第29話 ラドフォール騎士団17:新たな協力者たち
水の城塞麓の修道院で朝の礼拝に参列したセルジオ達は出発の準備を整え、修道院厩前まで来るようにとアロイスから指示を受けた。一晩の宿を提供してくれた修道院長への挨拶も厩前で待機する様にと言われた。
水の城塞麓にある修道院は4棟の建屋がコの字型に配置されている。
修道士と修道女が暮らす修道院、隣が孤児院になっている。中央に礼拝堂があり、近隣の街や村からも朝と夕刻の礼拝に訪れる者もいる。礼拝堂から少し離れた場所には診療所が設置されていた。
ラドフォール公爵家は山と森の恵みを受けていることから薬草の知識も豊富だった。
修道院の前は果実園が広がる。果実酒の原料となる葡萄や梨、イチジク等を栽培し、加工された果実酒は王都や他国へ販売している。
その他にもロウソクや植物油から作る石鹸などの製造をし、4つの施設で暮らす人々を賄う収入減としていた。
そして、これらの収入源となる原材料の栽培から加工は全て修道院と孤児院で暮らす者達が担っていた。
修道院長は朝の礼拝が終わるとその日の作業予定の確認と王都へ運ぶ果実酒等の荷の確認に入る。
修道院の厩前には荷を運ぶ荷馬車が止まっていた。
アロイスは修道院長と荷馬車へ荷を運び込む男女2人と荷の確認をしているようだった。
セルジオはアロイスへ声を掛けるのを躊躇った。
『お話の最中に声をかけてはならぬな・・・・』
しばらくアロイスと修道院長、荷馬車の男女2人の様子を窺う。
バルドは会話に割って入ろうとしないセルジオの姿に著しい成長を感じる。
『ほんの一月程前までは、気にもとめられていなかった他者の様子を
ここまで観察されるようになるとは・・・・
この旅路が訓練施設だけでは得られない訓練となる事は確かだ。
団長がお考えの騎士団入団前の騎士の卵らにとって
他家騎士団への巡回はなくてはならない策となろう。
この事は早めに団長へお知らせせねばなるまいな』
バルドはオスカーの顔を見る。
オスカーと目が合った。どうやら同じ事を思っていた様だ。
荷の話が終わりに近づくとアロイスがセルジオ達へ手招きをした。
セルジオはバルドの顔を見る。バルドが頷くのを確認するとアロイスへ近づいた。
セルジオは近づく合図を送ってくれたアロイスへ礼を言う。
「アロイス様、合図を感謝申します」
続けて左手を胸の前に置き、修道院長へ騎士の挨拶をした。
「ラドフォール修道院長ヘルゲ殿、
この度の我ら滞在の事、感謝申します。
また、昨日は夕食の前に眠りましたこと大変失礼を致しました。
これより出立致しますのでご挨拶にまいりました」
セルジオに倣いエリオス、バルド、オスカーも左手を胸の前に置き、修道院長ヘルゲに挨拶をした。
ヘルゲは優しい微笑みを向けると身体をかがめてセルジオとエリオスの目線に合わせる。
「いいえ、全ては神と聖霊の思し召しです。
私こそ、大変貴重なご縁を頂きました。
青き血が流れるコマンドールと守護の騎士様と共に
礼拝に参列できました。神と聖霊に感謝を」
そう言うと修道院長はすっと立ち上がり、アロイスへ顔を向ける。
アロイスは静かに頷いた。
「セルジオ殿、エリオス殿、バルド殿、オスカー殿、紹介が遅れました。
修道院からの荷を王都や他国へ運ぶ役目を担っている者です。
ラルフとブリーツです。お見知りおき下さい」
アロイスは荷馬車の男女2人を紹介した。男の名がラルフ。ブロンズ色の短髪に青灰色の瞳でニコリと微笑みを向ける。
女の名がブリーツ。赤茶色の背中まである髪を後ろで一つに束ね、シュタイン王国では珍しい薄茶色の瞳をしている。セルジオをチラリと見ると微笑みを向けた。
セルジオは2人へ挨拶をする。
「お初にお目にかかります。
エステール伯爵家第二子、セルジオ・ド・エステールにございます。
これに控えますは我が守護の騎士、
ローライド准男爵家第二子エリオス・ド・ローライド。
我が師でもありますバルド、
並びにエリオスの師でもありますオスカーにございます。
お見知りおき下さい」
セルジオは誰と出会っても同じ挨拶と紹介をしていた。
アロイスがセルジオの耳元でそっと告げる。
「セルジオ殿、
臣下の者や街や村で暮らす者へはお名前だけで充分です。
これよりの旅で今の様に全てをお話しされますとお命に危険が伴います。
これよりはお名前だけ名乗られればよいかと」
セルジオは驚きの表情をアロイスへ向ける。
「アロイス様、左様でしたか!知らずに失礼をしました。感謝もうします」
セルジオはバルドの顔をチラリと見上げた。
考えなしに同じ挨拶と紹介をしたことにバルドが呆れているのではないかと思ったのだ。
セルジオが見上げたバルドは表情を無くし、ラルフとブリーツへ冷たい視線を向けていた。
オスカーを見るとオスカーも同じ様にラルフとブリーツへ冷たい視線を向けている。オスカーはマントの下で腰の短剣に手を添えている様だった。
セルジオはラルフとブリーツの顔を再び見る。
2人とも顔は微笑んでいるが瞳が冷たい光を帯びている様に感じた。
アロイスはその様子に悪戯っぽくふふふっと笑うとキョロキョロと辺りを見回し声を上げる。
「もう一人、どこに行ったのか・・・・
ヨシュカ!ヨシュカ!どこに行ったのか!これへ!私も元へ」
ゴトッゴトッゴトツ!
荷馬車の中からガタゴトと足音が聞こえるとピョンと荷台から7、8歳の少年が姿を現した。
「アロイス様、
荷の数をもう一度確かめよと申されたのはアロイス様ですよ。
先ほどから荷台で数を数え直していました」
少し不服そうな声音で呟きながら少年はアロイスへ近づく。
「そうであった。すまぬ。ヨシュカ!数は合ったのか?」
「はい、
果実酒もロウソクも石鹸も全て帳面と同じでした。
後は岩塩の数だけです」
栗色の短髪にブリーツと同じ薄茶色の瞳のヨシュカと呼ばれた少年は得意げな仕草で答える。
「そうか!感謝申すぞ。
数を数える速さが増したのではないのか?
さっ、ヨシュカ!こちらへ。
この者は孤児院で育ったヨシュカです。
今はラルフとブリーツと共に荷を運ぶ役目を担っています」
ヨシュカはセルジオとエリオスへチラリと目を向けるとバルドとオスカーへきっと睨みをきかせた。
アロイスはまたも悪戯っぽくふふふっと微笑む。
パンッ!!
アロイスが一つ手を叩き、大きな音を立てた。
ラルフ、ブリーツとヨシュカ。バルトとオスカーの対峙するような殺気を伴う空気が一瞬で解かれた。
「バルド殿、オスカー殿、流石ですね!
ラルフとブリーツの本来の気を感じられるとは!
お察しの通りです」
「ラルフ、ブリーツ、ヨシュカは
我がラドフォール騎士団の影を担う者達です。
かつてのバルド殿と同様の役目を組織で動いています」
「ラルフはシャッテン隊隊長です。ブリーツが副隊長です。
表向きは荷を運ぶ役目を家族で担っている
荷運びのラルフ一家としています。
ヨシュカはラルフとブリーツの子の役割を担っています」
「しかし・・・・
この者達の変幻は気をも操るのですが・・・・
バルド殿とオスカー殿には・・・・
流石、青き血が流れるコマンドールの守護の騎士と
なられたお方ですね。ラルフ、ご挨拶を」
アロイスの言葉にラルフ、ブリーツ、ヨシュカはセルジオの前にかしづいた。
「はっ!お初にお目にかかります。
ラドフォール騎士団の影をまとめますラルフにございます。
ブリーツ、ヨシュカともどもこれより
青き血が流れるコマンドールと守護の騎士様方に同道させて頂きます。
授かりましたお役目、大変に嬉しゅうございます。
どうぞ、存分に我らをお使い下さい」
セルジオはバルドの顔を見上げる。バルドは承知する様にと頷いてみせた。
セルジオはかしづく3人へ返答をする。
「ラルフ、ブリーツ、ヨシュカ、よろしく頼む。
私はできないことばかり、知らないことばかりなのだ。
色々と教えてほしい。よろしく頼む」
セルジオは自身の現状を含めて言葉を返した。
アロイスがバルドとオスカーに近づく。
2人の間に入りそっと耳元で囁く様に告げる。
「我がラドフォールの影は
シュタイン王国内各貴族所領に溶け込ませています。
その総数は一騎士団と同等約100名程です」
「繋ぎの役目を果たす者は主に王都商会を通して
荷運びの役目を担い、王国内から他国まで自由に
行き来ができるようにしています」
「東の歪みをあぶり出す種も仕込みました。
後はこの者達の荷運びの護衛としてバルド殿、オスカー殿が
同道をした事といたしましょう」
「その為に少量ですが通常は騎士団騎士と従士が
護衛をする岩塩を荷に含めました。
岩塩を積んでいれば他貴族領へ入りましても
護衛の数を咎められることはありません。
考えられる事態を想定した策は全て講じてあります」
アロイスはバルドとオスカーの耳元から離れると2人へ満面の笑みを向けた。
「我が影の部隊の中でもラルフとブリーツ、ヨシュカは
精鋭中の精鋭です。
ラドフォールの影ですから限定的ではありますが魔術も使えます」
「ラルフは風をブリーツは稲妻をヨシュカは氷を操ります。
バルド殿、オスカー殿は各貴族騎士団との親交を深める
表向きの役目がありますから、そう易々とは動けません。
存分にこの者達を活かして下さい。
お2人の手足となって動くことでしょう」
バルドとオスカーは顔を見合わせる。
バルドはラドフォール騎士団に滞在した3週間でアロイスがここまで準備をしているとは思ってもいなかった。年若くはあるが流石にラドフォール公爵家騎士団をまとめる団長だと感じ入る。
「アロイス様、数々のご配慮を感謝申します!」
バルドとオスカーはアロイスへかしづいた。
セルジオとエリオスは自分達の後ろでかしづくバルドとオスカーに倣いくるりと後ろを向くとかしづいた。
アロイスを囲み7人がかしづく。
アロイスはやれやれといった表情で顔を上げさせる。
「皆様、顔を上げて下さい。
その様に平伏されては出発が遅れます」
そう言うとそれぞれに指示を出した。
「ヨシュカ、岩塩の数合わせがまだだと言っていたな。
続きの作業を頼む。ラルフとブリーツは荷留めがされているかを確認せよ」
「はっ!」
3人はそれぞれ作業についた。
アロイスはセルジオ達を立ち上がらせる。
「さて、皆様、そろそろお立ち下さい。
馬への荷留めは終わっております。後、一つだけお話しが・・・」
アロイスはかしづくセルジオの手を取り立ち上がらせる。セルジオが立ち上がると続いてエリオス、バルド、オスカーも立ち上がった。
アロイスは少し厳しい眼をバルドとオスカーへ向ける。
「水の城塞が完全に雪に覆われる時期は1月の半ば過ぎです。
完全に雪に覆われましたら北西の国境線から
水の城塞まで氷の結界をはります」
「私が水の城塞にいなくとも氷の結界が解けることはありません。
スキャラル国もランツ国も国境を超える事はできません。
シュタイン王国北西の守りは万全にします」
「その上でセルジオ様方と合流します。
合流地点は東のクリソプ男爵騎士団城塞となりましょう。
繋ぎはラルフらが抜かりなく致しますが、
至急の際はカイを遣わして下さい。
ラドフォール公爵領を出ましたらくれぐれも無理はなさらずに!」
アロイスは念を押した。
「はっ!」
セルジオ、エリオス、バルド、オスカーはアロイスへ呼応する。
新たな協力者達を得て、バルドとオスカーが抱えていたラドフォール公爵領を出てからの不安は幾分か拭い去られた。
アロイスの話が終わるのを見計らった様に荷馬車からヨシュカが駆け寄ってきた。
「アロイス様、岩塩の数合わせも終わりました。
荷留めの確認も終わり、いつでも出発できます」
「そうか。ヨシュカ、感謝申すぞ。
では、セルジオ殿、エリオス殿、次にお目にかかるのは
二月先となります。
火焔の城塞、我が妹のカルラと土の城塞、
先代のラドフォール騎士団団長我が叔父ウルリヒとの交流もお楽しみ下さい。
バルド殿、オスカー殿、先程のこと、くれぐれも頼みます」
セルジオはアロイスを見上げると改めて礼を言った。
「アロイス様、感謝もうします。
私の青き血の目覚めもこれよりの数々の手配も感謝申します」
アロイスはセルジオを見下し深く青い瞳をじっと見つめた。
ザッ!
ガバッ!
アロイスは膝を地面に付きセルジオを抱きしめた。震える声で呼応する。
「はい・・・いいえ・・・セルジオ殿。
ご無事で!くれぐれもご無事で!」
セルジオはそっとアロイスの背中に小さな手を回すとコクリと頷いた。
「はい、アロイス様、
二月の後にお目にかかれるのを心待ちにしています」
ギュッ!
セルジオはぎゅっと抱きしめるアロイスから微かに甘い香りがすると感じていた。どこかで香ったその香が銀色の長い髪に深い緑色の瞳をしたオーロラと呼ばれていた初代セルジオが愛したアロイスの先祖のものだと気付くのは次にアロイスと会う2ヶ月後のことだった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ラドフォール騎士団水の城塞をようやく出発しました。
3週間の滞在期間で様々な変化があり、既に1年程経過したのではないかと感じています。
新たな協力者を得て、これから益々過酷となる旅路が少しでも平穏でありますように・・・・
次回もよろしくお願い致します。




