醜い野獣が呪いが解けた後浮気に走ったらどうなるか
今日、私レオンティーヌは結婚する。紛うことなき政略結婚である。幼い頃からの許嫁とかではなく、ご縁があってのものである。その相手は公爵様で、私はしがない伯爵令嬢。玉の輿だ。しかし相手は醜い野獣と称されるマルソー様。そのことでとやかく言う人間もいるので、不安がないわけではない。
「…とにかく、頑張りましょう」
私は不安をぐっと押し殺して、にっこりと笑った。
「いい式になりましたね、マルソー様!」
結果的に、結婚式はなんとかなった。というか、普通に祝福された。よかったー。
「そうだね、レオンティーヌ。だけれど、大丈夫かい?」
「はい?」
「君も、僕の顔の痣が怖いだろう。みんなこれのせいで怖がってしまうんだ」
確かに。醜い野獣と称されるマルソー様の顔の痣は、刺青…みたいに見える。ちょっと怖い。これのせいで人が離れていくのは、まあ、仕方ない気がする。マルソー様は不憫だけど。…でも。
「でもマルソー様って痣が無ければ絶対イケメンの部類ですよね」
「え」
「体型も良さそうだし。しかも優しいし、公爵様だし。…やっぱりハイスペなのでは?」
「え、え、そんなこと初めて言われた…」
「痣も別に、怖いだけで嫌悪するほどでもないし。うん、仲良く過ごせそうです!」
私の言葉にマルソー様は笑った。
「君はなんというか、飾らない人だね」
「あ、ごめんなさい。何か失礼でしたか?」
「いや…うん。君は、少なくとも僕の前ではそのままでいいよ」
「そうですか!よかった!」
「じゃあ…夫婦の営み、始めようか?」
マルソー様の直球な言葉に、真っ赤になりつつ頷いた。夜はとても長かった。
「マルソー様。なぜ私の通帳が作られていて、こんなに入金されているのでしょう」
「公爵夫人としてのお小遣いだよ。受け取って」
「…大金すぎません?」
「うーん?ドレスや装飾品、靴も新しいものをどんどん増やしていくものだし、普通じゃない?」
「いや、それにしたって…」
ゼロの多さに不安になる。
「孤児院や養老院への寄付に使えば?みんなそんなものでしょう」
「なるほど!」
「あとは、投資するのもいいね。大損しても、所詮はお小遣いの範囲だし誰にも怒られないから」
「投資…」
「鉄道関連か通信事業もいいと思うし、なんならそれこそ慈善事業への投資もいいかも?どこかの会社で緑化運動だの孤児への教育だのをうたってたとおもったけど」
なるほど。そういうのもありか。
「考えてみます!」
「うんうん、好きに使っていいからね」
「ぐあっ…」
「マルソー様!?どうされました!?」
「痣がっ、焼けるように熱い!」
マルソー様と夫婦の時間を重ね、寄付や投資も上手くいって順調だと思っていたある日。マルソー様は突然苦しみだした。医者を呼んで、神父様を呼んで、それでもマルソー様は三日三晩苦しんだ。私はそんなマルソー様が少しでも元気になればいいと、その痣にキスをした。
すると、奇跡が起きた。
「うぅ…あ…」
マルソー様の痣が消え、マルソー様が苦しむこともなくなったのだ。
「マルソー様!」
「…レオンティーヌ?君が助けてくれたのですか?」
「わかりませんけど、多分。痣にキスをしたら、痣が消えました」
「え、消えた?」
「手鏡どうぞ」
手鏡で顔を見たマルソー様は、思い切り私を抱きしめた。
「レオンティーヌ!愛してる!」
「私もマルソー様が大好きです!」
これで物語はハッピーエンド。…だと、思ったのですが。
時は過ぎて、結婚から十何年も経つ。この頃には子宝にも恵まれて、男の子三人、女の子六人が誕生していた。みんな健康で、心優しい良い子ばかり。夫も大好きだし、義父母にも認められ感謝され幸せだった。だから、まさかこんな結末になるなんて思わなかった。
「母上」
「なあに?レオン」
「父上が若い女と浮気しているのを見ました」
長男の衝撃発言に、思わず固まる。…まあ、夫は痣がなくなってからはモテモテになった。そんなものかと落胆するけれど、どこか冷静な自分もいた。
「なるほど」
「どうするのです?」
「どうするもなにも、正妻は私だし。ただ、子供を作られると面倒よね。ちょっと相談してくるわ」
私はマルソー様に直談判に行った。
「どうしたの、レオンティーヌ。執務の際に君の方から来るなんて珍しいね」
「マルソー様。避妊していらっしゃいます?」
「…え?」
「浮気相手と、ちゃんと避妊していらっしゃいます?」
マルソー様は即行で土下座した。
「ごめん!ちょっとした出来心で!ちゃんと避妊魔術を使ってる!」
「そうですか。これからもちゃんと避妊魔術使ってくださいね」
「え」
「マルソー様には愛想が尽きました。あとはお好きになさってくださいな」
「え、待って!レオンティーヌ!待って!」
その後、何故かマルソー様は再び三日三晩苦しんで、痣が再生してしまった。私の愛想が尽きたからかしら。マルソー様からはまた人が離れていき、ポンコツと化したマルソー様から成人したばかりの息子が爵位を継いだ。幸い息子は英才教育を受けており、突然爵位を継いでも特には困ることもなかった。
「あの人が調子に乗って浮気なんてしなければハッピーエンドだったと思うのよ」
「母上の言う通りですね」
「でも、貴方が教えてくれてよかったわ」
「父上は結局、リゾートの形をした療養施設でゆっくりと心と痣のケアをしています。僕は爵位を継いで婚約者だった妻と無事結婚した。弟妹たちはまだ手はかかりますが、僕と妻で見守っていけます。母上は、これからは好きに生きていいのですよ。どうしますか?弟妹たちの成長を見守りますか?それとも好きなことに没頭しますか?」
息子からそう聞かれて、でも私の答えなんて決まっていた。
「旅に出ようと思うの」
「旅ですか」
「夫のくれたお小遣いを投資に回したおかげで、結構資産があるの。内緒よ?それをちょびちょび使いつつ、世界を見てくるの」
「いいですね、素敵です」
「早速だけど明日には出るわ」
レオンは目を見開く。けれど、次の瞬間には笑った。
「母上がそれでいいなら、応援します」
「恋愛的にはバッドエンドだったけど、人生的にはハッピーエンドにしてみせるわ。お土産期待していてね」
「はい。おかえりを楽しみにしています」
そうして私は旅に出た。
各地を転々としながら、色々なものを見る。色々な文化、価値観、伝統工芸!!!どれも私の世界を豊かにしてくれた。
私は絵葉書やお土産をよく、子供達や療養中の夫に送りつけた。私は当然旅をしているので、向こうの反応は知らない。
食べ物も私達の国にはないものも沢山あって、飲み物だって美味しい。心に開いた隙間が少しずつ埋まっていく感覚。…結局私は、夫の裏切りに心底傷付いていたのだと自覚してしまったが、同時にその傷も癒されていくので問題なかった。
気付いたら、旅が趣味過ぎて長い期間帰っていなかったので、久しぶりに屋敷に顔を出すと息子とその妻が笑顔で出迎えてくれた。二人とも、いつも送る絵葉書とお土産を楽しんでくれていたらしい。他の息子や娘も仕事先や嫁ぎ先から許可をもぎ取って帰ってきて、私を囲んでたくさんの話をした。
異国の話に目を輝かせる姿は、昔と変わらない子供達。大切な子供達の可愛らしい様子に、私の心の隙間は完全に埋まった。なので。
「夫に会ってくるわ」
「…何故?」
「渡したいものがあるの」
夫の療養先に向かう。そして、夫に最後のお土産を渡した。
「レオンティーヌ!来てくれたのか」
感動した様子の夫に、なにも感じない。ああ、私の中で本当に愛情は尽きてしまったのだと少し悲しくなった。
「これを飲んでください」
「これは?」
「どんな呪いも解く妖精の鱗粉を調合した薬です」
「どんな呪いも解く…」
夫は飲んだ。結果、痣は消えた。
「手鏡どうぞ」
「…き、消えた」
「では、私は旅に戻ります」
「ま、待ってくれ!僕も一緒に行きたい」
「お断りします」
思ったより冷たく固い声。私自身が驚いてしまった。
「…わかった。さようなら、レオンティーヌ」
「はい、さようなら」
制度上、離婚はしていない。けれど、実質離婚したようなものだろう。それでも、私は構わなかった。
そしてまた旅に出る。息子達に絵葉書とお土産を送りつけ、たまにふらっと帰ってはお土産話をして、また旅に出る。足腰が悪くなるまでそれは続き、その後は孫達を可愛がるおばあちゃんになった。
お小遣いと称した大金はまだまだ余っていたので、今度は自営の孤児院を作って血の繋がらない子供達も愛でた。可愛かった。
ふと夫のことを思い出して聞けば、あの療養所で泣き暮らしているという。痣がなくなったのだから、好きに生きれば幸せだろうに。
私は結局、八十歳で大往生。楽しい人生だった。心残りは、恋愛のハッピーエンドを経験出来なかったことくらいだ。でも、人生全体で見ればハッピーエンドだから。
ああ、楽しかった。
その後、前世の未練を叶えてやるとばかりに〝乙女ゲーム〟とやらの主人公に転生させられて、〝転生者〟とかいう悪役令嬢と小競り合いをすることになるとは予想していなかったけれど。