなければいけませんね」
「そうね、腕によりをかけて、さらに良いものにしましょう!」
そう言って答えた母にソフィア様が笑顔で話しかける。
「ええ、隣の第二王子がかすむぐらいの素晴らしいものを作って下さい。わたくしのも皇太子が惚れ直すぐらいステキにしてくださいね」
私が返事をする前に私のお相手はニコラ王子に変更になってしまった。
私と違ってシオンは動揺することもなく、にこやかにみんなの会話に加わっている。
シオンにとっては、その程度の問題なんだろか。
それは仕方がないことと思いながらも、なぜか悲しくなってきた。
そしてパーティーの当日となった。
ソフィア様に言われて、着付けとメイクはソフィア様のお屋敷で行うことになっていた。
言われたとおり、パーティーよりもかなり早い時間に訪れる。
「まさかとは思うけど、その髪型でパーティーに出るつもり?」
「いけませんか? ダンスも踊りやすいですし……」
ソフィア様は私の太三つ編みで一本にまとめたおさげを見て、あきれてタメ息をつかれた。
「しばらく黙って、わたくしに全て任せなさい」
それからはソフィア様の言われるがままに、いつも使われている人たちに髪をセットしてもらい、化粧をしてもらう。
私が自分でやるときと比べて念入りに何倍もの時間をかけて行われた。
ネックレスなどのアクセサリーもソフィア様のものをお借りすることになったが、次期王妃様の公爵令嬢のものと没落貴族令嬢のものでは、全く比べものならないほど立派なものばかり。
「さあ、できましたわ」
ソフィア様は満足げにそういうと私の手を引いて大鏡の前に連れていってくれた。
「わあ……」
これは誰? 思わず自分で驚きの声が出た。
優雅に軽くカールされた赤い髪、ソバカスもうまく薄い化粧で隠され、例の布で作った純白のドレスの裾がたなびく。
「アンジェは磨けば光るとずっと思っていたのですよ」
ドレスの白と赤毛の赤の対比が際立って心配していたのとは逆に美しく感じられる。
「恋を求める情熱的な聖女、とでも言えそうですね」
そう言って笑いながらソフィア様は入り口のドアを開け、今日のパートナーたちを招き入れた。
「お待たせしました、さあどうぞ」
まず、シャルル皇太子が入ってこられた。シャルル皇太子はニコラ王子の四つ上で同じく金髪に青い目。
背も高く、すでに王の威厳すら感じられ、女性として私も思わず見惚れてしまう。
並んで立つ私とソフィア様を見て、うれしそうに微笑んだ。
「きれいだな。まるでルミナリア王国の白バラと赤バラだね」
「シャルルは白バラと赤バラ、どちらがお好き?」
「もちろん、白バラだよ、ソフィア」
そう言ってソフィア様の手を握り、熱く見つめ合う。
ごちそうさまです。
ソフィア様が生まれたときから許嫁のようなものだったそうだが、婚約した今でも二人はラブラブだと言われるのがよくわかる。
「こちらがアンジェ、じきに聖女になる子よ」
シャルル皇太子とは初めて会う私を紹介してくれた。
私への形容詞は『聖女候補の』から『例の聖女候補の』になって今では『聖女になる』になっていた。
遅れて部屋に入って来たニコラ王子が私を見て驚かれた。
「見違えたよ、アンジェ、今日はとてもきれいだ!」
「ありがとうございます。殿下」
今日はきれい? ええ、普段はさえないってことは知ってます。
これだけステキなドレスを着て、時間をかけて念入りにおめかしすれば、多少はマシになります。
ああ、私はなにをひねくれているんだろう?
せっかくニコラ王子にエスコートしていただけるというのに。
でも、なぜか、心から楽しめない自分がいる。
それから四人で馬車に乗って学園に移動した。
会場となる王立学園の大講堂には、まずシャルル皇太子とソフィア様が腕を組まれて入っていった。
主役の登場に大歓声がわき起こった。
”お帰りなさい、殿下!”
”ソフィア様、なんてステキなドレス!”
お二人はそんな歓声に軽く手を上げて応えながら会場の中心に進んでいく。
未来の王と王妃、もう堂々たる風格があるものだと感心してしまう。
次にニコラ王子が入っていくと、同じような歓声が起こるが、少し後に続く私の姿を見たとたん、シーンと静まりかえった。
”あれ誰だ? あんな子、この学園にいたか?”
”でも、きれいな子。それにソフィア様と一緒のドレスだわ!”
”あの赤毛、魔法学科のあの子じゃない? ほら、今度聖女になる”
”そうよ、アンジェだわ!”
”本当だ、でも、あんなにきれいだったのか?”
静まっていた生徒たちがザワザワと騒ぎ始める。
聞こえてくるほめ言葉に恥ずかしくなり、うつむきながら歩いていった。
数人の女生徒が駆け寄ってきた。
「アンジェ、見違えちゃったわよ、いったいどしたのよ?」
「もう聖女様って感じがするわね」
「そのドレス、どこで買ったの? 私も欲しいわ」
表向きはにこやかに応対しながら、あの忌まわしい進級パーティーを思い出した。
あのときは、みんなが同情、さげすみ、そんな目で私を見ていたっけ。
エリザ様の聖女後任指名のあと、なんだか急に友だちが増えたような気がする。
ずっと私を支えてくれたのは、ソフィア様を別格とすれば、セシリア、シオン……。
彼にはこの姿、見て欲しかったのになあ……。
あれ? セシリアがいない。
真っ先に飛んできてくれそうなのに?
回りを見渡すと入り口から入ってくるセシリアを見つけた。
今日は彼女も薄紫のドレスを着ており、友だちの誰かが声を掛けた。
「セシリア、遅いじゃない!」
「へへ、ちょっと、トラブルがあって」
その時、入り口近くの女性とたちがざわつき始めた。
”かっこいい……”
”歳からすると、学生じゃないみたい”
”誰なの、セシリアのお相手の男性?”
私は首をひねった。
ハリスの見た目は悪くはないが、そんな女生徒が声を上げるほどではない。
ハリスも私みたいに変身したのかしら?
不思議に思いつつ見ていたがセシリアの後から入ってきた男性を見て驚いた。
「シオン⁉」
セシリアと腕を組んでエスコートしている男性はハリスじゃない。
青い正装に身を包んだシオンだった。
次回、「第33話 嫉妬 ~気づいた気持」に続く。
セシリアと踊るシオンを見てアンジェの心はかき乱れ、そして自分の本当の気持ちを気づかされ……。
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