第20話 ラドフォール騎士団8:傷痕と刻印の謎
ザァァァァァ・・・・
ザァァァァァ・・・・
「こちらが我が水の城塞、湯殿になります」
セルジオの『青き血』の真の目覚めに協力したアロイスの実妹、ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞を治める炎の魔導士カルラを伴い、セルジオらは水の城塞の湯殿に到着した。
湯殿はセルジオ騎士団城塞西の屋敷とほぼ造りが同じ水の城塞の食堂棟裏手の一角を占めていた。
100有余年前、初代セルジオとエリオス、そしてラドフォール公爵家、光と炎の魔導士オーロラが築いた水の城塞の湯殿と噴水はローマから職人を招いて造らせたものだった。
湯殿はシュピリトゥスの森から水の城塞へ向かう白い石の階段と同じ白い石で造られた丸いドーム状の空間の真ん中に丸くくり抜かれた窪みに滔々と湯が溢れていた。
丸い窪みの周りは城塞の塔と同じく八芒星を模した壁が別の部屋へ通じる出入口となっている。
丸い窪みの中心から波紋の様に広がる階段を下りると青白く透き通る湯に浸かることができる。20人程は一度に浸かれるほどの広さだ。
セルジオは丸い窪みに溢れる湯を眺めてから天井を見上げた。
「・・・・アロイス様・・・・天井はないのですか?」
丸い窪みの浴槽の真上は空洞になっている。深い藍色の夜空が見えた。
アロイスはセルジオへ微笑みを向け呼応した。
「はい、左様です。天井はなく、夜空が見える様になっています。
月が満ちますと月の明かりが天井から差込み、
浴槽は『月の雫』が落ちた様に煌めきます」
「それは美しく青白く輝きを増すのです。
伝説の騎士『青き血が流れるコマンドール』は
『月の雫』とも謳われていました。
月の魔力を秘め、青白く輝く月光は闇夜を照らし、
夜道を先導する灯火・・・・」
「セルジオ殿とエリオス殿が身に付けておられる
月の雫と同じですね。
シュタイン王国を青白く輝く光と炎で
黒魔術を退け、先導する灯火となる・・・・」
アロイスはセルジオへ優しい眼差しを向けるとそっとセルジオの頭をなでる。
「セルジオ殿、
美しい金色の髪が血液で強張ってしまいましたね。
洗い流し、湯に浸かって下さい。
こちらで湯に浸かる衣に着替えて頂けます」
シュタイン王国では共同の湯殿で入浴する際は入浴用の衣を身に着ける。
ただ、貴族の家主やその家族、騎士団団長や隊長などは安全のためにそれぞれの居室で湯浴みをすることが多い。居室での湯浴みの場合は衣を着けることはしなかった。
マデュラの刺客に命を狙われていたセルジオはエリオスとともに訓練施設とセルジオ騎士団城塞西の屋敷でも安全をみて湯浴みは居室で個別にしていた。そのため共同の湯殿で湯浴みをするのは初めてだったのだ。
事情を知るアロイスはその辺りも考慮し、丁寧に説明を続ける。
アロイスはセルジオらを八芒星の一つの出入口から着替の間へ案内した。
こちらも石造りで棚が造られている。4段8列が背中合わせに配置されており、それぞれの棚の中には白い綿の衣が収められていた。
「こちらの衣にお着替え下さい。
湯上りの替えの衣服はこちらでご用意致します。
脱がれた衣服はそのまま棚に置いて下さい。
後ほど、湯殿の管理人が洗濯を致しますので、ご安心下さい」
アロイスは湯殿と着替の間の使用方法を丁寧に説明した。
セルジオはアロイスの説明を聞き漏らさぬ様に聞いていた。
ふと、背中合わせの棚側奥にもアーチ状の出入口があるのが目に入った。
「・・・・」
セルジオはアロイスの顔を見上げると案内の御礼と背中わせの棚側の出入口のことを問う。
「アロイス様、ご案内下さり、感謝申します。
お尋ねしてもよろしいですか?」
アロイスはセルジオへ微笑みを向けると嬉しそうに答えた。
「いえ、水の城塞にご滞在の間は、湯殿を堪能下さい。
傷の癒しにもなります」
「バルド殿とオスカー殿はかつて戦場で負傷されてみえますから
湯の効能をより深く感じて頂けると思います・・・・
これはっ、セルジオ殿、失礼を致しました。
どうぞ、なんなりとお尋ね下さい」
アロイスはセルジオの質問を取りのがす所だったと詫びる。
「アロイス様、感謝申します。
・・・・あちらの出入口の奥は何があるのですか?」
背中合わせの棚の奥の出入口へ目を向ける。
「あちらは蒸し風呂になります。
湯ではなく、湯を熱し蒸気の立ち込めた部屋になります。
あちらは明日にでもご案内致しますが・・・・
セルジオ殿とエリオス殿は蒸し風呂に入って頂くには・・・・」
セルジオへどう返答をしてよいか解らずアロイスは困った顏をバルドとオスカーへ向ける。
バルドはニコリと微笑みアロイスの言葉を繋いだ。
「セルジオ様とエリオス様はまだ蒸し風呂に入れるには無理がございます。
蒸気がきつくお子が入りますとのぼせます。
明日、どのような造りになっているのかだけ見せて頂きましょう」
バルドはアロイスの言葉を繋ぎ、セルジオの質問をおさめた。
セルジオは少し不思議そうな顔をする。
「・・・・そう・・・・なのか。子は使えぬ湯があるのか・・・・」
セルジオは、蒸し風呂が想像できずに気になるのか、出入口へ目を向ける。
アロイスは好奇心旺盛なセルジオを愛おしく感じた。
「セルジオ殿、今、ご覧になりますか?」
アロイスはセルジオの頭に手を置き、優しく声をかける。
セルジオはアロイスを見上げ、一瞬顔をほころばせたが、何かを思案したのか首を横に振った。
「アロイス様、
蒸し風呂は明日の楽しみにいたします。
水の城塞の方々は我らをお待ちなのでしょう?
夕食の時は既に過ぎています。
今は、汚れを落とすのみとし、
皆様をこれ以上お待たせしないように致さねば・・・・」
深く青い瞳を輝かせアロイスを見上げる。
アロイスはセルジオがアロイスが発する言葉をしっかりと聞いた上で熟考していることに驚いた。
「・・・・セルジオ殿、感謝申します。
我が水の城塞の者たちは皆、月の雫と
守護の騎士のご到着を待ちわびていました。
我が城塞の者たちへの計らい感謝申します」
アロイスはセルジオの目線に合わせ膝を折るとセルジオをそっと抱き寄せ、エリオスの血液で汚れた頬に口づけをした。
ピクリッ!
「・・・・ア・・・・アロイス様?」
セルジオは騎士であるアロイスが兄フリードリヒと同じ挨拶をしたことに驚きを隠せなかった。
アロイスはセルジオを再びそっと抱き寄せると優しく後頭部をなでる。
「セルジオ殿、頬への口づけは挨拶ではありません。
あなたが愛おしく感じたのです・・・・
心を封印された月の雫・・・・
青き血が流れるコマンドール・・・・
それでも・・・・あなたは懸命に
宿命を受け入れようとなさっている・・・・
まだ・・・・このように幼いお子であるのに・・・・」
アロイスはセルジオをぎゅっと抱きしめた。
セルジオはアロイスにされるがまま立ちつくしてしまう。
「うっ・・・・アロ・・・・アロイス様、
少し苦しい・・・・のですが・・・・」
セルジオは申し訳なさそうな声でアロイスへ解き放ってくれるようそれとなく言葉を発する。
「これはっ!失礼を致しました・・・・
初代セルジオ様とエリオス様のお姿を子供の頃より
水の城塞の至るところでお見かけし、
今日は初代セルジオ様と言葉を交わすこともできました。
セルジオ殿と・・・・その、初代セルジオ様が重なるのです・・・・」
アロイスは少しはにかんだ表情をセルジオへ向けた。
セルジオはアロイスの言わんとする意図が解らず首をかしげる。
「そうなのですか・・・・
エリオスもそのように申していました。
初代様と私の姿はよく似ているのですね」
アロイスはセルジオの隣にいるエリオスへ微笑みを向けた。
「エリオス殿も・・・・遠い昔から同じでございますね。
今も変わらずセルジオ殿を想われていらっしゃる・・・・」
アロイスは少し遠い目をすると再び湯殿を薦めた。
「それでは、衣に着替えましょう。
我が水の城塞の者たちが首を長くして皆様をお待ち致しております。
セルジオ殿、蒸し風呂の案内は明日に致します」
アロイスはセルジオに案内の約束だけをした。
セルジオは頷く。
「はい、アロイス様。明日も楽しみです」
セルジオはアロイスへニコリと微笑みを向けると身に付けていた金糸で縁取られた蒼いマント、セルジオ騎士団のマントを外す。
バルドはセルジオが自身のことはできるだけ独りでできるように赤子の頃から敢えて、手をかけずにいた。
セルジオはセルジオ騎士団の金糸で縁取られた蒼いマントを外すと防寒の為に纏っていたローブを脱いだ。ベストのボタンを外し、ズボンを脱ぐ。
エリオスの吐き出した血液で赤く染まった白のシャツのボタンを外すと青白く輝く月の雫の首飾りが見えた。
下着を下すと臍から下腹部にかけて縦に切り裂かれた傷痕が顔を出す。
生殖器排除手術の痕だ。手術から一年経たない傷跡は薄紫色の線が盛り上がっている。
気にも留めずに着替えをするセルジオの左隣にいたエリオスはセルジオが全ての衣服を脱ぐと慌てて棚の中におさめられている白い綿の衣をセルジオの背中から覆いかぶせた。
バザッッ!!
「セっセルジオ様っ!!
早く衣をお召し下さいっ!その様に全ての衣服を・・・・」
エリオスは白い綿の衣をかぶせたセルジオを隠す様に抱きかかえる。
セルジオは不思議そうにエリオスの顔を見る。
「・・・・エリオス?いかがしたのだ?
全ての衣服を脱がねば着替えられないではないか・・・・
なんだ?いかがしたのだ?」
セルジオは右隣で着替えをしているバルドを見上げ首をかしげる。
「バルド・・・・エリオスはいかがしたのだ?
訓練施設や西の屋敷では衣は着ずに湯に浸かるではないか。
いつもと変わらないではないか・・・・なんだ?」
バルドはセルジオへ微笑みを向ける。
「セルジオ様、
普段はセルジオ様とエリオス様のみ湯に浸かられます。
我らはお世話をするのみにて。
今は、皆同じくアロイス様やカルラ様、
オスカー殿や私も着替えをしております。
大勢の前で肌をさらされてはと案じていらっしゃるのです。
エリオス様はお優しいお方です」
バルドはエリオスとオスカーへ優しい微笑みを向ける。
オスカーがセルジオを抱きかかえるエリオスの両肩に手を置き、そっとセルジオから放した。
「エリオス様、大事ございません。
アロイス様、カルラ様、バルド殿も私も皆等しく生殖器はございません。
我らの身体に異質な目を向ける者はおりませんよ。
ラドフォール騎士団とセルジオ騎士団の騎士と従士は
皆等しく手術を受けております。ご安心下さい」
エリオスは首を後ろへ回しオスカーの顔を見る。
「そうなのかっ!・・・・それならば・・・・」
セルジオの顔を見るとエリオスは照れくさそうに詫びた。
「セルジオ様、いらぬことを致しました。突然に失礼をいたしました」
「・・・・」
セルジオはよく分からないと言った表情をエリオスへ向ける。
「・・・・そう・・・・なのか・・・・
よくわからぬがエリオス、私の身体に気をとめてくれ感謝申す」
セルジオは一言、エリオスへ礼を言うとエリオスが覆った衣の袖に手を通した。
丈が長く、腕が出ない。
暫く動きを止めるとバルドを見上げた。
「・・・・バルド・・・・
あのっ・・・・衣が大きく、腕がでないのだ・・・・」
バルドは全ての衣服を脱いだ所で、セルジオの方を向く。
バルドの左胸と右腰にある深い傷痕に目がいった。セルジオの前でバルドが裸体を見せるのは初めてだったのだ。
「・・・・バルド・・・・
そなたのその深い傷痕は・・・・戦場で負ったものなのか?」
バルドは左胸の傷痕を右手で触ると思い出した様にふっと笑った。
「左様にございます。
この様に傷を負いましても命を繋ぎとめて下さったのが、
ポルディラ様でございます」
「あの時、ポルディラ様がいらっしゃらなければ
私もオスカー殿もダイナ殿も皆、命を落としておりました。
ポルデュラ様に繋いで頂いた命・・・・セルジオ様にお会いできた命です」
バルドはセルジオの目線に合わせ膝を折ると大きな衣の袖をまくりあげ、セルジオの腕をそっと袖から出した。
キラリッ!・・・・
バルドの胸に深い緑色の石が埋め込まれたクルスが揺れるのが目に入る。
セルジオはバルドの深い紫色の瞳をじっと見ると胸元に揺れる深い緑色の石が埋め込まれたクルスを見る。
「バルド・・・・この首飾りもポルデュラ様より授かったのか?」
バルドはクルスを左手で握った。
「いいえ、これは・・・・このクルスは・・・・」
バルドの右隣で着替えていたアロイスがセルジオの言葉にバルドの胸元を背後から覗く。
バルドは右膝をつき、左足を立てていた。
「・・・・バルド殿・・・・
左足にある六芒星の・・・・そちらは刻印・・・・ですか?」
バルドは自身の左肩後ろから顔を出しているアロイスへ目を向けると立ち上がった。
「左様にございます。
左足の腿と右足首に同じ六芒星の刻印がございます」
アロイスは驚いた表情をバルドへ向け、胸に下がる深い緑色の石が埋め込まれたクロスを見る。
「これはっ!エメラルドのクルス・・・・
バルド殿、お生まれはエステール伯爵領では・・・・
シュタイン王国ではないのですか?」
アロイスは目を見開きバルドへ問うた。
バルドは少し哀し気な目で返答をする。
「・・・・はい・・・・
いえ、私は出生が定かではないのです・・・・
籠に寝かされ、エンジェラ河を流れていた所をジプシーに拾われたのです。
拾われた時、既に刻印があり、首にこのクルスがかけられ・・・・
名が・・・・バルドの名が刺繍された衣を着ていたそうなのです・・・・」
セルジオは立ち上がったバルドを見上げ凝視する。
その場にいたアロイス、カルラ、エリオス、オスカーは時が止まった様にバルドの胸に輝くエメラルドのクルスと右足首と左足腿に彫られた刻印を見つめた。
それは、かつてエステール伯爵家セルジオ騎士団第一隊長ジグランに仕え、謀略の魔導士と恐れられたバルドが初めて口にした出生時の話だった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ラドフォール騎士団第三の城塞、水の城塞の湯殿(温泉です)に到着しました。
青白く透き通る湯に月光がさし込む幻想的な空間で湯に浸かる・・・・想像しただけで心身共にリラックスできそうです。
次回は、バルドの出生の秘密がチラリと明かされます。
次回もよろしくお願い致します。




