第5話 壮途に就く:出立の日
シュタイン王国の秋は短い。実りの秋が駆け足で過ぎさるとエステール伯爵家所領であり、シュタイン王国の最西にある西の森は赤茶色の絨毯が敷き詰められる。
晴れた日の夜明けはサフェス湖に霧がかかり、ゆっくりと西の森へ向けて降りていく。
出立の日の夜明け前、セルジオ騎士団城塞西の屋敷の城壁北西にある塔でサフェス湖から霧がゆっくりと西の森へ降りる光景を4人、揃って眺めていた。
セルジオは隣に佇むバルド左手の指を右手で掴みのポツリと呟く。
「いつからこの様に美しい姿なのであろうな。
初代様もご覧になられたのであろうか?」
バルドはセルジオへ視線を向けると再び光景を眺め答える。
「この光景は初代様が創られました」
バルドはセルジオへ微笑みを向ける。
セルジオはバルドを見上げた。
「そうなのか!初代様が創られたのか!」
セルジオの深く濃い青い瞳は薄暗い夜明けの中でも輝いて見えた。
「左様にございます。
サフェス湖から流れ出るフェイユ河は雨期になりますと
氾濫したそうにございます。
そこで、初代様が堤を造られました」
「されど、なかなかに氾濫はおさまらず、
今のように3つの堤をお造りになったと聴き及んでおります」
「王都へ水の供給をする水路も
初代様がお造りになりました」
「サフェス湖から王都を通りその後に
エンジェラ河へ流れ出ることで水の道を築かれたのでございます」
「シュタイン王国には水瓶となる湖が2湖ございます。
1つはエステール伯爵家領内のサフェス湖、
今一つはラドフォール公爵家領内にありますチェリーク湖」
「チェリーク湖もまた王都を通り河へ流れます。
東方へ流れ出るオプシディ河、南東へと流れ出るクリソコラ河、
この2河とエンジェラ河はエフェラル帝国を抜け、
その先の海に通じております」
「100有余年前、王家と共にラドフォール公爵家、
エステール伯爵家がシュタイン王国の礎を築きました」
「我が国が実り豊かであるのは治水と
開墾を国全体として考えたからにございます」
バルドは微笑むとセルジオを抱き上げた。シュタイン王国王都がある東側から朝陽が昇ると霧がすぅっと消えていく。
消え去る霧に朝陽があたる。きらきらと地上に星が舞い降りた様に見えた。
セルジオがエリオスへ目をやるとエリオスもまたオスカーに抱き上げられ、同じ光景に目を奪われている。
セルジオとエリオスの肩までのびた金色の髪は朝陽をあびて塔全体が明るさを増した様に感じられた。
バルドがセルジオとエリオスへ語りかける。
「セルジオ様、エリオス様、
シュタイン王国は100有余年前、戦いのない世、
戦いのない国を築くと多くの者が願い、
戦いを終わらせるための戦いで命を落とした者の
魂の上に成り立つ国にございます」
「されど未だにどこかで戦いはおこっております。
我ら戦うことを役目とする騎士や従士があるうちは戦いは続くのでしょう。
されど、今、この目の前にある光景を汚すこと、
壊すことがないように戦うことも
我らの役目にございます」
「戦いとは剣を交え人を殺めることだけではございません。
戦わずして、誰も傷つけずして勝つことができる者が
真の騎士であると私は思っております」
「これよりの見聞の旅は、戦わずして、
誰も傷つけず勝つためにより多くのことを見、
知り、学ぶ旅にございます」
「遠慮はいりません!
貪欲に見聞きし、体験なさいませ!
我ら2人はそのためならばいかようにもいたします!
存分にお申し付け下さい!」
バルドとオスカーは抱えていたセルジオとエリオスを石造の塔の床に下すとかしづいた。
セルジオとエリオスは顔を見合わせ、かしづく2人の前に立つ。
「バルド、オスカー、これよりもよろしく頼む。
私は己を制御できない。だが、必ず騎士となる。
騎士となるためならばどのような苦しみもいとわぬ。
我が師として、鍛えて欲しい。頼む」
セルジオが頭を下げる。
「はっ!今まで以上に我らが役目につとめます!」
バルドとオスカーは声を揃えて呼応する。
続いてエリオスは力強く言葉を発した。
「バルド殿、オスカー、私はセルジオ様の守護の騎士となる!
それ故、そなたらの姿が全て私の学びとなる。
これよりも一層、深く学びたい!よろしく頼む!」
エリオスも頭を下げる。
「はっ!もったいなきお言葉にて!
我ら、行いに恥なきようつとめます!」
バルドとオスカーは立ち上がった。
ピィィィーーーー
城壁上空からハヤブサの声が響く。
「カイ!」
セルジオが声をあげた。
ハヤブサはバルドの左肩へ舞い降りる。
ポルデュラの使い魔、ハヤブサであった。名は『カイ』。使い魔の訓練もすっかり板についていた。
朝陽が昇り、セルジオ騎士団城塞、西の屋敷全体を照らす。
セルジオはエリオス、バルド、オスカーの顔を見る。
「そろそろ、団長、ジグラン様へご挨拶にまいろう。そして、出立だ!」
「はっ!」
3人は声を揃え呼応した。
トンッ トンッ トンッ
セルジオがセルジオ騎士団団長居室の扉を叩く。
「入られよ!」
中からジグランの声が聞え、扉が開かれた。
ガコッ!
ギイィィィ!
「はっ!失礼を致します」
4人は団長居室へ入ると扉の脇でかしづいた。
セルジオが声をあげる。
「セルジオ・ド・エステール、並びにエリオス・ド・ローライド、
従士バルド、従士オスカー、これに揃いました。
これよりシュタイン王国国内各貴族騎士団巡回のため出立いたします。
出立に際し、ご挨拶にまいりました」
居室奥の長椅子に座る団長横に立つジグランが呼応する。
「挨拶のこと、大儀!出立にあたり、
団長よりお言葉を頂戴する。御前へまいられよ!」
4人は立ち上がり、居室中央へ歩みを進める。
シュッ!シュッ!
バサッ!
カッッ!!カッカッ!!
居室左右より短剣が放たれ、バルドとオスカーがマントを翻したかと思うと腰に備える蒼玉の短剣ではじいた。
放たれた短剣は床に刺さる。
セルジオとエリオスは動じず何事もなかったかのように居室中央でかしづいた。
シャンッ!
蒼玉の短剣を鞘へおさめるとバルドとオスカーもセルジオとエリオスを左右から挟み、かしづく。
セルジオ騎士団団長はその姿にニヤリと笑った。
「バルド、オスカーよ!どうだ?
蒼玉の短剣の使い心地は。
見たところ、既にそなたらの身体の一部となっておるようだな」
バルドとオスカーは声を揃え応じた。
「はっ!我ら身に余る光栄にて!
ポルデュラ様のお言葉に従い、肌身離さず備えております!」
団長は満足そうな顔をジグランへ向けるとバルドとオスカーへ言葉をかける。
「我がエステール伯爵家騎士団団長に永く継承されてきた
サファイヤの剣と姿が同じ蒼玉の短剣だ。
我らの後継となるセルジオとエリオスの
守護の騎士であるそなたらの手にあること、
嬉しく思っているぞ。この先も2人のこと、よろしく頼む」
バルドとオスカーはかしづいたままハッとする。かつてセルジオ騎士団に所属していた時、2人は従士であり、騎士ではなかった。
しかし、団長は2人を「セルジオとエリオスの守護の騎士」と呼んだのだ。
団長はかつて第一隊長ジグランに仕え、戦場でジグランの盾となり同時期に負傷したバルドとオスカーの人となりをよく理解していた。
自らが望んだことでないとはいえ、エステール伯爵家騎士団団長に継承されるサファイヤの剣と姿が同じ短剣を手にすることに躊躇いの念を抱いていると感じていたのだ。
そのため、騎士団団長と第一隊長の後継者を『守護する騎士』だと団長自らの言葉で伝えることで2人の忠誠心が躊躇いの念を超えると考えたのだった。
「よいか!
セルジオとエリオスの守護の騎士として、ますます励め!」
団長は念を押した。
「はっ!!
我らが主に身命を賭してお仕えいたします!」
バルドとオスカーの肩は喜びのあまり震えていた。
団長はジグランと顔を見合わせ微笑み合うと視線をセルジオとエリオスへ向けた。
「セルジオ殿、エリオス殿、面を上げられよ」
「はっ!」
セルジオとエリオスはかしづいたままの姿勢で顔を上げると団長へ真っ直ぐな眼を向けた。
「うむ。出立に際したよい顔をしているな。
私から出立に際し2つ申しておきたいことがある」
団長は2人を膝元まで招き入れた。
「1つは他家騎士団へ赴く際の心得だ。
よいか!他家騎士団へ赴く折りは最初が肝心だ。
油断はするな。家によってはバルドとオスカーの同道を拒むところもある。
そのような時に先程のように武具がそなたらを出迎えることもあろう」
「そなたらの今持てるものを存分に見せてやれ!
子供だとて怯む必要も臆することもない!
次期セルジオ騎士団団長と次期セルジオ騎士団第一隊長であることを忘れるな!
堂々としておればよい!」
「堂々としておれば相手の眼にはそなたら2人の後ろに
我らの姿が映るはずだ!そうなれば安々とは手出しできまい。
よいか!最初が肝心だ!何があろうと怯まず、臆さず、堂々とだ!」
団長はセルジオとエリオスへ厳しい視線を向けると話しを続けた
「もう1つはなんのために、誰のために我ら騎士団があるのかだ。
王家と各貴族にそれぞれ騎士団がある。
国を守り、民を守り、戦うことが役目だ」
「だが、我らはなにも生みだせてはおらぬ。
騎士団を維持し、いざ戦いとなれば莫大な金がかかる。
そのことで民が貧しくなり、疲弊し、飢餓し、
豊かさを失うのであれば、なんのため、誰のための騎士団と言えよう」
「なれば、戦わずして勝つ事が肝要だ。
そのために今のあり様を正確に掴む必要がある。
見聞きする場数を踏むのだ。
騎士団の様子、国の様子、街の様子、村々の様子、
そこで暮らす人々の顔、声、働く姿、数多く見聞きすることで
国のあり様、民のあり様が見えてくる」
「我ら騎士団があることで国を守り、民を守り、
皆が安んじて心豊かに暮らしているのかが見えてくる。
よいか!騎士団があるのは国を守り、民の暮らしを守るためだ。
むやみに殺戮をし、領土を広げることでなはい。
そのことを忘れずによくよく見聞をいたすのだぞ」
団長はセルジオとエリオスの頭をくしゃくしゃとなでた。
「はっ!我らの役目、果たしてまいります!」
セルジオとエリオスは大きな声で力強く呼応した。
団長はジグランへ顔を向ける。
「ジグラン、悪いが例の物をこれへ」
「はっ!」
ジグランは呼応すると白い布にくるまれた物を団長の座る長椅子隣にあるテーブルへ置いた。
サッパサッ!
団長の目配せを確認すると白い布を開ける。
開かれるとサファイヤの剣と同じ深い濃い蒼色の布地に金糸で縁取られたセルジオ騎士団の騎士が纏うマントが顔を覗かせた。
団長は一枚を手に取りセルジオを手招きする。
「4枚用意した。
我が騎士団の騎士が身に纏うマントだ。そなたら4人につかわす」
手に取ったマントをセルジオにかけるとジグランがエリオスを呼んだ。
「エリオス、団長の御前に」
「はっ!」
エリオスも団長からマントをかけられる。
「バルド、オスカー、団長の御前に」
「はっ!」
バルドとオスカーも団長からマントをかけられた。
「私からの餞だ。
これより各貴族の騎士団へ我がセルジオ騎士団の
騎士として出向くのであるからな。
セルジオ騎士団の騎士の証が必要であろうと思うたのだ。
役目の義、励んでくれよ」
団長はセルジオ騎士団のマントを纏った4人の姿を満足そうに見つめた。バルドとオスカーの肩は小刻みに震えている。
騎士団に所属していた時には身に纏うことができなかったマントをしかも団長直々につかわされたことに感極まっていた。
セルジオが声をあげる。
「はっ!!セルジオ騎士団の一役目に身命を賭してのぞみます!」
「うむ。期待をしているぞ」
団長は静かにジグランに顔を向けた。
「ジグランからはよかったか?
4人への餞の言葉はないか?」
団長の言葉にジグランは4人、それぞれの顔を見る。
「はっ!私からは一言にございます」
ジグランは4人に身体を向けると言葉に力をこめた。
「セルジオ様、エリオス殿、バルド、オスカー!
必ず生きて帰還すること!
危険があれば迷わず逃げよ!
4人揃って帰還することが第一の役目と心得よ!」
「はっ!!」
4人は強く呼応した。
「それでは、これより出立いたします!」
セルジオが立ち上がると3人もセルジオに続く。
ワサッ!
翻る深く蒼い色に金糸で縁取られたマントの背中にはエステール伯爵家裏の紋章ユリの花が描かれていた。
団長とジグランはセルジオ騎士団のマントを纏った4人の背中を誇らしい思いで見送った。
団長居室を退くと扉の脇で団長付女官イルザが待っていた。
イルザに気付いたセルジオが声をかける。
「イルザ殿、お世話になりました。これより我ら出立いたします」
右腕を左胸にあて騎士の挨拶をする。
「いえ、私は何も致しておりません。
これを料理長のオットー殿より預かってまいりました。
セルジオ様方へお渡し下さいとのことにございます」
「堅焼きにした焼き菓子とのこと。
道中にて食することが困難な場合にお召し上がり下さいとのことです。
暫く口の中に含んでおりませんと堅くてかみ砕けぬそうにございます。
道中、どうぞお気をつけて、ご武運をお祈りいたしております」
イルザは何重にも布でくるまれた焼き菓子をセルジオへ渡した。
セルジオは快く受け取るとバルドへ手渡す。
「イルザ殿、感謝もうします。
オットーへ土産話を楽しみに待っていてほしいと伝えて下さい。
我ら西の屋敷へ戻ってまいります」
セルジオは今一度騎士の挨拶をする。エリオス、バルド、オスカーもセルジオに倣った。
パカッパカッパカッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・
バルドが幉を握る馬にセルジオが乗る。エリオスはオスカーが幉を握る馬に乗った。4人は2頭の馬に跨り、西の屋敷東門をくぐる。
「ポルデュラ様、ベアトレス、行ってまいります」
セルジオがバルドが握る幉の間からポルデュラとベアトレスへ旅立ちの挨拶をする。
「うむ。道中、気を付けるのじゃぞ!
何かあれば直ぐにカイを遣わせ。よいな」
セルジオらの出立と合わせて訓練施設へ戻るポルデュラとベアトレスはそれぞれ馬に跨っていた。
ポルデュラが馬上より呼応する。
「エリオス様、バルド、オスカー、
セルジオ様のことくれぐれも頼んだぞ!そなたらが頼りだ」
「はっ!
我ら4人にて帰還するまでが役目と仰せつかっております!
心してまいります」
バルドがポルデュラとベアトレスへ顔を向けた。その顔は緊張をはらみ、少し強張ってみえた。
「ポルデュラ様、ベアトレス殿、
我らセルジオ様より片時も離れません故、ご案じなさいますな」
オスカーがバルドの強張りを解きほぐすようににこやかに答えた。
「ポルデュラ様、ベアトレス殿、行ってまいります。
セルジオ様の真の守護の騎士となれるようつとめてまいります」
エリオスは少し大人びた眼差しをポルデュラへ向けた。
「皆様、どうぞご武運を!」
ベアトレスは目に涙を溜めていた。旅立ちに涙は不吉とされていたため流さまいと必死に堪えていた。
「武運を祈っておるぞ!」
サアァァァァ・・・・
銀色の風が4人を包み込む。ポルデュラの守護の風だった。
ハタッハタッ・・・・
風に吹かれセルジオ騎士団のマントがなびく。
「出立する!!」
セルジオが声をあげた。
「はっ!!」
3人は呼応するとセルジオ騎士団城塞西の屋敷東門からエステール伯爵領北門へ向けて壮途に就いた。
パカッパカッパカッ・・・・
パカッパカッパカッ・・・・
訓練施設へ戻るポルデュラとベアトレスは2頭の馬に跨る4人の姿が見えなくなるまで見送っていた。
ポルデュラがポツリと呟く。
「全ては宿命じゃ。起こること全ては必要で、必然なのじゃ。
その行いに謙虚でいることじゃ。
さすれば天はそなたらに光と微笑みを与えるだろうて。はげめよ」
金糸で縁取られた深く蒼い色のマントが小さくなると4人の姿は道の起伏に吸い込まれていった。
ピィィィーーーー。
上空から姿なくポルデュラの使い魔、ハヤブサのカイの声が聴こえる。
「ご無事でのご帰還をお待ちいたしております」
ベアトレスは4人の姿が見えなくなった空へ祈るように呟いた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
いよいよ『見聞の旅路』がスタートしました!
1年をかけて国内の騎士団を巡る旅。
これよりもご一緒して頂けると嬉しいです。
4人へのご声援、よろしくお願い致します。




