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前編 中山競馬場で美人さんと出会う

 12月25日。


 キリスト様は知らないだろうけど、今の日本では恋人と一緒に過ごすと、とても幸せになれる特別な日。


 透き通った冬夜の空気を彩るキラキラのイルミネーション。


 その光を、恋人と手を繋いで見るだけで、胸がいっぱいになる。


 そんな素敵な日。


 そして、わたしには恋人であり、婚約者でもある、とても頼りになる司郎(しろう)さんがいる。


「今年のクリスマスは、一緒にイルミネーションを見に行こうね」


「うん、楽しみにしてる」


 そんな会話をしたのが、半年前の早すぎる真夏日のことだった。



 そう。



 本当なら司郎(しろう)さんと一緒にキラキラな夢の国で、独身最後のクリスマスの日を過ごす予定だった。


 半年前の予定では。

 それなのに。



「……見つかるかなぁ」



 今、わたしは着古したダウンジャケットを着て、全然キラキラしてない所へ向かっている。


 イルミネーションはあるけれど、これじゃない。わたしが見たいのは、これじゃない。


 何が悲しくて、12月25日に船橋市まで、女1人で来ているんだろう。


 周りは新聞を見たり、スマホを握りしめて俯いているおじさんばっかり。


 ただひたすらに寒く、虚無感が隣にやってくる。


 ……同じ世代の人たちも、ちょっとはいるけど。


 並んで列にいるの、カップルばっかりじゃん。


「くっそー!何がなんでも見つけてやるー!」


 わたしは入場券を握りしめて、力強く正門を通り抜けた。


 いざ、中山競馬場へ!







 ハイセイコーと書かれた馬の像を通り過ぎて、初めての競馬場を歩き回ること1時間。


「人が、多い……!」


 何が今年は入場者数が制限されているから、ゆったりとしている、よ。


「40,000人って地方の市並みの人の数じゃない……!」


 スマホを握りしめて、ぎりっと歯軋りの音を立てる。


 こんなおっさんばっかりのところで、1人のおっさんを探すなんて無理ゲーも甚だしい。



 でも。



司郎(しろう)さんとの結婚が、かかってるんだから、頑張る……!」


 胃がキリキリと痛み出したけれど、わたしは顔を上げて、おっさんたちの群れから、1人のおっさんを見つけるべく目を凝らした。


 身長は164センチでわたしと一緒。名前は三田川(みたがわ)。小太りで、いっつも白髪頭に黒いハンチングをかぶっている。


 タレ目で左頬にアザがある。


 それがわたしが覚えているおっさんの姿。


 整形もしていないはずだから、たぶん、分かる。


 でも、この人数は多すぎる。


 駅の券売機みたいなところに出来ている列を覗いたり、お馬さんたちがぐるぐると歩かされているところの人の群れの中を探したり。


 視力はいい方だけど、やっぱり見つからない。


 あからさまにキョロキョロ見回していたせいだろうか。



「ねぇ、ねぇ、きみ、ひとり?誰か探してるの?一緒に探してあげようか?」



 ナンパ男に引っかかってしまった。



「いえ!大丈夫です!結構です!」


 力強く断って、レース場の方へ向かおうとすると、


「あ、そっち行くの?オレも一緒〜」


 と、ついてくる。


「彼氏が待ってるので」


「それならそこまで送るよ」


「いえ、結構ですから!」


 競馬場でナンパって、何?!

 馬券買ってなさいよ!


 周りはレース予想に夢中の男ばかりで誰も助けてくれない。


 紙にぐりぐりと鉛筆を押し付けては、スマホやレース結果の流れるテレビ画面を見ている。


 人はいるのに、それぞれの世界に入っていて、全く視線が交わらない。


 男を振り切るため、寒いけれど、レース場のある屋外へ出る。


「ねぇ、馬券の買い方教えてあげようか?」


「いえ、いりません」


 ナンパ男はしつこくついてくる。


 人がこれだけいるんだから、離れなさいよ!


 さては、もう資金が底をついたな?


 暇つぶしにわたしをナンパするなんて、しゃらくせぇ!


「警備員呼びますよ?!」


 イライラしてそう叫ぶと、


「怒るなよ、メインレースを当ててオレの凄さ見せてやるよ」


 彼氏ヅラしてきた。


 だめだ。このままだと痴話喧嘩扱いされる。知らない人なのに。


「あの、本当に、やめてください」


「何もしてないじゃない〜」


「迷惑なので、離れてください」


「ほらほら、いいから馬券の買い方教えてあげるから!行こうぜ!」


 キラッと歯を光らせて、サムズアップのまま、親指を後ろの方に向けた。



 イラッとした。



「いったぁい!」



 かっこよくきめたつもりのナンパ男の親指が、後ろに立っていたふわふわのロングヘアにひっかかった。


 こんなに人が密集しているところで腕を振り回すからだ。ばぁか。


「ちょっと、あなた、何かしら?」


 ふわふわのロングヘアの主は、色白で小顔の正統派美人だった。


 その美人が怒ってる。



 怖い。



「……あ、さーせん」


「ねぇ、謝る態度がそれ?こっちは美容院で4時間かけて作り上げた髪を知らない男につかまれたんだけど。暴行罪にあたるんじゃない?」


「え、オレ、そんなつもりじゃないし」


「は?」


 ビクッとナンパ男が後ずさった。


 美人さんの容赦ない「は?」は、それだけの威力があった。


「ねぇ、あなた、この人の彼女?」


「違います!ちゃんと本物の彼氏が別にいます!」


「え?彼女でもないのに『馬券の買い方教えてやるよ』って言ってたの?

 脳みそ腐ってるわね」


「あ、そ、その……」


「これ以上あなたと話していたらツキが逃げるわ。早くどこか行って」


 高そうなコートから少しだけ首筋を晒して、美人さんが顎を突き出してから男を睨んだ。



 怖い。



「さ、あなたはこっちに」


「は、はい」


 美人さんに手を掴まれて引っ張られた。体が冷えているのか、びっくりするくらいに美人さんの手は冷たかった。


 ふおぅっ、やば。いい匂いする。


 そして、なぜかこの美人さんが進むと人が道を譲っていく。


 この迫力だもんなぁ〜。


 連れて行かれた先は意外にもコンビニだった。


 流されるままに列に並び、セブンカフェのコーヒーを手に店を出る。


「ちょっとコーヒーが飲みたくなって」


「アイスコーヒー寒くないですか?!」 

 思わず美人さんに突っ込むわたし。


 わたしは迷いなくホットコーヒーを選んだ。


 その横でアイスコーヒーを飲む美人さんは、寒そうにすることなく、大輪の花のように優雅に立っていた。


「寒さには強いのよ。

 それで本物の彼氏はどこ?」


「……今日は、ここで清掃のバイトしてます」


「あら?バイト中の彼氏に会いに来たの?」


「いえ、人を探していて……知り合いのおっさ……おじさんなんですけど」


 もごもごと呻くように答える。


 美人さんが面白いものを見つけたように、流麗な眉を上げた。


「ねぇ、何があったか話してみない?私も一緒に探してあげるわ」



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