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第29話 突然の後任指名

 二階はベッドに寝ている内科の入院患者が一部屋に五人。

 三部屋分の十五人が私の担当。


 まず一部屋目に入っていくが、後ろについてきていた人たちは病室に入れず、入り口からのぞくだけになった。


 腸の炎症、穴の開きかかった胃、など次々に治療していく。


 先へ先へと進んでいき、十五人目の最後の患者にたどりついた。


 十歳ぐらいの男の子。

 苦しそうに呼吸するたびにゼーゼーと音を出している。

 この病気、弟のオリバーがかかったときは夜眠れないぐらい苦しくて、母と二人交代で徹夜して看病したっけ。


「待っててね、すぐ楽になるから」


 口から胸に向けて光に包まれた手をゆっくりと動かす。

 子供の呼吸はじょじょに楽になっていき、ゼーゼーという音が消えていった。

 男の子は確かめるように何度か深く息をしてから私を見て笑った。


「ありがとう、おねえさん!」


 ああ、私でも人の役に立てるんだ。

 この力を与えてくれたのが女神ルミナスなら、その加護に感謝したい。


「これで全員です。ご苦労様でした」


 看護婦さんに言われて廊下に出ると、ワッと歓声が上がり、セシリアが駆け寄ってきた。


「アンジェ、勝ったよ! 圧勝じゃん」


 ああ、そうだった。これは勝負だった。


「カリーナは?」

「まだ一階でもたもたしてるよ。だいぶ疲れてたから、ありゃ、もうダメだろう」


 カリーナが担当するはずだった病室の入り口から老女と小さな女の子の患者さんがこっちの方を見て、なにか言ってるのに気がついた。


”わたしたちは診てもらえないのかのお……”

”あっちの部屋の人たちズルい”


 ここにはカリーナを待っていた患者さんもいるのに……。


「彼女の分も、私がやっちゃいますね」


 そう言ってカリーナのために準備された患者さんたちの病室に連れていってもらった。



 追加の十五人の治療も終えて病室から出ると、ソフィア様が近寄ってきた。


「すごいわ、アンジェ。今日だけで四十五人も治療したのよ」

「どこが悪いか看護婦さんが教えてくれたので、頭を使わずにすみました」


 エリザ様がクスクスと笑いながらやってきた。


「せっかく、あんなに勉強したのに残念ですね。続きはまたフロレス先生とやってください」


 そんなことを話ながら階段を降りて一階に戻ると、廊下の床にグッタリとして座っているカリーナの姿があった。

 グレースとイリスが水をあげたり風を送ったりしている。


 座っている場所は十五人目の患者がいた場所なので、十五人の治療を終えて、そこで力尽きたのだろうか。


 そう思うと、ザマアミロとは言えなかった。


 私が通り過ぎると、シルビア様がカリーナのそばに立って冷たい目で彼女を見下ろした。


「フィエルモント家の面汚しね」

「も、申し訳ありません……」


 姉妹の会話に思わず息をのんだ。

 これは、私のザマアミロなんかより、よっぽどキツいわ……。


 悔し涙か姉に叱られたからか、カリーナの目から涙が流れ始めた


 急にあたりが騒がしくなり、看護婦さんと男性の医師が大きい声で話ながら入り口の方に走っていった。


「三階から落ちた重傷のケガ人です! もうダメかもしれませんが……」

「わかった、とにかく診てみよう!」


 二人を見送りながら、エリザ様が私に言った。


「わたしくしたちも行ってみましょう」


 みんなで入り口へと向かう。

 頭から落ちたのか上半身が血まみれの男性が台車の上に横たわっていた。


 医師が脈を取り、指で目を開いて瞳孔を確認したあとで首を横に振った。


「手遅れだ。今、亡くなった」


 それを見ていたエリザ様が私の方を向いて言った。


「アンジェ、昨日教えたのできますね?」


 私はうなずいて台車の方に走る。

 ケガ人の前に立つが、医師が止めようとした。


「おい、キミなんだね!」


 エリザ様が大きい声で医師に叫んだ。


「その子にお任せください!」

「エ、エリザ様……」


 医師はエリザ様を見て驚いて私から離れていった。

 しかし、エリザ様の周りの新聞記者たちは口々に言う。


「いくらなんでも無理でしょう」

「どうしてご自分でなさらないんですか?」

「わたくしでも彼女でも結果は同じですし、魔力量だけ考えれば彼女が治す確率の方が高いからです」


 微笑みながら話すエリザ様に記者たちはシーンと静まりかえった。


 エリザ様は私を信じてくれている。

 絶対に治そう。

 そう思いながらケガ人に両手をかざして詠唱を開始する。


「女神ルミナスの導きに我が魂呼応せん。この手に宿るは聖なる光、姿壊れし物に満ちて形を取り戻さん」


 背後からミラさんの声が聞こえた。


「おっ、あの詠唱、エリザの奥義じゃん」

「おおげさね。学校でも教えてますわよ。ただ、まともにできた人を見たことはありませんけど。昨日までは……」


 私の両手から金色の光が出始める。


「つつみこめ、光華再還!」


 エリザ様を街で初めて見たとき、馬車にひかれた子供を治したあの魔法。

 土砂崩れのとき、シオンの助けで成功したことはあったけど、昨日、目の前で見せていただいて全てを理解して覚えた。


 金色の光がケガ人の上半身を覆っていく。

 頭の骨が割れて、脳が損傷。首の骨折……。

 ひどい、もっともっと魔力をあげないと。


 金色の光が明るさを増していき、ケガ人を包み込んでまぶしいほどの輝きを放ち続ける。

 背後からカリーナの驚く声が聞こえてきた。


「すごい……」

「決闘するなら、次からは相手は選ぶことね」


 シルビア様の声だ。


「フィエルモント家の血が騒ぐというのは、わたくしにも理解できますけど」 


 ゾク……。

 背中に貫くような視線を感じて寒気を覚えた。

 ダメダメ、治療に集中しないと。

 

 しばらくしてケガ人の目が開き、近寄った医師が驚いて叫んだ。


「バカな、生き返った!」


”おおー!”

”奇跡だ!”


 エリザ様の周りの記者たちから歓声が上がった。


「ほら、言ったとおりでしたでしょ」


 そう言うエリザ様に近づいていくと私たちを新聞記者の人たちが取り囲んで質問を浴びせてきた。


”お二人の関係は?”

”どこで知り合ったのですか?”

”治癒魔法の練習は具体的にどうやって?”


 しかし、エリザ様は質問を無視して、私の両肩に両手をおいて、記者たちの方に私を向けた。


「ここで皆様に重大な発表があります!」


 記者たちは話すのをやめてエリザ様に注目した。


「わたくしエリザ・ラヴォワールは光の聖女を引退し、後任として、このアンジェリーヌ・テレジオ嬢を推薦したく思います!」

「はあーっ⁉」


 腰が抜けるほど驚いてエリザ様を見た。

 それは私だけでなく、聖女のシルビア様とミラ様、従騎士の方々、ソフィア様、そしていつもは沈着冷静なシオン、全員が目を丸くしてエリザ様を見た。


 エリザ様は、してやったりという得意げな表情で微笑んでいた。


 そんなエリザ様を見ながらシオンが私の耳元でささやいた。


「どうやら、新聞記者はエリザ様が呼んだようですね」


 そういうことだったのか!


 『後任がいなくて辞めさせてもらえないの』

 エリザ様のセリフが記憶によみがえった。



『光の聖女エリザ・ラボワール、電撃引退宣言!

 後任に王立学園魔法学科の二年生アンジェリーヌ・テレジオを指名! 死者をもよみがえらせるその力は現聖女に匹敵!』



 翌日、新聞各紙は一面のトップ記事として伝え、私の名前は再び聖女候補として知れ渡ることになった。


 今度は聖女候補の前に『エリザ様後任』の文字が加わっていた。


◇◆◇


 勝負の翌週の土曜日。

 学校も休みで特に用事もないのでフロレス先生の診療所に来て、治療のボランティアをやっていた。


「はい、終わりました」

「ありがとよ、アンジェちゃん。歳は取りたくないねえ」


 特訓の初日に診たおばあさんがヒザが痛いということでまた来ていたが、患者さんがとても少ない。


「この前、アンジェがおおぜい治しちゃったから、しばらくヒマだよ」


 隣に座るフロレス先生はのんびりと新聞を読み始めた。


「『光の聖女の引退宣言、当局は全面否定。深まる確執』……だって」


 あの日の突然の引退宣言と後任指名は、早く辞めたいエリザ様の実力行使だったんだ。

 そりゃ、もめるでしょうねえ。


「『引退撤回、年休増加、残業削減、公務時間短縮、学生との兼業を承認などの方向で双方の妥協点を協議中』……だって。やっぱり、そう簡単には辞められないんだねえ」


 我が国の聖女様はおとぎ話でなく、現実世界を生きてるんだなあと思わず苦笑してしまった。

 でも、あのエリザ様がこんな労働者の条件闘争みたいな交渉をしているなんて、と不思議に思う。


 まあ、ともかく私の聖女就任というのはなくなった、とホッとした。


「今日は用事があるから、ここに来るってエリザが言ってたけど、まだ来ないわね」


 そう言えば、シオンも私を送ってくれたあと、どこかに行ってしまった。


 日光がまぶしいので立ち上がって、カーテンを閉めようとすると窓から巨体のライルさんが遠くに見えた。

 大きな体を小さくして建物の陰からこっそりとなにかを見ている。



 患者さんもいないし、ライルさんのそばにはきっとエリザ様もいるはずだからと思い、外に出てライルさんのところに歩いていった。


「ライルさん、なにしてるの?」


 びっくりして振り返るが私だとわかって、しっと人差し指を口の前に立てて、前方を指差した。


 なにがあるんだろう?


 建物の陰からこっそりとその方角を見ると、空き地の前でエリザ様とシオンが親しげに話している。


 なんであの二人が⁉


「シオンのやつ、今週三度も聖女宮のエリザ様のご自宅に来てたぞ」


 私が学校に行ってる間にそんなことを⁉

 ま、まさか、お忍びご自宅デート? 

 若い男女の二人がこっそり会って部屋でやることといえば……。


 そうか、チェスだ! ……てなわけない!


 頭の中を駆け巡る妄想に顔が赤くなっていった。




次回、「第30話 聖女と執事・怪しい二人 ~わからない気持」に続く。

なぜか親し気なシオンとエリザを見たアンジェの心は揺れ動くのだが……。


ぜひ、評価、ブックマークよろしくお願いいたします。

今後の参考にさせていただきたいと思います。


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