第21話 ラドフォール騎士団9:深紫色の魔眼
ワァワァワァ・・・・
ザワッザワッ・・・・
「わはっっはっっ!
さっ、セルジオ様、エリオス様、もぎたての葡萄の果汁をどうぞ!」
「こちらには梨の果汁がございますぞ」
「そう急かすな!
セルジオ様とエリオス様がお困りであろう!そなたら少しは気を回せ!」
湯殿で汚れを落とすとセルジオらはアロイスが治めるラドフォール騎士団第三の城塞、水の城塞食堂棟で歓迎の宴に招かれた。
水の城塞は騎士と従士で150名程でその他城塞の使用人を含めると200名超が居住している。
ラドフォール公爵領はシュピリトゥスの森からの恵みを受け、水の城塞の麓にある修道院では葡萄や梨等の果実酒が醸造されていた。
実りの季節を迎えるとラドフォール騎士団の騎士や従士、准貴族の使用人等多くが修道院の醸造作業に駆り出される。
醸造の過程で出る果汁の一部をそのまま飲む習慣があった。
シュタイン王国の各貴族騎士団では白色の果汁や果実酒が多く飲用されていた。
白色は純潔を表す色であったからだ。
白色の葡萄の果実酒に青いヒソップの花を浮かべ、穢れを落とし身体の中を浄化する飲み物として用いられていた。
赤色の飲料は人の『生血』を連想させることから騎士団では遠ざけられる飲み物であった。
セルジオとエリオスは白色の葡萄の果汁を銀の杯になみなみと注がれ、それだけで腹がはちきれんばかりに膨らんでいると感じていた。
「さっ、セルジオ様!
もう一杯、葡萄の果汁をお召し上がり下さい!
ヒソップの花を浮かべて身体の中を綺麗に致しましょう。
おっ!もしや案じておられるのですか?
こちらは果実酒ではありませんからご安心ください」
水の城塞入口のバラの花を模した噴水からセルジオらの馬を引き連れてくれたラドフォール騎士団第一隊長エルマーと第二隊長オトマールが杯を勧める。
セルジオは銀の杯で3杯の葡萄の果汁を飲みほした所だった。
既にお腹がチャポッチャボッと音を立てている。
「いえ・・・・エルマー殿・・・・
既にお腹一杯になるほど頂きましたので・・・・これ以上は・・・・」
セルジオは半ば顔を引きつらせながら勧められた杯を断る。
スッ・・・・
「では、私が頂きます!」
エリオスが横から自らの杯を差し出した。
セルジオはエリオスの顔をじっと見る。
エリオスも既に3杯の果汁を飲んでおり、同じ様にお腹が一杯のはずなのだ。
果実酒でほろ酔いになったエルマーはエリオスの右肩に手を置くと自身の方へ引き寄せた。
ガバッ!
「おっ!これはっ!これはっ!エリオス様っ!
流石はセルジオ様の守護の騎士でいらっしゃる!
セルジオ様の代わりに杯を開けられますか!
いやいや、これは素晴らしいお働きだっ!」
テーブルの上には鶏の香草焼きや香ばしいパイで包まれた蒸し鶏等、宴を彩る料理が多数並んでいるが、果汁でお腹が膨れたセルジオとエリオスはほとんど手を付けられずにいた。
エリオスはエルマーに注がれた4杯目の果汁を飲み干す。
「うっうぷっ・・・・」
流石に喉まで果汁で満たされている感じがする。
エルマーはエリオスのその様子に満足げにエリオスの肩をボンッボンッと叩くとエリオスを自身の右肩に乗せ立ち上がった。
食堂棟に響き渡る大声でエリオスを称える。
「皆の者!
月の雫を携えた守護の騎士はこの場においても
その役目を果たしておるぞっ!さぁ!皆で称えようぞ!
我らラドフォールとエステールの騎士と従士に幸いあれっ!」
「幸いあれっ!」
エルマーの号令に食堂棟に集う者達が呼応した。
バルドとオスカーはその様子をテーブルを挟んだアロイスの隣で微笑ましく見ていた。
オスカーがバルドへ微笑みを向ける。
「バルド殿・・・・
我らあの戦場で負傷した折には思いもよりませんでしたね。
また、この様に騎士団の中で・・・・
しかも他家騎士団と共にこの様に士気を高め合うことができるとは・・・・」
バルドはセルジオとエリオスを遠目に眺め、オスカーに呼応する。
「・・・・左様にございますね。幸せなことです」
バルドの呟く様な呼応にアロイスは目を向けた。
「・・・・」
アロイスはじっとバルドの深い紫色の瞳をのぞく。
湯殿で見たバルドの左足腿と右足首に彫られた六芒星の刻印と胸に下がるエメラルドのクルスがアロイスの脳裏を過る。
アロイスは意を決した様にセルジオへ目を向けるバルドの名を呼んだ。
「・・・・バルド殿っ!」
あまりに力強く名を呼ばれたことにバルドはアロイスへ驚きの表情を向ける。
「はっ!アロイス様」
ガタッ!
サッ!
騎士と従士の培われた習性から呼応するとバルドは椅子から立ち上がり、アロイスの前にかしづいた。
「これはっ!バルド殿、失礼を致しました。
どうぞ、椅子へおかけくださいっ!」
アロイスはバルドの顔を上げさせると元いた椅子を薦める。
「はっ!失礼を致します」
バルドは再びアロイスの隣へ着席した。
アロイスは再びバルドの名を呼ぶ。
「バルド殿、少し・・・・お尋ねしてもよろしいですか?」
バルドの深い紫色の瞳をじっと見つめ、アロイスはバルドへ問いかけた。
「・・・・はっ!何なりとお尋ね下さい。
私でお答えできますことであれば全てお話しいたします」
バルドはアロイスの深い緑色の瞳を見返す。
「バルド殿、あなたのご出生のこと、
今少し詳しくお話し頂くわけにはまいりませんか?」
アロイスは益々バルドへ近づき、深い紫色の瞳へ自らの深い緑色の瞳を合わせた。
「・・・・アロイス様、
その様に近づかれ・・・・私の瞳に何かございますか?」
バルドはアロイスがあまりに近づくことに戸惑いを覚える。
アロイスはバルドの深い紫色の瞳に近づき過ぎていた己に驚く。
「これはっ!重ねて失礼を致しました・・・・
いえ、バルド殿の深い紫色の瞳は『特別』だと
叔母であるポルデュラより聴いていたことを思い出したのです」
バルドはアロイスの言葉に呼応した。
「左様にございましたか・・・・
ポルデュラ様はアロイス様にその様にお話になられていたのですね。
私も初めてポルディラ様にお会いしました際にその様に言われました」
「『そなたのその瞳は封が施された魔眼だ』
と・・・・どのように視えているのかと問われました。
普段は見えるものもことも変わりません。
されど・・・・『視る』と決めた時、
そのものとことの奥底までが『透けて』視えます」
「読心術よりも更に深く、そのものとことの根源が視えると
言えばいいのでしょうか?そのことをお伝えしますと
ポルディラ様はセルジオ騎士団団長へ執成しをされました」
「『この者の眼は特別じゃ。
謀略の任に適した逸材じゃ。
封が施されていても尚、尋常ならざる眼を持っておる。
そのつもりで育てるがよいぞ』と・・・・
私が今のセルジオ様より少し年長の5歳の時でありました」
バルドはアロイスから問われた出生時の話しへと続けた。
「私がエンジェラ河で拾われました時、
ジプシーはサント国の王室に招かれ、
芸の披露へ向かう途上だったそうです」
「私をエンジェラ河で拾い上げましたのは
王室や王都で貴族の宴の席に招かれるジプシーでした。
エフェラル帝国からサント国へエンジェラ河を
船で渡っている途上に上流から流れてきた籠が目に留まり、
引き寄せると私はスヤスヤと眠っていたそうにございます」
「籠には絹の布で覆われた真っ白なマットが敷かれており、
絹の衣をまとった私が寝かされていたと
ジプシーで私を育ててくれたおばばが申していました」
「首にエメラルドが埋め込まれたクルスが下げられ、
衣に刺繍でバルド(王に神の加護を)の
名が記されていたそうです」
「おばばは直ぐに忌み子だとわかったと申していました。
どこかの高貴な家の双子の後の子・・・・
忌まわしい獣の血を持ち、家に禍をもたらす忌み子。
生まれ落ちて直ぐに葬られるのが常である忌み子だと」
「されど、名まであり、エメラルドのクルスを携えているとなれば
母御が不憫に思い、
人知れずエンジェラ河へ流させたのであろうと。
エンジェラ河は天使の河にて、この忌み子に生きる意味があれば
活かされるであろうとバルドの名を付けたのだとおばばは申していました」
バルドは少し哀しそうな眼をするとアロイスへ微笑みを向けた。
「アロイス様、これが私の知る出生の話です。
私の眼はおばばが封をしたとも申していました。
視えすぎることが禍を引き寄せると
感じたそうにございます」
バルドの深い紫色の瞳をじっと見つめたまま、アロイスは黙って話しを聴いていた。
バルドの瞳の中へ吸い込まれた様な感覚を覚える。
「ふっ!」
アロイスは自身の目の前で左手2本の指を立て、払った。
一旦、目を閉じるとアロイスは一つため息を漏らす。
「バルド殿、
王都騎士団総長ジェラル・エフェラル・ド・シュタイン様へ
拝謁されたことはございますか?」
突然、話の矛先が変わった様に思え、バルドは不思議そうな顔をする。
「王都騎士団総長へでございますか?
いいえ、私どもが拝謁が叶うお方ではございません故、
遠目にお姿をお見かけしたことはございます」
バルドは思い起こす様な素振りをした後、会う事が叶う相手ではないと悟り返答をした。
アロイスは左手2本の指を立て、唇に当てると思案気に下を向く。
「左様にございますか・・・・
いえ、王都騎士団総長ジェラル様の母上様はエフェラル帝国の姫君です。
エフェラル帝国王室では守護の紋章を
六芒星としています。
守護の石はエメラルド、そして・・・・」
アロイスはバルドの深い紫色の瞳を再度、見つめる。
「王都騎士団総長、ジェラル様の瞳も深い紫色。
先を見通す眼『魔眼』でございます・・・・」
「バルド殿の足に刻まれた六芒星の刻印、
エメラルドが埋め込まれたクルス、
深い紫色の魔眼・・・・バルド殿のご出自は
エフェラル帝国王室と深く関わりがあるのではないかと・・・・」
アロイスはバルドを見つめる。
バルドはアロイスから目を離し、テーブルを見るとふっと笑った。
「アロイス様、感謝申します。
私の出生をその様な高貴なこととして下さり、感謝申します。
お言葉、ありがたく頂戴します。されど・・・・」
「出自がどうあれ、ジプシーに拾われ、育てられ、
5歳の折にポルディラ様へお執成し頂き、
セルジオ騎士団に仕えることができました。
今は、セルジオ騎士団が我が生家だと思っております」
「そして、セルジオ様に我が主にお仕えできますことを
誇りに思っております。
されば、甚だ不躾ではございますが、
このお話はここだけの、アロイス様とオスカー殿、
私だけの知るところとして頂きたく存じます」
「私の瞳はジプシーのおばばが申していました
『視えすぎることが禍となる』のです。
なにとぞ、お心の内にお納め頂きたく存じます」
バルドは他の者に悟られぬ様に椅子に座ったままの体勢でアロイスへ深々と頭を下げた。
アロイスはバルドの出自を詮索することで古い傷口に素手で触れてしまった自身を戒める。目を閉じると左手2本の指を唇にあてた。
「ふぅぅぅぅぅぅ・・・・」
細く深く長く息を吐く。
「ふぅぅぅぅぅ・・・・
バルド殿、大変失礼を致しました。
言の葉を水に溶かしました。
これにてこのお話は消えてなくなります」
バルドは左手で拳を握ると胸にあてた。
「アロイス様、感謝申します。
これにて我が主に更に深く忠誠を誓います」
顔を上げたバルドの深い紫色の瞳が輝きをましたようにアロイスは感じていた
いつもお読み頂きありがとうございます。
バルドの出生と瞳が持つ力が明らかになりました。
皆がそれぞれに生まれながらにして持つ『宿命』が感じられます。
今も遠い昔の世も変わらず持ってうまれた『宿命』があるのですよね。
これからも彼らを一緒に見守って頂けると嬉しいです。
バルドと同じ深い紫色の瞳を持つ王都騎士団総長ジェラル・エフェラル・ド・シュタインがちらりと登場するシーンは
第1章:前世の記憶の入口 第4話:西の砦への進軍
に記載されています。
次回もよろしくおねがいいたします。




