第4話:西の砦への進軍
「セルジオ様!
スキャラル国軍が西方より攻め入った様にございます!」
セルジオが一報を聞いたのはシュタイン王国王都騎士団総長ジェラル・エフェラル・ド・シュタインとの謁見の為、王都シュタイン城に到着して間もなくであった。
オーロラが北戦域へ赴いたのが2週間前、スキャラル国がシュタイン王国へ宣戦布告をした。
いよいよ、戦闘が始まる。セルジオ騎士団へ北戦域への行軍が命じられた。
シュタイン王国王都騎士団総長からセルジオ騎士団へ向け行軍に際しての激励の言葉が発せられる。セルジオ騎士団は総勢装備を整え、王都にほど近いエステール伯爵家居城広場で待機していた。
セルジオ騎士団団長であるセルジオは王都騎士団総長を出迎えにシュタイン城にある王都騎士団総長、謁見の間で控えていた。
セルジオは焦りを覚えていた。
『メアリ達は西の森へ到着する頃か・・・・
一刻も早く、西の砦に向かわねばならぬ!
しかし、なぜだ?宣戦布告したのは北戦域のはず・・・・
なぜ?西から攻め入ったのだ?』
総長が姿を現すまでの時が長く感じられる。
ガコッ!ギィィィ!
王都騎士団総長謁見の間の重厚な扉が開く音がセルジオの控える後方から聞こえた。
セルジオはかしづき姿勢を正す。
扉を開閉する王家近衛師団が声を上げた。
「シュタイン王国王都騎士団総長、
ジュラル・エフェラル・ド・シュタイン様入られます!」
セルジオは呼応する。
「はっ!」
ガチャッ!カツッカツッカッ
王都騎士団総長が扉から真っ直ぐに中央を進み、セルジオの右横を通り抜けると総長の座についた。
ガチャッ!
セルジオは総長が座に腰を下すのを見て取ると挨拶に入った。
「シュタイン王国王都騎士団総長、
ジェラル・エフェラル・ド・シュタイン様にお目通り致します。
エステール伯爵家セルジオ騎士団団長、
セルジオ・ド・エステールにございます」
「この度、我が騎士団、スキャラル国侵攻のため、
北戦域への行軍を拝命いたしました。
本日は総長よりのお言葉を頂くため、騎士団総勢、
装備を整えエステール伯爵家居城にて待機を致しております。
何卒、我が騎士団への
お言葉を賜りたくお迎えに参上致しました」
セルジオは西の森に向かう思いを押し殺し、シュタイン王国騎士団が行軍に際して行う儀礼の言葉を発した。
「・・・・」
総長ジェラルはセルジオの言葉に無言で返すとふっと一息つき言葉を発した。
「セルジオ騎士団団長セルジオ、面を上げよ」
ジェラル・エフェラル・ド・シュタイン。
シュタイン王国王家第二子であり、18貴族騎士団と王家近衛師団を統括する王都騎士団総長だ。エフェラルは生母の家名である。南の隣国エフェラル帝国第4王女がジェラルの生母であった。薄いブロンズ色の髪に深い紫色の瞳はエフェラル帝国の血が色濃く出ている。その独特の色の瞳は見られるだけで威圧を感じた。
セルジオは顔を上げる。
「はっ!」
ジェラルはセルジオが顔を上げるとじっとセルジオの深く青い瞳を見つめる。
「・・・・セルジオ、そなた北戦域への行軍に際した言葉が欲しいのか?
今、そなたがすべきことは我の前にいることなのか?」
ジェラルはニヤリと笑う。既にスキャラル国の西方からの侵攻が明らかであるのにここにいてよいかと言わんばかりだった。
ジェラルは18貴族騎士団の中でもとりわけセルジオ騎士団に目をかけていた。騎士団の統制と規律の遵守、隊列の俊敏さ、そしてその美しさが際立つセルジオ騎士団は国内外の評価が高い。
その団長であるセルジオはシュタイン王国の伝説の騎士『青き血が流れるコマンドール』の再来と言われていたから尚更だった。
セルジオは総長ジェラルの問いに間を置かずに呼応した。
「はっ!総長の仰せの通りにございます!
スキャラル国先鋒隊が西方より侵攻、
西方は、我がセルジオ騎士団が守護する
西の砦となります!」
「総長へ進言いたします!
我がセルジオ騎士団これより北戦域への行軍を取りやめ、
即刻西の砦へ進軍いたします。
何卒、我がセルジオ騎士団へ西の砦への進軍をお命じ下さい!」
一呼吸置くとジェラルの深い紫色の瞳を見つめた。鋭い眼差しを向けるとセルジオは言い切った。
「我がセルジオ騎士団、進軍準備は整っております!
スキャラル国先鋒隊に我が国に!我が地に!
侵攻したこと後悔させてまいります!
西の森より東へは一歩たりとも騎士の一人たりとも通しませぬ!
西の砦にてせん滅いたします!」
ジェラルは声高に笑う。
「わはっはっはっ!
セルジオ、そなたのその物言い先代とよう似ておるわっ!
エステールの血か!セルジオの名がそうさせるのか!
よかろう!即刻、西方へ向け進軍せよ!
先鋒隊は一人残らず始末しろっ!」
「はっ!感謝申します!
これより我がセルジオ騎士団西方へ進軍いたします!」
セルジオは即答し、立ちあがった。
謁見の間を立ち去ろうと後方の重厚な扉へ歩みを進める。
シュッ!!
短剣がセルジオの背中目掛けて放たれた。
カンッ!
セルジオは振り向きもせずに身体を右横へずらすと腰に携えているサファイヤの剣の柄でいとも簡単に短剣を払った。
カッ!
短剣が中央に敷かれた絨毯へささる。
ジェラルがつまらぬそうに呟く。
「・・・・相変わらず、腕は確かだな!つまらぬ・・・・」
セルジオはジェラルへ向き直り、かしづく。
「・・・・お戯れを。
では、ジェラル様これにて失礼をいたします」
セルジオはジェラルへ微笑みを向けた。
ジェラルは苦笑いを浮かべ頷く。
「セルジオ、頼んだぞ」
「はっ!」
セルジオは謁見の間を後にした。
セルジオは王都シュタイン城から愛馬アリオンに跨り急ぎエステール伯爵家居城へ向かう。
『ジェラル様に時間を取り過ぎたっ!
急がねばっ!大丈夫だっ!必ず間に合う!間に合わせてみせるっ!』
胸に色濃く広がる不安を自身の言葉で吹き払う様に言い聞かせる。
早がけで一時間程走りエステール伯爵家居城に到着した。
セルジオ騎士団第一隊長エリオスを呼ぶ。
「エリオス!エリオスはおらぬかっ!」
「はっ!これに!」
エリオスは間をあけずにセルジオの前に姿を現わす。既に西の砦へ向けて出立する軍備を整えていた。
「エリオス、直ちに西の砦に向かう。
スキャラル国が西の砦に向け進軍を始めた」
「セルジオ様、心得ております。
既に騎馬・歩兵とも準備はできております」
エリオスはかしづき応える。セルジオ騎士団は10の騎馬隊・88名の歩兵編隊で至近戦を得意とした剣隊が半数を占めていた。
総勢約100名が金糸で縁取られた蒼いマントを纏っている。かつては騎士のみが纏うことができたセルジオ騎士団のマントはセルジオの先代の時代に総勢が纏えることにしていた。
だたし、騎士と従士はマントの丈を長短で区別していた。セルジオは総勢が待機していたエステール伯爵家居城広場に入ると指揮を出した。
「セルジオ騎士団騎士と従士に告ぐ。
我らスキャラル国の侵攻に対し、北戦域へ進軍するためここに集まった。
しかし、スキャラル国は宣戦布告の地、北戦域ではなく
西方より奇襲をかけてきたっ!」
「奇襲などという卑劣な行為を断じて許してはならぬ!
我が団は北戦域への進軍を取りやめ、
西方より侵攻してきたスキャラル国先鋒隊をせん滅するっ!
総長よりのお言葉をしかと聴け!
スキャラル国先鋒隊は一人残らず始末せよ!
総長より下された命だっ!
我らはスキャラル国先鋒隊を一人残らずせん滅するっ!よいかっ!」
セルジオはサファイヤの剣を鞘から抜くと高々と天に向けた。その姿に呼応し総勢約100名が腰に携える剣、短剣を鞘から抜くと天に掲げる。
セルジオが掲げたサファイヤの剣に向かい声を発する。
「セルジオ騎士団の名に懸けて我らはスキャラル国先鋒隊をせん滅するっ!」
「うおっおーーーーー」
雄たけびがエステール伯爵家居城広場にこだました。
剣を鞘に収めると続いてセルジオは隊列を指示した。
「エリオスを除く騎馬隊は槍隊10名・弓隊10名・剣隊20名を同行。
南門より西の砦へ向かえ!南方からの進軍はミハエルが隊長をつとめよ!」
「エリオスは槍隊10名・弓隊10名・剣隊28名を同行。
城内を西へ向かへ。西門よりサフェス湖の堤へ向かい、堤を切れっ!」
「はっ!」
隊長の呼応と共に騎士団は編成に取掛った。
ミハエルは南門より進軍の部隊へ編成順位を伝える。
「騎馬8騎を二手に分ける。4騎は先鋒に弓隊10名と同行せよ。
4騎隊長はアドルフ、弓隊長はカイザーがつとめよ。
中、槍隊10名隊長はアルベルト。後方4騎隊長ユリウス。いざ、行軍!」
南門より進軍が始まった。
ミハエルの進軍を見届けているセルジオにエリオスがそっと近づき、戦略の確認をする。
「セルジオ様、
我が隊はサフェス湖の堤を切ればようございますか?」
「・・・・」
セルジオから返答がない。
西の砦はリビアン山の尾根からのびる山の中腹にあり、山頂近くにはシュタイン王国水瓶の一つであるサフェス湖がある。
山肌を削る程の急流の河の流れを抑える為、堤が三つ設けられていた。三つの堤を切ると西の砦の外側は水で溢れ、そのまま眼下に広がる国境沿いの崖めがけて流れ落ちることになる。
山小屋は西の砦の外側に位置していた。仮にスキャラル国の先鋒隊が到達していても堤を切れば戦わずしてせん滅する事ができる。
『メアリが逃げおおせていてくれればよいが』
セルジオは心の中で願っていた。
思案していたセルジオはエリオスの問いかけに遅れて答える。
「エリオス、そなたの隊は堤に到着後、直ぐに堤を切ってくれ!
私は先に南門より山小屋へ向かう。
メアリがアンとキャロルを連れて
西の森へクルミを拾いにいっている・・・・」
「セルジオ様!それでは・・・・」
エリオスは固唾を飲んだ。
「メアリには何かあれば西の屋敷へ戻る様言ってある」
西の屋敷は城壁西門を守る位置にあるエステール伯爵家の居城の一つでセルジオ騎士団の騎士と従士等約120名が居住し寝食を共にする軍事城塞だった。セルジオは続ける。
「メアリたちはスキャラル国の先鋒隊と鉢合わせになるやもしれぬ・・・・」
セルジオは思案気に足元を見やった。
「エリオス、頼みがあるのだが、
城内西門への行軍3人程を西の森へやってはくれぬか?」
「承知しました。
メアリを存じているシュバイルとサントを隠し道から向かわせましょう」
「頼む。
ただ、堤を切るまでにシュバイルとサントへは隊へ戻る様に言ってくれ。
メアリと合流できない時はそのまま堤を切れ」
セルジオは苦渋の決断をした。西の砦をスキャラル国に破られる訳にはいかない。しかし、オーロラから預かった2人の女児を見殺しにする事もまたできないことであった。
「セルジオ様、委細承知致しました。
さっ!早くお行き下さい!」
エリオスはセルジオを促した。
「エリオス、いま一つ・・・・頼みがある」
セルジオは深く青い瞳で真っ直ぐにエリオスを見る。
「万が一、私の身に何かあり、戻らないようであれば、
セルジオ騎士団はそなたが引き継ぎ、兄上に事の次第を伝えてくれ」
エリオスは驚いた。セルジオが『戻らないこと』を口にしたのは初めてだったからだ。今まで、どんな苦難と思しき戦いであっても『戻らないこと』を口にした事はなかった。
「セルジオ様、委細ご心配なさいますな。
まして、戻らないことを仰せられては送り出せませぬぞっ!」
エリオスは自身の不安な思いを払拭する様に強い口調で返した。
「そうだな、悪かった。万が一だ。万が一・・・・頼んだぞ」
エリオスはセルジオの湖の様に深く青い瞳が優しく語りかけるのを見送りながら胸のザワツキに気付かぬ振りをした。