第7話
「だから、君が男でもかまわないと言っているじゃないか!私はどちらでも愛すことができるんだ!諦めたまえ、ここからは逃がさない!」
男の声で、フィルニアの思考が戻ってくる。
「……ふぃ、フィルニア」
「君は」
「ええと」
ジルがフィルニアの姿に気づき、呆然とする。
男は訝しげな表情をして、しかしすぐにジルへと視線を戻す。
「彼女も、私のものにしようと思う。が、心配は無用。一番はジルなのだから」
男は意外に素早い動きでジルの腰を引き寄せる。
「ちょ、ドサクサに紛れて何を!!フィルニア、あのね、誤解しないで!?」
「うーん。よく分からないですが、とりあえず逃げましょうか」
混乱の極みという表情をしながら、フィルニアは窓へと手をかざした。
瞬間、屋敷の中に轟音が響く。
「げっほ」
「すいません、ジル。ちょっとうっかりしていました」
「いや、いいのよ。逃げるチャンスだし」
「……そうですね。行きますか」
二人は埃まみれになりながら、ひと部屋分ぽっかり穴が空いた屋敷を後にした。
「で、あれは誰だったんですか」
とりあえず急ぎ足で屋敷を離れ、ボーレルへと入った二人は、夕食を摂るために食堂へと入った。
いつもの様に大量の食事を注文したジルに、いい加減慣れなければ、等と考えながら口を開いた。
「えーっと、なんていうか。そこから聞くところがフィルニアらしいっていうか。大体予想は付いてると思うけど、妾になれって迫ってきた以前の雇い主よ。本当に、巻き込んじゃってごめんなさい」
「あ、いえ。それは別に。あれは貴族ですか」
「そうねぇ、中の上ってくらいの貴族ね。やっかいだわ」
ふむ……と腕を組んで何やら考え始めたフィルニアに、ジルは苦笑する。
「私が男だってとこには、触れないのね」
「ああ……、そういえば、そんな事も聞いてしまいました。聞かなかったことにしておいた方がいいですか」
「え?あなたはそれで良いの?気にならないの?気持ち悪くないの?」
驚愕の表情で詰め寄るジルに、フィルニアは小首を傾げる。
「気持ち悪い、ですか。特にそういう感想はないですよ。まぁ、びっくりしたのはびっくりしましたけど。どんな格好をしようと、個人の自由ですし」
料理が運ばれ、一旦会話が途切れる。
ジルも何やら考え込んでいる様子であるし、フィルニアも先ほどの考えを呼び起こす。
しかし、運ばれた料理の匂いに反応してしまい、中断する。
そういえば、屋敷で用意された食事には手を付けなかった。
ということは、丸一日ほとんど何も食べていないのだ。
「とりあえず、食べましょうか」
「……ええ、そうね」
フィルニアは大量の料理が綺麗になくなっていく様を眺めて、ふと思う。
(男だとしても、食べすぎだろう)