見た目さんかく
人によっては残酷描写ですので、ご注意下さい。
これは見た目さんかく、見た目しかく、見た目まるの、兄弟妹のお話です。
テン父さんとセン母さんは、そろそろ子どもたちを自立させようと思い、特価で買った『愛の無知』という武器を使って、さんかく、しかく、まるを家から放り出すことにしました。そしてある日に、それは実行されたのです。
突然の出来ごとでした。びし・ばし・どびしと、ご近所じゅうにその強烈な音は響きます。
「何で!?」
長男のさんかく兄さんがまず一番に放り出されましたが何とか無事に着地は成功し、慌てて振り返ると、次々に窓から落ちてくる弟のしかく、まるを受けとめました。そうやって虎の子を崖から突き落とす勢いでセン母さんは我が子たちを容赦なく投げ出した後、窓をピシャリと閉めてしまったのでした。
始め何が起こったのかがよく解らなかった兄弟妹でしたが、兄のさんかくが先に感づいたようで、不安がっているしかくとまるをなだめています。
「大丈夫だ、しかく、まる。とりあえず住む所と……食べるものを探しに行こう!」
さんかく兄さんはしっかり者で、弟妹からはとても頼りにされています。しかし言ってはみたものの、さて何処に行こう? と、さんかく兄さんは内心あれこれと悩んでいました。
家から離れて立ち止まって、後ろにちょこちょことついて来る弟妹の方を向いて、意味ありげにじいぃとさんかく兄さんは見つめました。
「しかく、お前、解体しろ。一度展開図にでもなって広がって、俺たちのために寝床にならないか」
そんなことをさんかく兄さんは提案しました。恐らく見た目しかく、要するに立方体を見て思いついたことだったのでしょう。「無理だよ解体なんてできっこないよ、っていうか、実の弟に解体だなんて、ヒドイよ兄さん」弟のしかくは訴えます。
「じゃあ、まる。お前、お湯のなかに飛び込んで、肉ダンゴにならないか」
今度は兄さん、まるにそう要求してみます。まるを旨そうに眺めました。
「キシャー」
まるは奇声で返します。さんかく兄さんのちょっとしたサバイバルジョークは、「ソーリー、ソーリー、アハハハハ」と、さんかく兄さんにしか笑えなかったようでした。しかし顔は笑ってはいますが、引きつっているようにも見えました。どうしようもないほど追いつめられていたのです……どうかお察し下さい。
「親戚の、マドカおばさんの所へ行ってみようか!」
思い出してポンと手を打ち、さんかく兄さん、早速、記憶を頼りにマドカおばさんの住んでいる田舎へと行ってみることにしました。お金がないのでバスなどにも乗れず、弟たちを連れて歩きに歩いてやっとこさ家を訪ねてみると、玄関に出てきて事情を聞いたマドカおばさんは、呆れた顔でこう言います。
「センの奴、いきなり何を血迷ったかねえ。子どもをまとめて突き落とすなんてあの面倒臭がりや、まずは上から順番に、さんかくだけ落としゃあいいのに」
そう言われて、さんかくはギクリ、と冷や汗をかきました。そして、うるせいやいこのくそばばあと心のなかだけで言いました。マドカおばさんは深ぁくため息をついて、肩をコキコキと動かしています。
「やれやれ、仕方がないねえ。しばらくは面倒みてやるけど、うちもお金がないからね。そうそう長くも置いてやれやしない……明日からさんかく、それからしかく。あんたたちは、うちの旦那の手伝いをしに仕事についておいき。残ったまるはあたしと、家事をするんだ。何もしない働かない奴はとっととこの家から出ていくんだね」
マドカおばさんは兄弟妹を家のなかに入れてくれた後、ぬるめのスープをさあお食べと用意してくれました。中途半端なおばさんの優しさは、兄弟妹にはちょうどよく、とても有難いことでした。
怪しいスープを残さず平らげて、日も暮れていたので、兄弟妹は台所のスペースに並んで寝転がって、眠ることにしました。さあ明日から働かなくちゃ、そう思って灯りを消して夢のなかへと逃げ込みます。窓から見えるお星様やお月様は、そんな彼らにしっかりとおや〜り〜、と、まるで励ましのエールを送ってくれているかのようにきらきらと瞬いていて、それはそれは心洗われるくらいにきれいで明るい夜でした……。
さて、夜が明けて。清々しいはずの朝がやって来ました。台所で寝ていた兄弟妹は、「邪魔だよ、おどき!」とマドカおばさんに叩き起こされ転がって、寝惚けた目をいつまでも手でこすって、夢から現実に戻ってきました。
「今日から働くんだよ! 昨日も言ったろ、うちの旦那について行くんだ、さんかく、しかく! さっさと支度して玄関で待っておいで!」
おばさんの響く怒鳴り声は恐怖でした。さんかくとしかくは焦りに焦りながらも、もたつく足で玄関へと急いで向かいました。兄弟妹に朝ごはんはありません、旦那は朝ごはんを食べてから仕事に向かいます。マドカおばさんが用意したのを旦那が食べ終わるまで、さんかくとしかくは自分たちのお腹から発する、きゅるると鳴る不細工な音を聞きながら、言われた通りに玄関で待っているだけでした。
「さあ行こうか、さんかく、しかく。今日はちょっと遠出だから、ぼやぼやもしてられないぞ、あっはっはっ」
旦那はいびつな歯を見せて、さんかくとしかくの前で笑います。家を出た後に歩きながら、おばさんには内緒で昼用に持ってきたパンを少しずつだけ分けて与えました。旦那はのんきで朗らかな性格で、いつもお気に入りの茶色と黒の縞模様の腹巻きをしていて、手には年季の入った鉄の斧を持っています。旦那は木こりでした。
さんかくも小さい斧を、しかくは籐で編んだカゴを持っていました。
小さな山をひとつ越えて、太陽が真上に昇る頃。森の奥へと進んだ一行はしばらくの休憩をとった後、かすかにいい匂いが風にのって漂ってきたことに気がつきました。それは甘い、蜂蜜を思い浮かばせる匂いでした。「この匂いは何だろう……?」
一番に気がついたのは、しかくでした。甘い蜜の香りに誘われて、ふらふらと足が勝手にそちらへと動いて行きます。「ちょっと行ってみよう……」一生懸命に斧で木を切り倒しているさんかくや旦那の目を盗んでしかくは、仕事の手を止めてこっそりと匂いのする方へと嗅ぎながら辿って行ってしまいました。
しかくの失踪を知ったのは、だいぶ時間が経ってしまった後でした。
「あれ? しかくー?」
額に汗しながらさんかくは、辺りを見回して変だなあと捜します、ところが見つかる気配が全くありませんでした。あるのは切り倒して積まれた木と、何処かで鳥のさえずりが聞こえる深い森の木や繁みです。「しーかーくーやあーい。何処行ったんだああー」
旦那も声に驚いて、さんかくの方へと寄って来ました。
「どうしたんだい? あれ、しかくは何処行った? まさか何処かで迷子になって凹んでいるんじゃなかろうな、しかくなだけに」
「妖怪ぬり壁に間違えられていたらどうしよう兄として」
「それはいいとして、『魔女の家』に近づいてなきゃいいが……?」
旦那は、顎の髭を触りながら唸り出しました。さんかくは問いだたします。
「『魔女』? 何ですかそれ、おっさ……いえ、旦那様」
「とても恐ろしい魔女が棲む家さボーイ」
旦那は流暢に教えてくれました。かつてこの土地には昔から魔女が棲んでいるのだと。そして魔女、彼女は自家栽培で無能厄野菜と出目金を育て、妖しげな舞いと怪しげなマイ・ウェイを踊るのだと。
それから、どんな病気やケガでも立ち所に治して癒してしまえる花『ヒ・マワリーング2009』を所有しているらしいということを。
「おや? いい匂いがする……」
ある方向から甘い匂いが風にのってやってきて、それを辿ると匂いが濃くなっていき、さんかくと旦那は森の奥にひっそりと佇んでいた明るい色塗りの家を見つけたのでした。玄関から出て門が無い代わりに花壇があって、赤や黄色の可愛らしい花が咲いています。そばには鮮やかなキノコが。手首が。とても綺麗に並んでいます。
しかしどうやら匂いは、家の裏から発しているようでした。
「まだ庭があるのかな」「行ってみよう……できれば、魔女に会いませんように」
しかくが来てやしないかと、心配しながらさんかくと旦那は家の裏へとまわることにしました、その時です。
「誰じゃあああ! 俗世は嫌じゃああああ!」
醜い老婆のしわがれた大声がさんかくたちの耳から脳天に当たりました。「ひいいいいい」間違いなく魔女の格好をした老婆が玄関からドアを開き現れ、垂れ流して着ていた紫のローブから出た細い手を振りかざしさんかくたちの背後で叫びます。何か世間とトラブルでもあったのでしょうか、彼女の血走った両目からは血の涙が出ていました。「おかしいいい」おかしいのはどっちだと議論が巻き起こりそうでした。
「兄さん、逃げるんだ! 今、魔女は芸術を聴きすぎてハイになっている!」
後追いで、小包のように縛られていたらしいしかくが自力で紐解いて、玄関から飛び出してきました。しかくに跡がついています。さんかくは縄目がついて縄文という名がついたとされる土器の蘊蓄が脳裏をよぎりました、こんなピンチな時ににどうでもいいことです。
魔女の怪しげな舞いなど、誰も見たくはありませんでした。せめて若ければ。
魔女がさんかくを襲います、しかしさんかくの方が素早く、先が尖っていたので速くに動けたのでした。魔女の脇を通って難なく攻撃をかわしました。
「ぎゃあああ」
さんかくが避けたあと、旦那が魔女の攻撃を受けてしまいました、無念です。言葉を失われ、旦那は魔女の奇術によりソーセージになってしまい、晩のおかずに並ぶことでしょう、魔女に捕らわれてしまいました。
ぱく。あ。
魔女は我慢ができなかったようで、ソーセージになった旦那を食べてしまったのでした。
さんかくとしかくは、魔女が旦那とお戯れている隙に、逃げることに成功したのでした。
斧もカゴも放り出して、それどころではないよと一目散に逃げたさんかくとしかくは、さよなら旦那、あなたのことは明日まで忘れないと沈みかけていた夕日に誓いました。そして家に帰ろうとさんかくたちが歩いていると、しかくはまだ夢から覚めていないような顔でぼんやりとしています。
「あの花は美しい……そして甘い香り……綿菓子に包まれて寝ているような、癒しの波長ビンビン」
恐らくは魔女の家で見てきたのでしょう、しかくはそんなことをさんかくに言います。さんかくは、綿菓子に包まれて寝ていたら起きて蟻まみれだよねと言いたいのを堪えて、邪魔せずに黙って聞いていました。いい気分の余韻に浸っているのか、しかくはいまだ夢見心地でした。
辺りが暗くなりかけてさんかくたちが家に帰ってくると、まるが暖炉のそばで泣いていて、マドカおばさんが全身に酷い火傷で昼寝をしているわけではなく、倒れていました。
まるに事情を聞くと、まるは昼に、火の精を相手に不満をぶつけていて、ついうっかり火の精と死の契約を交わしてしまって通りがかったマドカおばさんを衝動的に暖炉へ突き飛ばしてしまったとのことでした。マドカおばさんが火だるまになっていた時にヒャハハハハとトチ狂っていたまるが正気に戻ると、マドカおばさんにすぐ水をかけましたが時すでに遅しで、とりあえず火の精を必殺スクリューウェーブで叩き潰したのだそうです。
それで今。マドカおばさんは当たり前ですが放置され、死にそうです。
「あの花の匂いを嗅げば、治るかもしれないよ!」
そうしかくは言い出しました。「よし、いちかばちか、花をとってこよう!」さんかくはしかくの提案に賛成し、まるを連れてしかくと家を再び出て行きました。どうでもいいけれど医者を呼べばいいのにと言う者がいないのは、決して「死ねばいいのに」とおばさんを恨んでいたせいではたぶんありません。兄弟妹は単純に思いつかなかっただけさワハハと、迎えておきましょう。
「い、医者を……」
おばさんはこの時にはまだ、生きていました。
「一体、どうしてこんなことに……」
明らかに自分のことを棚に上げてまるは、シクシクと泣き出して森のなかを歩いていました。
「仕方ないさ、人生いろいろありきだよ」
まるをなだめようと、しかくは人生という言葉で丸くおさめようとしています、まるなだけに。
「自分たちで何とかして生きていかないと。大人たちは当てにならない」
微妙なことをさんかくは言いました。吹きすさぶ風は、これからの試練や戦いを予告しているようで厳しく兄弟妹を叩きにかかるのでした。
ちゃんと作戦を立ててから、さんかくたちは魔女に勝負を挑みました。作戦はこうです、まずまるが旨そうな肉ダンゴのフリをして囮になって、その下敷きに解体して展開図になったしかくが息をひそめて魔女が来るのを待つのです。
何も知らない魔女がしかくの上に来たら、しかくは体を起こして魔女を囲み閉じ込めて、なかで窒息死させてしまおうというものでした。
ところが人生、そう甘いものでもありません。何と魔女はそのしかくたちの罠にはかかったものの、空気に化けて、しかくの隙間から脱出してしまったのでした。「よくもあたしを閉じ込めてコロそうとしたねえ……覚悟するがいい……」
魔女は凄い形相と剣幕で、兄弟妹に怒りをあらわにしていました。先ほどまで室内音楽の高見の境地に行きハイになって廃になって灰になりかけていた時に「たのもう!」とさんかくたちが家にのり込んできたわけですから、魔女にとっては助かっていいタイミングだったのかもしれません。人ではなくなる前で、危ない所でした。
解放された魔女は攻撃態勢に入ろうとしています。ピンチ再来でした。
「こうなったら……皆で力を合わせるんだ!」
皆で力を――さんかく、しかく、まる、鳥、熊、鹿、猪、大魔王まで。その範囲はとどまることをしりませんが、さんかくは皆に呼びかけていました。日本語の通じる奴らよ集まれと、限定的かつ大胆にも次の作戦B、『おでん合体』を実行せよと命を下したのでした。
おでん合体、串に刺さった具の並びのように、さんかくを先頭にしかく、次にまるが列を作り並んで、まるが地面を蹴って魔女を貫こうと飛びかかります。しかしそのスピードは遅く、突進した所でちっとも魔女へとは到達できなかったのでした。
「そんなのろまじゃ当たらないねえ、けっけっけっ」
魔女はさんかくたちを馬鹿にして、ヒョヒョイとステップで逃げる逃げるの繰り返しでした。そして魔女はさんかくたちを馬鹿にするどころか阿呆呼ばわり糞呼ばわり、悔しかったら寿司にでもなってみろと醤油瓶を持って笑います。将来こんな大人にはなりたくないなあとさんかくたちは思いながら、どうすれば魔女を倒せるんだと悩みました。
すると、まるが突然閃いたようで目を見開き、なぜだか慌ててさんかくに言いました。
「兄さん! 私に考えがあるの! とにかくこのまま攻撃よ!」
おでん態勢になったまま、まるが先頭のさんかくに『信じて』の目で見つめ叫びました。さんかくはどうしたんだまる、と疑問に思いましたが、切迫したまるを信じてみることにしました。「わかったまる。お前を信じよう」
間に挟まれたしかくは、これぞ兄弟妹、と僅かに感動を覚えました。
また魔女への攻撃の始まりです。「無駄無駄ぁ!」魔女の言う通り、何度同じことを繰り返しても結局は同じ結果ですが、この時は少し違っていたようでした。魔女が余裕を持ってさんかくたちを出迎えようと、体を張って攻撃を待っていました、そうすると。
「必殺、“ガスプー”!」
熱く気合いの入った声とともに、列の最後尾だったまるから何かが放出されたのでした。おでんみたく槍みたく、突き出ていたさんかくたちは、まるから見えない何かが放出されたことによって瞬間的で爆発的に速度が増し、魔女が油断した隙をも突いて魔女に刺さっていきました。ぐさり。すぽ。
「うぎゃああああ」
魔女は見事にしてやられ、体に穴が開いてしまいました。突き抜けたさんかくは、すぐに見えた空を……衝撃を明日まで忘れることはないでしょう。宇宙にいる気分に浸りました。「わたしはカモメ……」星が瞬いています。
魔女はあっけなく倒れました。家のなか、暗い部屋の片隅に飾られていた一輪挿しになった花がきらきらと透明に輝いていて、たまに黄色くちかちかと電光色に光っています。匂いも発していることながら、きっとあれがそうなのだとさんかくたちは思いましたが、それより先に勝利を喜んでいました。
「凄いぞまる、お前のオナ……」
うっかり、しかくが口に出す前にまるの体当たりボンバーが炸裂しました。「らー」しかくは星になって伝説となるでしょう。そのうちに戻ってきます。「さあ早く花を持ってここを出るんだ……」倒れた魔女をまたいでわざと足を引っ掛けながら、歩き出していきました……
大人たちの事情。さんかくは夜空が見えた時に、ふいに悲しくなったのです。そして何でも治して癒してしまえるこの花がもっと世界中に咲けばいいのにと、そんな小さなことを思っていたのでした……
花は街で、珍しいと高く売れました。しばらくはそのお金で過ごそうかと考えましたが、さんかく、しかく、まるは街で指名手配されていたのでした。さんかく、しかくはおじ殺害容疑、まるはおば殺害容疑で、スマートかつ残酷なその手口と、噂に尾ひれはつき、殺人四天王とまで謳われていったそうでした。四天王?、もうひとりは……。
やがて南国に開業しておでん屋を始めた兄弟妹でしたが、始めてから3年後にさんかくはくらげと結婚し、生まれた子どもはイカそっくりだったようです。
《END》
ご読了ありがとうございました。