第33話 インシデント30:伯爵の真意
「バルド殿がいらしております」
エステール伯爵家当主ハインリヒの執務室で侍従ギュンターがかしづく。
「・・・・バルドか・・・・」
ハインリヒは少し間をおくとギュンターへ問い掛けた。
「今日であったか?
セルジオがサフェス湖湖畔へ狩りに出向くと申していたのは・・・・」
「はっ!左様にございます。
バルド殿より西の屋敷への言伝をと申されておりましたが・・・・」
「その件、いかがしたか?」
「いえ・・・・何もございません・・・」
セルジオとエリオスがサフェス湖湖畔で狩りの訓練する旨、セルジオ騎士団団長への言伝を依頼されたのは7日前の事だった。
侍従ギュンターは7日前のハインリヒとバルドのやり取りを思い返していた。
―――7日前 エステール伯爵家ハインリヒの執務室―――
「ハインリヒ様、
7日の後にセルジオ様とエリオス様を伴いまして
サフェス湖湖畔へ狩りへ出向きます。
セルジオ騎士団団長へその旨の言伝をと存じ、お願いに上がりました」
「バルド、セルジオは元気にしているか?様子はどうなのだ?」
ハインリヒは何かを含んだ目つきをバルドへ向ける。
「はっ!お元気にございます。
剣術、弓術共に目覚ましくご成長され、身のこなし等幼子と思えぬ程にございます」
バルドはハインリヒが何を言いたいかを解った上で素知らぬ返答をした。
「・・・・バルド!その様な事はどうでもよいわっ!
騎士としての成長は役目故、当たり前の事であろう!
『様子はどうか?』と聞いている!」
ハインリヒは少し語気を強め再びバルドへ問うた。
「はっ!封印の事でございますれば、今の所変わった様子はございません!」
「そなた!私が聞きたいとわかっていて、はぐらかしたであろう!」
「いえ、滅相もございません。
いささか、全てが鈍りましてございます。申し訳ございません」
ハインリヒはギロリとバルドを一瞥する。
「・・・・まぁ、よいわ。
『様子に変わりがない』のであれば結構な事だ!
だが、バルド!解っているであろうな!はぐらかしも偽りも私には通じぬ!
様子に変わりがあればその時は・・・・」
「はっ!承知致しております。
その旨、違いなき様、心得ておりますれば!
ハインリヒ様にはご案じ召しませぬ様、お誓い致します」
バルドはハインリヒの言葉を制する様に呼応した。
「・・・・どうだかな・・・・。解っていればよい。
狩りの件は承知した。セルジオ騎士団団長へは私から伝えておく。
もうよい!下がれ!」
「はっ!感謝申します。失礼致します」
ハインリヒに深くかしづきバルドは執務室を後にした。
ギイィ・・・・
パタンッ
バルドが部屋を出るのを見届けるとハインリヒはギュンターを呼んだ。
「ギュンター、そこにいるか?」
「はっ!」
ギュンターは執務室隣室から姿を現した。
「7日の後、セルジオがサフェス湖へ狩りに出向くそうだ・・・・」
「はっ!承知致しております。西の屋敷へは私が言伝を致します」
ギュンターはハインリヒの執務室を出ようとした。
「・・・・ギュンター!待てっ!」
「はっ!?いかがなさいましたか?」
「・・・・西の屋敷へは・・・・セルジオ騎士団団長への言伝は無用だ!」
「!!・・・・はっ!承知致しました」
ギュンターは声を落として返答する。
ハインリヒは思案気な目をギュンターへ向けた。その目に冷たい空気を感じる。
「・・・・ギュンター、頼みがあるのだが・・・・
内密に、他言せず、そなただけの心に留めておいて欲しい事がある!」
「はっ!承知致しました。何なりとお申し付け下さいっ!」
「うむ。実はな・・・・
かねてより他家より頼まれていた事があってな・・・・
訓練施設の事なのだが・・・・バルドはあの気性であろう?
中々に言い出せなくてな・・・・それをそなたに頼まれて欲しいのだが・・・・」
ハインリヒの瞳に黒く陰る光を感じ、ギュンターは寒気を覚える。
「はぁ・・・・はっ!私にてできますことであればお申し付け下さい」
「なに・・・・他愛もない事だ。
一切、他言はせずにそなただけに留めておいてくれさえすれば済む話だ・・・・」
ハインリヒは勿体つけなかなか本題に入ろうとしない。
「ハインリヒ様のお申し付け通りに致しますのが
私の役目にございますれば、何なりとお申し付け下さいっ!」
ギュンターはハインリヒの前にかしづいた。
「そうか!頼まれてくれるか!感謝申すぞ!ギュンター。
いや・・・・実はな・・・・
訓練施設での訓練がやりにくいと申している家があるのだ」
「そなたも存じているであろう?
マデュラ子爵家のイゴール殿はセルジオと同じ歳の生まれで
訓練施設にいるのだが・・・・
イゴール殿の知らぬ所で我がエステール伯爵家とマデュラ子爵家の
因縁が続いているとうわさが絶えない様なのだ」
「そこでだ・・・・セルジオは訓練施設の皆より大切にされているそうなのだ。
まぁ、それはよい事なのだが・・・・
イゴール殿への風当たりが強く、共同の水屋内でも
いつもマデュラ子爵家が最後になるそうなのだ」
「皆の目も冷ややかで、それは、それは居心地が悪く、
訓練に身が入らぬと困っておいでなのだ。
マデュラ子爵ご当主マルギット殿も案じておられてな。
私に何とかならないものかと王都での集まりの際に相談があったのだ」
「であれば・・・・
狩りの訓練等を時を同じくしてはどうかと申しておいた。
お互いに交じり合えば誤解も解けるというもの。どうだ?よい考えであろう?」
ギュンターへ冷ややかな目を向ける。ハインリヒの背後に黒い煙の様な靄がかかるのが見え、ギュンターはギクリとした。
「・・・・はっ!・・・・」
ギュンターはハインリヒの真意が読みとれず冷ややかな目線と背後の黒い靄に釘づけになっていた。
「どうした?ギュンター?頼まれてくれるか?」
「はっ!私は何を致せば・・・・よろしゅうございますか?」
ゾクッ!
ギュンターに黒い靄が徐々に近づき身体を包み込む。胸の奥に黒い影が宿る感覚を覚えた。
「うむ。そなた、これからマデュラ子爵家へ赴き、
ご当主マルギット殿へ私からの言伝だと伝えて欲しいのだ。
7日の後、セルジオとエリオスがサフェス湖湖畔へ狩りへ出向く故、
イゴール殿もご同道されてはいかがか?とな」
黒い靄に包まれる中でハインリヒの冷やかな目だけが強く光って見える。
ギュンターはその目と黒い靄に囚われ身動きできない自身を自覚した。
まるで機械仕掛けの人形の様に口が勝手に動く。
「はっ!承知致しました。
これよりマデュラ子爵家へ赴き、ご当主マルギット様へその旨言伝致します」
「そうか!頼まれてくれるか!頼むぞ!
くれぐれも7日の後故、お間違えの無きようにと念を押してくれ!頼むぞ」
ハインリヒはギュンターから目を外した。
パチッ!
ギュンターは身体の自由を取り戻した。背中に冷たい汗が流れるのを感じながらハインリヒの執務室を後にした。
―――7日後、ハインリヒの執務室―――
ギュンターは7日前の出来事を思い返していた。ハインリヒの言伝をマデュラ子爵家当主マルギットへ伝えるとニヤリと不敵な笑みを浮かべ、近習に何やら指図をしていた。ギュンターはハインリヒへ渡して欲しいと書簡を預かるとその場を退いた。
ハインリヒはその事がまるでなかったかの様に、そして、セルジオ騎士団団長へバルドの言伝を伝えたかの様な口ぶりをギュンターへ向ける。
「・・・・ギュンター、いかがした?バルドへ入る様、言ってくれ」
普段と変わらぬその様子にあの時の人物と異なるのではないかと錯覚すら覚える。ギュンターはハインリヒに得体の知れない恐ろしさを感じていた。
「はっ!承知致しました。お呼び致します」
ガコッ
ギイィィ・・・・
ギュンターはバルドを伴い、再び執務室へ入る。ハインリヒの傍らへ控えた。
バルドはハインリヒの前でかしづく。
「・・・・ギュンター、そなたは下がれ!
バルドと話がある故、誰も部屋へ近づけるな!」
バルドの殺気立った様子を感じたハインリヒはギュンターへ人払いを指示した。
「はっ!承知致しました」
ガコッ!
ギイィィ・・・・
パタンッ!
ギュンターは重厚な扉を静かに閉めると執務室を退いた。
「お計らい、感謝申します」
ハインリヒの前にかしづくバルドが礼を言う。
「バルド・・・・
そなたのその殺気はいかがした?城の者達が驚くではないか!」
ハインリヒはバルドへ厳しい目を向ける。
「はっ!申し訳ございません。
先刻・・・・いえ、朝方、戦闘の場に居合わせまして、
逃げに逃げたものでございますれば・・・・
いまだ、恐ろしさが抜けておらぬかと存じます」
「はっははははっ!おかしな事を申すな!
バルド!そなたが『戦闘が恐ろしい』等、あるはずもなかろう!
謀略の魔導士と恐れられ、
数々の修羅場をくぐり抜けてきたそなただ!
今でもその腕は鈍ってはおるまい!おかしな事を申すな!」
ハインリヒは高らかに笑う。
「・・・・ハインリヒ様、
サフェス湖湖畔での戦闘の事、既にお聞き及びでございましたか!
言上、遅くなり申し訳ございません」
バルドは殺気を帯びたままハインリヒへ深々と頭を下げた。
「何、詫びずともよい!領内で起こる事はいち早く私の知る所となる。
して、ここにバルドのみがいると言う事は逃げおおせなんだか?
バルドのみが逃げおおせたという事か?・・・・」
「ふっ・・・・ふふっ・・・・いや、よかったぞ!そなたが無事に戻って!
実はな、そなたには新たに我が第三子フェリックスの教育係と護衛役を
頼みたいと考えていたのだっ!」
「セルジオの代わりに今この時より訓練施設へ移ればばまだ間に合おう?
セルジオより2歳年下の男子故、第三子であってもセルジオの名前を
引き継げはよいと思ってな」
「なに、セルジオ騎士団団長へは私から申す故、案ずるな!
そなたはセルジオからフェリックスへ役目が変わるだけだ!
どうだ?頼まれてくれるか?」
ハインリヒはセルジオが既にこの世にはいない口ぶりで話を進める。
「フェリックスの名はセルジオに改名する。
ベアトレスは・・・・どう思うか?バルド!
セルジオにかなり思い入れが深かったからのう」
「娘のアルマの事もあろう故、これを機にアレキサンドラの実家
カルセドニー子爵家の女官に戻れる様、私から話しをしよう。
フェリックスの世話役はそなたがおれば必要あるまい。
どうだ?バルド。これで進めるぞ」
ハインリヒは意気揚々とかしづくバルドを見下ろし不敵な笑みを浮かべていた。
「ハインリヒ様、お言葉確かに承りました。
されど・・・・セルジオ様、エリオス様、ご無事でございます。
こちらへ私のみ赴きましたのは
セルジオ様は逃げます途中にて転び頭を打ち、気を失いましてございます。
エリオス様も逃げる途中にて、ご気分が悪くなり、
ただ今、お二方ともに西の屋敷にて養生なさっておいでです」
「・・・・な・・・・なにっ?」
かしづくバルドはハインリヒの唖然とした顔が目に浮かんでいた。
バルドはそのままセルジオ騎士団団長と第一隊長ジグランと打ち立てた策通りに話を進めた。
「サフェス湖湖畔にて狩りの準備をしておりました所、
マデュラの刺客と思しき人物がそっと近づいてまいりました。
幸い、サフェス湖の鴨がその気を捉え、
一斉に飛び立ちました事で逃げるキッカケができましてございます」
「我ら4人で西の屋敷へ向かい、走りました。
3人のマデュラの刺客は追ってまいります。西の森を逃げて、逃げておりますと
セルジオ騎士団第一隊長ジグラン様と配下従士のルディ殿、ジクムント殿が現れ、
刺客どもを始末して下さいました」
「いやはや、ハインリヒ様がセルジオ騎士団団長へ
狩りに行きます事を言伝して下さいましたお陰様にて命拾い致しました。
感謝申します」
バルドはハインリヒの先手を打った。7日前のバルドからの依頼であったセルジオ騎士団団長への言伝、そして、マデュラの刺客がなぜ狩りに出向く事を狩りの日を知っていたかをハインリヒの口から遠からず言わせた。
「・・・・」
ハインリヒは言葉も出ずに呆然としているのがわかる。
バルドはかしづき下を向く口元をゆるめる。
再度、ハインリヒへの礼の言葉を発した。
「ハインリヒ様、感謝申します!
ハインリヒ様のお計らいがございますれば我ら4人逃れる事ができ、
ジグラン様方にお救い頂けました。感謝申します」
バルドは同じ言葉を繰り返す。繰り返すことであたかも真実であると錯覚をさせるためだった。
「・・・・」
ハインリヒはバルドをじっと見つめたまま言葉も出ない。
その様子に畳みかける様に願いの義をぶつけた。
「ハインリヒ様、不躾ながらお願いがございます。
セルジオ様、エリオス様を今しばらく西の屋敷にて養生しましてから
訓練施設に戻りますれば、その旨、お許しを頂きたく存じます。
2週間程、西の屋敷にてご厄介になりたく存じます」
バルドは深々と頭を下げる。
ハインリヒは暫く沈黙していた。諦めた様にふっと一つ息を吐く。
「・・・・そうか・・・・よかったの・・・・よかったではないか!
皆が無事で何よりだった。バルド大儀であった」
ハインリヒは静かに深く息を吐きバルドに言った。
自身の策略がバルドに露見した事、失敗に終わった事、バルドの殺気の訳、全て納得した様子だった。
「はっ!感謝申します。では、これにて失礼いたします」
バルドは早々にハインリヒの執務室を退こうと立ち上がった。
サッ・・・・
カッカッカッ・・・・
「・・・・バルドっっ!」
扉へ向かうと背中にハインリヒの声が突き刺さる。
「はっ!」
キィィィンンンーーーー
バルドはその場でかしづいた。部屋中に殺気が漂っている。
「バルド!封印はどうだ?セルジオの封印は解かれてはおるまいな!」
睨み付ける様にバルドを見る。
「はっ!封印は解かれておりません。
いえ、封印はこの先も解かれる事はございません!ポルデュラ様が申されました。
『ポルデュラの名で封印をした。初代の力で封印を解く事はできぬ』と!
私はそのお言葉を信じておりますっ!」
強い口調でバルドは答える。
「・・・・バルドっ!そなたが何と思っていようと構わぬっ!
そなたの思い等無用な事だ!これだけは忘れるなっっ!
もし、封印が解かれし時はセルジオを殺せ!
その息の根をそなたの手で止めるのだ!よいなっっ!!」
ハインリヒはバルドを睨みつけセルジオを『殺せ』と言い放った。
ブワァ・・・・
ドロリッ・・・・
その背後に黒い影がうっすらと姿を現した。
「はっ!承知しております。主の命を守る事が私の役目にございます。
ご安心下さい!封印が解かれし時は私のこの手にてセルジオ様を亡き者に致しますっっ!」
バルドもまたハインリヒへ強い視線を向ける。
ハインリヒはバルドの言葉と視線の強さにふっとため息を漏らした。背後の黒い影はゆらゆらと怪しく揺れている。
「・・・・解っておればよいわ!・・・・2週間の西の屋敷への滞在、構わぬ。
セルジオ騎士団団長がよいと申すのであれば2週間と言わず、ひと月でも構わぬ。
暫く、養生するのもよかろう」
「バルド!私の考えは変わらぬ!
先刻、話しをしたフェリックスの事、いつでもセルジオに代われる様にしておく。
そなたもセルジオも油断をせぬ事だ!」
「マデュラの刺客だけがセルジオの命を狙っているのではないと心しておけ!
シュタイン王国の安寧を!今のシュタイン王国を守る為であれば
私は己の血を分けた子でさえも手にかけるっっ!!
それが私の役目であり、私の真意だっ!心しておけっっ!!」
バルドはセルジオと同じ金色に輝く髪、深く青い瞳のハインリヒの背後で揺らめく黒い影がニヤリと笑った気がした。が、その黒い影の気配に気付かぬそぶりをする。
「はっっ!!」
深々とかしづき一言返事をするとバルドは執務室を後にした。




