第19話 ラドフォール騎士団7:持てる力の制御
『青き血』が真に目覚めたセルジオはバルドの鼓動と深く静かな呼吸で自我を取り戻した。
バルドの左腕はセルジオの短剣で切り裂かれ、セルジオを胸の上に抱き横たわる訓練場の土を真っ赤に染めていた。
炎の塊で包んだ火矢でセルジオに襲いかかったカルラはバルドに寸での所で助けられた。
「止めいっ!弓隊はその場で待機せよっ!」
カルラの号令でラドフォール騎士団第二の城塞、『火焔の城塞』弓隊の攻撃は止められ、弓隊は回廊でかしづき待機の態勢を取った。
ザッザッザッ・・・・
スッ!!
カルラはセルジオとバルドに近づくと2人が横たわる手前でかしづいた。
「お初にお目にかかります。
ラドフォール騎士団第二の城塞、火焔の城塞を治める
カルラ・ド・ラドフォールです。突然の襲撃をお許し下さい」
「仕えます精霊サラマンダー様より、
『月の雫』を真の目覚めに導けと命を授かりました。
水の城塞を火矢で覆い、月の雫を炎が包む火矢で取り込め
との命にて、悪意あるものではございません。
お許しを頂きたく存じます」
ギュッ!!
セルジオはバルドのマントをしっかりと握り顔を上げようともせず黙っていた。
「・・・・」
ガサッ!!
ストンッ!
バルドはカルラの挨拶に返答もせずに伏せているセルジオを右腕で抱きかかえると上体を起こしセルジオを膝の上に座らせた。
「・・・・」
上体を起こし膝の上に座らせたにも関わらずセルジオはかしづき返答を待つカルラへ顔を向けようともしない。
バルドの胸に顔をうずめ、マントをしっかり握りしめ、ただ黙っているだけだった。
バルドはセルジオの背中をとんっとんっと掌で合図を送りカルラへの返事を促した。
「・・・・」
セルジオは尚もバルドの胸から顔を上げようとしない。
カルラはかしづく体勢をそのままにセルジオの返事を待っている。
見かねたバルドはセルジオへ声をかけた。
「セルジオ様、カルラ様へお返事をなさいませっ!
セルジオ様はこちらへエステール伯爵家セルジオ騎士団団長の
名代でいらしているのです。
騎士団団長がそのようなお姿では団の者の統制はとれませぬぞっ!
さっ、お立ちなさいっ!立って、カルラ様へご返答をなさいませっ!」
少し強い口調でバルドはセルジオにカルラへの返答を促した。
セルジオはバルドの言葉にピクリッと身体を反応させた。
バッ!!
バルドの顔を勢いよく見る。
セルジオが初めて見せた怒りに近い表情であった。
「バルドっ!エリオスは背中に矢をうけたっ!
私の目の前で口から血を吐いたっ!
精霊の!精霊の命であればエリオスを殺めても許されるのかっ!
私はっ!私はっ!こやつを許せぬっ!
精霊の命であるなら精霊も許せぬっ!
エリオスが受けた同じ痛みをこやつにも味合わせてくれるわっ!」
セルジオはかしづくカルラを睨み付けた。
パチンッッ!!!
セルジオの顔は勢いよく右側へ向く。左頬に痛みが走った。
「・・・・」
何が起こったのか分からずバルドを見る。
バルドが右手でセルジオの頬を打ったのた。
「・・・・バルド・・・・?」
セルジオは訓練で傷だらけになることが日常茶飯事であるのに痛みを覚えたことはなかった。
今、セルジオはバルドに頬を打たれ、初めて己の身体に痛みを感じていた。
ジンッ、ジンッと痛みが波紋の様に広がるバルドに打たれた左頬を左手で押える。
「・・・・バルド・・・・
なぜ?私を・・・・?私の頬を打ったのだ?」
唖然とした顔をバルドへ向ける。
バルドは哀しそうな目に涙を浮かべていた。
「・・・・バルド・・・・?なぜだ?なぜ?
その様に哀しそうに涙を浮かべているのだ?
頬を打たれたのは私だぞ・・・・?」
セルジオは困惑していた。バルドに頬を打たれ、痛みを覚えているのは自分自身であるのに哀しい目を向け、今にもこぼれ落ちそうに深い紫色の瞳を涙で濡らしているバルドの様子が理解できなかったのだ。
ポツンッ・・・・
バルドの目から一粒の涙がこぼれた。
バルドはセルジオの深く青い瞳を見つめ、哀しい目をしたままセルジオへ強く言う。
「セルジオ様っ!カルラ様にお詫びを致しなさいっ!!
セルジオ様のっ!『青き血』のっ!真の目覚めの為に皆がっ!
カルラ様は敢えて悪者になり、
しかも危うくお命を落とす所でした」
「そのことも解った上でお力をお貸し下さったのですよっ!
それを許さぬとはなんたる浅はかで無礼な物言い!
本来、セルジオ様から御礼を申し上げるのが
筋目でありましょう!それをっ!!」
バルドの哀し気な深い紫色の瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちている様をセルジオは左頬を押え、呆然と見ていた。
ガサッ!
ザッ!
アロイスがバルドの横へ膝まづいた。
カルラの眉間に向けられたセルジオが手にした短剣で切り裂かれたバルドの左手をそっと持ち上げる。
「バルド殿、その様にご自身のお心に刃を向けてはなりません。
左手の傷口からの出血が益々酷くなります。
お話の前に手当てを致しましょう。
少し痛みます・・・・お心の痛みに比べれば・・・・
それほど痛みはございません・・・・」
スゥゥゥゥ・・・・
サアァァァァ・・・・
アロイスは右手でバルドの左手を持ちあげるとバルドの掌から肩へ向けて左掌を走らせた。
ボコッボコッボコッ!
コポッコポッ・・・・
ブクッブクッブッ!
バルドの左腕の裂け目からのぞく血液が生き物の様に泡状にうごめいている。
アロイスはそのままバルドの左腕を左掌で何度も往復する。
生き物の様にうごめく泡状の血液が切り裂かれた皮膚を覆い、傷口を塞いだ。
アロイスがバルドの左腕の上で左掌を走らせる度に見る見る傷口が塞がれていく。
「・・・・これは・・・・」
バルドは切り裂かれた自身の左腕が痕一つなく再生されていくことに驚いた。
アロイスはバルドとセルジオにニコリと微笑みを向ける。
「これが私の、水の精霊ウンディーネ様に仕えし者の魔術です。
人も動物も身体はほぼ水でできています。血液も水です。
水を自在に操るとは・・・・恐ろしいことなのです」
「再生もできれば・・・・その逆もできます。
一瞬で大勢の者の身体の中のあらゆる水を熱し、
蒸発させることもできるのです。
残るのは干乾びた躯のみ・・・・
されば自身で制御ができなくてはなりません」
バルドの左腕は完全に再生した。衣服の袖が破れ、血液が付着していなければ傷を負った事すらわからない。
バルドは左手を握る開くを繰り返して左手が動くことを確認するとアロイスへ礼を言った。
「アロイス様、感謝申しますっ!
驚きました。この様な治癒術は初めてにございますっ!
・・・・ではっ!エリオス様もっ!」
バルドは左背中に矢を受けたエリオスへ目をやった。
エリオスはオスカーに抱えられセルジオとバルドへ近づいてくる。
「・・・・」
セルジオとバルドはエリオスが微笑みを向けている姿を目にして大きく息を吐いた。
アロイスがバルドに打たれたセルジオの左頬へそっと右手を添えた。
「セルジオ殿・・・・
私も今のあなたと同じ年頃に真に目覚めました。
力の制御ができずに周りの者を・・・・
同じ様に周りの者を傷つけました」
「力が暴走し、命を落とした配下もいます。
目覚めた力は活かさねばなりませんっ!
先ごろ、水の精霊ウンディーネ様が申されていました。
真に目覚めた月の雫と力を合わせ、ラドフォールとエステールが一つとなり、
シュタイン王国東側に起こる黒魔術の火種を潰さねばならぬとっ!」
「我らは生まれながらにして役目を与えられています。
バルド殿の厳しいお言葉は愛あればゆえのことです。
セルジオ殿、バルド殿のお言葉を教えを無にしてはなりませんっ!
あなたは月の雫『青き血が流れるコマンドール』なのですっ!」
「・・・・」
セルジオはアロイスの深い緑色の瞳を見つめ黙ってきいていた。バルドに打たれた左頬の痛みがアロイスに手を添えら和らいでいくのがわかる。
ストンッ!
オスカーはエリオスをセルジオの傍らで下した。
エリオスは自身の吐き出した血液で赤く染まるセルジオの金色の髪を袖で拭う。
スッ!
「セルジオ様・・・・
申し訳ございません。
セルジオ様の髪を・・・・金色の髪を汚してしまいました」
既に血液が固まり、袖で拭うが赤く染まった髪の汚れは落とすことができない。
アロイスがエリオスの姿に立ち上がった。
「これは、歓迎の宴の前に湯殿にご案内致しましょう。
皆で湯につかり、汚れを落としましょう」
アロイスはかしづく実妹カルラへ歩み寄ると右肩に右手を乗せ、膝を折った。
「カルラッ!そなたの働き大儀であった。
真の訳もきかずに声を荒げすまぬ・・・・
そなたと火焔の城塞の者たちも
今宵は水の城塞に留まるとよい。
歓迎の宴に同席せよ。湯殿も使え」
カルラはアロイスの顔を見る。
「はっ!兄上っ!過分なお計らい感謝申します。お言葉に甘えますっ」
アロイスはカルラの肩をポンッポンッと叩くと立ち上がった。
「では、セルジオ殿、エリオス殿、バルド殿、オスカー殿、
このまま皆で湯殿にまいりましょう」
アロイスは再び先導し、歩き出す。
アロイスとカルラのやり取りを見ていたバルドがセルジオへ顔を向ける。
セルジオはバルドの深い紫色の瞳をしっかりした目線で見る。2人は頷きあった。
セルジオはバルドの膝から立ち上がるとアロイスの背中に声をかけた。
「アロイス様、お待ち下さいっ!」
セルジオはカルラの前でかしづいた。
「アロイス様っ!カルラ様っ!
大変失礼を致しましたっ!お詫びもうしあげます。
我が役目も我が使命も忘れ、数々の暴言をお許し下さいっ!」
セルジオは振り向いたアロイスとかしづく眼の前にいるカルラに深々と頭を下げた。
「今一つっ!カルラ様っ!
ご挨拶が遅れましたことお詫びもうしあげます。
エステール伯爵家第二子セルジオ・ド・エステールにございます。
後ろへ控えますは、我が守護の騎士ローライド准男爵家第二子、
エリオス・ド・ローライド、並びに我が師バルド、
エリオスの師オスカーにございます。以後、お見知りおき下さいっ!」
セルジオの言葉にエリオス、バルド、オスカーはセルジオの後ろでかしづいた。
セルジオは顔を上げ、カルラの深い緑色の瞳をじっと見つめる。
「カルラ様っ!
我が目覚めにお力添え頂き、感謝申します。
危うくお命を・・・・お命を奪うところでした。
申し訳ございません」
セルジオはカルラに再び頭を下げた。
カルラはふっと笑うと小さなセルジオの右肩に手を置いた。
「セルジオ殿っ!
楽しませて頂きましたっ!
サラマンダー様の命とはいえ、幼子に
手を緩めず攻撃するなど・・・・」
「いささか憚られました。
されど・・・・手加減など・・・・
正直、手加減すればこちらの命が危うかった。
改めて我がお仕えする精霊サラマンダー様の言葉を
信じて間違えはないと確信できました。
そのこと、胸に刻みます。セルジオ殿、感謝申しますっ」
カルラはセルジオの小さな右肩を少し強く握った。
セルジオはカルラの深い緑色の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「はっ!カルラ様っ!お言葉、感謝申します。
これよりの役目、なにとぞ、お力添えをお願いいたします」
セルジオの言葉にカルラは立ち上がった。
セルジオもカルラに同道し、立ち上がる。
「すぅぅぅぅ・・・・」
セルジオは立ち上がると大きく息を吸った。
「火焔の城塞、弓隊の皆様っ!
この度のお力添え感謝申します。
以後、我らエステール伯爵家セルジオ騎士団とのこと頼みます」
セルジオは訓練場を取り囲む回廊でかしづく火焔の城塞、弓隊へも感謝の意を伝える。
アロイスはセルジオの姿を微笑みを向け、見ていた。
アロイスはセルジオが後ろでかしづくエリオス、バルド、オスカーへ向き直ると号令を発した。
「火焔の城塞、弓隊は我が水の城塞従士居住棟を使えっ!
歓迎の宴へも出席せよっ!今宵は皆で祝宴だっ!」
「はっ!」
アロイスの言葉に火焔の城塞弓隊が声を揃え呼応した。
アロイスは振り向きカルラを見ると優しく言葉をかける。
「カルラ、
そなたは私の居室を使え・・・・
いつぶりか?そなたと共に過ごすのは・・・・訓練施設以来か・・・・」
アロイスは遠くをみつめ思い返す。
カルラはアロイスの後ろから従った。
「はっ!左様にございます。
王都騎士団団長の会談では兄上のお顔はお見かけはしますが・・・・
この様に語らうのは訓練施設以来です」
2人は微笑み合っていた。
セルジオはアロイスとカルラへの詫びの後、振り向きバルドへ両手を広げて飛びかかった。
「・・・・バルドっ!!
すまぬっ!私は・・・・すまぬっ!」
バルドはセルジオを抱きかかえる。
「セルジオ様・・・・
私こそ・・・・頬を打ち申し訳ありません・・・・
まだ、痛みますか?・・・・」
バルドは首に両腕を回し肩に顔をうずめるセルジオの後頭部にそっと手をやり、抱きしめる。
「大事ないっ!どこも痛みはせぬっ!・・・・
バルドの胸の方が痛いとアロイス様が申されたっ!
心に刃を向けるなと申されたっ!バルドっ!すまぬっ!」
バルドはセルジオの頭にそっと口づけをする。
「セルジオ様、
私は大事ございませんよ。ご安心下さい。
セルジオ様の『青き血』が真に目覚められたこと嬉しゅうございます」
バルドはセルジオの頭に口づけをしながらふるふると震え涙を流していた。
『・・・・青き血など・・・・
お目覚めにならぬともよかった・・・・
お目覚めにならねば・・・・よかったのに・・・・』
バルドはセルジオがこれ以上過酷な宿命を背負わずに済めばと思っていたのだ。
たとえ、それがシュタイン王国と騎士団に必要なことであったとしても、そう思うことが従士の役目を外れた思いであったとしてもセルジオが心穏やかに過ごせることを願わずにはいられなかった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
役目を果たす為、宿命を受け入れる為、命をかける騎士と従士の姿でした。
セルジオは年相応の反応をするようになってきました。
まだまだ、無表情ではありますが、他人の気持ちを解ろうとする姿勢があらわれてきています。
セルジオ達の見聞の旅路を見守って下さい。
次回もよろしくおねがいいたします。




