第18話 師匠と弟子 ~炎の聖女・褐色のミラ
呼ばれた私は、あわててソフィア様の隣に駆け寄った。
「この子はアンジェリーヌ・テレジオ、去年うちに入学した、例の聖女候補です」
「わたくしは一度、偶然、お会いしてますのよ」
エリザ様は私の方を見てニッコリと笑われたが、シルビア様は私を上から下へと観察するように視線を動かしている。
ソフィア様が私の紹介を続ける。
「この春までは全く魔法が使えませんでしたが、今、急成長してます」
「今日の発表会には出られるのですね?」
エリザ様が優しい笑みを浮かべて私に尋ねた。
「は、はい。たいした魔法ではありませんが……」
「そう、楽しみにしてるわね」
笑みを浮かべて私を見るエリザ様に比べて、シルビア様は厳しい目つきで私を見続けている。
ソフィア様が馬車が来た方を向いて不思議そうに言われた。
「ミラ様はご一緒ではないのですか?」
「ミラはどうせ遅れるでしょうから、先に行ってましょう」
そう言ってタメ息をつかれるシルビア様の言葉にトゲを感じる。
校内に向かいながら、ソフィア様がセシリアの方を振り返って叫ばれた。
「セシリア、ミラ様をお願いね。わたくしはお二人を先にお連れするから」
ソフィア様はそのまま二人と校内へと歩いて行き、従騎士の二人もそれに続いて離れていくとセシリアが私の隣に笑いながらやってきた。
「プレッシャーかけられちゃったね」
「そんなたいしたもんじゃないんだけど……」
私の口から、ため息が出た。
三台目の真っ白い馬車が正門前に停まったのをセシリアが見た。
「おっ、来た来た」
停まった馬車のドアが開き、いきなり白いショートブーツを履いた褐色の太もも丸出しの脚が現れた。
”おおー!”
男性陣から声が上がった。
なに?
馬車から姿を現したのは、日に良く焼けたような褐色の女性、金髪のショートヘアー。
服はやはり白なのだが、ホットパンツに胸だけ隠す体に張り付く短いシャツ。
背中でたなびくのは他の方とお揃いの白いマント。
太もも、おへそ、おなか、腕、全部丸出し。
露出度、高すぎ……。
「ねえ、あの人も、聖女様なの?」
「炎の聖女ミラ・ブルックス。十八歳。平民出身。通り名は、褐色のミラ」
「褐色? 見たまんま?」
「彼女の通ったあとには炎で焼かれた褐色の大地しか残らないから」
その強大な炎魔法で大地以外のあらゆるものを焼き尽くす。
炎の聖女なら、それぐらいのことはできるのだと思うと恐ろしくなってくる。
「と言ってるのは本人だけだから、見たまんまが正解だろ」
ガクッ、と思わずずっこけた。
”ミラさまー”
”カッコいいー!”
エリザ様やシルビア様に負けず劣らずの人気がある。
「よっと」
馬車の上からマントをなびかせて、いきなり地面に飛び降りた。
”ミーラ、ミーラ、ミーラ!”
大勢の男子生徒が声を揃えて呼び捨てで連呼する声が響く。
ミラ様は笑顔で手を振り、投げキッスで応えている。
他のお二人との違いにあっけにとられる私の隣で、セシリアも手を振って叫んだ。
「師匠ー!」
ミラ様がセシリアの方を向いて、しかめっ面で答えた。
「セシリア、その呼び方はやめろって言ってるだろ」
「でも、師匠は師匠っすから」
セシリアは私の手を引いて近寄っていくが、ミラ様はその頭にボコッとゲンコツを落とした。
「聖女は副業禁止だからバレるとやばいんだよ、ちゃんと聖女様と呼べ!」
うわー、エリザ様やシルビア様と全然違う……。
やりとりを驚いて見ている私の耳元でセシリアがささやいた。
「昔から、あたしの魔法の家庭教師なんだ」
馬車から腰に二本の剣を差した男性が下りてきた。
ボサボサの黒髪、無精ひげ。
よく見ると美形に見えなくもないが、雰囲気が盗賊のお頭みたいな感じがする。
「彼は双剣のザック、師匠の従騎士よ」
「よおー、セシリアちゃん、制服姿もかわいいねえー」
チャラい……。
ヘラヘラ笑いながらセシリアに手を振る姿を見て思った。
従騎士も他のお二人の従騎士とはかなり違ってる。
「この学園に推薦してくれたのは師匠なんだ。そうでもなきゃ、平民はなかなか入れないんだよ」
へー……。
感心してミラ様を見たらこちらをにらんでいる視線とぶつかった。
「セシリア、その子は?」
「親友のアンジェ、ほら、例の聖女候補の」
さっきもそうだったが、聖女候補の前に『例の』が必ずつく。
言い換えると、『できが悪い』とか『落第した』とか『婚約破棄された』かと思うと恥ずかしくなってくる。
顔を赤らめながら、ペコリとミラ様におじぎをする。
ジーと値踏みするように私を見ると、笑い出して私の肩をポンポンと叩いてきた。
「いいねー、いいねー、魔力もでかそうだし、平民の聖女は大歓迎だぜ。そうすりゃ、平民対貴族は二対二だ」
「……師匠、アンジェは伯爵令嬢だよ、これでも」
「は? 全然、そうは見えねえけど……」
ますます顔を赤くして、私はうつむき続けた。
「じゃあ、先に師匠を会場に案内するから。またあとでね」
セシリアはミラ様とザックさんを連れて闘技場の方へ歩いていった。
三人を見送る私の横から声が響いてきた。
「姉さまー!」
右手に綿アメを持ったちびアンジェがシオンに肩車されてこっちにやってきた。
一緒に練習した出しものを見てもらおうとシオンにはぜひ来てと頼んでおいたが、ちびアンジェもついてくるとは思わなかった。
せっかくシオンと二人で学校を色々案内したり、学園祭を楽しもうと思ってたのに……。
思わず不満が顔に出てしまった。
「すみません。お祭りなら絶対行くとアンジェリカ様が言われるものですから」
ちびアンジェを肩から下ろして、すまなそうにするシオンだが、ちびアンジェは学園祭の雰囲気に興奮しているようだ。
「姉さま! がっこうってたのしい、あたしもはやくいきたーい!」
あっ、ちびアンジェにも魔力が相当あるらしい。
今日は聖女様も来てるし、バレたらどうしよう……。
できれば自分で判断できる歳まで隠しておいてあげたい。
自分も回りの言われるがままに流されている気はするけど……。
発表会の会場となる闘技場には観客席の最前列に貴賓席がもうけられており、政府の偉い人たち三人と聖女様たちが座っている。
聖女様の後ろにはソフィア様、カリーナ、セシリアが接待係で立っていた。
貴賓客の安全のため、彼らの周囲は生徒とその父兄の席になっている。
私はソフィア様のご配慮により聖女様たちのそばということでセシリアの後ろの席にシオンとちびアンジェと一緒に座った。
ちびアンジェはシオンのヒザの上に座り、キャッキャッとはしゃいでいる。
「ちびアンジェの魔力、隠せてる?」
「ええ、体内に封じ込めて漏れないようにしています。私のヒザの上にいる限り大丈夫です」
暗黒魔法って結構便利かもしれない。
一年生の発表が終わったが、基礎練習のお披露目という感じだ。
ほどほどの大きさの水球、火球、光球、つむじ風……。
ハイデル局長が退屈そうにタメ息をついて、隣に座るオークス枢機卿に話しかけた。
「今年の新入生はこれといった逸材がいないのお」
「ええ。去年は光のカリーナ・フィエルモント、炎のセシリア・ハートフォード。彼女たちは素晴らしかったですね」
隣からグリモア魔法研究所長が話しかけた。
「この一年でどれだけ成長したか楽しみですね」
へー、今年はどんな出し物やるんだろう。
二年生の発表が始まり、カリーナがその場を離れていった。
エリザ様がシルビア様に微笑みかけた。
「次は妹さんの番ね」
「不出来な妹です。期待するだけ損ですわよ」
シルビア様は謙遜でも照れでもなく、真面目な顔でそう言い切った。
優秀な姉に押しつぶされそうなカリーナというイメージはより強くなった。
闘技場の中心にカリーナが進んでいき、立ち止まって貴賓席の方を向いて一礼した。
右手を頭上にかかげて詠唱を始めると、金色に輝く魔方陣が頭上に現れて光を発し、直径数メートルの光のドームがカリーナを包んだ。
「聖光障球、悪くないわよ」
エリザ様がシルビア様に話しかけるが、シルビア様は光越しにうっすらと見えるカリーナをじっと見つめている。
光のドームの中からカリーナの声が響いてきた。
「剣でも魔法でも構いません、どなたか、これを破ってみていただけますか?」
観客席からどよめきが起こるが、名乗り出る人がいなかった。
”あれ、聖光障球だろ”
”剣で破るなんて、無理だろ”
その様子を見ていたシルビア様がエリザ様の方を見て言う。
「ライルにお願いできませんか」
「よろしくてよ」
エリザ様に指示されて、ライルさんは背中の大剣の柄を手で握りながら闘技場に下りていく。
「おー、お姉ちゃん、厳しいなあ」
ミラ様が茶化すようにシルビア様に笑いかけたが、シルビア様は完全に無視。
大剣を軽々と振り回して素振りするライルさんを見つめ続けていた。
ライルさんは大柄な自分の背丈以上の大剣を大きく振りかぶり、すごいスピードで光のドームを斬りつけた。
ガシッ! と鈍い音がしたが、光の壁が大剣を受けとめていた。
ライルさんはエリザ様の方を向いて、これは無理、とでも言いたげに肩をすくめて首を振る。
静まっていた観客先から、ワー! と大歓声が起こった。
カリーナが得意げに叫んだ。
「さあ、魔法はどうですか?」
ミラ様が、背後に立つセシリアの方を向いた。
「この前、教えたヤツ、やってみろよ。どうせ、今日の出し物なんだろ?」
「ししょ……、聖女様のご要望であれば、よろこんで」
なにすんだろう……?
ニッと不敵な笑みを浮かべて闘技場に下りていくセシリアを見送った。
次回、「第19話 魔法対決・親友vsいじめっ子 ~その後の虹とキラキラ芸」に続く。
セシリアとカリーナの派手な魔法対決の後、アンジェの発表となり、観客からは大受けとなるが、聖女隊の見る目は非常に厳しく……。
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