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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

迷探偵は名刑事

迷探偵は名刑事 〜桜の木編〜

作者: 海堂直也

《呪い》科学全盛の現代において、そんな不確かなモノが成立するだろうか。


歴史に名を残す宿場町にはかつてとは違う賑わいが根付いている。


そんな眠らない街の外れに私と和戸村は来ている。

あと数メートルで管轄外だというのに……


そう、私は刑事だ、明日は非番だ、尊敬する探偵が活躍する映画やドラマを見る日なのだ。しかし、私は急死したT氏の自宅で仕事仲間である和戸村芳雄わとむらよしおに毎度お馴染みの小言を言われ、鑑識に苦笑いされている。


彼等は私が現場に居るとペースが乱れるらしい、動向が気になるからだ。何故動向が気になるか。それは、私の名推理で解決した事件が少なくないからだ。それなのに鑑識に指示を出すなだの、事情聴取で失礼な事を言うなだの、小姑の様な和戸村には実に不愉快な思いをさせられるが、今日は大人しくしていよう。


和戸村が教科書どおりの事情聴取を行っているのは家政婦U子。彼女の言っている事が本当なら、そもそも我々など必要無いのだ。しかし、世の中はそうはいかない。大人は万が一に備えて規則に従い善処しなければならんのだ。


休日の過ごし方と、殺人事件の可能性を……


彼等に任せておいても家政婦U子は数日後に逮捕されるだろう、だが彼女は自首した方が良い、彼女は怯えている。それは単にT氏の突然の死に対してではないのだから。


T氏は明治時代から続く問屋の主、現在は〇〇百貨店として県内に知れ渡る程、つまりは資産家だ。


仕事中は秘書、移動には執事、家では家政婦。T氏の傍らには信頼のおける人物と、更に、副社長とその秘書が盛り立てていた。そう、T氏には家族が居ない。家の中にもそういった写真は無い。子供達が独立している、奥様とは訳あり、では無い、生涯独身なのだ。


家の中を見る限り、T氏はウイスキーがお好きな様だ。棚には錚々(そうそう)たるラインナップ。ジャパニーズ・アメリカン・カナディアン・スコッチ・アイリッシュが揃い、グラスも様々。流石は名の通った百貨店のオーナー様、ショーウインドウさながらである。


冷凍庫はミネラルウォーターの他、チョコレートにチーズにサラミ、冷凍庫は丸氷用の製氷器と保存容器。良い趣味をお持ちでらっしゃる。


形式的な事情聴取を終えた和戸村が話しかけてくる。随分と機嫌が良い。


「本願寺さん、今日は悪い虫が出ないんですね。」

「私が出る幕はないよ。T氏の趣味は晩酌、しかもロックかストレート、塩分控えめとは言えない生活で血圧も高い。十中八九、心筋梗塞だろうね。」


少し残念そうな顔をしてやると、和戸村と鑑識は目を合わせて微笑んでいる、全くもって失礼極まりない。


そんな休日への序曲が始まった矢先に第二幕は上がる。副社長の登場だ。


そして、どうやら私に出番がやって来る気配。副社長からは獣の匂いがする。役者が揃ってしまった。


「いったいどうして……」

「人の上に立つ以上、恨みの一つも買いますよ。」


「「「は!?」」」


その場に居る全員が声を揃える。なんと気分の良い事か。私は壇上の指揮者にでもなったかの様だ、しかして私の振るうタクトは終曲『自白』まで導けるか否か。


「いや、これは失礼。故人の人間性についてドウコウと言う事ではなく、あくまでも一般論ってやつでして。」

「でしたら一般論として言わせて頂くが、訃報を聞いて駆けつけた関係者に向けての第一声は“此の度はお悔やみ申し上げます”だと思いますが?」


明らかな敵対視で睨みつけてくる副社長に、慌てる和戸村が間髪入れずに謝罪。毎度、見事な物である。いっそのこと刑事など辞めて営業職に就いた方が出世するのではなかろうか……


「本願寺さん!」


などと余計な事を考えていると小姑のお小言。“まぁまぁ”と、いなしておいて、私は警察手帳を取り出し副社長に身分を証す。


「申し遅れました。私この事件を担当する事になります本願寺と申します。」

「事件?!社長は病気で倒れたのでは?」

「先程までは十中八九そうだろうと思ってたんですがね、どうも“そうは問屋が卸さない”らしいですよ。」


不穏な空気を醸し出していた家政婦は、鑑識・和戸村と同じく、私の発言で安堵感を漂わせていた。しかし、副社長の登場時、私が失礼な発言をした際には怯えた表情で副社長に視線を投げた、副社長は私に獣の眼を向ける。超えてはならない線を、副社長は超えている。家政婦から感じた僅かな獣の匂いは、彼からの移り香であろう。


「本願寺さん、でしたか?事件と言う事は強盗かなにかを?」

「Non, monsieur!不審人物の侵入などありませんよ。ですよね。」


私の呼び掛けに鑑識は素直に返答してくれた。茶々を入れるのはヘイスティングスでは無く和戸村。


「迷探偵どの、侵入者の痕跡が無いのに、事件だなんて馬鹿げてますよ。まさか、U子さんが殴り倒したとでも?」

「今回の事件は本来、その方が都合が良かったのかも知れませんね。」


ワッフルに、これでもかと生クリームを乗せてチョコレートソースをかけたくった様な顔を副社長に向けてやった。


「何だ、君は、気色悪いな。家政婦が社長を殺したと言いたいのか!」

「Non non.当たらずとも遠からず。私、この街が好きでしてね、歴史にも興味あるんですよ。」

「だから、何が言いたいんだ、あんたは!」


広く知られてはいないが古い人なら噂程度には知っている、〇〇百貨店の奇妙な歴史。それは代々、血を分けた親兄弟のいない人物が養子縁組で継ぐ家系であると云う事。T氏も勿論先代とは血の繋がりは無い。問屋の時代は丁稚奉公というシステムから、現代では福祉の一環として、孤児院等から積極的に雇用を受け入れて来た背景には、そんな《掟》の存在がある。


それを聞いた和戸村は、口をあんぐりと開けて呆然としている。当然の反応だ、私も最初は驚いた、だがそれが永く続く秘訣である事は、街にそびえ立つ〇〇百貨店が証明している。


「つまり、副社長。貴方は社長にはなれない。会社に貢献したにも関わらず、です。私なら納得いかない。如何に《掟》があるとしても、そんなものは時代錯誤だと突っ撥ねるでしょう。」

「だとして、なんだと言うのですか?事件と何の関係があるって言うんです?」


私は更に蜂蜜をかけた様な顔をしてやった。


「社長が養子縁組をする前に他界されれば事業を継ぐのは副社長である貴方でしょう。体調を崩しやすい社長に変わり、事実上のトップは貴方だ。今、社長が亡くなった場合、暫く社長不在のまま副社長!会社は貴方の物だ。厄介なのはT氏個人の財産ですが……」


私は表情を改め家政婦U子にビターチョコの様な眼光で振り向くと、彼女は過呼吸気味にへたり込んでしまった。


ヘイスティングス、いやさ和戸村は満更でもない顔で家政婦を支える。格好つけても意識の薄れる彼女には何も伝わらないと云うのに……


「本願寺さん、ど~なってるんですか?」

「相変わらず察しが悪いな。彼女も身寄りはなく、家政婦として長年勤めているのだろ?住み込みで。彼女が内縁の妻と認められればT氏の個人的財産を国に没収される事は無い。」


副社長の眼光は鋭く、獣の匂いが濃くなる。


「彼女が何かしらの方法で殺害を?」

「ええ、ですが、首謀者は貴方でしょう?」


物証はまだ無い。しかし、事件の核心を捕えた。免れようとする虚勢こそが、それを証明する。


だが、追い詰められた獣の最期の咆哮は、あらぬ方向から飛んできた。


「ポワロさん?あぁ本願寺さんでしたかな?外れですよ。首謀者は私です。」


玄関先で礼儀正しく警察関係者に対応していた執事が現れた。


「私は若い頃、素行が悪く、何もかも捨てて、この地を逃げ出した事があります。縁あって旦那様に拾って頂き今日に至ります。ですが、拾って頂いたのは、私だけではありませんでした。」


呆然としていた和戸村の眼は剥かれ顎は外れる程驚いている、お陰で私の驚きの表情が薄れる程。


「後で知った事ですが、私がこの地を逃げ出した時、愛した人は身籠っていたのです。女手一つで苦労して、無理が祟り、早くに亡くなったそうです。息子は孤児院に引き取られ、父親(私)を恨み、旦那様に拾われ、次期社長候補に選ばれました。」


自力で顎を戻した和戸村は呑気な思考を晒し、執事は寂し気な表情を浮かべる。


「それなら目出度いじゃないですか。」

「社長に選ばれると云う事は、妻を娶らず、子を作らず、愛を知らずに仕事に徹すると云う事なんです。代々社長就任には精管切除術、不妊手術も不可欠なのです。」

「え?」


如何にも前時代的且つ合理的で非人道的な《掟》だ。


「なるほど、お家騒動根絶だ。お世継ぎ問題は完全に養子縁組だけで決まるんですね。」


「こんな《掟》は《呪い》です。旦那様も悩んでおられました。現代に持ち越すべきでは無いと。しかし、だからこそ〇〇百貨店は存続する、それも事実。悩み苦しむ旦那様は、日に日に体調を悪くされて……」


「今のタイミングで社長に他界して貰えば全てが楽に、そう考えた……」


「旦那様が使用されている薬はニトログリセリン。シルデナフィルが含まれるサプリメントを誤飲させる事を立案し、副社長にはサプリメントの入手を、U子さんには誤飲の手筈を、お願い申し上げました。」


「そうでしたか“事実は小説より奇なり”ですね。」

「それでも本願寺さんはお気付きになられた、私共が隠し通せると思った嘘を。」

「Non, monsieur.嘘を見抜いたのでは無く、嘘を貫く覚悟を感じたのですよ。」

「私は余計な事を?」

「シルデナフィルが検出されれば副社長までは辿り着いたでしょう。罪を重くせずに済んだのですから、本当の事を言って頂けて良かったと思いますよ。」


執事の自白により事件は解決した。


T氏の自宅には、丘の上から桜の花びらが舞う。


「今回の事件は桜の呪いなのかもしれないな。」

「なんですか?それ?」


和戸村は休日に派手な銃撃シーンのある刑事物を好んで視聴する様だが、少しは推理物も視聴して欲しいものだ。


「知らないのかい?桜という種類は同種では受粉できなくてね、実を着けるには多種交配が必要なんだ。」

「花が咲いても実にならないんですか?」

「サクランボ農家では受粉樹として別品種を育てる必要があってね。佐藤錦なんかだと相性が良い“ナポレオン”や“高砂”“香夏錦“”紅さやか“”紅秀峰“などが主流かな。」

「なんか不思議ですね。」

「ソメイヨシノが接木や挿木で増やさなければならないのは有名な話だと思うがね。」

「へ〜。桜の木ってのは色々と大変なんですね。」


和戸村と云う男は純粋というか、伸びやかというか、他力本願が信条の私も、この男には敵わない。しかし、明日は非番、時間は有効に使うべきだ。


「ワトソン君、今日は定時キッカリに帰らせて頂くよ。」

「え!本願寺さん?報告書の作製は自分でやって下さいよ。」

「ワトソン君……何度言わせる気だい?私《本願寺・リッキー・優太》は」


「はいはい存じてますよ《ユータ・リッキー・ホンガンジ》他力本願が我が信条、人は助け合い!でしたっけ?」


That's right !!




桜という種類は同種では受粉できなくてね、実を着けるには多種交配が必要なんだ。

この台詞、野生の桜は、その限りではありません。

桜は基本、自家受粉出来ないようですが

他家受粉・他種受粉 があります




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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読みました! 人の心の動きを感じる本願寺さんの真骨頂ですね。 [気になる点] >桜という種類は同種では受粉できなくてね、実を着けるには多種交配が必要なんだ。」 という発言には誤解を生…
[良い点] そこで桜と結びつくのかぁ〜と最後で納得でした! [気になる点] 名前が… 名は体を表す、とは良く言ったものです。 [一言] ヘイスティングスもチョコも大好きなので、読んでいて楽しかったです…
[一言] デビッド・スーシェ版は素晴らしいですが、ピーター・ユスチノフもやはり捨てがたい。 行きますよ、ヘイスティングス。
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