カレンダーに“星人しき”と書いてボケようとした結果……悟った子供になりました。
このエッセイは家紋 武範さま(https://mypage.syosetu.com/1245433/)の『知略企画』の参加作品です。
あれは、自分が小学二年生の正月。
年が明けて、自宅の居間に新しいカレンダーが。
そのカレンダーは上に大きく数字が書かれており、紙の下の方には縦書きの小さなスペースが並んである。予定は下のスペースに書くようになっていた。
冬休みも終わりかけたある日。カレンダーをまじまじと見つめ、子供の自分はある決断をした。
見ていたのは一月の祝日。
その日は『成人の日』である。
そこの予定の欄に『星人しき』と書いてやろうと思ったのだ。
『成人』と『星人』
いくら小学二年生といえど、この漢字間違いは重々承知だ。なのに何故、自分はそんな間違いを犯そうとしているのか?
この頃、母方の祖母が入院していて、母親はその見舞いやら介護やらで疲れていた。同じく、父親も仕事の合間に母親のフォローをするため、忙しくしていた。
だから、子供なりに考えたのだ。
漢字を間違える『ボケ』を繰り出し、家族を笑わせよう――――と。
何故この時『ボケ』に走ったのか?
ぼんやりと覚えているのは、日曜日のゴールデンに放送していたバラエティー番組に影響されたためだと思われる。
両親はその時間は大河ドラマを見ていて、バラエティーを家族で観ることはなかった。
しかし、自分はクラスの友達との話題についていくために、家にあった二台目の小さなテレビで独り視聴していたのだ。
バラエティーの中では、芸人たちが身体を張って笑いを取っている。
これか!
これが『O・WA・RA・I』か!!
そこで覚えた『ボケ』を実践することにした。
そして決行の日。
自分は油性ペンを手に、カレンダーの下に書き込んだ。
『星人しき』
“式”ではなく“しき”……まだ知らない漢字だからという設定である。小学二年生にして小癪な小ネタを繰り出そうとしていた。
朝の6時、起きてきた家族の誰が最初に気付くか?
「え、何これ? カレンダーに書いてあるんだけど?」
最初に気付いたの兄であった。
兄は直ぐ様、両親に報告。
結果、家族大爆笑である。
――――やった! 成功だ!!
内心、ホクホクと笑う家族を見ながら、己の渾身のボケに満足していた。
しかし――――――
「お前バカだなぁ! 漢字もまともに書けないのか?」
兄からの一言に「は?」となった。
「あんた、こんな勉強もできないの。もっと漢字書き取りしておきなさい! 恥ずかしいわ!」
ちょっと待て母親。貴女も娘をバカ呼ばわりか?
「まぁ、間違える時もあるな。次からちゃんと書こうね」
…………父親(娘に甘い)が一番優しい。
そう、自分は笑いを取りにいった結果、
『漢字も書けないバカな子』
の称号を与えられてしまった。
素人が手を出してはいけない領域、“身体をはったボケ”を行った報いだろう。
皆様も覚えていてほしい。
身体を張る芸人やいじりいじられる芸人たちは、特殊な訓練を経ている云わば『お笑いのエキスパート』なのだ。もちろん、それを受け止める側もプロだ。
素人がやってしまえば、やはり素人からの“いじり”が待っている。
こうやって、加減を知らない素人同士で“いじり”『誤解』を生み、いつの間にか『いじめ』が始まるということを。
……おぉっと、真面目に話してしまった。
要は、自分は使いどころを間違えたわけ。
普段からバラエティーなど見向きもせず、お笑いの基本『ボケ』や『ツッコミ』に疎い真面目な家族たち。
つまり『夢』と『現実』の区別もつかない人間に、絶対に『ボケ』を仕掛けてはいけないことだったのだ。
その日、あまりにも言われるため、わざと間違えたと訂正したがその部分だけ信じてもらえず、どうしようもなく惨めな気分で一月を過ごした。
この『漢字も書けないバカな子』の称号は、自分が成人しても続き、事あるごとに“星人しき”のことを持ち出され「あんたはバカだから」と母親に言われ続けた。(父親はあの時一度しか言わず、兄はそれでいじることはほとんどしなかった)
今考えると、そこそこ成績は悪くなく、部活でも賞をとったりしていたのに、たった一度の“星人しき”で自分は自分の価値を下げてしまった。
ここで子供の自分が学んだこと。
“自分の言動には責任を持ち、相手を見てアクションをすること”
“優しさが優しさと伝わらないことがある”
ここでそう思ってしまった自分は『もう二度と親の前では面白いことは言わない』と心に誓い、普通の人間として過ごすことにしていた。
この事が原因かどうかはわからないが、大人になって『話を作る人になりたい』と母親に言ったら『できるわけないだろ』と作品も見ずに一蹴された。
母親は基本的に自分を“何もできない子”と思い込んでいたようだ。
嫁入りの時も散々、相手の親に「うちの子、何もできませんで~」を連発していた。半分は当たっているが、そこまで言わなくても……と、ますます卑屈になった憶えがある。
つい先日、新しい年のカレンダーを見ていたら、あの時のことを思い出してちょっとほろ苦い気分になった。
今は母親はもう、この時の事をさすがに言わなくなった。いや、忘れてしまったかもしれない。
自分もその当時の母親と近い歳になり、息子も当時の自分と同じくらいだ。
そして、改めて考えることがある。
うちは息子が大小様々の『失敗』をする。とても素直な子なのだが、よく考えることができずに行動するためだ。
失敗を指摘すると「言わないで!」と泣きそうな顔をするので、可愛いなチキショー! と思いながら、それ以上は話題にすることをやめる。
そう、わざとにしろ天然にしろ、子供にだって“プライド”があるのだ。
当時の自分はその“プライド”が傷つけられた。
いくら家族を想ってわざと書いたのだとしても、自分でやったのだから自業自得だ。だが、そこからずるずると言われて、傷跡を何度も切り付けられたような形になってしまったのだ。
だから、自分の子供には『失敗を蒸し返さない』ように決めている。もちろん、物事の善悪はきちんと教えたうえでだ。
子供は成長するのだから、その『失敗』以上に『努力』するかもしれない。
あなたは子供の失敗に対して、どう反応しますか?
笑う? 怒る? 困る?
そして、その話題はいつまで言うつもりですか?
結婚してから半年後くらいから、母親の『あんたは何もできない』発言はなくなりました。
そりゃあね、働きながら家事やって、ちゃんと暮らしてるんだから。精一杯生きてる人間には言えないよね。
いくら家族でも、言って良いことと悪いことがあるんですよ。