その剣は誰の為に。
夜遅くまで小説を書いていたら、安静にしていなさいと怒られました・・・。
「私ね。 王都って所に行かなくちゃいけないんだって・・・。」
僕と同じくらいの女の子が、目に涙を一杯貯めてそう言った。
僕も、女の子、スノウと離れたく無かった。
「何で王都にいかないといけないの? ねえ、ずっとこの村に居ようよ!」
その言葉はスノウが言いたかった言葉だろう。
「レイン、いつか私に会いに来て。」
スノウは、僕に一振りの短剣を渡す。
「これは?」
「この短剣が抜けた時、私の所に来て・・・。」
その蒼い瞳はとても綺麗で、何処か悲しい色をしていた。
「きっと、スノウの元に行くから! そして、」
ずっと守るから・・・。
握られた小さな手が引き離される。
時間が引き延ばされたように感じる一瞬。
彼女は、豪華な馬車に乗せられて行った。
きっと、きっとスノウの元に行くから・・・。
少年レインはこの時より、取り憑かれたように過酷な鍛練を自身に課し始める。
それは狂気の沙汰であると村の者は身震いした。
毎日親の手伝いと、勉強以外、ずっと走り込みをしていた。
先ずは、体力を付けなくてはならないからだ。
寝る前に、魔力切れを起こすまで魔法を使い続けた。
魔法の才能は無かったが、生活魔法のライトや、イグニッション、ウォーター、アースブロック、ウインド等を使い続ける。
村に来る冒険者を捕まえては、剣術を習い、体術を覚え、盾術、槍術、弓術等を身に付けていく。
その合間に、猟師に解体や、気配の消し方、罠の張り方を教わり、獲物を狩るようになった。
村には引退したアサシンの男が住んでいた。
レインはその男から、短剣術、対人戦闘技術、暗器や毒の扱いまで教わった。
そんな努力をしたレインは12歳になり、ジョブを授かる事になった。
彼のジョブは、僧侶だった。
剣士では無く、前衛職でも無い、後衛職の僧侶と言う結果でも、彼は俯くことはしなかった。
前衛職で無いからと、言って努力は消えない。
剣士に適正が無いのなら、その分努力すれば良い。
彼は諦めなかった。
そして、過酷な鍛練を自身に課し続けたレインは、14歳になっていた。
運命の日、彼は少女から貰った短剣を初めて抜いた。
それは彼の始まり。
彼がその短剣を抜いた日、少女の命は魔神に捧げられた。
スノウと言う少女が生まれた村は、王都から西に二月程進んだ所にある静かな村だった。
この村は、王都勤めをしていた者達が引退し、王からこの村に住むようにと与えられた村であった。
その為、この村にはかつてのエキスパート達が、村人として暮らしている特殊な村になっていた。
そんな村に、白い髪の女に、蒼い瞳の子と、同時期に蒼い髪に、黒い瞳の男の子が生まれた。
女の子の名は、スノウ。
男の子の名は、レインと名付けられた。
二人は幼馴染みとして七年間一緒に過ごした。
ある日、スノウは王都に召喚された。
理由は分からない。
だけど、心を占めるのは不安感。
レインは、スノウを王都に行かせたく無かった。
だけど、スノウは王都に行かなければならないと、静かな声でレインを諭した。
スノウはレインに『抜けない短剣』を託し、再開を約束して王都に旅立って行った。
それが、彼と彼女が交わした最後の約束。
「この村に向かって、オークの群れが接近しているだと!」
村長のギルバートは、この村の周辺を毎日パトロールさせていた。
そして、元アサシンの男が情報を持って来た。
「ブレイド。 オーク共の数は?」
ギルバートは、ブレイドにオークの正確な数を聞いた。
「数は三百。 恐らくロードが居て、ジェネラルが五体、上位種が多数と言ったところだ・・・。」
ブレイドは、絶望的な数だなと、ギルバートに言った。
「あの疫病がなければ・・・。」
昨年村を襲った疫病は、村の者の半数を死に至らしめた。
その中には、元宮廷魔術師や、剣聖、魔女等が居た。
そして、生き残った者も無事とは言えない状態であった。
「我々の希望であるレインを王都に旅立たせよう。」
ギルバートは、ブレイドにそう言って、戦闘準備を始める。
「レイン坊を王都にか・・・。 あの坊主が素直に従うかな・・・。」
ブレイドは、レインが一人で住んでいる家を訪れる。
「レイン。 ちょっと話があるんだが・・・。」
「はい、ブレイド師匠。 話とは何でしょう?」
レインは、ブレイドを師匠と呼び尊敬している。
「村長からの命令で、レインには王都ゼフィルスに行って貰いたい。」
「王都ゼフィルス、ですか。 いきなりですね。」
レインは困惑しているようだ。
「あの『約束』か?」
「僕は彼女と約束しましたこの短剣が抜けたら、王都に来て欲しいって・・・。」
彼は何時も大事にしている腰の短剣を触る。
「なあ、レイン。」
「何ですか師匠。」
「去年の事は覚えているか?」
「はい、忘れろと言っても忘れる事なんて出来ませんよ。」
彼は疫病がこの村に蔓延し、多くの犠牲者を出した事を忘れてはいない。
「レイン。 人は呆気なく死ぬ。 レインよ。 約束は大事だが、お前は王都でも十分やっていける力はある。」
「いいか、お前は俺のようになるな。 惚れた相手の顔を見るぐらい約束を破った事にはならない。 俺は自ら課した誓いを守った事で、大事な人を失った。」
レインは、ブレイドが何時も影を背負って生きているような感じがしていた。
ブレイドは、師匠は、レインに後悔しないように生きろと言った。
「まあ、今回はお使いみたいなもんだ。 軽く王都に行って来て、お前の愛しいスノウの顔を見てくるだけの簡単なお仕事よ。」
直ぐにおちゃらけるのは、師匠が照れ臭くなった時の癖だ。
「これが王都で仕入れてくる物のリストだ。」
師匠は、レインに村長から預かった買い物リストと、かなり重たい感じがするお金が入った袋に、旅に必要な道具類が入った魔法の収納袋等を渡してきた。
「早速で悪いが、付与師のじいさんがヤバイんだ。 出来れば直ぐに王都に向かって欲しい。」
付与師のじいさん。
彼に色々な道具を作ってくれた優しい本当の祖父みたいな人だ。
「分かりました。 急いで王都に向かいます!」
レインは、家の中を片すと直ぐに王都に向かって行った。
「おうおう、速いねえ。」
たいしたもんだ。
「お別れは出来なかったが、お前は生きろレイン。」
ブレイドは、レインの背中が見えなくなるまで、ずっと見ていた。
「さて、最後の一花咲かせてみようかね。」
ブレイドは、村長、ギルバートの元に戻り、レインを旅立たせた事を知らせた。
そこには、危ない状況と言われていた付与師のじいさんや、その他の村人の全てが集まっていた。
「この村にオークロードが率いる軍団が三百侵攻してきている・・・。」
「我々では、奴等に勝てないだろう。」
ギルバートは、悲痛な顔をしている。
「だが、レイン坊が生きていれば、我々は死んでも彼に我々の技術は受け継がれている。」
ブレイドは、村人達を見ながらゆっくり話す。
「楽しかったな。 俺が今まで生きてきた中で、最高に楽しかった日々だったよ。」
自慢の弟子だな。
そうだな。
そして、我々の愛しい息子でもある。
今のレインでは、オークロード達に勝てないだろう。
このまま村に居れば、村人を見捨てられない彼は、村人と一緒に死んでしまう。
だから、逃がした。
悲しむだろう。
何で一緒に逃げなかったと怒るだろうか?
一人残された事を恨むかも知れない。
だけど、彼にはスノウが居る。
一人じゃない。
「貴方の進む道の上に、どうか沢山の幸せがありますように。」
薬師の女性がレインの幸せを祈る。
愛しているよ。
我々の息子。
レイン・・・。
この五日後、村は大陸の地図からひっそりと消えた。
だが、オークロード率いる軍団は、村の誰かが起動したであろう自爆術式により、全て死に絶えていたと、この村の隣の住人が領主にそう報告をした。
その知らせは、一月の旅程を消化していたレインの耳に入った。
彼は三日間、宿から出てくる事は無かった。
どうして村の皆は僕を旅立たせた?
あの時、師匠は妙に僕を旅立たせたがっていた。
まさか、あの時既に・・・。
「馬鹿野郎!」
師匠なんて言っていたけど、親父のように感じてたんだぞ!
僕を追い出すようにしたのも、オークロード達の軍団には、勝てないと思ったから?
「失うものが多すぎだろ?」
涙が止まらない。
僕を大事だから嘘を吐いてまで逃がした。
愛しているから、僕だけを逃がした。
それでも、寂しいよ。
レインは、腰の短剣に触る。
抜けない短剣。
在りし日の彼女との約束。
彼女の顔だけでも見よう。
約束を破るような罪悪感はあれど、全てを失ったレインには、彼女に会う事が唯一の希望になっていた。
目標が決まればレインはぶれない。
レインは王都ゼフィルスを目指して再び歩き出した。
ゼフィルス王国歴二百五年、三月。
春の気配が漂う街道を彼は歩いていた。
ゼフィルス王国歴二百五年四月。
レインは、王都ゼフィルスに辿り着いていた。
「これが王都・・・。 大きいな・・・。」
だが、何だこの異様な雰囲気は?
レインは王都の人々から、不穏な空気を感じ取っていた。
「なあ、生け贄の巫女を邪神に捧げるって、本当なのか?」
「ああ、邪神に生け贄を捧げる事により、百年は邪神が復活しないらしいぞ。」
「でも、普通だと、生け贄を捧げる事によって、封印が解けたりなんて事にならないのかよ?」
「大丈夫みたいだぞ。 前回の生け贄の巫女を捧げた時には、ちゃんと邪神は封印されたって、教会の大神官が言ってたからな。」
「で、今回の生け贄の巫女ってのは誰なんだよ?」
「確かだが、白い髪で蒼い瞳をした少女って話だぜ・・・。」
白い髪の蒼い瞳をした少女・・・。
レインは心当たりが有りすぎて、心が冷えていく。
どうしてこの人々は、一人の少女を生け贄にすると聞いて、何も思わないのだろうか?
生け贄の巫女だって人間だ。
何故同じ人間が生け贄になるのに、ヘラヘラと平気な顔をして笑っている!
レインは王都の人々に対し、怒りが沸く。
それよりも、気になるのは白い髪の巫女だ。
もしも、それがスノウなら、どうすれば良い?
別人であって欲しい。
自分も身勝手な考えの人間かも知れない。
でも、スノウは同じ村の唯一の幼馴染みであり、村の生き残りのレインが守りたいと思った女の子だ。
レインは教会に行く。
「スノウに、会わせてくれ! レインが会いに来たと知らせてくれ!」
彼の願いは叶う事は無かった。
しかも、後ろから殴られて失神した彼が気付いた時には、王都の牢獄に入っていた。
彼はおかしな点に気が付いた。
何故か装備はそのままだ。
勿論あの抜けない短剣もある。
「どういう事だ?」
「その牢獄はどんな事をしても、脱出出来ないからさ・・・。」
声の主は、若い男だった。
キレイな服を着ていて、整った顔立ちだが、何処か冷たい印象を受ける。
「此処は王城の特別監獄。 誰も出る事が出来ない絶望の檻。」
歌うように話す男。
「お前は誰だ?」
「私か? 私はこの国の第一王子。 つまり、王太子だよ。」
レインの言葉に大仰に答える第一王子。
「お前、あの村の生き残り何だってなぁ?」
「それがどうした?」
「あの村はさ、生け贄の巫女を輩出させる為だけの村なんだよ。」
「何だと!」
「生け贄の巫女さえ確保出来れば良かったのに、あの村の連中は中々死んでくれなくてね。」
だから、疫病を態と蔓延させたんだよ。
その言葉に、レインはカッとなる!
「貴様! 村の皆をよくも!」
レインは鉄格子を掴もうとしたが、激しい電撃を受ける事になった。
「ぐああっ!」
レインは堪らず床に転がる。
「あと、説明するの忘れたよ。 下手に鉄格子を触ると大変な目に遇うからね。って、もう遅いか・・・。」
愉快な物を見たと喜ぶ第一王子。
「それでも、死ななかったから、オークロードを迷宮からあの村に転移させて放してやったんだ。」
クックック・・・。
嫌な笑いが地下牢に響く。
「皆死んじゃったね。 悲しいね。 悔しいねぇ。」
「な、何故だ! 何故そんな酷いことをする!」
「何故って、用済みだからだよ。 もう要らなくなったから、捨てたんだよ。」
「人間は、人はそんな理由で殺して良い者じゃない!」
「そうかな? 邪神の生け贄を輩出した村なんてあったら、邪神崇拝者のメッカに成りやすいでしょ? だから、ぶち壊すんだよ。」
こいつは狂ってる・・・。
レインは寒気がした。
「じゃあ、何故僕を殺さない?」
「父が抜けない短剣を持つ者は殺してはダメだっていうからさ。」
こうして閉じ込めている訳さ。
第一王子はつまらなそうに言う。
「たく忌々しい短剣だよ。 この私を選ばないんだからね。」
彼の目に写るのは憎悪。
「まあ、今回はこのまま生け贄が捧げられるまで、此処に居て貰うよ。」
残念だねぇ。
生け贄の巫女スノウに会えなくてさ、ねぇ、レイン君・・・。
じゃあね。
生け贄の儀式は、三日後だよ。
第一王子は嫌な笑みを浮かべながら、彼の前から去って行った。
「ちくしょう! スノウが・・・。」
村の皆が人の悪意で殺されるなんて・・・。
圧倒的な悪意。
死ぬのを強制されるスノウ。
それを何も思わない国民に、王族。
たった一人の犠牲で皆が助かる世界。
たった一人の少女さえ救えない自分。
誰かの犠牲の元に平和が保たれるなら、満足なのか?
それは、自分達の大事な人じゃないからか?
他人事で済ませるからか?
知らない人間がどうなろうと関係無い。
確かにそれは誰しもがある事だろう。
それでも、知ってしまったんだ。
大切な人なんだ。
守りたい。
たとえ、邪神が復活したとしても、世界が滅びるとしても、大切な人と一緒に死ねるのなら、僕はそれを選ぶ。
長い時間考えていたらしい。
牢獄の見廻りの兵が僕を見ていた。 そして口を開く。
「少年よ悪いが、お前の大事な少女の命一つで百年の平和が得られるんだ。 俺は自分の娘と同じ年齢の少女が生け贄になるなんて、納得はしていない。 だが、家族が大事なんだ・・・。」
僕は兵士の顔を見た。
納得していない顔。
こんな事は間違っているのは知っている。
だけど、彼の心の葛藤は続いているのだろう。
辛そうな顔をしていた。
皆が皆、納得している訳じゃない。
悩んで、悩んで、それでも良い考えが浮かばないまま、この日を迎えてしまったんだ・・・。
僕は決めている。
どんな事になろうと、スノウと共にあると。
短剣が僕に訴えかけてくる。
時は来た。と。
僕は腰に差した抜けない短剣を鞘ごと手にする。
「剣よ! 僕は誓う! 大事な人を守る為に戦う事を!」
それが邪神でも、国家でも構わない。
僕は戦う。
一人の少女の為に。
僕は目を瞑り、光輝く剣の刀身をイメージする。
そして、鞘から抜くように左手を鞘に沿うようにスライドさせた。
目を開くと、白く輝く刀身を持つ剣を右手に持っていた。
「そこから退いて下さい。」
剣を抜いた僕を驚いた表情で見ていた兵士に忠告する。
僕は鉄格子を剣で切る。
バラバラになる鉄格子を抜け、僕は外を目指す。
「どんな結果になろうと、スノウを見殺しにしたら、一生後悔します。」
僕は兵士に言う。
だから、『レイン、お前は後悔するな!』ブレイド師匠、僕は行きます。
それがどんなに過酷でも、僕は後悔したくないから・・・。
僕は地下牢を抜け、城の外壁を破り、生け贄の儀式が行われる教会の広場へと、急いで向かった。
「これより生け贄の儀式を開始する!」
大神官が広場に集まった民衆に大声で宣言する。
大神官の後ろにある台座には、手枷に、足枷を取り付けられた白髪の少女が座らされ、二人の兵士に槍を突き付けられていた。
少女は菫色をした瞳をただぼんやりと周りに向けていた。
大神官が何か言っているけど、少女には関心が無く。
広場に集まっている民衆のざわめきも彼女には聞こえていない。
私はもうすぐ生け贄として邪神に捧げられる。
7歳の頃から王都に来て、7年。
彼女はずっと、教会から出られず、最低限の教育を施され、毎日主神である創造神ソルに祈りを捧げる生活をしていた。
彼女には未来が少しだけ見えた。
自身の死。
確定している未来。
邪神を百年封じ込める為だけに生まれた存在。
それが、スノウと言う少女に課せられた運命。
そんな彼女にも幸せを感じていた時期があった。
一緒に七年の時を過ごしたレインとの思い出。
彼の側に居ると、心が温かくなった。
彼の笑顔を見ると、幸せな気分になった。
彼女は6歳の時、起きたらその手にあの抜けない短剣があった。
この不思議な短剣は、彼女がどんな所に置いても気が付くと彼女の側に出現した。
決して抜けず、壊れず、羽根のように軽い不思議な短剣は、レインと居る時に彼女にだけ聞こえる優しい音色のような波動を放っていた。
そして、あの日。
彼女はあの抜けない短剣がレインを守りたいと言っているような気がして、その声に導かれるように、そっと彼に差し出した。
私を忘れないで。
口にはしなかった言葉。
そして、叶う事は無いであろう約束をした。
自分がレインと会話できるのは、これが最後になるのに、言葉が出なかった。
馬車から遠ざかる故郷と大切な幼馴染みの姿。
彼は走って追いかけようするが、王国の兵士に遮られていた。
彼の悲しい叫びを聞いた。
彼女は流れる涙を抑える事が出来なかった。
彼女は毎日祈りを捧げた。
それは主神でも、邪神でもなく、ただレイン一人だけの為に。
「抜けない短剣よ。 私の大事な人を守って。」
彼女は抜けない短剣に彼を託す。
もうすぐ私は邪神の生け贄として、この命を捧げる。
大神官の声が響いた。
私は六芒星の描かれた魔方陣の中央に座らされる。
大神官を始め、神官達が呪文を唱える。
魔方陣が黒い光を放つ。
私にも黒い光がまとわり着く。
「ああっ!」
猛烈な痛みが身体中を駆け巡るのを感じる。
そして、私の命がゆっくりと奪われていく・・・。
レイン、レイン・・・。
彼にもう一度会いたかったな・・・。
彼が教会を訪ねて来たのは、知っていた。
でも、彼は罪人として王城の特別監獄に入れられてしまった。
彼は何もしていないのに、何故なの?
彼と話せなくても、一目だけでもその姿が見れたら良かったのに。
大神官は言う。
お前が死んだら、彼は罪人と勘違いをして誤って拘束してしまったとして、釈放してやると。
百年の平和を維持する為には、少しでも邪魔になる者は排除しておきたい。
大神官は、主神より邪神を崇拝した方が似合うだろう。
痛みを与えながら、命をゆっくりと奪う悪意の塊のような魔方陣。
段々意識が朦朧としてきた。
レイン、貴方に会いたかった・・・。
その時、生け贄の儀式を見ていた群衆が割れる。
「ああ、ああ!」
言葉にならない程の喜びがあった。
彼だ。
レインが来てくれた。
最後の最後に、私の願いは叶った。
「スノウ!」
彼が此方に走ってくる。
レイン、声変わりしているし、格好良くなったね。
あれは、私が彼に託した短剣?剣なんだ。
キレイな光・・・。
お願い。
レインを守ってね・・・。
震える手を彼に向けようとして、私は急速に視界が暗転した。
ああ、これが死か・・・。
最後に貴方に会えて良かった。
さよなら、私の大事な幼馴染み・・・、
「退いてくれ!」
人が多く、思ったより先に進めない。
遠くに彼女が居るんだ!
苦痛に喘ぐ彼女の姿が見えた。
「スノウ! 今助けに行くぞ!」
焦りからか、さっきから余り進んでいない。
警備をしていた兵士が道を塞ぐ。
彼女が苦しんでいるんだ!
頼む、彼女の元に行かせてくれ!
そう頼んでも、兵士達は退いてくれないばかりか、増援が来てしまう。
槍の穂先を向けられ、「今は大事な儀式の最中だ邪魔立てするな!」
兵士からの怒号が辺りに響く。
それを聞いた民衆も、
「そうだ、そうだ!」と、僕に敵意を向ける。
「お前達は少女を生け贄に捧げないと平和が勝ち取れないのか!」
そんな犠牲の元に平和が成り立つ不安定な世界なら、無い方がましだ!
「うるせえ! あんなガキ一人で皆が幸せになるなら、十分だろうが!」
男の一人が言う。
「お前にとっては取るに足らない少女でも、僕には大事な幼馴染みなんだ! 頼む、どうか一目だけでも会わせてくれよ・・・。」
僕がそう言うと、男ははっとした顔をした。
「それは無理な話だねぇ。」
後ろから声がする。
「お、王太子殿下!」
兵士が敬礼する。
「城から抜け出し、城の外壁を壊して行くなんて中々出来るもんじゃ無いけど・・・。」
「お前は危険だ。 生け贄の儀式が何らかの形で失敗したら、君はどう責任を取るつもりだい?」
王太子はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
その王太子の言葉に周りに居る民衆も感化される。
邪魔するな! 平和を壊す積もりか? 黙って生け贄の巫女が死ぬのを見ていろ!等の罵声が浴びせられる。
僕は、そんな周りの者と、王太子を睨み付け、
「たとえ、お前達を敵に回そうと、僕は一人の少女の為に戦う!」
一度短剣に戻していた剣を抜く動作をする。
光輝く刀身が現れる。
「せ、聖剣ホーリックス!」
王太子が驚愕の表情を浮かべる。
「退け! 出来れば誰も切りたくは無い!」
僕は剣先をぐるりと回すようにして、威圧する。
誰も動けない。
僕は彼女の元に歩む。
スノウ、やっと君に会えるよ。
歩みを進める度に、群衆が割れていく。
群衆が割れた先に儀式により苦しむスノウの姿が見えた。
僕は走る。
あんな魔方陣等壊してしまえ!
彼女を助けるんだ!
「スノウ!」
彼女はその声に反応したのか、此方を向いて微笑んだ。
スノウ、綺麗になったね。
また会えて嬉しいよ。
だけど、僕は間に合わなかった。
彼女は笑顔を向けて手を伸ばそうとしていた。
その瞳から涙が一筋流れ、彼女はそのまま倒れ付してしまった。
魔方陣の姿が消え、僕は漸く彼女の元にたどり着いた。
「スノウ?」
やっと会えたのに、どうして・・・?
僕は彼女を抱きしめる。
温かさが抜けていく彼女の身体。
「ねえ、スノウ。 ただ寝ているだけだよね? ねえ、起きてよ! スノウ・・・。」
側に突き刺した剣が、僕の心を現すかのように、白い稲妻を周りに放っている。
彼女は生け贄に捧げられた。
もう、僕に話してもくれないし、笑いかけてもくれない。
涙の跡が残る彼女の頬を撫でる。
「辛かったろう、痛かったろう? もう、君を誰にも傷付けさせないよ。」
儀式が終わり、しんと静まり返った広場には、まだ民衆が居た。
だけど、誰も生け贄の巫女と、それを抱きしめる少年に近付くことは出来ないでいた。
そして、辺りは急激に暗くなり、四月にしては珍しく、雪が降り始めた。
民衆達は、天変地異の前触れかと、急いで広場を離れて行った。
王太子や教会関係者達も、その場を離れるしか無かった。
空から降りしきる雪。
「村では、皆で雪遊びをしたね。」
僕は、彼女に優しく話し掛ける。
ーー レイン! 風花だよ! ーー
ーー 風花? 雪じゃないの? ーー
ーー レイン、雪の事を風花って呼ぶんだって、魔女のお姉さんが言っていたんだよ。 ーー
楽しそうにクルクル周りながら、僕にそう話すスノウ。
ーー スノウって、雪って言う意味だから、風花は君の分身なんだね。 ーー
ーー フフフ、分身の術! なんて、ブレイドさんみたい。 ーー
楽しそうに笑うスノウ。
幸せな時間。
「スノウ、僕、一人になってしまったよ。」
視界が歪んでいるのは、自分が泣いているからか、悪いとは思うけど、涙が彼女に掛かるのを止める事は出来なかった。
せめて彼女を誰にも荒らされない場所に埋葬しよう。
もう、誰にも彼女に干渉させない。
僕は彼女を抱き上げた。
その時、彼女の身体が光を放った。
そして、彼女の身体が消え、光は空に昇っていく。
誰にも干渉されない場所に・・・。
誰かが僕の思いを叶えてくれたのだろうか?
「さようなら・・・。」
風花の舞う空を見上げて、僕は彼女にお別れをした。
その手にはいつの間にか、彼女の物であろう髪飾りが握られていた。
王国歴二百五年 四月。
生け贄の巫女は、儀式により、その短い命を絶った。
その日、群衆は見た。
光輝く刀身の剣を持つ少年が生け贄の巫女の大事な想い人であった事を。
季節外れの雪が降る空に、淡い光が空に昇って行った。
王国歴二百七年 四月。
二年前に生け贄の儀式を完了したのにも関わらず、この二年間で邪神の従達、即ち魔族達の勢力は増して行った。
魔族達は人間達を嘲笑う。
邪神様に『復活の為の生け贄』を提供してくれてありがとう!と。
人間社会に紛れ、約数百年の年月を邪神復活の為に費やしていた魔族達は、邪神封印の名目の元、白髪、蒼目の「神子」を生け贄に捧げるように民衆をコントロールしていた。
神子が力を発揮する十五歳になるまでに、邪神の生け贄として、捧げる事で主神に干渉を出来なくし、邪神の力を増幅させる事に成功していた。
そして、三度目の生け贄の儀式により、時は満ちた。
邪神は復活した。
主神との戦いで致命の傷を受けた邪神は、永い時を掛け、自身を癒していた。
だが、中々神に付けられた傷は癒える事は無かった。
邪神は魔族達に神託をする。
主神の巫女を見付け出し、捧げよと。
主神の巫女の魂は邪神の傷をみるみると、癒した。
邪神はほくそ笑む。
復活の時は近いと。
その波動は、魔族達を強化し、魔族の勢力は増す事になる。
人間は主神の巫女を生け贄にした事で、自らの首を絞める事になったのだ。
しかし、人類には希望があった。
主神の巫女を愛した少年は、愛する巫女を失い、失意の底に居た。
彼は、人を信じる事が出来なくなっていた。
そんな彼に転機が訪れる。
ある日、彼は見た。
小さな少年が同じ位の女の子を守ろうと魔族に立ち向かう姿を。
足は震え、手も震えて怖い筈なのに、彼は小さな女の子を守る為に、勇気を振り絞って魔族を睨み付けていた。
圧倒的な力量差、逃げて殺されるよりは、戦って死ぬ事を選んだ少年。
そうだ。
人間が全てあの王国の人間のような者達ばかりでは無い。
レインは腰の剣を抜く。
あの男の子や女の子が自分達のように成らないために、彼は魔族の前に立ち塞がる。
魔族は、いきなり目の前に現れた少年に驚くも、たかが人間の少年一人増えたところで大差無いと侮った顔をした。
「魔族よ! 僕は悪戯に命を無駄にしたくない。 退いてはくれないか?」
少年はそんな事を、魔族達に言いはなった。
格下の人間の少年に、プライドの高い魔族達は一瞬にして怒りの表情を露にする。
「人間ごとき家畜が、我々魔族に対して余裕こいてんじゃねぇよ!」
魔族達は、少年をミンチにしようと襲いかかる。
「命が要らないみたいだな・・・。」
男の子から見て、少年は、何もしていないように見えた。
キンッ、少年は剣を仕舞い、「良く頑張ったな。」と、男の子と女の子の頭を其々撫でた。
魔族達の動きは止まっていた。
そして、身体がバラバラになり、それは灰になった。
なんと言う剣速!
男の子は、自身の父親より強い人間を見たことがなかった。
以前、父親から本気の剣とはこういう物だと教えられ、その振るわれる剣を見せて貰った事があるが、全く見えないなんて事は無かった。
この父親より若い少年は、どれだけの修業をしたのだろうか?
きっと、過酷な修業を自らに課したに違いない。
そう、彼は判断した。
この出会いは、男の子にとっても、女の子にとっても、忘れられない出来事になった。
「強くなれ、誰かを守りたいならその想いを強く持て。」
少年はその強い光を放つ目を彼に向けてそう言った。
その少年の黒い瞳には、強い意志と、優しさ、そして深い悲しみが混在していた。
男の子は、こんなに強い彼でも守れなかった者が居たのだろうかと感じた。
少年の言葉は、彼の心に深く響いた。
まるで、お前は僕のようになるな。と伝えているような気分になったのだ。
彼は去り行く少年の背中を女の子と見詰めていた。
「悲しい目をしていたけど、優しいお兄ちゃんだったね。」
女の子はそう彼に言う。
やはり、彼女も自分と同じように少年の事を『悲しい目』をしていたと言った。
男の子は、女の子の手をぎゅっと握った。
この子を守る為に、彼は強くなると改めて思った。
レインは、魔族の襲撃に遇っていた町に辿り着いた。
魔族達は、人々に襲い掛かり、その血肉を食らおうとしていた。
「させるか!」
レインは腰の剣を抜き、魔族達を切り裂いていく。
レインの剣は、ある男から託された剣だ。
レインはあの日以来、あの短剣を抜けなくなってしまった。
抜こうと思えば抜けただろう。
だけど、レインはあの短剣を抜く事であの日の事を思い出してしまうのだ。
まるで、短剣が抜けなかったら、スノウは死ななかったかも知れないとでも言うように・・・。
それだけ彼の心は傷付いていたのだ。
「なあ、レイン。 俺はもう長くは無いんだろう。 だからよ。 こいつを持って行ってくれ。」
彼は当てもなくさまよっていたレインを拾ってくれた傭兵団所属の初老の剣士マキシムだった。
彼は脱け殻のようになっていたレインを心配してか、何かとちょっかいを出していた男で、レインも彼の事を頼りになる兄貴として慕っていた。
傭兵団『渡り烏』は、魔族との戦いが激しくなってきた王国歴二百六年辺りから魔族退治を請け負うようになった。
その日も、仕事を請け負い、魔族達が集まっているという砦を襲撃する筈であった。
だが、それは魔族側に寝返っていた依頼人である領主のワナであった。
レインとマキシムも、その魔族のワナに嵌まった。
次々と倒れていく仲間達。
漸く一人じゃないと、思い始めた矢先に、レインは人間の裏切りにより、また大事なものを失う事になった。
何故だ! 何故奪う!
彼はマキシムと魔族達を倒しながら、生きている仲間を助けようとする。
しかし、レインとマキシムが魔族達を討ち果たしたのは、他の仲間達が倒されてしまった後の事であった。
そして、マキシムも無事では無かった。
魔族の呪いからレインを守る為に、彼は回復魔法や薬の効かない呪いを受けていたのだ。
マキシムから、止めどなく流れる血を見て、レインは自分の無力を呪った。
呪いさえ消せれば、マキシムの傷なんて回復魔法で癒せるのに・・・。
レインは失われていこうとする命を黙って見ているしか無かった。
マキシムは、自分の剣をレインに差し出した。
「俺には生きていれば、レインよりは年上の息子が居たんだ。 俺に憧れて剣士になるんだって、かみさんに心配されるほどやんちゃでな・・・。」
マキシムは何処か遠くを見ていた。
恐らく彼の家族の事を考えているのだろう。
「幸せだったんだ。 娘も生まれたし、かみさんも病気1つしないほど元気だったんだ。」
「幸せって続かないっていうが、俺はそんな事無いって思っていたんだ。」
あの日が来るまでは・・・。
今では表面化しているが、魔族達は昔から人間を襲っていた。
その矛先が俺達の住んでいた所だった。
その日、俺達男衆は祭りで食べる為の獲物を狩りに行っていたんだ。
そして、その日は珍しく大猟だったんだ。
俺達は意気揚々と村に帰って目にしたのが、家族の無惨に殺された姿だった。
「小さな子供まで、全て殺されていたよ。」
俺達は呆然として、誰も喋る事なんて出来なかった・・・。
それが十九年前。
「俺達は、家族を殺された怒りを魔族達にぶつけるように、魔族狩り専門の傭兵になったよ。」
それしか怒りや悲しみを消せなかったから・・・。
一人、二人と仲間は死んでいった。
それと同時に家族を魔族達に殺された者達が集まって、傭兵団になった。
「俺達は家族と同じ絆で結ばれた者だ。 皆家族だ。」
勿論お前もだよ、レイン。
「皆お前を大事にしていた。 お前は回りが見えなすぎるから、フォローするの大変だったんだぞ。」
マキシムは口から血ヘドを出す。
「本当は、この仕事で足を洗う筈だった。 この地は俺達の故郷に近いから、領主に土地を貰って住むことにした・・・。」
マキシムはレインの腕を掴んだ。
「レイン。 俺達の息子よ。 ここの領主は、俺達を魔族達に売った。 お前はこの領地から出ろ。 そして、誰よりも長く生きてくれ。」
レインはマキシムから、彼の剣を受け取った。
頑丈な魔法の剣。
彼と共に魔族達を倒してきた剣。
マキシムは、誰かに何かを呟くように言うと、眠るように目を閉じた。
その顔は穏やかで、レインは彼の家族や仲間が彼と共に天に還ったのだと思うことにした。
そうしなければ、彼はマキシムや自分をワナに嵌めた領主の館に、怒りのまま踏み込んでいただろう。
レインは、マキシムと仲間の傭兵達の遺体を集め、神官の魔法で彼等の身体を焼き尽くして天に送った。
「さよなら・・・。」
短い間だったが、彼等はレインの家族だった。
父のようなマキシムが託した武骨な剣を抱き締めて、彼は慟哭した。
また一人になってしまった。
また家族を失ってしまった。
こんな自分と同じように家族を魔族達に奪われた者を少しでも減らさなくてはならない。
やるんだ。
沢山の悲しむ人々が居る。
この剣は誰の為にある?
戦うんだ。
失わない為に。
悲しみを増やさないように・・・。
レインは天を見上げる。
空は何処までも澄んでいた。
その空に沢山の光が天に向かっていくのを彼はずっと見ていた。
数日後、傭兵団『渡り烏』をワナに嵌めた領主達は、魔族達との宴の最中に何者かに襲撃される。
その現場には、『渡り烏は魔族達と手を組んだ貴様らを決して許しはしない。』と壁に書かれていた。
「貴様らの相手は僕だ!」
マキシムの剣を振りかざし、魔族達を切り伏せる。
その剣は蒼白く輝き、魔族達の力を減退させる。
「こ、こいつ、神官だ!」
「何で神官が武器を振り回しているんだ!」
魔族達は混乱する。
『聖属性付与』は、神官の魔法であり、自分に掛けるより戦士や剣士等の前衛に掛ける方が効果的だ。
元々の攻撃力に、魔族特攻である聖属性が加わると、その攻撃力は跳ね上がる。
神官や、聖女等の後衛職は魔族達に狙われやすい。
聖属性を付与する神官や聖女は魔族達にとって邪魔な存在だからだ。
戦力を何倍にもする敵にヘイトが集まるのは必然である。
「こいつ、神官のクセに強いぞ!」
普通の神官なら、魔族達の攻撃に耐えられないであろう。
レインは普通の神官ではない。
荒れ狂う暴風のように、剣を操り、魔法を放ち、魔族達を塵に変えていく。
誰かが悲しまないように、沢山の魔族達を倒していく。
レインには、魔族達に降伏を勧告したりはしない。
一人でも魔族を逃がせば、誰かを襲うだろう。
それは、マキシム達のような人を増やすことになる。
その戦いを見た魔族達は恐怖する。
こいつは何なんだと。
弱い筈の人間の神官のクセに何故、我々は倒される?
町を襲ったが、返り討ちに遇い、逃げようとした最後の魔族は、光の矢に貫かれて塵になっていった。
町の人々は、レインの活躍で壊滅の危機を乗り越えた。
だが、犠牲者は多数出た。
それは仕方の無い事であろう。
戦いには犠牲が伴うのだから。
「何で、何でもう少し早く助けに来てくれなかったの?」
小さな女の子がレインを詰る。
レインは、ただ黙って女の子に詰られていた。
町の人々は、そんなレインがとても悲しい瞳をしているのを見て、何も言えなくなった。
暫くして、レインは魔族に破壊された町の瓦礫の上に座り、遠くを見詰めていた。
「なんて顔をしているんじゃ。 お前さんはワシらを助けてくれた恩人じゃろうが。」
老人がレインにスープの入った容器とスプーンを渡した。
レインは軽く礼を言い、スープとスプーンを受け取った。
「魔族達の攻撃で町は被害を受けた。 じゃが、お前さんのお陰で町は壊滅する事無く、魔族達もお前さんが頑張ってくれたから、全て死に絶え、魔族達の襲撃に怯える事も無くなった。」
ありがとう。
亡くなった者達は居るが、此処に残った人々が居る限り、この町は無くなりはせん。
「少年よ。 胸を張れ。 お前さんは十分に戦った。 ワシはお前さんを立派だと思う。」
ニカッと笑い掛ける老人に、村の付与師のおじいさんの笑顔が重なった。
レインは、知らず涙を流していた。
「辛い事を経験したのじゃろう?」
それでも、前を向いて戦うお前さんは立派な男じゃよ。
レインは、この時食べたスープの味を忘れる事は無いだろう。
大切な者達を無くしたレインの心に温かなものを与えてくれた老人はいつの間にか居なくなってしまっていたが、レインは気にしなかった。
次の日、レインは朝早くに町を出た。
北を目指し、魔族達を一人でも多く倒す事で、昨日の女の子のように悲しい思いをさせないようにしたかったからだ。
レインは、魔族達との最前線の北に向かって歩き出した。
幼い少女は、昨日母親を魔族達の襲撃により失っていた。
本来なら、母親と家に閉じ籠り、外に出なければ少女は母親を失う事は無かったであろう。
少女はペットの猫が家を飛び出してしまったので、探しに行ってしまった。
それを心配した母親が少女を追いかけたが、運悪く母親は魔族達に見付かり、殺されてしまった。
自分が猫を探しに行かなければ、母親を失う事は無かった。
そんな事実を少女は受け入れる事が出来ず、魔族達を倒したレインに対して理不尽とも言える罵詈雑言を浴びせかけた。
レインは少女のなすがままになって、黙っていた。
少女は感情が抑えきれず、レインを詰ってしまった。
父親に連れられ、一晩自室で泣き晴らした少女が起きたのは、昼過ぎであった。
復旧作業をしている人々が居る中、少女はレインの姿を探す。
だけど、誰も彼の姿を見た者は居ないと言う。
少女は門番に彼の行方を聞いた。
門番は、朝早く日が昇る少し前に彼は北に向かって行ったと聞いた。
少女は後悔した。
散々酷いことを彼に言った。
何も言わず黙っていた彼を、悪く無いのに詰ってしまった。
もう彼は遠くに行ってしまった。
もう彼女には彼に謝る術は無い。
少女は泣き崩れた。
ごめんなさいも言えなかった。
町を救ってくれてありがとうとも言えなかった。
泣き崩れる少女に、門番はオロオロするだけであった。
王国歴二百七年 七月。
この日より、魔族への大反攻が始まろうとしていた。
旧ゼフィルス王国の北で、邪神により力を与えられた魔将軍ベルゼエルが、人間の少年との一騎打ちにより、倒される。
これにより、ベルゼエルを失った邪神軍は大きく崩れ、人間側に有利になり、数多くの魔族達を討ち滅ぼす事に成功する。
邪神軍は、戦線を北に下げ、暗黒大陸からの援軍を待つ為に、旧ゼフィルス王国の要塞であったバルトロメオ要塞に籠城する。
それを見た賢者エスカリスは、ベルゼエルを破った少年を伴い、神獣リヴァイアサンを縛る鎖を解き放つ為、手薄になっていた旧ゼフィルス王国の王都にて、魔将軍ベルフェゴールを倒す為に、少数精鋭による電撃戦を決行した。
「こんな通路があるなんて、知らなかったわ。 そう思わないレイン。」
地下通路の闇を杖の先端に灯した光で照らしながら、魔女ミリアムは僕に話し掛けていた。
「確かにこんな通路があるなんて、僕も知らなかったけど、何でこんな通路の存在を知っているのか聞きたいな。 エスカリス。」
僕は疑問に思っていた。
何故エスカリスがこんな通路の存在を知っているのか?
「そんなの簡単ですよ。 私がゼフィルス王国の王女だからですよ。」
眼鏡をクイッと直しながら、賢者エスカリスはしれっと爆弾発言をする。
「まあ、庶子なので気にしないで下さい。」
母親が、この通路を使って男と一緒に出ていったんで、私も自分の身が可愛いので、便乗して逃げたんですよ。
ほら、あの王って、プライドは高いから、王を裏切って男と一緒逃げたなんて知ったら私なんて何も知らなくても拷問されたりして、母親の居場所を吐かされるでしょう?
痛いのやだし、拷問やだし、一緒に逃げるのが一番いいでしょ?
彼女はそう言う。
確かにあの王太子を見ると、そんな印象を受ける。
「エスカリス、ゼフィルス王国は滅んだ。 お前はゼフィルス王国を再建する気はあるのか?」
初老の騎士エンドラルがエスカリスに王国の再興の意思はあるか聞いてくる。
「有るわけ無いですよ。 私は母親と貴方の幸せな新婚生活を何者かに脅かされないように、魔族達を駆逐するのが、私の今の目標なんですよ。」
母親の事大好きですし、幸せになって欲しいですからね・・・。
「お、おう、そうか・・・。」
エンドラルは照れている。
「そんな母親の幸せな生活の為に、ベルフェゴールをプチっと潰してしまいましょう。」
「軽いわね。 貴女本当に賢者なの?」
「勿論です! だからこそ、旧ゼフィルス王国の首都に居るベルフェゴールに偽の情報を流して、エンシェントドラゴンの巣の場所を私達レジスタンスのアジトだと教えたんですから。」
今頃邪神軍の一部は、エンシェントドラゴンさんと死闘を演じていますよ。
「巻き込まれたエンシェントドラゴンが可哀想ね・・・。」
ミリアムが呆れている。
僕らは知らなかったけど、この時、邪神軍精鋭部隊は、エンシェントドラゴンと鉢合わせ、全滅の憂き目に遇っていたらしい。
「さあ、ここから王城ですよ。」
エスカリスが隠し扉の鍵を外す。
僕が先に潜入する。
「此処が以前私の部屋だった所だよ。」
タンスは調べないでね。
下着とか見られたら嫌だからね。
エスカリスが僕をからかう。
「はいはい、真面目にベルフェゴールの首を取りに行くわよ。」
ミリアムも敵地だからか、緊張しているようだ。
僕の隠密スキルで、城を巡回していた魔族達に気が付かれる前に暗殺していく。
「レイン、貴方本当に『対魔騎士』なの?」
アサシンじゃないの?
ミリアムが失礼な事を言う。
クルセイダーは、僕が魔族達を倒し続けていたら、クラスチェンジしていたジョブだ。
まあ、戦い方が神官では無かったし、何となく違うな~とは思ったよ。
色々出来るのは、村の皆が教えてくれた技術の数々が僕の中で息づいているからだ。
僕を本当の息子のように愛してくれた村の皆に恥じないように、沢山頑張っただけなんだ。
培った技術は僕を強くした。
スノウは守れなかったけど、僕には守るべき人々が居る。
城の魔族達を倒しながら、僕達は玉座の間に辿り着いた。
「こんな所に人間共が! 部下は何をしているのだ!」
山羊の頭を持ち、強靭なオーガような身体、大きなコウモリのような翼を持つ魔将軍ベルフェゴール。
彼の側には、旧ゼフィルス王国の元王太子と元王が鎖に繋がれていた。
「あらあら、クソお兄に、クソ王ではないですか! 魔族のペットですか? お似合いですよ。」
エスカリスが爆笑している。
あれでも肉親だろうに・・・。
二人は喉を潰されているらしく、喋ることが出来ないらしい。
「ベルフェゴールさん、こんにちは。 私の嘘の情報を信じてくれてありがとうございます。 今頃貴方が送り出した精鋭は、エンシェントドラゴンちゃんに、こんがりと焼いて貰っていると思いますよ。」
エスカリス、ベルフェゴールを煽るんじゃない!
「き、貴様! 我の部下達をエンシェントドラゴンの巣に向かわせたと言うのか!」
「実際向かわせたのは、貴方でしょうに。」
残念ですね。 ハズレですよ。 しかも、大ハズレ! どうです? 悔しい? 人間ごときに騙されて悔しいでしゅか?
ベルフェゴールを煽りまくるエスカリス。
「生意気なメスめ! その口を聞けないようにしてくれるわ!」
ドゴン!
両手に持っていたメイスを床に叩き付け・・・、あっ。
元王と元王太子が潰されていた。
僕はそれを見て、何も感じなかった。
「さあ、来い! 生意気なメスは後回しにしてやる! 二人同時に相手してやる!」
気付かないのか?
よく魔将軍なんてやっているな・・・。
僕はベルフェゴールの背後に回っていた。
聖属性の込められた剣をベルフェゴールの首に叩き付ける。
ズパン!
「え?」
それが魔将軍ベルフェゴールの最後の言葉になった。
「レインよ。」
「何でしょうか?」
「俺、要らなかったよな?」
「エンドラルは、私の護衛でしょう?」
「私も出番が無かったわ・・・。」
エンドラルとミリアムが項垂れている。
ベルフェゴールは消滅していた。
「城の回りに居る仲間に連絡をしよう。」
「それは私に任せて。」
ミリアムが通信魔法でベルフェゴールを倒したと言うことをレジスタンスに知らせる。
王国歴二百七年 八月。
旧ゼフィルス王国の王都は、人間の手に戻る。
ベルフェゴールに呪いの枷を付けられていた神獣リヴァイアサンは呪いから解き放たれ、人間側に加勢する。
暗黒大陸から、バルトロメオ要塞に籠城していた同族を救うため、海路を進んでいた邪神軍は、リヴァイアサンの襲撃を受け、海に沈んでいった。
これにより、バルトロメオ要塞に援軍が現れる事は無く、賢者エスカリスによる結界に要塞ごと閉じ込められた邪神軍は、餓死するしか選択肢は無くなり、人間側に降伏を宣言するも受け入れられる事は無く、餓死して消滅していった。
「お前達邪神軍は、無抵抗の人々を笑いながら殺したくせに、こちらがお前達の降伏を受け入れると本気で思っているのなら、邪神軍は馬鹿の集まりだな。 殴るなら、殴り返される覚悟をしておけよ!」
エスカリスが邪神軍に言った言葉だ。
王国歴二百八年 六月。
大陸の半分を侵略していた邪神軍は、大陸から消え去ろうとしていた。
王国歴二百八年 十二月。
旧ゼフィルス王国の隣にある大国、聖プラタナス王国は、邪神軍に対抗する為に、国民の成人全てに『聖戦』を発動、死を恐れぬ戦士と化した聖王国の軍勢は、邪神軍を浮き足立たせ、勢いのまま聖王国軍に蹂躙された。
その時に何とか脱出を図った最後の魔将軍ベリエルは、大陸を脱出し、暗黒大陸の邪神の元に逃げ帰るも、邪神自らにその不甲斐なさを指摘され、粛正された。
こうして邪神軍は、大陸から追い出され、海を渡ろうとした者は、神獣リヴァイアサンの餌食になり、海の藻屑となった。
王国歴二百九年 四月。
暗黒大陸にある暗黒の邪神宮に少数精鋭で踏み込んで行く人間達の姿があった。
邪神討伐。
それを目的に、彼等はこの邪神宮に足を踏み込んだのだ。
かつて、目の前で倒れ付した少女の姿をその目に写した少年。
少女を助けられなかった自分を責めた日々。
自分を案じてくれた人々との別れ。
そして、彼は成すべき事を成しに来たのだ。
邪神を討伐し、後の世に生け贄を捧げると言うふざけた儀式を最後の為に・・・。
邪神を倒し、二度と復活させないように、スノウのような人をこれから出さないようにする!
彼は腰に指している抜けない短剣と、彼女の髪飾りを触る。
「見ていてくれ、スノウ。 僕は邪神を倒し、真の平和を勝ち取ってみせる。」
レインは、邪神宮に蔓延る魔族の群れに突撃していった。
この日の丁度四年前、少年は、少女を助けられなかった。
空から雪が舞い落ちたその日のように、暗黒大陸では雪が降り始めていた。
レインの最後の戦いが始まろうとしていた。
聖騎士エンドラル。
大魔女ミリアム。
賢者エスカリス。
対魔騎士レイン。
四人は邪神宮を魔族を倒しながら、進んでいた。
戦いは激しさを増し、誰もが疲労の色を隠せない状況になっていた。
「不味いわね。」
このままではじり貧よ。
ミリアムが額の汗を拭う。
「だが、今さら引き返すのも、リスクが高いぞ。」
エンドラルは、魔族を切り捨てながら、自分なりの意見を言う。
「昔の文献では、昔邪神は神であったとされていたと言うよ。 で、その神であった頃の宮殿なら、聖域みたいな場所があっても可笑しくないと思うんだよね。」
特に、あの厳重なガーディアンが居る扉なんて妖しくないかな?
エスカリスがそんな事をレインに言う。
とっととアレを倒して来なさい。
エスカリスの命令に、レインは人使いが荒くなっていないか?と思いつつも、三体居たガーディアンを瞬く間に倒していた。
「ナイスだよ、レイン。」
ウチのパーティのアタッカーは流石だね。
エスカリスはレインの肩をバンバンと叩く。
「扉にワナは無し。 入ってみる?」
レインは、ワナの有無を調べてからエスカリスに突入するかどうかを聞く。
「私はリーダーって感じじゃないんだけど・・・。 レイン、先にどうぞ。」
ジェントルファーストだよ。
「安全確認がしたいだけだろ!」
レインはそんな事を言いながら、扉を開けて部屋に入る。
そこはエスカリスの言う通り聖域だった。
「ビンゴだね、レイン。」
この中なら、暫く休憩出来るよ。
エスカリスは嬉しそうにレインに笑顔を向ける。
聖域の中は、レイン達の回復速度が速くなるのか、軽い傷等は直ぐに跡が無くなるくらいに回復する。
レイン達は、此処で食事等をし、マジックポーション等を飲んだりして、身体を万全の状態に戻す。
「さて、もうすぐ邪神との戦いだよ。」
必ず皆で生きて帰るぞ!
エスカリスが気合いを入れる。
スノウ、邪神の生け贄になってしまった少女。
後になって魔族が話していた事。
邪神の生け贄にされたのは、神子とされる者で、実は邪神の生け贄とは、邪神復活のための儀式であり、封印をする為のものでは無い。
それを聞いた時、スノウは死ななくても良かった事にレインはショックを受けた。
同時に強い憤りを感じた。
邪神は村の皆の命も、マキシム達の命も、スノウの命も奪ったと言う事になる。
許さない。
邪神は必ず僕が倒す!
レインは邪神が居るであろう、広間に続く扉に手を掛け、開いた。
仲間達と広間を進む。
目の前に知った顔を見た。
ゼフィルス王国の王太子。
奴は死んだ筈だ。
「あれ、あれはボクの影さ。」
「影? じゃあどうしてベルフェゴールのペットみたいな扱いをされていた?」
「影と言うより、脱皮した皮みたいなものだね。」
邪神はそう訂正する。
「ボクは一度王太子なんて物を体験してみたかったんだよ。 だから、自我が目覚めたゼフィルスの王子にボクの魂の一部を埋め込んだのさ。」
「そして、王を少しずつ洗脳し、国に潜入していた魔族を人間と入れ換えて国民の意識を更に改変させていった。」
歪んだ笑顔。
「魔族達の意識操作はだいぶ進んでいた。」
邪神の生け贄にするなんて、少し考えれば分かりそうなもんだよね。
「でも、レインとやら、お前が聖剣をまぐれで抜いた時はヒヤヒヤしたよ。」
邪神の顔付きが変わる。
「あれはボクを瀕死にしたボクの兄の剣だからな。」
「ボクを選ばないで兄を選んだ聖剣ホーリックス。 それを、まぐれでも抜いた貴様をあの時に殺せなかったのは、ボクにとっての誤算だったよ・・・。」
邪神の魔力が膨れ上がる。
「貴様はあの時、あのスノウとか言う娘を守ると言っていたが、事実は違う。」
「お前が守られていたんだよ! 聖剣はあの娘では無く、貴様を守っていたんだ!」
「聖剣の担い手である神子。 あの娘は、死ぬべき者では無かった筈だ。」
「あの聖剣さえ手元にあれば、下手な魔族なんか手も足も出ない。」
「あの娘が死んだのは、貴様を守る為だ。 それはつまり、お前と言う存在が娘を殺した事と同意だ!」
お前のお陰で、ボクはあの神子を殺す事が出来た。
ありがとう! レイン!
けたたましい笑いを上げる邪神。
「そんな、スノウを殺した?」
僕は呆然とする。
「そうだ、お前があの神子である娘を殺したんだ! この邪神であるボクを唯一殺す事が出来る聖剣の担い手を!」
「馬鹿な娘だよ。 本当に。」
邪神は笑い続ける。
「恋だの、愛だのと下らぬ感情に囚われて、結局世界を危機に陥れる。」
滑稽だよ!
邪神の言葉が僕の心を刺す。
それでも、僕はマキシムから、父のような人の形見である剣を邪神に向けた。
「世界と僕を天秤にかけるくらい僕はスノウに愛されていたという事だろ?」
あの時、スノウの為に世界を敵に回しても構わないと思っていた。
それは、スノウも同じ気持ちだったと言う事だ。
「この世界には勇者も、神子も居ない。」
だけど、
「人間を舐めるな邪神!」
僕は邪神に斬りかかる。
「聖剣も抜けない雑魚が、ボクに勝てるとでも思うのか?」
邪神も剣を出現させ反撃をしてくる。
邪神は力もスピードも僕より上だった。
味方が介入出来ない程の攻防。
だけど、邪神よ。
僕は言った筈だ。
人間を舐めるなと。
「なに!」
「邪神よ、お前は剣に関しては素人だ。」
僕がどれだけ剣を振ったか分かるか?
お前の剣の扱いなぞ、子供のお遊びなんだよ。
僕の剣が邪神を切り裂く。
「ボクの身体に傷を付けただと!」
「ホーリーウェポンを付与した。 それに、この剣は数多の魔族達を葬ってきた、魔族達に家族を奪われた者の魂が宿る剣だ!」
「デモンスレイヤーになる程に昇華した剣だと! ありえない!」
邪神を切り刻んでいくマキシムの剣。
「な、舐めるなぁ!」
邪神は苦し紛れに魔法を放つ。
「忘れたか? 僕は対魔騎士。 魔を討つ者だ。」
聖魔法『セイクリッドジャベリン』を放つ。
邪神の放った暗い色をした火球をセイクリッドジャベリンが一点突破で貫く。
それはそのまま邪神に突き刺さった。
「そ、そんな、に、人間ごときに・・・、」
邪神がよろける。
「お前が復活する為に殺された神子達と、人々の痛みを知れ!」
僕は渾身の力で邪神に剣を降り下ろした。
キンッ。
澄んだ音と共に、マキシムの形見である剣が折れた。
マキシム、皆の仇は取ったよ・・・。
僕は身体を斜めに切断された邪神を見て、戦いが終わった事を確信した。
「このボクを人間が倒すなんてね・・・。 怖れいったよ・・・。」
邪神は光の粒子になって消えた。
「邪神は滅びたわ、レイン!」
「やったなレイン!」
「一人で邪神に勝つなんて凄いな!」
ミリアム、エンドラル、エスカリスが僕に祝福の言葉を贈ってくる。
「レイン、その剣。」
エスカリスが僕の持っている刀身の半ばから折れた剣を見ている。
「マキシムから託された剣、折れてしまったけど、元に戻るかな?」
僕はマキシムの剣の折て床に転がっていた方を回収しようとした。
その時、闇が一瞬にして僕を包み、何処かに連れ去ってしまった。
「此処は何処だ?」
僕は辺りを見回す。
静かな、でもほの暗い場所。
「此処は闇の墓場。」
僕の前に不定形な不気味な存在が居る。
「闇の墓場?」
「そう、此処は我の封印されし、本体が居た場所であり、封印が解けた今は、我の領域でもある。」
「お前は邪神なのか?」
この不定形の生き物が邪神?
「我はアンノウン。 誰にもその姿は分からない者・・・。」
「我は光である兄とは表裏一体の存在。」
闇。
「やはり、人間の姿では我の力を発揮するのは不十分だ。」
「だが、この姿は好かぬ。」
闇が広がる。
「ただの人が我の一部とはいえ、倒したのだから、称賛に値する。」
「人とは不思議な生き物だ。 特にお前は異常だ。」
闇が僕を取り囲む。
「決めた。 貴様の魂を喰らって、その肉体は我が使ってやろうじゃないか。」
闇は妙案を思い付いたように僕に迫る。
「ん? 抵抗するか? デモンスレイヤーも手元に無ければ、聖剣を抜けないお前には勝ち目は無いぞ。」
闇が身体にまとわりついてくる。
その時、あのスノウから貰った短剣が光輝いた。
「くっ、この光は聖剣か!」
僕の回りの闇が掻き消える。
スノウ、君を守れなかった僕を守ってくれたんだね。
僕は、右手に短剣を構える。
ーー そう、貴方はその剣を抜ける筈よ。 ーー
スノウの声。
そうだ、僕はこの短剣を抜ける。
光輝く刀身をイメージして、左手で鞘を抜くようにスライドさせた。
「アンノウンよ! お前は僕に聖剣が抜けないと言ったな? 確かに僕は抜けなかった。 この剣を抜けば誰かをまた失うかも知れないと思ったからだ。」
今は違う。
今は、こんなにも彼女が側に居ると感じる。
僕は聖剣を抜いた。
でも、ここに居るのは僕だけじゃない。
「聖剣ホーリックス! 何故だ! 何故人間何ぞに味方をする!」
「さあ、最後の戦いを始めよう。 アンノウン・・・。」
僕は一人じゃない!
僕には沢山の人々の思いを背負っている。
ーー さあ、レイン。 世界を歪ませる邪神アンノウンを元の姿に還しましょう。 ーー
アンノウンと僕は戦い続けた。
アンノウンは強大で神を名乗るだけあり、人間の僕では敵わないと感じた。
だけど、不思議と負ける気はしなかった。
僕の背中を押してくれている人達が居る。
村の皆、じいちゃん、ばあちゃん、ギルバート村長、ブレイド師匠。
傭兵団の皆の皆、マキシム。
旅の間に関わった人達は元気に暮らしているだろうか?
剣を振る。
その度に闇が晴れていく。
僕にも限界が来たようだ。
アンノウンは、小さな身体になっていた。
僕は剣を真っ直ぐ突き出し、全てを込めてアンノウンに突っ込んだ。
アンノウンに剣が刺さった時、スノウが元の姿に還しましょうと言った言葉を理解した。
「なんだよ。 ただ、お兄ちゃんに認めてもらいたかったんだろ?」
ハッキリ言えば良い。
そうしたらきっと・・・。
キラキラと光る男の子が天に還っていく。
光が溢れる世界で、僕は仰向けに倒れている。
「頑張ったねレイン。」
僕を膝枕しているのは、スノウだ。
会いたかったスノウが目の前に居る。
でも、僕は此処に居てはいけない。
「レイン、この世界はもうすぐ崩壊するわ。」
僕はスノウの話を聞いて頷く。
「レイン、何時かまた私に会えたら、今度は一緒に居てくれる?」
「勿論だよ。」
今世は叶わないかも知れない。
だけど、きっとまた会える。
確信のようなものを感じる。
世界の崩壊が始まる。
「レイン、貴方を呼ぶ声が聞こえるわ。」
僕にもエスカリス達の声が届いている。
「今はさようなら。」
今度は私が貴方を見付けるわ。
繋いだ手が離れる。
悲しくは無かった。
僕は落ちていく。
そんな中でも、僕はスノウの姿を焼き付けるように見ていた。
バイバイ。
泣き笑いの表情をしたスノウが手を振っていた。
僕はスノウが見えなくなるまで手を振った。
やっぱり悲しくて涙が出た。
僕は落ちていく。
邪神に脅かされなくなった世界に帰っていく。
もうすぐ僕の仲間の待つ世界へ。
その手に抜けない短剣を胸に抱いて・・・。
その剣は誰かの為を思い振るわれる。
お読み頂き、ありがとうございます。
夢を見ました。
ワンコと彼女が戯れている夢です。
夢の中なのに、会えた事に嬉しくて泣いてしまいました。
目覚めるとそこには、彼女とワンコの写真が入ったフォトスタンドだけがあり、とても悲しい気持ちになりました。
自分は女々しい人間なのです。