第28話 決闘開始 ~これ勝負でしたっけ?
馬車を降りて二人の方に近付いていくと、手帳を手にした何人かがエリザ様に話しかけているのが見えてきた。
「エリザ様、なぜ学生のボランティアなんかの見学にいらしたのですか?」
「シルビアの妹で王立学園一の治癒魔法の使い手と自称聖女が参加すると聞いては拝見したいではありませんか」
「自称聖女?」
「ほら、土砂崩れの集落を救って二人の死者をよみがえらせた赤毛の自称聖女」
いたずらっぽく笑うエリザ様が指差す私をみんなが一斉に見た。
自ら聖女と名乗った恥ずかしい私の黒歴史。
思い出して顔が真っ赤になっていく。
エリザ様は自分が私を教えたということは言わないようだ。
そのとき、白い美しい馬車が正門から入って来て停まった。
従騎士のローランさんの次にシルビア様が、続いてカリーナが馬車から降りてきた。
「あっ、シルビア様も来られたぞ!」
記者と思われる数人が移動してシルビア様を囲んで色々と質問を始めた。
こちらに近付いてくるとエリザ様がにこやかに話しかける。
「あなたでも妹さんのことは気になるのね」
「いいえ、彼女を見に来たの」
エリザ様の質問にシルビア様は視線を私に向けて答えた。
その答えを聞いたカリーナが憎しみを込めたような目で私をにらみつけて言う。
「ここ数日、授業で見かけなかったから逃げたのかと思っていたわ。覚えてるわね、あなたが負けたら魔法はあきらめるのよ」
魔法をあきらめる?
やっと使えるようになって、人の役に立つこともできるようになったのに。
でも、負けなければいい。
「ええ。私が勝ったら、セシリアの件はなかったことにしてもらうわよ」
そう言えば張本人のセシリアがいない。
と思ったら、正門の方から彼女の声が聞こえてきた。
「師匠-、早くしないと始まっちゃうってば!」
「ちょっと待てって、こっちは運動不足なんだよー」
「だから無理せず馬車で行こうって言ったんですよ。ちょうどいい運動とか見栄張るから」
セシリアに続いて、苦しそうにミラ様が走ってきた。
二人にかなり遅れて従騎士のザックさんが息も絶え絶えで走って続いている。
「カンベンしてよー、オレ、二日酔いなんだけど……」
記者たちがざわめいた。
”おい、ミラ様も来られたぞ!”
”なんなんだ、このボランティア活動は?”
息を切らしながら、近付いてくるミラ様をエリザ様がクスクスと笑われた。
「これで三聖女そろったわね。ミラまで来るなんて、どうしたの?」
「エリザがその子を特訓したって弟子から聞いたんで、面白そうだから来ちまった」
ミラ様が私を指差しながら言うと、カリーナの顔色が変わった。
「エリザ様が特訓ですって⁉」
周囲の人たちもザワザワし始めるが、ソフィア様が一歩進み出て、よく通る声で言われた。
「さあ、皆様、そろそろ始めましょう」
みんな、病院の建物の中へと入っていった。
腕や脚に包帯を巻いたけが人が長い廊下の両側にイスに座って並んでいた。
私とカリーナがそれぞれの列の先頭にいる付き添いの看護婦さんの隣に立つと、婦長のような婦人がみんなに説明を始めた。
「ここに、骨折、裂傷、刺し傷など、外科関係の患者が十五名ずつ、二階に内科関係の患者が十五名ずつ、できるだけ同じ程度の症状で二組あります」
制限時間の五時間でできるだけ多く治療した方が勝ち、という単純なルール。
患者が合計三十名ということは、貧民街の診療所で診た一日の患者の数の半分弱。
とすると五時間だと長すぎるぐらいかな。
「では、始めて下さい!」
婦長の合図があり、看護婦さんが一番目の患者の説明を始めてくれた。
七、八歳のかわいい女の子。
包帯が巻かれた腕を首からつっている。
「三日前に右上腕を骨折。骨折部は処置済みですが、夜も眠れないほどの痛みに苦しんでいます。その痛みを和らげていただければ……」
説明の途中から右手の平を患部に向けて魔方陣を展開させる。
痛みを和らげる?
神経を麻痺させるか鈍感にさせる?
難しい。
「あの、治してしまってもいいですよね? 折れた骨、つけちゃいますね」
「えっ?」
不思議そうな顔で私を見る看護婦さんに構わず、骨折部に意識を集中させる。
さすがは王国第二の大病院、骨の折れた部分はきっちりと重なっており、あとば骨同士をつなげればいいだけ。
手をおおう光が少女の腕を包んでいく。
「はい、終わりました。つながったと思います」
少女はおそるおそる腕をさすって、パッと顔が明るくなった。
「おねえさん、いたくない、ぜんぜんいたくない! なおった!」
少女の声が聞こえたのか、隣の列からカリーナがこちらを見てつぶやいた。
「えっ、もう? 痛みを取るんじゃなくて、骨をつないだですって⁉」
カリーナの手は光を放ちながら男の子の腕にかざされているが、まだ時間はかかるようだった。
グレースがカリーナに声を掛けた。
「カリーナだって骨をつなぐぐらい、できますわよね?」
「え、ええ、もちろんよ」
そういうカリーナの顔は焦っているように見えた。
かまわず私は足首に包帯を巻いている二番目の中年の男性患者へと移動した。
「この方は、足首の骨折で……」
それだけ聞けば十分と、手を足首の包帯にかかげ、魔方陣を浮かべ、手を輝かせる。
「はい,終わりました」
男性の患者は驚いて足首を眺めながら、看護婦さんに話しかけた。
「痛くもなんともない。先生に言ってギブス取ってもらってよ」
看護婦さんが驚きの表情で私を見るので、念のために言っておく。
「ちゃんとくっついたと思うので、あとで先生に確認してもらってください」
次の患者は若い男性で右肩から胸にかけて剣で斬りつけられた傷があると説明された。
傷はちゃんと縫合されているので、あとは切れたところをくっつければいいだけ。
傷の処置がちゃんとされているので、何が悪く、どう治すのかを考えなければならなかった診療所での特訓よりもはるかに楽だった。
看護婦さんとのやりとりに慣れるにつれて、治療の速度が上がっていく。
患者の列の半分ぐらいまで来た時にカリーナを見ると、まだ、二人目の治療を行っているところだった。
顔に焦りの表情があるのが遠目にも見えた。
私から少し離れて歩くソフィア様と聖女様の三人が見えた。
ソフィア様が驚いた表情でエリザ様に尋ねている。
「こんな短期間で、いったいどうやって教えられたのですか?」
「教えたというより、場数をこなしてもらったというべきかしら」
シルビア様が尋ねた。
「何人ぐらい?」
「そうねえ……、五日で合計三百、いえ四百人ぐらいかしら。協力してくれた四つの診療所がしばらくヒマになるぐらいですよ」
後ろをついてきていた記者らしい一人が尋ねる。
「一日に数十人とは魔力の消費が大きい治癒魔法でいくらなんでも多すぎませんか?」
「皆さん、お忘れですか。彼女はあなた方が大聖女の再来かと報道した人ですよ」
記者の人たちはシーンと静まりかえって私を見ているようだった。
その後も順調に治療は進み、最後の一人にたどりついた。
長年のヒザの痛みを抱えた老婆で、今では杖なしでは歩けなくなっていると。
お年寄りのヒザの痛みは、いったい何人治したか数え切れない。
「はい、これでどうでしょうか?」
「えっ、もう終わりかい?」
老婆は驚きながらも恐る恐る杖を持たずに立ち上がり、その場で足踏みを始めた。
「おお、ぜんぜん痛くないよ。また自分の足だけで歩けるよ!」
老婆は涙ぐみながら私の手を取って、何度も頭を下げた。
「ありがとよ、お嬢ちゃん、いや、聖女様!」
「あ、あの、私は学生ですので……」
後ろを見ると、カリーナはまだ列の半分ぐらいのところで治療をしていた。
だけど、もう彼女のことも勝負のことも気にならなくなっていた。
私の魔法が人の役に立っている。
ありがとう、そう言ってもらえるのが嬉しくて疲れも全く感じない。
「次は二階ですね。行きましょう」
付き添ってくれている看護師さんに催促して、二階への階段へと向かった。
次回、「第29話 突然の後任指名」に続く。
治癒魔法勝負に圧勝したアンジェを光の聖女エリザは突然報道陣に対して……。
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