第2話 旅路の前に:前日譚1
「鐙の踏み心地はいかがですか?
上手く踏み込めますか?」
バルドはウーリと共にフリードリヒの鞍の調整をしていた。
「初めはいかようにしても鐙は外れます。
フリードリヒ様のお足が届く所で調整しておきます」
バルドとウーリは馬の左右に分かれ馬上のフリードリヒの足の位置に鐙革の長さを合わせる。
セルジオはその様子をじっと見ていた。
「バルド殿、感謝申します。
フリードリヒ様に馬に乗って頂いたまま城へ戻ります」
ウーリは西の屋敷厩舎へとめてある馬にではなく、乗ってきた馬にフリードリヒ用の鞍を設置した。
「乗馬の訓練を西の屋敷でと思っておりましたが、
セルジオ様がいらっしゃらないのであればエステールの城で行います」
そのために乗ってきた馬にフリードリヒ用の鞍を設置したのだった。
「左様でございますか。承知致しました。
ウーリ殿、我ら4名は訓練施設にはおりませんがポルデュラ様とベアトレス殿は
我らの出立に合わせ、訓練施設へ戻ります。
何かお困りのことがございましたらポルデュラ様へお話し下さい。
きっとお力になって下さいます」
バルドはエステール伯爵領を不在にする1年間、感情豊かなフリードリヒの事が気がかりだった。ウーリもバルドを頼りにしていたため、不安を覚えているであろうと思っての心遣いだった。
「はい、バルド殿。感謝申します。
エステールの城と訓練施設は目と鼻の先にて、
相談事がありましたらポルデュラ様にお願い致します」
ウーリは安堵の表情を浮かべ、バルドへこっそり耳打ちをする。
「先日のハインリヒ様とのことがありましてから
フリードリヒ様のご様子がいささか気掛かりでございました。
本日こちらへ伺いセルジオ様にお会いするお許しを頂く際などは、
ハインリヒ様へ今まで向けられた事のない鋭い視線を
向けられておいででした。
ハインリヒ様もお考えがあってのこととお話ししたのですが・・・・」
ウーリは馬上で鐙に足を掛けては外すフリードリヒに目をやる。
「左様でございましたか。お耳に入れてしまわれた以上、致し方ありません。
されば尚の事ポルデュラ様をお訪ね下さい。
お心を鎮めて頂く術を施して下さいます」
バルドは感情を素直に表に出すフリードリヒのセルジオに対する愛情がハインリヒへの憎しみへ変わるのではないかと案じていた。
「人の感情は表裏一体にございます。
フリードリヒ様はお心がお優しく愛情が豊かでいらっしゃる。
その豊かさが禍とならぬように
お心を鎮めて頂くことが肝要と存じます」
バルドはウーリへ自身の考えを伝える。
「承知致しました。
先ほどもあの様に突然とお泣きになられて・・・・
あの日より時折あるのです。
突然に泣き叫けばれて、私の腰元でしばらく顔をうずめていらっしゃる。
私ではどうにもできぬ故、どうしたものかと思い悩んでおりました。
バルド殿、感謝申します」
ウーリはバルドにフリードリヒの状況を伝えた。
「それは!
一刻も早くポルディラ様へお願いをされた方がよろしいかと存じます。
鞍の調整もできました事ですし、
これより我らがお借りしております部屋へ参りませんか?
フリードリヒ様へはエリオス様とオスカー殿に
お会いになってはいかがかとお薦めすればよろしいかと・・・・」
バルドはウーリの話からフリードリヒの状態がマデュラの刺客を始末した際のエリオスと似通っていると感じた。
『早い方がよい。あの時、エリオス様へは闇の者が入っていたと聞いた。
黒の影がハインリヒ様の中に入っている以上、油断はできない』
バルドは出立前にフリードリヒが西の屋敷へ出向けた事に胸をなでおろす。
「左様でございますね。これよりお部屋へ伺います」
ウーリは悩みが晴れた表情を見せる。
馬上のフリードリヒへ近づくとバルドの申出を伝えた。
「フリードリヒ様、ただ今、バルド殿よりお部屋へのお誘いを頂きました。
エリオス様とオスカー殿にお会いになってはいかがかと申されておいでです。
いかがなさいますか?」
ウーリはあくまで決断はフリードリヒに任せる。
「!!よいのか!ウーリ!よいのか!会ってみたいと思っていたのだ!
セルジオと常に一緒にいるエリオスに会ってみたいと思っていたのだ!
そしてセルジオのことを兄として頼みたかったのだ!
嬉しいぞ!バルド!感謝申す!」
フリードリヒは馬から落ちんばかりに身を乗り出す。
「!!フリードリヒ様、危のうございます!
さっ、お手を。馬よりまず下りて下さいませ。馬止めをしてまいります」
ウーリは馬に駆け寄ると早々にフリードリヒを馬から下した。
「では、早速まいろうぞ。セルジオ、案内してくれるか」
フリードリヒは躊躇なくセルジオの手を取ると姿勢を正し手の甲へ口づけをした。それは女性に対する貴族の挨拶だった。
「・・・・兄上様、この様な時は・・・・
いかようにすればよろしいですか?
私は騎士の挨拶しか心得ておらず申し訳ございません」
バルドへ困った顔を向けながらもフリードリヒへ直接問う。
「!!セルジオ!失礼をした。
謝るのは私の方だ。これはレディへの挨拶だ。忘れてくれ!」
フリードリヒはバツが悪そうな顔をセルジオへ向ける。
「・・・・レディ・・・・にございますか。
レディとは女子のことでございますか?」
少し曇った表情をフリードリヒへ向ける。
「左様だ。すまぬ。セルジオ。そなたは騎士であった。
私も騎士の挨拶を心得ておらぬ。すまぬ・・・・」
今にも先程と同じ様に泣き出しそうな顔をしている。
「いえ、いいえ、兄上様!騎士の挨拶でない挨拶を学べました。
感謝申します。これよりの見聞の旅で活かせるかと存じます。
感謝申します」
セルジオは力強くフリードリヒに礼を言う。
バルドはセルジオの言動に驚きを覚えていた。フリードリヒの目まぐるしく変わる表情をじっくりと観察し、状況判断をし、方向づけをした返答をしたのだ。
『フリードリヒ様にお会いになったこの一時だけで
どれほどのことを吸収されたのであろう。
セルジオ様は計り知れないお力を秘めていらっしゃるのやもしれぬ』
バルドは少しの不安を抱いていた出立の日が楽しみとなっていた。
「さっ、ではまいりましょう。
セルジオ様、兄上様をご案内して下さいませ」
バルドがセルジオへ道案内を頼む。
「承知した。兄上様、ウーリ殿、どうぞこちらへ。少し歩きます」
セルジオを先頭に4人は部屋へ向かった。
トンッ!トンッ!トンッ!
ガコッ
キイィィィィ
「ただ今、戻りました」
扉を叩き部屋へ入る。
「ポルデュラ様、ベアトレス、エリオス、オスカー、
我が兄上フリードリヒ様と兄上の侍従ウーリ殿をお連れしました」
セルジオはフリードリヒとウーリの到来を告げると2人を部屋へ招き入れた。
「これは、これは、フリードリヒ様、お久しゅうございますな」
ポルデュラは椅子から立ち上がるとフリードリヒに近づく。
「ポルデュラ様、お久しゅうございます。
本日もお健やかにお美しく、お会いできました事、光栄に存じます」
フリードリヒは姿勢を正しポルデュラの手を取ると手の甲に口づけをする。
「ほう!フリードリヒ様。
貴族の挨拶が様になっておりますな。
お口もお上手になられ見まがいましたぞ」
ポルデュラは衣服を両手でつまむと膝を少しまげ頭を下げた。貴族の挨拶の返礼だ。ポルデュラの返礼を受けるとフリードリヒはベアトレスへ近づく。
「ベアトレス殿、お初にお目にかかります。
セルジオの兄、エステール伯爵家第一子、
フリードリヒ・ド・エステールにございます。
お噂にまごうことなきお美しさにて、
お会いできましたこと、光栄に存じます」
同様に手の甲に口づけをする。
「フリードリヒ様、お初にお目にかかります。
セルジオ様付女官、ベアトレスにございます。
お見知りおき下さいませ」
ベアトレスも貴族の挨拶で返礼をした。
フリードリヒは次にエリオスへ近づく。
エリオスは歩み寄るフリードリヒにオスカーと共にかしづいた。
「フリードリヒ様、ウーリ殿、お初にお目にかかります。
ローライド准男爵家第二子。エリオス・ド・ローライドにございます。
妹君セルジオ様にお仕えできます時に備え日々訓練に励んでおります。
こちらへ控えますは我が師であります、
ローライド准男爵家従士オスカーにございます。
以後、お見知りおき下さいませ」
エリオスは騎士の挨拶をした。
フリードリヒはその場で姿勢を正しエリオスの挨拶を受ける。
「エリオス、オスカー、初めてまみえる。
フリードリヒ・ド・エステールだ。
これよりもセルジオのことよろしく頼む!」
フリードリヒは膝を折り、エリオスの手を取る。
「エリオス、顔を上げてくれぬか。よく、そなたの顔を見たい。
私はセルジオに会いたくても会えずに今日を迎えた。
セルジオが赤子の頃よりずっと傍にいたそなたが
羨ましいと思っていた」
「なぜ?兄である私がセルジオに会えぬのに
エリオスは始終共に過ごせるのかと羨んでいたのだ。
だからエリオスがどの様な顔をして、どのような姿をしていて、
どのような心根を持っているのかを知りたいと思っていた」
「会えて嬉しいぞ!エリオス!そなた、綺麗な顔立ちをしている。
セルジオと同じ髪の色、瞳の色だな。並んでいると兄妹の様だ。
会えてよかった。このまま会えずにいたら・・・・
うっ・・・・私は・・・・そなたを・・・・うっ・・・・」
フリードリヒは泣き出しそうになる自身を精一杯、制していた。
エリオスはフリードリヒのその様子に動じずかしづいたまま黙って次の言葉を待っていた。
バルドはポルデュラへ目配せをするとフリードリヒを抱き上げる。
「フリードリヒ様、
セルジオ様とエリオス様は訓練の後で必ずポルデュラ様の
回復術を受けられます。
今日はこうしてポルデュラ様にお会いできました事ですし、
回復術を体験されてみてはいかがですか?」
「どの様なことをセルジオ様とエリオス様が受けられていらっしゃるか
お知りになるのも西の屋敷へ出向かれた学びの一つかと存じます。
いかがなさいますか?」
ウーリに視線を向けると頷いている。
「よいのか?ポルデュラ様!お願いできるのか?」
ポルデュラはにこやかに返答をした。
「構いませぬ。
フリードリヒ様も回復術を受けられた方がよろしかろうと思っておりました。
これより後は週に1度は訓練施設へお運び下され。
フリードリヒ様に合った術を施します故」
ポルデュラはバルドへ視線を向ける。
バルドは抱えたフリードリヒをベッドへ寝かせた。ポルデュラへこっそりと耳打ちする。
「どうやらハインリヒ様と私のやり取りを聴かれて以来、
この様にお気持ちが不安定になられていらっしゃるそうにございます。
例の時のエリオス様と同じ状態やもしれませぬ」
ポルデュラは頷く。
「わかった。どうやら闇の者が入っているな。
ハインリヒ様の中の『黒の影』の影響であろうな。
お心の内で闇の者に抵抗しているのであろう。
よかったぞ。今日、こちらへお出ましになられて・・・・」
「このまま放置しておけばハインリヒ様付女官アーディと
同じで気鬱になっておったわ。
バルド、悪いがベアトレスとウーリだけを部屋に残し、
セルジオ様、エリオス様とオスカーはどこぞに退避させてはくれぬか!」
「マルギットがどこまでの黒魔術を『黒の影』にかけているかが解らぬのでな。
フリードリヒ様の浄化をする間、用心の為に部屋から出ていてくれ」
ポルデュラは少し厳しい目をバルドへ向けた。
「承知致しました。
ベアトレス殿の代わりに食堂棟へ行き、
お茶と焼き菓子の準備をお願いしてまいります。
セルジオ様とエリオス様が食堂棟へまいりますと
料理長のオットー殿が喜ぶのです。
料理長の焼き菓子が美味しいと申されて、
食の細いセルジオ様が珍しく自ら手を伸ばされます。
そのお姿が嬉しいのでしょう」
バルドは微笑みを浮かべポルデュラへ退避先を伝えた。
「そうか。そうしてくれるか。
浄化が終わった後、ベアトレスを食堂棟へ迎えに行かせる。
それまで食堂棟で留めておいれくれ。頼んだぞ」
ポルデュラは既にフリードリヒの浄化の準備に入っている様子だった。
「承知致しました。ポルディラ様、感謝申します」
バルドはボルデュラへフリードリヒの急遽の浄化の御礼を伝えるとベッドで横になるフリードリヒに言葉をかける。
「フリードリヒ様がポルデュラ様の回復術を受けられている間に
我らは食堂棟でお茶の準備をお願いしてまいります。
お身体の力を抜かれ、ゆるりと回復術をお受け下さい」
「わかった。バルド、感謝申す。今日は嬉しい事ばかりだ」
フリードリヒは弾んだ声で答える。
「ウーリ殿、我らは食堂棟におります。
何かあればベアトレス殿が食堂棟へ我らを呼びにまいります。
ウーリ殿はフリードリヒ様のお傍を離れませんよう、お願いいたします。
何がありましてもお傍を離れませぬようお願いいたします」
バルドはウーリへくれぐれもフリードリヒの傍を離れない様に念を押した。
「承知致しました。
何がありましてもフリードリヒ様のお傍は離れません。
バルド殿、重ね重ね、感謝申します」
ウーリは胸の前に腕を置き挨拶をした。
「さっ、フリードリヒ様、それでははじめますぞ。
目を閉じ鼻から息をゆっくり吸って下され・・・・」
「すうぅぅぅ・・・・ふうぅぅぅぅ・・・・」
フリードリヒはポルデュラの言葉通りに呼吸を整える。
ポルデュラの闇の者の浄化がはじまった。
バルドはベアトレスと目を合せると強く頷き合う。
『後を頼みます。ベアトレス殿』
ベアトレスへ軽く会釈をする。
『承知致しました』
ベアトレスは深々と頭を垂れてバルドらを見送った。
ブワッ!!
グワンッ!!
部屋の中ではポルデュラの魔術が起こす風が勢いを増している。
ベアトレスは青いヒソップの花をポルデュラから手渡された袋から取り出す。
パタンッ
バルドはその姿を見届けると部屋の扉を閉じ、食堂棟へ向かった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
見聞の旅路を前にまたもや出てきた『黒の影』。
因縁とは根深く、なかなか解消されないものですね。
フリードリヒが登場した事で少しづつそれぞれの個性がでてきたかと思います。
この後もよろしくおねがいいたします。
セルジオの実父ハインリヒとバルドの対峙と
フリードリヒが居合わせた回は
第2章 33話インシデント30:伯爵の真意
第2章 34話インシデント31:伯爵家当主の心得
をご覧下さいませ。




