第20話 聖女たちの驚き ~恐ろしい子
貴賓席から無言でにらむように私を見つめる聖女の方々とソフィア様の様子に、私の体はこわばっていった。
見る人が見たら、しょぼい魔法の寄せ集めとバレバレなんだ……。
恥ずかしくなってうつむいてしまう。
ソフィア様が大きい声で私を呼んだ。
「アンジェ、ちょっと、いらっしゃい」
「は、はい」
なにを言われるのだろうとオドオドしながら、私は貴賓席の方に走っていった。
シルビア様の後ろに立つカリーナが聞こえよがしにつぶやいた。
「なによ、きれいなだけのパーティー芸じゃない」
鋭い指摘に、ドキッとする。
実は練習しながら自分でもそう思った。
ソフィア様とシャルル皇太子との結婚式のパーティーの余興で披露したら大ウケじゃないかなと。
シルビア様があきれたと言いたげなタメ息をついた。
「あなた、なにもわかってないのね……」
グリモア所長がパチパチと拍手しながら笑顔で私に近寄ってくる。
「とても素晴らしい出し物でしたが、どんな魔法を使っていたか、教えてくれませんか」
「あ、は、はい。まず、火球と水球を出して……」
今やっていたことを一通り説明した。
「一番苦労したのは、虹がきれいに見える光球を作ることで、結局、太陽に近い色が一番でした」
レポート内容を説明する学生のように緊張し、聞かれていないことまで答えてしまった。
グリモア所長は私の説明を聞きながら指を折り曲げて、魔法の数を数えていた。
「火球、水球、風、太陽色の光球、氷結、白銀色の光球。四属性の六つの魔法の同時発動。しかも無詠唱……。さっき水蒸気で光槍を消したのもあなたですね?」
「は、はい。とっさのことでつい」
それだけ聞くと所長さんは何かを考え込むように黙ってしまった。
ソフィア様も聖女の皆様も無言で私を見つめ続けていた。
微笑みながらエリザ様がつぶやいたのが聞こえた。
「アンジェ……、恐ろしい子」
沈黙を破るようにグリモア所長が両手で大きな音の拍手を始めた。
「素晴らしい、実に素晴らしい、かつ、非常に興味深い!」
それにつられるように観客席からももう一度拍手がわき起こった。
それ以降も発表は続いたが、ソフィア様はもう公の場では魔法を使わないそうで、これといった見所もなく発表会は終わった。
ちびアンジェの手を引いてシオンと出口に向かっていくと、グリモア所長に呼び止められた。
「アンジェと言ったね。ぜひ、魔法研究所に遊びに来て下さい。いつでも歓迎しますよ」
そう言って私の手を両手で握り、上下に大きく振る。
チラッとシオンを見ると、きびしい顔をしてこちらを見ている。
どうしたんだろ?
もしかして私が別の男性に手を握られるのがイヤだとか?
へへへ……。
思わず顔がだらしなくほころんでしまう。
グリモア所長の隣にいた灰色の髪の人が微笑みながらちびアンジェの頭をなでようとした。
「お嬢ちゃん、キミも一緒においでよ」
しかし、その手がちびアンジェの頭に触れそうになった瞬間、シオンが厳しい表情でさっと、彼女を背後に隠した。
グリモア所長があわててシオンとその人の間に割って入った。
「これは失礼を。彼は私の助手のネビル、決して怪しい者ではありませんので」
「こちらこそ失礼しました。アンジェリカお嬢様は人見知りが激しいものですから」
シオンはいつものにこやかな態度で応対するが、ちびアンジェは母に似てすぐに誰とでも仲良くなる性格。
いつのまに人見知りになったんだろう?
グリモア所長が真面目な顔で私の方に向き直った。
「キミは、なぜ女神ルミナスが大聖女ルシアだけに四属性の加護を与えて、それ以降、他の聖女には一つずつの属性しか与えなかったか知ってるかい?」
もちろん知らないので首を横に振って答える。
「それはね、大聖女ルシアの力が強くなりすぎて、人間が持つには危険と考えたからなんだよ」
そう言うグリモア所長の目は楽しそうで、まるで新しいオモチャをもらった子供のように見えた。
シオンが離れていくグリモア所長とネビルさんをじっと目で追っているので私も隣で見ているが、ネビルさんがなにか耳打ちするとグリモア所長は驚いた表情で私たちを振り返った。
シオンが険しい表情でその様子を見ている。
「あのネビルという男から、私と同じ感じを受けました。アンジェリカ様の魔力に気づいたかもしれません」
私が初めて見たとき、妙な寒気を感じたのを思い出した。
「グリモア所長の研究テーマは『魔法の軍事利用』です」
「あの人を知ってるの?」
「以前、辺境伯領に古代魔法の調査ということで来たことがありました。私は会っていませんが、適当な情報を与えて追い返したそうです」
確かにカリーナとセシリアの戦いを見ると、戦争にも十分に使えそうに思える。
まあそうは言っても、私の魔法は畑の水まきやパーティー芸がせいぜい。
軍事利用とか縁のない話だわ。
疲れてぐずり始めたちびアンジェの手を引きながら、シオンと帰路についた。
しかし、この日以降、私が紹介される時の決まり文句となっていた『例の聖女候補』から『例の』がなくなった。
◇◆◇
学園祭のあとも練習を続けて魔法の実力は向上するが、光魔法の一つ、治癒魔法が全然上達しない。
今日は騎士科の授業のあとにおじゃまして、主に打ち身やねんざを治す治癒魔法の実習。
実戦形式の練習なので軽いケガをする人はかなりいる。
芝生に座って十数人が私たちを待っていた。
「騎士学科のみなさーん、今日はよろしくお願いしまーす」
全員満面の笑みであいさつをする。
この実習は魔法学科の女子生徒にとって男子生徒と交流できる数少ない機会なので、みんな気合いが入っている。
人気のある男子生徒は取り合いになるので、誰を診るかは公平にくじ引きで決めることになっていた。
「やあ、アンジェ。キミが診てくれるのかい?」
私は、ソフィア様とニコラ第二王子の幼なじみ、学園祭での武闘会三年連続優勝のレビンさんに当たった。
「ふ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
レビンさんは痛そうにシャツを脱ぎ始める。
「よけ損ねて、かなり強く肩に打ち込まれてしまってね」
上半身裸になって腫れたアザを見せてくれるが、私は直視できず真っ赤になって、うつむいてしまう。
「で、で、では、始めます」
両手を腫れた部分にかざすと手が光を帯び始める。
しかし、光は私の腕を伝ってきて私の体を包み始めた。
「アンジェ、治癒魔法ってこんなのだっけ?」
本来、光は患者の悪い部分を包んで治癒するのだが、コントロールができない。
それでもなんとかしようと体内のマナの流れを色々変えて四苦八苦する。
「おどきなさい!」
突然、ドンと横から突き飛ばされて地面に転がった。
「なにやってるのよ! そんなんじゃ、逆効果ですわよ」
カリーナが地面に転がった私を見下ろしていた。
次回、「第21話 魔法コピースキル獲得 ~ついでにザマアミロ」に続く。
水の聖女に内定していたソフィアに水魔法を教わるアンジェは、彼女の魔法をコピーできるスキルがあることに気づくのだが……。
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今後の参考にさせていただきたいと思います。




