第17話 学園祭の王立聖女隊 ~風の聖女・完美のシルビア
私の手首を握り、優勝したレビンさんに向かって強引に振るセシリアに怒って言った。
「ちょっと、やめてよ!」
ところが、レビンさんにセシリアの声が聞こえたのか、こっちを向いてニッコリ笑って手を振ってきた。
「ほら、ちゃんと自分で手を振って」
セシリアにせかされて、放された手を自分で振ってレビンさんの笑顔に応えた。
優勝おめでとうございます。
心の中でそう言うのが精一杯だったけど。
そんな私をセシリアはあきれ顔で見る。
「せっかく、目の前にステキな恋のきっかけが転がってるのに、ボーと見送るなんて信じられない」
私はただ顔を赤らめてうつむく。
「ま、いつもそばにシオンさんがいるからねー。彼ってハリスの同い年でしょ。比べると三年生でも幼く感じちゃうのって、すごくわかるわ」
うんうん、それは感じる。
学園への行き帰りの馬車でシオンはいろんな話をしてくれる。
仕事の成功、失敗談、仕事で行った外国の文化や風俗……などなど。
学生とは住んでいる世界の広さが違う『大人の男性』を意識してしまう。
あれ? ハリスってうちの商会のハリスよね。
ははあー、そういうことか
「へー、名前呼び捨てね。ハリスと付き合ってるんだ」
セシリアがカッと赤くなった、図星ね。
「なによ。アンジェだってシオンさんのこと、呼び捨てにしてるじゃない!」
逆襲されて私も真っ赤になってしまう。
「私のは、そんなんじゃないから!」
「あっそう。そんなんじゃないなら、どんなのよ?」
「それは……」
シオンが我が家の執事、私が主人の親友の孫娘だから。
主従関係……。
またここに戻ってしまう。
これだけ一生懸命に仕えてもらって,大事にされて……。
私はなにが不満なんだろう?
セシリアは考え込む私の手を引いて出口に向かい始めた。
「そんなことより、そろそろ聖女隊や魔法関係の政府のお偉いさんが着くころだから見に行こうよ」
政府の魔法関係者?
これまで無関心というよりも魔法とか聖女の話は嫌っていたので、その手の知識は全くない。
正門の前ではめったに見ない学園長が立っており、隣にイザベラ先生とソフィア様もいる。
二台の立派な馬車が停まり、まず一台目から太った中年の男性と神官の服を着た男性が降りて来た。脂ぎったハゲおじさんと、神経質そうなヤセおじさん。
どちらもあまりお近づきになりたくないタイプだ。
セシリアが耳元で小声で教えてくれる。
「太った方は、フィリップ・ハイデル侯爵。聖女隊が所属する行政支援魔法局の局長。痩せた方は、エミリオ・オークス枢機卿。教皇は高齢だから、実質、光神教のトップの人」
光神教は女神ルミナスを崇めるこの国の国教だが、王政から神聖国家への転換を目指しているとかで国王との関係は微妙らしい。
学園長が歩み寄って、話ながらペコペコしている。
二台目の馬車からはメガネをかけた三十歳ぐらいの知的な美形の男性が降りてきた。
こっちは、ちょっとタイプかもしれない。
「ユリウス・グリモア魔法研究所長。この国の魔法研究の第一人者よ」
続いて少し陰気くさく感じる灰色の髪の男性が降りてきたが、途中で足を止めて私の方を向いた。
その瞬間、ゾクッと背中に寒気を感じた。
その人が視線を外し、馬車を降りていくと寒気はなくなった。
「アンジェの知り合い?」
「ううん、知らない。あの人は誰?」
「名前は知らないけど、グリモア所長の助手とかみたい」
その人が馬車から降りると、学園長が先導して四人を校内へと連れていった。
気のせいかな?
そう思いながら去って行くその人を見ていると、二台の真っ白な馬車が正門に向かってやってきた。
先頭は以前見たことのある大きな馬車で、光の聖女エリザ様の馬車だとわかった。
「来たよ、王立聖女隊の皆様」
ソフィア様が正門に向けて歩き始めた。
いつの間にか門の周りには生徒や一般客の人だかりができていた。
その前にとまった大きな真っ白な馬車から、まず従騎士の巨体のライルさんが降りてきて、降りようとされるエリザ様に手を貸す。
以前と同じ真っ白なワンピース、さらに白いマントに柔らかにまとめた亜麻色の髪。
アッという間に取り囲まれて歓声を浴びる。
”エリザさまー”
”聖女様ー!”
慈愛のエリザの名にふさわしい優しい笑顔で、周囲の歓声に手を振って応えられる。
ソフィア様とイザベラ先生が近寄って親しげにあいさつされているのを見て、セシリアが教えてくれる。
「エリザ様はイザベラ先生と同級生だったって」
ということは二十一歳か。
続いて二台目の馬車から若い男性が降りてきた。
金髪に女性のような透きとおる白い肌、眉目秀麗、均整の取れた美しい顔立ち。
まるで美術館で見る昔の彫刻のような完璧とも言えそうな美形。
「あの美男子はシルビア様の従騎士、長剣のローラン。騎士団副団長を自ら辞めて、シルビア様の従騎士を志願されたんだって」
女生徒たちから黄色い歓声が飛んだ。
「ローランさまー、こっち向いて下さーい!」
そうか、従騎士にもファンがつくんだ。
しかし、ローランさんは見向きもしない。
馬車からさらっとしたローズブロンドの長い髪の女性が出てきた。
目をひく肌の白さと滑らかさ、切れ長の目、スラッと高い鼻。
その美しさに女性の私も思わず目を見張った。
ソフィア様が白バラなら、白ユリという感じがする。
「風の聖女シルビア・フィエルモント。伯爵令嬢。通り名は、完美のシルビア。完美は完全な美ね。あのカリーナのお姉さんよ」
ああ、なるほど。
こんな美人で完璧なお姉さんがいたからカリーナは性格がゆがんじゃったのね。
私は一人で納得する。
シルビア様は馬車のステップを降りていくが、地面に着く前の最後の一歩が空中でピタッと止まった。
どうしたんだろう?
地面を見ると昨日の少し降った雨のせいか水たまりができていた。
どうするのかと思ってみていると、ローランさんが片ひざをついてしゃがみ、手の平を上に向けて水たまりの上に差し出した。
シルビア様はなんのためらいもなく、その手を歩くように踏みつけて反対の足を地面につけた。
その間、ローランさんの手は微動だにしない。
地面に降りたシルビア様は自分のハンカチをローランさんに渡した。
「お拭きなさい」
「ありがとうございます。光栄です」
ローランさんは大事そうにハンカチを受け取ると、手を拭くのではなく、胸に抱きしめて至福とでも言える表情を見せた。
……なにあれ?
「シルビア様にぞっこんらしいよ」
セシリアがこっそり耳元でささやいた。
シルビア様はそのまま真っ直ぐソフィア様の方に歩いていく。
「ソフィア、久しぶりね。このたびはご婚約おめでとう。未来の王妃様ではソフィア様と呼ばなければなりませんね」
「なにをおっしゃいますか。今まで通りソフィアとお呼び下さい」
セシリアの解説が入る。
「シルビア様はソフィア様の二年先輩。二人並んだ姿は学園の白ユリと白バラと言われたそうよ」
ふんふん、やっぱりねえ……。
並んだ二人の美しさに思わず納得してうなずいてしまう。
「せっかく、水の聖女の座を空けて待っていたのに残念ですわ。聖女隊の美しさが飛躍するチャンスでしたのに」
シルビア様のセリフをセシリアが解説してくれる。
「もともとソフィア様は水の聖女になる予定だったんだけど、シャルル皇太子とのご婚約が決まって辞退されたのよ」
へー、そんなことになってたのか。
でも、みんなきれいだなあ……。
ボーとエリザ様を含めて三人の美女を見ていたら、シルビア様がこちらを振り向いてジーと私をにらんだ。
な、なに……?
厳しそうな目つきに思わず後ずさりした。
「ソフィア、あの子は?」
「シルビア様もお感じになられますか?」
「ええ、相当、大きな魔力ね」
ソフィア様は私を手招きして呼んだ。
「アンジェ、いらっしゃい」
ヒッ!
心臓が口から飛び出るかと思ったほど驚いた。
次回、「第18話 師匠と弟子 ~炎の聖女・褐色のミラ」に続く。
セシリアの師匠のミラの紹介を受けるアンジェだったが、彼女は他の聖女と全く違い……。
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