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短編

こんな相性の良さもある。

作者: 鶴

出来てたことが出来なくなるのは辛いですよね。

良ければどの部分に感情が揺れたか、笑ったところなどありましたら、教えていただけると嬉しいです。


※ヒロインの言葉が時折下品で酷い時もあります。ご注意ください。

また、過去の出来事を馬鹿にしているような表現も含まれていますが、馬鹿にしているつもりはないことはご理解ください。

じめじめとした湿った空気が流れる雨の月。

鬱々とした気分にさせていた夜が明け、雨の月にしては珍しい土砂降りの雨がない快晴の朝。

天使の梯子とも称される雲間から差し込む二柱の光が輝く、穏やかな朝の世界にお世辞にも綺麗とは言い難い程の絶叫が響き渡った―――。


◇◇


この国の王は、神に選ばれた一組の男女から生まれる子供として誕生する。

選ばれる男女に決められた条件は無く予兆も無い。

容姿も生まれも関係なく、成人を迎えるその日に神からのお告げとして、光がその者達に集まるという。


現在の王の年齢から、そろそろ次代の王が誕生されると噂されていたこの年。

ある者は王の親という権力に憧れ、ある者は子供の頃からの恋人との別れを恐れ、ある者は自分が選ばれるわけがないと無干渉を貫き、

ある者は選ばれる男女の姿を想像し花を咲かせる。

様々な気持ちを抱えていた国民達の気持ちは、今朝の光の柱によって強制的に終わりを迎えた。


◇◇


「ありえないわ!絶対馬鹿にしてるでしょ!ふざけんじゃないわよ!!」


落ち着いた緑を基調に整えられた部屋で、少女は声高々に罵倒した。


仮の住いとして案内された穏やかな部屋に備え付けられた家具や装飾品を端から全てなぎ倒したい気持ちを抑えて、ナナはもう一度「馬鹿にするな」と声を荒げる。


「馬鹿にしておりませぬ。聖女様は昔からそういうならわしなのです。」


「そのルールが馬鹿げてるのよ!今言った事をもう一度言ってみなさいよ!そうしたらその口を針と糸で縫い付けてあげるわ!」


ナナが案内された部屋は『仮の住い』だ。

不服にも聖女として選ばれてしまったナナは、生涯をこの王宮で過ごす事になる。

現王の母である先代の聖女の次に、崇められる存在になったはずである。なのに…。


「聖女様のお部屋は、聖人様のお隣と決められているのです。その為、聖人様がお部屋を選ぶまでこの部屋でお待ち下さい。」


「聖女様のお召し物は聖人様と揃えるように、との決まりなのです。聖人様のお召し物が決まるまで、コチラのお召し物にお着換えなされませ。」


「申し訳ございません。聖女様のスケジュールは聖人様に寄り添う内容となります為、聖人様のスケジュールが決まるまでご辛抱をお願いいたします。」


「聖人様! 聖人様! 聖人様! 私は、お人形じゃないのよ!好みもある!意志もある!やりたい事も、着たい物も 食べたい物、読みたい物もある!

それが全部聖人とかいう、知らない男に譲れですって!馬鹿にしてるようにしか思えないわ!

そもそも、知らない男と子供作れとか、それこそ馬鹿にしてる!聖人が何よ、神が何よ、王が何よ!この下種共がッ!!」


「な、なんという事を!早く謝りくだされ、聖人様や神のお耳に入ってしまわれますぞ!」


「はぁ!?謝るわけ無いじゃない!何なら目の前で罵ってやるわよ!」


ナナの発言に歴代の聖女に仕えていた神官達は気絶寸前だ。

今までも聖女という役割に不満を持ち抵抗した娘もいたが、神も罵倒した娘は初めだった。

貴族ではなく、平民として生きていたからか口は良く回り言葉にもトゲがある。


このままでは、次の王の教育に影響が必ず出てしまう、今の内に言葉使いを直さなくて――。

そう思い神官達は気合を入れて口を開く。


「せ、聖女様にそのお言葉使いは相応しくありません。もっとお淑やかに綺麗なお言葉を…。」


「はぁああああ!汚いですって!? 今までこの話し方で生きてきたのに、急に直せとか汚いとか、アンタ何様なのかしら!?相応しくないとか本当どうでもいいのよ!私は聖女になんてなりたくなかったのよ!強制的にここに拉致ってきておいて、そういうこと言うとか信じられないわ。

そこまで聖女とやらにこだわるなら、代わってあげるわよ。どうぞ? 私は聖女なんて興味ないし、次の聖女は適当に決めたらいいじゃない。バレないわよ。」



衝撃。

洪水のような言葉に誰もが圧倒されるばかりだ。


日々静かな王宮の中でも、聖域と呼ばれる程に静かなこの東の宮で、これほどまでの大声を今まで聞いた事があっただろうか。人間はここまで喋れるのか、と神官達は不用意に口を出してはいけない事を瞬時に悟る。


「そもそも、呼び名がまず気に食わないわ。聖女と聖人ですって?笑っちゃうわ。」


「どちらも敬称ですよ、何がお気に召さないのですか?」


鼻を鳴らして憤慨するナナに、若い神官が声をかけた。


「聖女様」という呼び名のたびに罵倒されるわけにはいかない。

これからナナが死ぬか次の聖女が現れるまで、神官達は生涯を共にするのだ。

初対面でこれほどまでに衝撃を受ける娘。急いで娘の考えを理解する必要があると誰もが感じた。



「まぁそういう反応になるわよね。意味がわらないよね。そうね、言葉の響きの意味を考えたことがある?」


「響きの意味ですか?」


「ええ、聖人と聖女、せいなるひと、と、せいなるおんなよ。人と女。分ける意味あるのかしらね。聖なる男と聖なる女じゃないのよ、人と女よ。

神やアンタ達にとっては女、つまり聖女は人ではないのよね。ほんと有り得ないわ…。」



神官達を襲う二度目の衝撃。

神を分けて呼ぶ時、男神と女神と分けるというのに、何故聖人と聖女には疑問を持たなかったのか。


「た、確かに言われてみればおっしゃる通りでございますな。」


「それは、直接御子様をお体に宿すため、では?」


「聖女というより大事なのはお腹よね、子宮なのよね。聖なるお腹ね。それなら、聖女なんて言わなくて、御腹様とか呼べばいいのよ。」


「おはらさま、ですか?それはどういう?」


話している間に落ち着いてきたのか、大人しく対面ソファーに座りながら紅茶で喉を潤すナナにならい、神官達もナナと同様に喉を潤しながら、言葉の意味を考える。


「遠い異国の呼び名らしいわよ。御腹様、跡取りを生んだ女の人の事を言うらしいわ。わかりやすいわよね、人か女とかじゃないのよ。

名前もちゃんとあるのに、「腹」と呼ばれるなんて、子宮以外興味ないですってことよね。私の事もそう呼んだら良いと思うわ。」


ならば、そうしましょう。なんて誰が言えようか。

聖女は確かに王を生む役割もあるが、その後の母親としての役割もあるのだ。

しかし、そのことを一言うと十返ってくる娘に、誰が上手く説明できるというのか。


「とりあえず王様は生むから、その後は良いお母さんを見つければいいと思うの。閉じ込められた世界で、名義だけの夫との間の子供なんて愛せるわけないじゃない。

私は今まで自由だったの。こんな生活耐えきれずに、そのうち発狂するんじゃないかしら。」




ナナは自由だった。

喧嘩が絶えない母と父と弟妹で営む小料理屋で、下世話だけど憎めない常連達や、初めて訪れるお客を相手に働いた。

朝起きて、気分で髪型を変え、昼飯を決め、家族や店の残り物を調整しながら楽しく夕飯を共にした。


店が休みであれば、昔馴染みと遊びに行った。流行りの店で甘いケーキを食べ、お手頃で可愛いアクセサリーや洋服を吟味しながら買った。

両親が年老いたら、店を継いでお婿さんを取って、あの店にずっといるはずだった。

生まれた時から慣れ親しんだ店の中で、ナナの生涯は終わるはずだった。



あの日。

眩しさに目覚めるとナナの周りが金色に輝いていた。眩しくて視界が真っ白になるはずなのに、周りがよく見えた。

ナナの悲鳴に慌ててやってきた家族が、噓でしょとつぶやいた時ナナもそう思った。


気が付けば聖女として王宮にいた。

気ままに働く事も、沢山ある部屋の中から自分で部屋を決める事も、自分好みの内装にする事も、着る服や髪型、食事、一日のスケジュール、

全てが決められた通りにしなければいけないらしい。ナナはそんな生活求めていない。そんな窮屈な生活いらない。耐えられない。


仮の住いとして与えられたこの部屋に一つしかない、窓から見える大空を飛ぶ自由に羽ばたく鳥や、

ゆっくりと流れる真っ白で大きな雲を、清々しい気持ちで見ていたあの頃には戻れない。

あの頃のように穏やかな気持ちで見ることは出来ないはずだ。





「それならば、自由にしたら良い。」




ぼんやりと自分の世界に入り込んでいたナナの耳に、知らない声が届く。

「自由にしても良い」なんて魅力的な響きだろう。それが本当ならナナは、どんなに幸せだろう。




「俺は気にしない。一緒じゃないと示しがつかないと言うなら、俺がお前に合わせれば良い。」


「せ、聖人様!何をおっしゃるのですか!!」



幻聴だと思っていた知らない声は、先ほどからナナの話し相手になっていた神官とも話し始めた。

その声は、幻聴ではなく存在する人間の声なのだと、ナナは実感すると意識を目の前に戻し、遠慮なくナナの斜め前の一人用の椅子に座り、

ナナの部屋なのに勝手に紅茶を飲んでいる男を睨みつける。


この男は、「聖人」と呼ばれていた。

つまりこの男がナナが不自由を感じる原因になった男であり名義上の夫なのであろう。



「あんた…誰?」


「今の会話でわからないのか? 物分かりの悪い奴だな。初めまして聖女様、お前の夫だ。」


「分かってるわ!ワザと聞いたのよ。そう、あんたが…。」


「さっきの話だが、誰の趣味とか、正直言わなきゃわからないはずだ。そんな決め事は拘りがある奴に適当に合わせとけば良い。

嫌な事には従わないが、俺は基本何でも良いからお前に任せるよ。」



なんということ、誰かがそう呟いた声が聞こえた。

聖人に合わせるというのが決まりなら、聖人が聖女に合わせると言えば問題は何も無いはずだ。


「あんた、頭良いのね。賛成だわその提案。」


「なりません、聖女様は聖人様に寄り添うのが決まりで…。」


「寄り添っているわよ、ただその聖人が聖女の好みで決めて欲しいってお願いしてきたから、聖女は叶えているだけじゃない。立派に聖人を支えているじゃない。」


「そ、それはそうなのですが…ですが…。」



初めての展開続きで統制が取れず、右往左往するだけの神官達を見なかったことにすると、ナナは目の前の男に手を差し出す。



「あんたの言い方にはイラっとするけど、まぁ良いわ。その内容でいきましょう。どうせ何を言っても私はもう実家に戻れないんでしょう…。みんなそうだもの。…ここにしか居場所がないのならここでの生活を良い方向に我が儘言う事にするわ。これから宜しく、ダンナサマ。」


「話し方でお前に何も言われたくないがな、まぁそういう事だ。思ったよりも物分かりは良い方なのかな、オクサン。」


穏やかとは言えないやり取りが飛び交いつつも、今代の聖人と聖女は誓いの握手を交わす。

すぐに離れてしまった掌を見ながら、先ほど諦めたあの頃と同じ気持ちをこの男の隣で見ることができるかもしれないと、ナナは小さく期待するのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。短編なのもったいないです! たしかに聖人と聖女って人と女……!って目から鱗だらけになりました。 この後どうなるのか超見たいです……
[良い点] 実に共感できるステキな性格の聖女さまでした。 聖女と聖人、確かに言われてみれば人と女ですね。 まぁ、日本語この手のヤツ多いですよね。すべてが男を基本にしてる。ついでに男に従うべきとかいうの…
[一言] システム上、今の国王が次の国王の選定に何もかかわれなくて 神官が王の両親(聖人と聖女)のの教育にかかわるとなれば 神官が自分を宰相や高級官僚と勘違いして、のさばるのも仕方ないですよね。
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